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今日のよき日に
2‐1 一学期
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「……芒月 秋って子、知ってる?」
リビングから尋ねられて、キッチンで冷蔵庫を探っていた壱は手を止めた。
名前を聞いただけで、ずくん、と腹の底が熱くなるような感覚がある。つい昨日、千歳の家で勉強しようと集まったついでに秋に口で抜いてもらったからだ。
「高校から入学して来た子。同じクラスだって聞いたけど」
「うん」
母親、浦原朋に尋ねられて、壱はすぐに昨日の出来事を頭から振り払って、平静に返事をした。
冷蔵庫には、久々に自宅に帰ってきた朋が作った作り置きのおかずが大量に詰まっている。すぐに次の出張の予定が入っているから、しばらく1人になる壱のために作ってくれたものだ。
しかし、壱は自分でそれなりに料理ができるし、朋が時短テクを駆使して大量生産した料理があまり好きではない。
とはいえ、作ってくれる母親に文句を言うつもりはないし、今朝も茶碗を片手にタッパーから適当に料理を摘まんで、キッチンで立ったまま朝食を食べていた。
「裏口入学ってヤツでしょ?だって、大学の先生の子だって聞いたけど」
「ふーん、そうなんだ」
千歳みたいなことを言う、と内心呆れながら、壱は初めて聞いたかのようなリアクションを返した。
朋は、壱の同級生の母親たちよりも若い方で、高校生の子供がいるのに20代にしか見えない見た目をしている。
名門私立校の生徒の母親は、専業主婦とバリバリに働いているキャリア女性に二分される。朋は後者なのに、母親たちのランチ仲間のコミュニティにがっつり入っていて、秋の噂もそこで仕入れたものだろう。
「ねぇ、頭いい子なの?」
「んー……まぁ普通、かな」
朋が意地の悪そうな口調で尋ねてきて、壱は当り障りのない答えを返した。
しかし、既に大学受験を視野に入れた授業をしている中高一貫校の授業に、途中入学で付いて行けている秋は実は相当優秀なのではないかと気付いていた。
少なくとも現時点の千歳の成績は超えているだろうし、積極性はないものの授業も課題も真面目に取り組んでいる。
ただ、そう答えても朋は満足しないだろうとわかっていたから壱は言わなかった。
思った通り、朋は壱の回答に満足そうに小さく笑う。
「やっぱり、親の力で入ってきた子なんだ。そういう子って甘やかされてて、素行が悪いんじゃない?」
「あー、そうかも」
何でそんなに悪ぶるんだろう、と壱は朋との会話に疲れていた。
壱の記憶にある昔の朋は、人の噂話や陰口で盛り上がったりしない、穏やかさと誠実さが長所のような母親だった。
朋がそういう生き方を選んだのは、父親が死んだ時からだ。
その時から、朋の仕事を生き甲斐にして滅多に家に帰って来なくなったし、弟は遠くの全寮制の学校に進学を決めたし、家のテレビはニュースやワイドショーを映さなくなった。
今もリビングのテレビは朝の天気予報の代わりに古い洋画を流している。
ノイズ混じりで殆ど聞き取れない英語のセリフをBGMに、朋はPCに向かって仕事を続けていた。
「どうせそのまま附属の大学に進学できるんでしょ。迷惑よね、そういう不真面目な子がいると」
そうかも、と壱はもう一度返事をしようとしたが、それも面倒になって聞こえないふりをした。
リビングから尋ねられて、キッチンで冷蔵庫を探っていた壱は手を止めた。
名前を聞いただけで、ずくん、と腹の底が熱くなるような感覚がある。つい昨日、千歳の家で勉強しようと集まったついでに秋に口で抜いてもらったからだ。
「高校から入学して来た子。同じクラスだって聞いたけど」
「うん」
母親、浦原朋に尋ねられて、壱はすぐに昨日の出来事を頭から振り払って、平静に返事をした。
冷蔵庫には、久々に自宅に帰ってきた朋が作った作り置きのおかずが大量に詰まっている。すぐに次の出張の予定が入っているから、しばらく1人になる壱のために作ってくれたものだ。
しかし、壱は自分でそれなりに料理ができるし、朋が時短テクを駆使して大量生産した料理があまり好きではない。
とはいえ、作ってくれる母親に文句を言うつもりはないし、今朝も茶碗を片手にタッパーから適当に料理を摘まんで、キッチンで立ったまま朝食を食べていた。
「裏口入学ってヤツでしょ?だって、大学の先生の子だって聞いたけど」
「ふーん、そうなんだ」
千歳みたいなことを言う、と内心呆れながら、壱は初めて聞いたかのようなリアクションを返した。
朋は、壱の同級生の母親たちよりも若い方で、高校生の子供がいるのに20代にしか見えない見た目をしている。
名門私立校の生徒の母親は、専業主婦とバリバリに働いているキャリア女性に二分される。朋は後者なのに、母親たちのランチ仲間のコミュニティにがっつり入っていて、秋の噂もそこで仕入れたものだろう。
「ねぇ、頭いい子なの?」
「んー……まぁ普通、かな」
朋が意地の悪そうな口調で尋ねてきて、壱は当り障りのない答えを返した。
しかし、既に大学受験を視野に入れた授業をしている中高一貫校の授業に、途中入学で付いて行けている秋は実は相当優秀なのではないかと気付いていた。
少なくとも現時点の千歳の成績は超えているだろうし、積極性はないものの授業も課題も真面目に取り組んでいる。
ただ、そう答えても朋は満足しないだろうとわかっていたから壱は言わなかった。
思った通り、朋は壱の回答に満足そうに小さく笑う。
「やっぱり、親の力で入ってきた子なんだ。そういう子って甘やかされてて、素行が悪いんじゃない?」
「あー、そうかも」
何でそんなに悪ぶるんだろう、と壱は朋との会話に疲れていた。
壱の記憶にある昔の朋は、人の噂話や陰口で盛り上がったりしない、穏やかさと誠実さが長所のような母親だった。
朋がそういう生き方を選んだのは、父親が死んだ時からだ。
その時から、朋の仕事を生き甲斐にして滅多に家に帰って来なくなったし、弟は遠くの全寮制の学校に進学を決めたし、家のテレビはニュースやワイドショーを映さなくなった。
今もリビングのテレビは朝の天気予報の代わりに古い洋画を流している。
ノイズ混じりで殆ど聞き取れない英語のセリフをBGMに、朋はPCに向かって仕事を続けていた。
「どうせそのまま附属の大学に進学できるんでしょ。迷惑よね、そういう不真面目な子がいると」
そうかも、と壱はもう一度返事をしようとしたが、それも面倒になって聞こえないふりをした。
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