明日のきょうだい

まどぎわ

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明日の兄弟

11 知らない事 言わない過去

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 奏が家に着くと、母親が塾をサボったことを問い詰めてくる。その言い訳を適当に済ませて、奏は秋の部屋のドアの前に立った。

「……秋」

 ノックしても部屋の中から返事はない。そっと開けてみると既に部屋の電気は消されて、ベッドの上で布団が小さな山になっていた。

「さっきは……ごめんな」

 布団に向かって呼びかけても反応は無い。
 起きているのに無視しているのかと足を踏み入れたが、布団は動かなかった。秋は本当に寝ているようだ。
 奏は部屋を出ようとしたが、気になることがあって足音を潜めて中に入った。
 秋の部屋には奏が昔使っていた机と本棚がある。
 秋の物が入っているボロボロの本棚を探ると、今の学校のものは少なく、ほとんどが前の学校の物だ。少し探せば、学校の名前が書かれているプリントが見つかった。

「ふーん……」

 奏はその学校の名前を記憶して、秋の部屋を出た。
 部屋に戻るとパソコンを立ち上げ、ついさっき見た秋の前の学校を検索する。
 中学校の場所や校舎を見れば、奏が会う前の秋の事を少しわかるような気がした。
 画像で出て来たのは、奏と秋が今通っている中学校と比べると古くてボロい校舎の、一般的な公立中学校だった。
 隣県の特筆することのない普通の街で、この家から車で2時間程度の場所。秋とその母親もその辺りに住んでいたのだろう。

(恋人作って隠れて通うのにはちょうどいい距離なのかな……なんて)

 奏はしばらく顔を見ていない父親の事を考えつつ、画面をスクロールした。
 学校の公式サイトよりも目立つのは、1年程前のネットニュースの記事や無記名の掲示板だった。奏は記憶にないからおそらくテレビのニュースではあまり流れなかったのだろう。しかし、ネットや一部では話題になっていたらしい。

「何か、事件とかあったのか……?」

「奏、この学校だっけ?」

「うわ……ッ!」

 突然、後ろから声をかけられて、奏は驚いて振り返った。
 いつの間に部屋に入って来たのか、いつも彼氏の家に入り浸っている姉の望が奏の後ろから画面を覗き込んでいた。

「何?帰って来てたの?」

「ちょっと服取りに来たの。ね、奏、ここの中学校?」

「全然違うよ。何で?ここ有名なわけ?」

「先輩がさ、ここの学校の先生になったんだけど、大変だったんだって」

「……何が?」

「先輩が先生になった時に、生徒が教室から飛び降り自殺したの。死ななかったらしいけど」

 それは自殺未遂って言うんだと思ったが、奏は望の話を止めずにネットの記事を開いた。
 比較的真面目な文体で書かれたネットニュースには、この中学校の1年生が教室から飛び降りたという内容だけ簡単にまとめられていた。
 生徒の名前は当然書かれていない。クラスでイジメがあったのかもしれない、と憶測で記事はまとめられていた。

「これの事?イジメが原因だったの?」

「そうらしいよ。しかもね、事件の後で担任教師がイジメてた生徒の名前出したら、そいつらが復讐とばかりにその先生のセクハラを告発したんだって」

「……セクハラ?」

「だから、先生が生徒のイジメを容認する代わりに、生徒は先生のセクハラを見逃してたわけ」

「うわぁ……怖ぇ……」

「最悪よね、一人の生徒によってたかってさ。それで、先輩、先生やるのが嫌んなっちゃってどさくさに紛れて辞めて、結婚することにしたの」

「ふーん」

「その時に着るドレスを取りに来たんだ。あーあ、結婚式って出るのもお金かかんのよ。私も来年式上げるからお互い様だけど。あ、今の皆には内緒ね。じゃ」

 言うだけ言って望は嵐のように去って行った。
 玄関を出る音がして、夜遅くに一人で出歩いて大丈夫かと奏は窓の外を見たが、車のエンジン音が聞こえて来る。彼氏が外で待っていたらしい。
 残された奏は、望が結婚するなどと言っていた事は一旦忘れて他のサイトを開いた。
 どこを見ても生徒の名前は出ていない。加害者である男性教師と学校の対応を面白おかしく責めるだけだ。

「やっぱり、これ……秋のことか?」

 どこかに被害者の生徒の名前が書かれていないか。秋以外の名前なら誰でもいい。
 そう考えながら奏は探し続けたが、飛び降りた生徒の名前はどこにも書かれていなかった。
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