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第40話 勇者、仕事を終わらせる
〜1〜
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目を開けると、ニーアが俺を見下ろしていた。何だかやけに大人しい顔をしている。
前も同じような事があったような気がする。そう考えながら体を起こそうと動いて、激痛に襲われてまた転がった。
これは妙だ。ニーアのことだから張り切り過ぎて手足を追加で1組増設するくらいのデタラメな治癒魔術で完治させてくれると思ったのに。
「誰にやられた」
横から聞こえた液体窒素くらい冷えた声に、ニーアが借りて来た猫のように気配を消している理由がわかった。
表情は変えないもののオグオンは俺でも今までに見た事がないくらいブチ切れている。憧れの上司が地獄の業火のように怒り狂っていたら新人のニーアは空気に徹するしかないだろう。
つい最近、部下を一人殺されて国を一つ滅ぼした奴だ。今度は何をするかわからない。
「誰にやられた」
オグオンが俺を見下ろして繰り返す。
俺が答えるまで治癒魔術を再開しないつもりだ。賢い大臣による自分の手を汚さない省エネな拷問。
俺が痛くて話せないふりをしていると、心優しいオグオンは案外すぐに諦めて完治させてくれた。オグオンに首を締め上げられる前に、服も魔術で綺麗にして何事もなかったように整える。
「もう治ったんだからいいじゃないか」
言うと思った、とオグオンは珍しく俺にもわかるくらい渋い顔をした。
俺がはっきり証言をしないと、オグオンは確証がないまま勇者の敵を滅ぼすことになる。それは10割合っているだろうから俺の黙秘に何の意味もないけれど、勇者が人を殺す理由を与えるのは俺には荷が重い。
体中の痛みが消えて、ようやく周囲を見渡す余裕が出来た。俺たちがいるのは、ホーリアを見下ろすことが出来る小高い丘の上だ。時間は昼過ぎで、賑やかな街の声がここまで微かに聞こえてくる。
「魔獣の件は、私から大臣に報告をしました」
ニーアは俺がひっくり返っている間に特別マニュアルの復習をしたのか、それとも痺れを切らしたオグオンに教えられたのか、一端の勇者見習いの顔で答える。
しかし、ニーアがまだここにいるということは、特別法はまだ発動していない。
「報告はしたが、実物を確認しないと動けないらしい」
オグオンは半ば言い訳のようにそう言った。
特別法が発動すると、全勇者はそれに取り掛かりになる。国中の勇者に今の担当区域を離れてもらって、国外にいる勇者を呼び戻さないといけない。俺のように平和な観光地で昼寝をしている勇者ばかりではないから、発動するだけでも大事だ。
しかし、理事が頑なに信じようとしない理由はそれではない気がする。
レアルダーが出現した時は、真っ先にディス・マウトに報告することになっている。それであの国が何かしてくれる訳ではないが、国内に通達する前にあの国に伝えないと祖の国に逆らったとレアルダー出現以上の大問題になる。
あの国に好んで関わろうとするのは前事務室長くらいだから、嘘であってくれとまだ願っている最中だろう。
「理事共をレアルダーの所まで案内してやれば満足か?」
「そういうことになる」
俺の嫌味にオグオンはくそ真面目に返す。
旗でも振ってツアーガイドをしてやろうかと思ったら、地面が唸るように地響きを立てた。
辛うじて立っていられる程の揺れと共に地面が崩れて、土埃を掻き分けて白い、巨大な獣が姿を現した。
「……あれか」
オグオンが呟いて、自分の眼球に魔術をかける。リアルタイムで自分の視界を共有する魔術だ。俺の見間違いかニーアの虚言癖であることを願っている学園の理事たちに強制的にレアルダーを見せることにしたらしい。
岩壁の隙間から覗いただけだから全体は見えていなかったが、四つ脚で蹲った状態で大体3階建ての家くらいの大きさだ。ホーリアにはそれ以上に大きな魔獣がぽこぽこ出現するから、魔獣の中ではそれほど大きくない。
通常の魔獣が黒い霧のような体をしているのに比べると、白銀の毛並を光らせたレアルダーは動物として馴染みがある姿をしていた。その大きさから全て変質するには何百人の人間を食べたことは明らかだったが、暗い洞窟から日の下に出て紫の目を細めているレアルダーは可愛げすらあった。
「あれが、災厄なんですか?」
ニーアが自信なさげに尋ねて来たが、俺もオグオンも答えられない。初めてみるからだ。
ホーリアの人間も突如現れた伝説級の災厄に恐怖よりも戸惑いの方が大きい様子だった。
レアルダーが出てきた時の地崩れで被害に遭った人間はいなさそうだ。ゼロ番街の一部が崩れて仕事前の魔術師がわらわらと建物から出ていたが、レアルダーを見上げてぽかんと困惑している。
その時、レアルダーが大きく伸びをした。
そして、大きく瞳を開いて口を開ける。この世界の魔術師で例えると、何かの術を唱えているような動きだった。
そう認識すると同時に、レアルダーの正面に見慣れない術式が浮かんだ。
攻撃だ、と理解したゼロ番街の魔術師たちが瞬時に防御壁を展開させる。
戦争の最前線でも耐えられるような高度な魔術だ。それを魔術師全員が使えるのは流石、と感心しそうになったがすぐに気付く。
レアルダーは魔術が一切効かない。だから、レアルダーが放つ攻撃も魔術で作られた防御壁を貫通する。
「違う!」
叫ぶと同時に移動魔術を発動して魔術師を捕まえるが、防御壁のせいで阻まれてしまった。
レアルダーの術式の中心から光の渦が生まれる。
俺の移動魔術が完成するよりも早く、まるで本物の光の速さで真っ直ぐに伸びたレアルダーの術は、触れたものを建物でも人でも構わず一瞬で崩壊させ、瓦礫にすると同時に砕いて吹き飛ばして無にしていた。
光が到達する前に俺の移動魔術で数人は助けられたと思う。
あと一人、光が到達しようとしている魔術師がいたが、助けるのは間に合わない。
そう諦めて目を逸らそうとしたのに、俺の隣にいたはずのオグオンが、その魔術師を軌道外に押し出すのが見えた。
前も同じような事があったような気がする。そう考えながら体を起こそうと動いて、激痛に襲われてまた転がった。
これは妙だ。ニーアのことだから張り切り過ぎて手足を追加で1組増設するくらいのデタラメな治癒魔術で完治させてくれると思ったのに。
「誰にやられた」
横から聞こえた液体窒素くらい冷えた声に、ニーアが借りて来た猫のように気配を消している理由がわかった。
表情は変えないもののオグオンは俺でも今までに見た事がないくらいブチ切れている。憧れの上司が地獄の業火のように怒り狂っていたら新人のニーアは空気に徹するしかないだろう。
つい最近、部下を一人殺されて国を一つ滅ぼした奴だ。今度は何をするかわからない。
「誰にやられた」
オグオンが俺を見下ろして繰り返す。
俺が答えるまで治癒魔術を再開しないつもりだ。賢い大臣による自分の手を汚さない省エネな拷問。
俺が痛くて話せないふりをしていると、心優しいオグオンは案外すぐに諦めて完治させてくれた。オグオンに首を締め上げられる前に、服も魔術で綺麗にして何事もなかったように整える。
「もう治ったんだからいいじゃないか」
言うと思った、とオグオンは珍しく俺にもわかるくらい渋い顔をした。
俺がはっきり証言をしないと、オグオンは確証がないまま勇者の敵を滅ぼすことになる。それは10割合っているだろうから俺の黙秘に何の意味もないけれど、勇者が人を殺す理由を与えるのは俺には荷が重い。
体中の痛みが消えて、ようやく周囲を見渡す余裕が出来た。俺たちがいるのは、ホーリアを見下ろすことが出来る小高い丘の上だ。時間は昼過ぎで、賑やかな街の声がここまで微かに聞こえてくる。
「魔獣の件は、私から大臣に報告をしました」
ニーアは俺がひっくり返っている間に特別マニュアルの復習をしたのか、それとも痺れを切らしたオグオンに教えられたのか、一端の勇者見習いの顔で答える。
しかし、ニーアがまだここにいるということは、特別法はまだ発動していない。
「報告はしたが、実物を確認しないと動けないらしい」
オグオンは半ば言い訳のようにそう言った。
特別法が発動すると、全勇者はそれに取り掛かりになる。国中の勇者に今の担当区域を離れてもらって、国外にいる勇者を呼び戻さないといけない。俺のように平和な観光地で昼寝をしている勇者ばかりではないから、発動するだけでも大事だ。
しかし、理事が頑なに信じようとしない理由はそれではない気がする。
レアルダーが出現した時は、真っ先にディス・マウトに報告することになっている。それであの国が何かしてくれる訳ではないが、国内に通達する前にあの国に伝えないと祖の国に逆らったとレアルダー出現以上の大問題になる。
あの国に好んで関わろうとするのは前事務室長くらいだから、嘘であってくれとまだ願っている最中だろう。
「理事共をレアルダーの所まで案内してやれば満足か?」
「そういうことになる」
俺の嫌味にオグオンはくそ真面目に返す。
旗でも振ってツアーガイドをしてやろうかと思ったら、地面が唸るように地響きを立てた。
辛うじて立っていられる程の揺れと共に地面が崩れて、土埃を掻き分けて白い、巨大な獣が姿を現した。
「……あれか」
オグオンが呟いて、自分の眼球に魔術をかける。リアルタイムで自分の視界を共有する魔術だ。俺の見間違いかニーアの虚言癖であることを願っている学園の理事たちに強制的にレアルダーを見せることにしたらしい。
岩壁の隙間から覗いただけだから全体は見えていなかったが、四つ脚で蹲った状態で大体3階建ての家くらいの大きさだ。ホーリアにはそれ以上に大きな魔獣がぽこぽこ出現するから、魔獣の中ではそれほど大きくない。
通常の魔獣が黒い霧のような体をしているのに比べると、白銀の毛並を光らせたレアルダーは動物として馴染みがある姿をしていた。その大きさから全て変質するには何百人の人間を食べたことは明らかだったが、暗い洞窟から日の下に出て紫の目を細めているレアルダーは可愛げすらあった。
「あれが、災厄なんですか?」
ニーアが自信なさげに尋ねて来たが、俺もオグオンも答えられない。初めてみるからだ。
ホーリアの人間も突如現れた伝説級の災厄に恐怖よりも戸惑いの方が大きい様子だった。
レアルダーが出てきた時の地崩れで被害に遭った人間はいなさそうだ。ゼロ番街の一部が崩れて仕事前の魔術師がわらわらと建物から出ていたが、レアルダーを見上げてぽかんと困惑している。
その時、レアルダーが大きく伸びをした。
そして、大きく瞳を開いて口を開ける。この世界の魔術師で例えると、何かの術を唱えているような動きだった。
そう認識すると同時に、レアルダーの正面に見慣れない術式が浮かんだ。
攻撃だ、と理解したゼロ番街の魔術師たちが瞬時に防御壁を展開させる。
戦争の最前線でも耐えられるような高度な魔術だ。それを魔術師全員が使えるのは流石、と感心しそうになったがすぐに気付く。
レアルダーは魔術が一切効かない。だから、レアルダーが放つ攻撃も魔術で作られた防御壁を貫通する。
「違う!」
叫ぶと同時に移動魔術を発動して魔術師を捕まえるが、防御壁のせいで阻まれてしまった。
レアルダーの術式の中心から光の渦が生まれる。
俺の移動魔術が完成するよりも早く、まるで本物の光の速さで真っ直ぐに伸びたレアルダーの術は、触れたものを建物でも人でも構わず一瞬で崩壊させ、瓦礫にすると同時に砕いて吹き飛ばして無にしていた。
光が到達する前に俺の移動魔術で数人は助けられたと思う。
あと一人、光が到達しようとしている魔術師がいたが、助けるのは間に合わない。
そう諦めて目を逸らそうとしたのに、俺の隣にいたはずのオグオンが、その魔術師を軌道外に押し出すのが見えた。
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