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第38話 勇者、真実に向き合う

〜4〜

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 ゼロ番街に向かう途中に、黒いヤマイタチが足元に纏わりついて来る。俺が見下ろす前に大きく膨らんで、ローブを着てフードを深く被ったポテコの姿に変わった。

「彼、何とかなったんだね」

「ウラガノのことか」

 尋ねると、ポテコがこくりと頷く。
 前に市役所の魔術師に苦言を呈していた。ポテコは俺よりも繊細だし、ウラガノは残業0時間でも仕事中はぶーぶー文句を言ってストレスを発散しているタイプだ。
 通常業務でも魔力をまき散らしていたのだろうから、俺が酔うレベルの先程まではホーリア一帯に近付けなかっただろう。

「これ以上放置してたら、ボクが彼の魔力が切れるまで叩きのめしに行くところだったよ」

「あいつは、長めの休みを取って避難している」

「ああ、当主争いね。暇でお金がある魔術師はそればっかり」

 ポテコの口振りから、カルムが死んでそのせいで船乗の家が当主選びを再開させていることを知っているようだ。
 俺と一緒にゼロ番街に向かっているのも、カルムの死の真相を調べるためだろう。根っからの人見知りのポテコが知らない所で調査をするのは荷が重いから、多分俺がやることになるだろう。
 ゼロ番街は営業を止めて店が次々と片付けられている。
 建物ごと引っ越して更地が増えていたが、支配人の決定に反して営業を続けている店もあるからそれほど変わっていなかった。
 まだ昼過ぎだから開店している店は少ない。店先で仕事をしている魔術師たちに知り合いはいないかと探してみると、ちょうどクヴァレが裏道から出て来た。
 俺に気付くと呼ばなくてもこちらに来る。俺の後ろにいるポテコをちらりと見たが、ポテコと知り合いではないのか、フードで顔が隠れていて誰だかわからなかったのか、何も言わなかった。

「クヴァレはここに残るのか?」

「いいや、一旦アムジュネマニスに帰ることにした。長居はできないが、少しは落ち着けるだろう」

「そうか。カルムのことだが……」

 俺はカルムを探すのは頼まれていたが、俺が謝るのも違う話だ。何と言ったものか言葉を止めると、クヴァレは首を横に振った。

「いや……姿を消した時から、死んでるだろうと思っていた。アガットがいないと子供たちを世話する奴はいないし、見殺しにしてどこかに行くとは考えられないからな」

「カルムは子供好きなのか?」

「そういう様子ではなかった。どこからか連れて来て、仕方なく面倒を看ていたよ」

 クヴァレは理解出来ないといった様子で不思議そうだった。
 トルプヴァールから連れて来られた退魔の子たちを、カルムがゼロ番街で隠れて育てていた。退魔の子を育てるには、魔術が使えないせいで食事も薬も普通の人間の何倍も金がかかる。軍事魔術師として荒稼ぎをしているカルムであっても、あれだけの人数の子の育てるのは簡単な仕事ではないだろう。
 子供好きでもないし人助けが趣味なわけでもないのに、わざわざ無関係の子供たちを集めて育てるなんて妙だ。

「それで、子供たちはどうするんだ?」

「ニパスが1人引き取るって言ってたが、どこにいったのかな……他の子も姿が見えないし」

「子供たちはカルムが死んだことは知っているのか?」

「病死ということにした。あんな風に死んだ事は言っていない。他の魔術師も動揺しているんだ。あれほどの軍事魔術師が殺されたわけだし」

 クヴァレは平静を装っているが不安そうだった。
 ホーリア市の生活安全課が調査しているが、市外の事だし魔術師同士の騒動らしいし、そもそも被害者はリコリスが回収してしまったから事件を直接見ているのは俺だけだ。調べても無駄だろうとおざなりの聞き取り調査をしているだけだった。
 ここは俺がやるしかない。ポテコがさっきから俺の背中をぐりぐりと肘で押しているのも、事情聴取をしろということだろう。
 何か解決に繋がることがあるか考えて、カルムと最後に会った時に見せたものを思い出した。マントの下から手帳を出してカルムに見せたページを開く。

「これが何か知ってるか?」

 クラウィスにあげるプレゼントの話をした時に、俺が描いた黒い革の首飾りだ。俺は人よりも絵が少し上手いらしく、ガラス玉も結び目も詳細に描かれている。
 クヴァレはその絵を見ると、ポケットから同じ黒い革の首飾りを出した。俺が見たのと違って輪になっていないからただの革紐に見えたが、黒いガラス玉が付いた完全に同じ物だ。

「これのことか?」

「そうだ。それ、どこで買ったんだ?」

「腹違いの兄の物だ。退魔の子で、10年前に母の遺言で助けに行ったが目の前で死なれてしまった。弟に助けられるのが嫌だったんだろうな。出来損ないのくせにプライドばかり高い」

 クヴァレは吐き捨てるように言ったが、その割に10年前に手に入れた革紐を大事そうに握っている。

「これ、退魔の子の証なのか?」

「ああ、彼の国では鍵の刺青ではなくこれで管理している。数が多いからだろう。それは誰か付けていたのか?」

「知り合いが持っていた」

「……持っていたのか?結んだものを?」

 クヴァレは嫌悪感を露わにした表情になる。俺か、あるいはこの首輪の持ち主を軽蔑する顔だった。
 持っていると、何か問題なのかと尋ねつつ、手帳を閉まってクヴァレの目から隠す。

「これは、一度付けると外れないようになっている」

 クヴァレが自分の革紐を広げた。
 ただの黒い革に見えたが、素材のせいか加工されているのか結ぶと逆立つ表面が噛み合って解けないようになっている。力尽くで外そうとすると、細い革紐が千切れるか、脆いガラス玉が割れてしまうだろう。

「でも、結んだ状態の物を引っ掛けて置くと目印になるんだ」

「目印?」

「退魔の子を販売している目印だ」

 クヴァレの言葉を聞いて、ポテコが横から顔を出した。
 アムジュネマニスの人間で、かつモベドスの理事であるポテコは当然知っているらしく頷いた。

「あの国でも堂々と退魔の子を販売するのは体裁が悪いからね」

「知っている奴は関係者くらいだがな。それで、これは誰が持っていたんだ?」

 クヴァレに尋ねられて、俺は黙っていた。
 クラウィスにこれを渡した時に、これが何か知っているかと尋ねられた。
 ヴィルドルク生まれの俺は知らなくて答えられなかった。その時、クラウィスは笑っていたような気がするが、俺はちゃんとクラウィスの顔を見ていただろうか。
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