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第38話 勇者、真実に向き合う

~3~

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 次の敵が来ても市職員に危険がないように、とりあえず庁舎を出て正面の広場に向かう。
 来庁者は殆どいないから、入口の花壇の辺りまで離れる。いつもここで煙草を吸っているフォッグも、今は3週目の市内の散歩に出かけていて不在だ。

「ニーアはよくわからなかったですけど、ウラガノさんは昔からそういう体質なんですか?」

「いや、大人になってからだな。ホーリアに来たからでもないだろうし。多分、親知らずみたいなもんだろ。俺、真横に生えてるし」

「それは早めに抜いた方がいいですよ。ニーアは真っ直ぐ生えてるんでそのままにしますけど」

 健康優良児のニーアがウラガノに見事なマウントを決めたところで、はたと足を止めた。

「勇者様!そう言えば、事情聴取はどうしますか?」

「課長にまた日程調整して連絡するって伝えてくれ。ついでに市長に、庁舎が壊れた件の報告を頼む」

「はいっ!勇者様が修理してくれたって言って来ます!」

「いや、オーナーが修理してるって言っておいてくれ」

 俺の追加注文に、庁舎に走って引き返しながらニーアがわかりました!と腹から出ている覇気のある声で答える。
 これで、俺が雑に直したせいで庁舎に後々不具合が出ても、オーナーの責任にすることができるだろう。
 ニーアがいなくなった所で、早速休みを満喫するために立ち去ろうとしているウラガノを引き留めた。

「ゼロ番街で死んだ魔術師を知っているか?」

 前置き無しで本題に入ると、ウラガノは明らかに嫌そうな顔になる。
 しかし、魔術師がどうのこうのというよりも単純に面倒臭いから関わり合いになりたくないという顔だった。こいうの単純さに少し救われた気分になる。

「……まぁ、知ってますよ。本家の長男でしょ」

「本家?船乗の家の?」

「ああ、元本家っすね。退魔の子が生まれたとかで、当主をクビになったんすよ」

 ウラガノはさらりと言ったが、魔術師の本家はそう簡単にクビになれるものだろうか。
 カルムの記憶を見た時に、壇上で処刑される一家がいた。当主をクビになるとはそういうことだろう。あの会場の観客の中に、ウラガノは多分いなかったはずだと願ったが、確認する勇気はなかった。

「一家全員死んだって聞いたけど、生きてたんですね」

 ウラガノは既に死んだカルムの生死など興味が無さそうに言った。
 俺は親戚がいないから知らないが、年末年始とかお盆とかに一族みんなが集まって、誰が結婚しないのかとか子供は作らないのかとか、センシティブな話題にずかずか踏み込んでいく無礼な会合を開くと聞いている。
 しかし、リリーナははとこの名前を覚えていなかったし、親戚繋がりとは希薄な場合もあるのだろう。

「向こうも俺に気付いていたと思いますけど。別に、俺も逃げ出して来たから仲良く話す仲でもないし」

「それで、カルムが死んだら、何でウラガノが実家に帰って来るように言われているんだ?」

「だから、新しい当主を選ぶためにー家に箔が付くような魔術師を集めてるんでしょ」

「新しい当主ってことは、カルムの親が当主をクビになってから、今までずっと不在だったのか」

「らしいっす。船乗の魔術師は相当肩身の狭い思いをして、当主を選んでいる場合じゃなかったっぽいすよ。追放した奴が世間で一番有名になっちゃうし、しかも軍事魔術師としてだし……」

 ウラガノが右手を親指と人差し指を伸ばしてLの形にして振る。前にゼロ番街の魔術師が、カルムをそう嘲った事があった。
 その時は何なのか気付かなかったが、ニーアが勇者見習いとして戦争に行った今なら分かる。
 魔術師も、勇者と同じように戦争に行く時は民間人の区別を付けるために銃を持って行く。魔術師でありながら銃を持って戦争に参加する軍事魔術師を示していたのか。
 しかし、魔術師が軍事魔術師を軽んじていようと、アガットは世間一般では世界中に知れ渡っている有名な魔術師だ。戦争があればどの国も欲しがって国のトップが集まって会議が開かれる。
 それに、あんまり贅沢な暮らしをしているようには見えないけれど、どの魔術師よりも稼いでいただろう。
 しかし、アムジュネマニスの魔術師にとって、魔術とは学問として高めるものだ。実学的な魔術や金儲けのための研究を何よりも嫌う。

「そうか……魔術師の感覚だと、ウラガノのような実生活では何の役にも立たない魔術の方が誇りなのか」

「いや、金庫破りの時とかめっちゃ役に立つでしょ?」

 俺は実生活ではと言ったはずだ。ウラガノの実生活には金庫破りが含まれているのだろうか。
 こいつの犯罪歴を一度しっかり確認した方がいいかもしれない。
 そんなことを考えているとニーアが去って行った時と同じスピードで戻って来たから、とにかく、と話を変える。

「仕事さえ休めれば魔力は抑えられるんだな?」

「ええ、そりゃあもう!仕事を休めるなら一般人以下に抑えてみせますよ」

「ウラガノさん、職場を出るとすごく元気になりますもんね」

「それなら、しばらくホーリアを出てどこかに隠れていた方がいい。避難先の勇者には引き継いでおく」

「うぃーっす。それじゃ、せっかくだしミリアムとどっか遠出しようかな。新婚旅行ってやつ?」

「……えっと」

 ニーアの反応が遅れたのはミミーの本名が変換出来なかったからではない。
 ミミーは仕事でも俺達にも愛称を使っているから、本名で呼ばれる相手がいるのかと驚いたのだろう。
 俺は何とも思わなかったが、幼馴染のニーアとしてはミミーが自分たちが使うのとは違う名前で呼ばれて、知らない生活をしていることに複雑な気分になっただろう。

「そ、そうですね。ミミーも店が休みで暇だと思うのでちょうどいいですよ」

「それじゃあ、バカンス先が決まったら連絡しますー!」

 ウラガノはスキップでもしそうな程上機嫌に去って行った。ついさっき殺されかけたはずなのに、危機感というものを知らずに今までよく無事に生きて来れたものだ。
 しかし、月50時間の残業で今の話だと、おそらく傷病休暇は出ないから普通に有休扱いになるだろう。

「なんか……」

 ニーアがウラガノの後ろ姿を見送って呟いた。
 俺がウラガノの有休は残っているのか心配しているのに、ニーアは何か切ないような憧れるような表情をしている。
 気持ちはわかるが、あいつを見てそれを考えたら負けだ。

「いえ、何でもないです」

 ニーアは正気に戻って、口に出す前に言葉を飲み込んだ。
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