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第36話 勇者、民意を問う
〜3〜
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カルムのことならポテコが見張っているらしいし、聞けば一発でわかるだろう。
そう楽観的に考えていたが、ポテコに通信機で連絡を取ると伝言サービスに繋がった。俺とオグオンが使っている時間がかかるタイプのものだ。面倒だから留守電を残さずに切る。
リリーナと同じように新しい軍事魔術に興奮しているか、スパイとして忙しく働いているか。どちらにしても忙しくしているのだろう。
しかし、カルムを見張っている暇人はもう一人いる。俺は9thストリートのホテル・アルニカに向かった。
ホテルの中にいればオーナーが俺に気付いて勝手に出て来るはずだ。一先ず最上階のスウィートルームのドアをノックしたが、中から返事は返って来ない。
「……カナタ?」
もしかして、変質が進んで、部屋の中で動かない結晶の塊になっているんじゃないか。
人の形をした塊が転がっているのをリアルに想像して、俺の今日の悪夢が決定した。緊急事態だと判断して頑丈な魔術の鍵を開けて中に入る。
有難いことに部屋の主は不在だった。人間か結晶か分からないような姿になっているのに、また外出しているようだ。
まさか、三條のようにイナムを集めてお茶会とか謎の事を考えているのだろうか。
カナタはコミュニケーション能力に問題がある俺と同じ陰の者だ。多数のイナムを巻き込んだりはしないだろうが、別の方面で余計な事をしそうな気がする。
何か痕跡がないか探すと、部屋に備え付けのテーブルにメモが散らばっていた。失敬して覗いて見ると、日本語がぎっしり書かれている。
日記でも書いているのかと読んでいくと、どうやら小説のプロットのようだった。しかも、フィクションを読まない俺から見ても結構面白そうな恋愛小説。
俺と同類扱いしていたが、カナタはもしかすると百戦錬磨の売れっ子恋愛小説家だったのだろうか。
しかし、台詞まではっきり書かれている部分もあれば、ストーリーの流れだけ断片的に書かれている部分もある。カナタが書いているというより、過去に読んだ話を忘れないように書き留めているようだ。
何枚も散らばる日本語のメモの中に、一つだけ意味の通じないカタカナで書かれた言葉があった。
日本語では意味が通じない。しかし、ヴィルドルクの言葉で口に出してみると理解出来る。「ホーリアの勇者へ」というヴィルドルク語の発音を日本語で記載するとこの字面になるだろう。
カナタはヴィルドルク語を知らないから、日本語で書いたのか。俺に宛てた手紙でも書くつもりなのか。
「勇者様!」
メモを見て考えていると、スウィートルームの侵入者に気付いたオーナーが俺の隣に現れた。
いつも通り、汚れた白いエプロンを付けた巨体の男性姿で、壁の修理でもしていたのかバケツとコテを持っている。
「ウチはセキュリティの高さも売りの一つでしてね、勇者様といえど勝手に入られては困りますよ!」
「カルムを知らないか?」
「ああ、そう言えば気配がありませんね」
ちょうどいい所に来てくれたと俺が尋ねると、俺の不法侵入に怒りかけていたオーナーの表情が完全に怒りに変わった。忙しい時に面倒な用事で尋ねられたからだろう。変装魔術が薄まって本体が透けて見える。
「勇者様、私は彼の一挙一動を見張っているのではなく、船乗の家が問題を起こさないように見張っているだけです」
「カルムじゃなくて、船乗の家が?」
「ですので、大人しく死んでくれるのならそれで結構。私も役目が一つ減って有難いことです」
「冷たいな。そうだ、ティフォーネって子を知っているか?カルムが探しているらしいんだ」
ティフォーネがカルムと同じアムジュネマニスの魔術師なら知っているんじゃないかとついでに尋ねてみると、オーナーは何かに気付いた様子で視線を反らした。知っているのかと重ねて尋ねたが、オーナーは答えを濁す。
「いえ、探しても無駄ですよ……そうだ。アガットは度々ネイピアスに行っているから、門番が知っているかもしれませんね」
「なるほど」
トルプヴァール国内では魔力が無効化されるから探知できなくなる。それなら魔力の気配が探知できないのも当然だ。
クラウィスとデートに行ったのもネイピアスだから、カルムはあの街に詳しいはず。多分遊びに行っているだけだろうが、クヴァレに頼まれたことだし念の為探しに行こう。
俺が行こうとすると、オーナーはやれやれと溜息を吐きながらバケツとコテを持ち直して姿を消そうとした。
「俺一人で行くのか?」
「ええ?」
早く外壁工事に戻りたいオーナーが面倒臭そうに返事をする。
オーナーは一応大臣とポテコにカルムの見張りを任せられているのに、俺がその仕事をしてやっていることにならないか。俺は2人からもカルムからも一銭ももらっていないのに。
「ああ、はい」
オーナーはそう言って俺に何かを手渡した。お駄賃かと思ったら、木片を繋ぎ合わせた小さな人形だ。オーナーが魔術で分身を作る時の依代にしている物。
つまり、コレを持って実質俺一人で行って来いということか。
それは無いだろうと文句を言おうとしたが、オーナーは窓から出て忙しそうに工事を再開させていた。
そう楽観的に考えていたが、ポテコに通信機で連絡を取ると伝言サービスに繋がった。俺とオグオンが使っている時間がかかるタイプのものだ。面倒だから留守電を残さずに切る。
リリーナと同じように新しい軍事魔術に興奮しているか、スパイとして忙しく働いているか。どちらにしても忙しくしているのだろう。
しかし、カルムを見張っている暇人はもう一人いる。俺は9thストリートのホテル・アルニカに向かった。
ホテルの中にいればオーナーが俺に気付いて勝手に出て来るはずだ。一先ず最上階のスウィートルームのドアをノックしたが、中から返事は返って来ない。
「……カナタ?」
もしかして、変質が進んで、部屋の中で動かない結晶の塊になっているんじゃないか。
人の形をした塊が転がっているのをリアルに想像して、俺の今日の悪夢が決定した。緊急事態だと判断して頑丈な魔術の鍵を開けて中に入る。
有難いことに部屋の主は不在だった。人間か結晶か分からないような姿になっているのに、また外出しているようだ。
まさか、三條のようにイナムを集めてお茶会とか謎の事を考えているのだろうか。
カナタはコミュニケーション能力に問題がある俺と同じ陰の者だ。多数のイナムを巻き込んだりはしないだろうが、別の方面で余計な事をしそうな気がする。
何か痕跡がないか探すと、部屋に備え付けのテーブルにメモが散らばっていた。失敬して覗いて見ると、日本語がぎっしり書かれている。
日記でも書いているのかと読んでいくと、どうやら小説のプロットのようだった。しかも、フィクションを読まない俺から見ても結構面白そうな恋愛小説。
俺と同類扱いしていたが、カナタはもしかすると百戦錬磨の売れっ子恋愛小説家だったのだろうか。
しかし、台詞まではっきり書かれている部分もあれば、ストーリーの流れだけ断片的に書かれている部分もある。カナタが書いているというより、過去に読んだ話を忘れないように書き留めているようだ。
何枚も散らばる日本語のメモの中に、一つだけ意味の通じないカタカナで書かれた言葉があった。
日本語では意味が通じない。しかし、ヴィルドルクの言葉で口に出してみると理解出来る。「ホーリアの勇者へ」というヴィルドルク語の発音を日本語で記載するとこの字面になるだろう。
カナタはヴィルドルク語を知らないから、日本語で書いたのか。俺に宛てた手紙でも書くつもりなのか。
「勇者様!」
メモを見て考えていると、スウィートルームの侵入者に気付いたオーナーが俺の隣に現れた。
いつも通り、汚れた白いエプロンを付けた巨体の男性姿で、壁の修理でもしていたのかバケツとコテを持っている。
「ウチはセキュリティの高さも売りの一つでしてね、勇者様といえど勝手に入られては困りますよ!」
「カルムを知らないか?」
「ああ、そう言えば気配がありませんね」
ちょうどいい所に来てくれたと俺が尋ねると、俺の不法侵入に怒りかけていたオーナーの表情が完全に怒りに変わった。忙しい時に面倒な用事で尋ねられたからだろう。変装魔術が薄まって本体が透けて見える。
「勇者様、私は彼の一挙一動を見張っているのではなく、船乗の家が問題を起こさないように見張っているだけです」
「カルムじゃなくて、船乗の家が?」
「ですので、大人しく死んでくれるのならそれで結構。私も役目が一つ減って有難いことです」
「冷たいな。そうだ、ティフォーネって子を知っているか?カルムが探しているらしいんだ」
ティフォーネがカルムと同じアムジュネマニスの魔術師なら知っているんじゃないかとついでに尋ねてみると、オーナーは何かに気付いた様子で視線を反らした。知っているのかと重ねて尋ねたが、オーナーは答えを濁す。
「いえ、探しても無駄ですよ……そうだ。アガットは度々ネイピアスに行っているから、門番が知っているかもしれませんね」
「なるほど」
トルプヴァール国内では魔力が無効化されるから探知できなくなる。それなら魔力の気配が探知できないのも当然だ。
クラウィスとデートに行ったのもネイピアスだから、カルムはあの街に詳しいはず。多分遊びに行っているだけだろうが、クヴァレに頼まれたことだし念の為探しに行こう。
俺が行こうとすると、オーナーはやれやれと溜息を吐きながらバケツとコテを持ち直して姿を消そうとした。
「俺一人で行くのか?」
「ええ?」
早く外壁工事に戻りたいオーナーが面倒臭そうに返事をする。
オーナーは一応大臣とポテコにカルムの見張りを任せられているのに、俺がその仕事をしてやっていることにならないか。俺は2人からもカルムからも一銭ももらっていないのに。
「ああ、はい」
オーナーはそう言って俺に何かを手渡した。お駄賃かと思ったら、木片を繋ぎ合わせた小さな人形だ。オーナーが魔術で分身を作る時の依代にしている物。
つまり、コレを持って実質俺一人で行って来いということか。
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