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第34話 勇者、国政に携わる

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 オルトー連合国の統治が完了したことは、明日正式に国中に公布される。今日はその打ち合わせのために大臣たちが養成校の会議室に集まっていた。
 議会と違って公にされない基本的に参加厳禁の会議なのに、俺はオグオンに言われて後ろで控えていた。
 こういう議事録も残さない秘密裏に行われる会議には、証人を一人用意しておくものだ。オグオンに何かあったら俺がこの会議の発言の責任を問われることになる。
 気の重い役目に誰か他の勇者が来ないかと期待していると、開始直前にポテコがそっと会議室に入って来た。
 有難いと思ったが、ポテコは魔術師のローブを着ている。どうやら、本業の方で参加しているらしい。

「もう戻ってたのか?」

 会議は既に始まっていたが、お互いにフードを被っているのをいいことにポテコに尋ねた。
 ポテコも戦争に行っていたはずだ。昨晩、日付が変わると同時にオルトー連合国の統治完了の通知が届いたが、国内の防衛任務は引き続き行うように言われている。
 だから、俺も分身をホーリアと国境沿いに残して、リリーナに後を任せて首都に来ていた。

「ボクはちょうど交代だったから、早かったよ」

「他の生徒も?」

「そ。ニーアも戻ってると思う」

 ポテコが返したところでオグオンの報告が始まり、俺とポテコは目立たないように静かに正面を向いた。

「国内の被害は、首都への着弾が一件。死傷者はゼロ。養成校の校舎の一部が破損したため、既に修理は終えている」

 オグオンは資料を広げながら話しているが、この程度の内容は当然頭に入っているだろう。他の大臣たちと目を合わせるのを拒絶するかのように文字列を追っていた。

「国外で活動にあたっていた者の被害状況は、勇者3名が死亡。その他、趣味で参加している魔術師が……」

「そちらはいいだろう。国の者ではないし」

 商業担当大臣に遮られて、オグオンは一瞬動きを止めたがすぐに頷く。
 フードの隙間からポテコが嘲るように小さく笑ったのが見えた。
 戦争で最も危険な最前線で、最も殺傷力の高い魔術師たちが衝突する。彼等が互いに殺し合い、それが落ち着いた所で勇者たちは戦場に入って成果を上げている。
 勝手に戦地に出て来た魔術師に国から褒美を与えられないのはわかるが、敬意を表した方がいいと個人的には思う。しかし、アムジュネマニスとの付き合いを考えるとそう単純な話ではないのだろう。

「続いて、旧オルトー連合国の状況について、現在、各地からの報告をまとめているが、最終的に死者一千万人程度になる見込みだ」

「一千万か……」

「少し、多いな……」

 大臣たちがふつふつと泡のように呟き出し、オグオンは言葉を止めた。

「500を超えるとうるさいのが出てくるぞ」

「ああ、せっかくの盛り上がりに水を差すようなことは避けたい」

「どうせ殺したのはほとんど国外の魔術師でしょう。そちらの死者は抜いていいのでは?」

「確かに。こちらの被害に計上していないし。正当な理由だろう」

 オグオンは意識して無表情を作ったまま、黙って聞いていた。
 多分、この国は根本から麻痺している。優秀な勇者たちが国外に出て数日で戦争を終わらせてしまうから、地図から国が1つ消えることや一千万人が死ぬことの重大さを理解していない。

「だいたい450くらいにしたらどうだ。後で諸々出てきても500いかないくらいで収まる」

「勇者3人に、450万人。まぁそれくらいだろう」

 黙って聞いていたオグオンは、「では、それで」と穏やかに応じて手元の資料を修正した。
 犠牲者はこちらが勇者3人、叛逆国が400万人超。数字だけ見れば文句の無い大勝だ。
 魔術師が何人死んだのか考える必要はないし、勇者3人の死は国1つを潰した暴挙に見合うだけの満足な犠牲で、死んだ勇者の名前や死因は彼等にとってどうでもいいことだ。
 こういうことに慣れていかないと大臣はやっていけない。


 統治後の広報活動に議題が進み、ポテコが席を立つ。俺も後の話は興味がないからポテコを追いかけて会議室を出た。
 統治完了を国内に伝える見出しを考えたり、祝祭日のイベントの段取りを立てたり、それはそれで重要な仕事だ。しかし、戦っていた生徒が無事に帰って来て、一方で無事に帰って来ない生徒がいるこの時にする仕事ではないだろう。

「3人、死んだのか?」

「いつもの手だよ。退魔の爆弾」

 使い古された戦法とそれに引っ掛かった愚か者に呆れるようにポテコは言った。
 退魔の子の体内に爆弾を仕込んで、統治後の油断している避難所や救護所に忍び込ませる。味方を犠牲にしてでも敵を倒そうというやり方だ。
 退魔の子の体内は魔術で調べることが不可能で、外から無効化の術をかけても無効化されてしまう。
 退魔の子以外の全てに防御魔術をかけるとか、外から剣で爆弾を破壊するとか、防ぐ方法は当然あるが、慌てて退魔の子に移動魔術をかけたり防御魔術で退魔の子を覆ったりすると、その間に爆発してやられてしまう。
 しかし、どこの戦争でも使われる手垢のついた方法で、養成校に入学してすぐに対処法を叩き込まれるはずだ。

「新入生でもないのにそんな単純な手に引っかかるのか」

「だから、2人は新入生だよ。ニーアの同級生」

 俺の足が止まったのに気付いて、ポテコは「ニーアは無事だけど」と付け足した。
 しかし、ニーアのことだから、同級生全員と既に友人になっているだろう。
 そして、あの性格だから、自分だって追試で大変なのに誰にでも世話を焼いて、戦争で単純な罠に引っ掛かって死んでしまうような出来の悪い生徒の面倒を看ていたはずだ。

「それで、あと1人は?」

 重い気分で尋ねると、「キルヒウスだってさ」とポテコが軽く言った。
 キルヒウスは、ニーアと予習をしていた祖父が勇者で4年目の生徒だ。どうして、と今度こそ血の気が引いて動けなくなる。

「あいつは、新入生じゃないだろう」

「だよね。なんか、退魔の子を外に出して爆弾を解除しようとしたんだって。それで、間に合わなくてやられたらしいよ」

 どうしてそんなことしたんだろうね、とポテコは心底不思議そうに言う。
 俺は何も考えないようにして、なんでだろうな、と返事をした。これ以上ポテコと話をしなくて済むように、歩みを早くしてポテコと別れる。
 こういう事に一々反応しているとキリがないからだ。


 +++++


 養成校の中庭に出ると、勇者たちが持ち帰った装備を広げて後片付けをしていた。
 一週間もない遠征だったが、生徒全員が出掛けると武器は僅かでも食料や生活用品だけで中庭が埋まる程の荷物になっていた。

「ニーア」

 鍋の数を確認していたニーアに呼びかけると、ニーアは人込みの中から俺を見つけて笑顔になった。

「勇者様」

 そう言ったニーアは、少し疲れているもののいつも通りの笑顔だ。一先ず安心して、地面に広がった荷物を跨いで駆け寄る。
 どこも怪我をしていないし、性質の悪い魔術で精神を害されている様子もない。無事に初任務を終えて来たようだ。

「大変だったな。大丈夫か?」

「はい」

 何が大変だったとか大丈夫なのか具体的なことは触れずに尋ねると、ニーアは笑顔で頷いた。
 これは駄目だ、と気付いて違う言葉を掛けようとした時、ニーアの後ろで生徒の名簿を眺めていた生徒たちが片付けに飽きて話し出した。

「キルヒウス、死んだのか。バカな奴」

「でも、卒業できるほどの頭じゃ無かっただろ。このまま学校に飼い殺しにされるよりも、過激な人権派として正義感溢れる死に方でよかったんじゃないか」

「そういや、下級生と予習して負けてたよな。あんなの、俺も恥ずかしくて死にたくなるよ」

 行こう、と俺はニーアの腕を掴んで歩き出した。
 どこに行くか決めていなかったけれど、あんな話が聞こえない所まで離れなければ。
 ニーアは俺に腕を引かれるがまま大人しく歩いていたが、俺達以外に誰もいない廊下に着くと独り言のように話し出した。

「ニーア、国家のプライドとか国の繁栄とか、アウビリス様が言っていること、よくわからないんですよね」

 俺もそうだよ、と言おうとして黙った。
 俺はよくわからないから、何も考えずに長い物に巻かれて流れに任せて楽に生きることにした。大多数のヴィルドルク国民と同じで、戦争に参加することも人を殺すことも本当の意味では理解していない。

「なのに、覚えたての魔術でいっぱい人を傷付けて、友達も助けられなくて死んじゃったし、全然わかんないまま養成校に入学して、ずっと勇者が好きではしゃいでて」

 馬鹿みたい、と呟いたニーアの言葉に温度が無くて、俺はぞっとして振り返った。
 ニーアは泣いていなかったが、俺に腕を引かれて歩いていることにようやく気付いて足を止めた。

「勇者様、離してください」

「……」

 凍り付いたような表情のニーアの腕を掴んだまま、俺は何か言わないと、と考えていた。
 ニーアは俺の腕を振り払おうとして、睨み付けて来る。

「ゆ……、あなたと話したくないんです」

「嫌だ」

 俺は養成校の先輩でもあり、実は人生の先輩でもある。精神年齢の分だけ年の功があるのだから、ニーアを慰めて気分が晴れるような一言がぱっと出て来るはずだ。
 しかし、何も言えないまま黙ってニーアの腕を掴んで睨まれていると、ニーアの瞳に涙が溢れて、それが頬に零れる前に声を上げて泣き出してしまった。
 無駄に長く生きただけの俺は、それもで気の利いた一言が思い付かない。ニーアの腕を掴んだまま離れることも出来ず、ただ泣いているニーアの傍にいることしかできなかった。
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