元公務員が異世界転生して辺境の勇者になったけど魔獣が13倍出現するブラック地区だから共生を目指すことにした

まどぎわ

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第33話 勇者、学会に参加する

〜8〜

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 当然、俺は本気でその魔術師を殴るつもりは無かった。
 とにかく何かの騒ぎを起こしてそいつを黙らせないとカルムの防御魔術が発動してしまうから、ニーアが止めてくれることを信じて飛び出して、予想通り俺が悪さをすると想定していたニーアは迅速に俺を止めてくれた。

「勇者様、いくら卒業したからって学校で暴力事件は駄目ですよ」

「わかってる」

 反省は目に見えてしなければ意味がない。
 ということで、事務所に戻った俺は説教をするニーアの前でソファに寝転がって『今日からわかるアンガーマネジメント』というビジネス書を広げていた。
 ルークが姉弟ゲンカの最中に嫌味でニーアにプレゼントして、そのまま頭頂部に振り下ろされたという本だ。いつも鍋敷きに使っているがこういう時に役に立つ。

 それにしてもニーアは、本気のタックルで止めてきた。
 机と椅子をなぎ倒して容赦なく床に組み伏せられて、肋とか鎖骨が折れているかヒビが入っている気がする。ニーアが気にするかもしれないから何ともない顔で本を読んでいたが痛くて泣きそうだ。
 部屋に籠って不貞寝をしようかと考えていると、リリーナがソファの後ろから手を伸ばしてぺちり、と俺の頬に触れた。
 ニーアにバレない程度に静かに医療魔術が発動して、体中の痛みが消えていく。

「あんた、よくボロボロになるわね」

「自業自得だ」

「そう言わないの。勇者が行かなかったらあたしが行ってたわ」

「カルムの防御魔術は、解除できないのか?」

「発動は自動でも解除できるものよ。でも、本人が止める気がなかったから」

 あの場で防御魔術が発動したら、教授たち魔術師は逃げられただろうが、ニーアや他の生徒たちは巻き込まれて間違いなく死人が出ていただろう。
 カルムはそれでもいいと思っていたのか、はたまたアルコールと薬が切れてぼんやりしていただけなのか。
 術の発動のきっかけは、退魔の子を馬鹿にされたからだろう。カルムは魔術師なのにクラウィスに懐いているし、クラウィスと人違いをした時に探していた子も退魔の子のようだし、何かと関わりがあるのかもしれない。

 今回の件はちゃんと問い詰めておきたいところだが、俺がニーアに組み伏せられている間にカルムは姿を消していて事務所にも戻っていなかった。
 ニーアが本格的に寝技をかけてきて大騒ぎをしている内に論文発表は打ち切られて、その間にどこかに行ってしまったらしい。
 生徒たちの試験を邪魔してしまって申し訳ないが、俺の前に生徒たちは全員終わっていたから成績は付けられただろう。

「すまない……卑怯な手を使うつもりはなかった」

 事務所に付いて来ていたヨルガは、悔しそうな顔で俺とリリーナに頭を下げる。
 俺の悪口を延々と続けていた魔術師はどうも見覚えはないと思ったら、最近養成校に出入りしている非常勤講師だった。
 偶然にもヨルガの母親の父親の弟の息子とかいう親戚で、大多数と同じくオーナーが当主であることに不満を持っている。今回のヨルガの事情を知って、勝手に加勢したらしい。
 俺が飛び出さなかったらヨルガが殴りかかっていた様子だったし、ヨルガの言葉は本心だろう。

「とはいえ、結果は僕の勝ちなわけだが……」

「あんた、あれで勝ったつもり?」

「だって、こいつが失格になったのだから、僕の不戦勝だろう」

「あんたが失格になってたかもしれないでしょ。そんな風に勝って恥ずかしくないの?」

 言い合う2人の間に、まぁまぁと割って入る。そして、ヨルガに聞こえない距離までリリーナを引き離した。

「そろそろ、真面目にヨルガの話を聞いてやったらどうだ?」

「な、何よ!あたしがあいつと結婚してもいいって言うの?!」

 俺としては、最初はリリーナのことを考えて反対するつもりだった。しかし、これ以上俺が怪我をすることになるならもう口出ししない方がいいような気がする。
 1回戦は異空間とはいえ手足が焼け落ちて、2回戦ではニーアのせいではあるが本当に骨折して。この調子で行くと3回戦目は俺が死ぬかもしれない。

「あー……あたしもそれは考えたわ」

「それなら、俺を助けると思って。真剣に見合いの1回くらい引き受けてくれ」

「うー……」

 リリーナは返事を濁すとヨルガを見て考え始めた。その気になってくれたのかと思ったら、すぐに声を上げて泣き出す。

「やだー!!結婚するなら勇者とがいいー!!」

「えー?どうしてですか?」

 絶対にまともな理由ではないから聞く気は無かったのに、ニーアが面白そうに寄ってくる。
 言わなくていい、と俺が言う前に、リリーナがしゃくり上げながら答えた。

「だってさ、夕方まで寝てても放っといてくれるし、ご飯こぼしたら拭いてくれるから」

「リングベリー、僕なら3日起きて来なくても文句を言わないし、食事もひと匙ずつ食べさせてあげてもいいんだが?」

「そういうことじゃないー!」

  べそべそと泣き出したリリーナを前にして、ヨルガは同じく泣きそうになっていた。
 結婚を申し込んだのに、きっぱりと断られたようなものだ。若者にしては厳しすぎる試練に同情してしまう。
 俺は今のリリーナの言葉を聞いてリリーナと結婚するのは絶対に嫌だなと思ったから、譲れるものなら譲ってやりたい。

「わかった。勝負をやり直そう」

 リリーナに婚約拒否されたショックから復活したヨルガは、いつもの無駄に虚勢を張った態度に戻っていた。

「内容は君が決めていい」

「何でもいいのか?」

「ああ、ボードゲームでも剣を用いた決闘でも、好きなやり方を選ぶといい。まぁ何にしても、僕が負けるとは思えないけどな」

 そう言って、ヨルガは余裕そうにはっはっはっと高笑いをする。
 ここまでフラグを立てるものかと感心してしまった。


 +++++


「……申し訳ございませんでした」

「もっと心を込めて、最初からちゃんと言いなさい」

「……僕のわがままで無謀にも勝負を持ちかけて、皆様にご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」

「泳げないなら、見栄を張らないで先に言えばよかったのよ」

「違う!僕は泳げる!でも、なんかぬめぬめした物に足を掴まれたんだ!」

「多分……見慣れない人だから餌と間違えたみたいですね」

 ニーアが俺の髪をごしごしとタオルで拭きながら呟いた。
 事務所の庭のプールで行われた水泳対決で、開始早々に溺れたヨルガを救出したのはニーアだ。
 しかし、ニーアは苦手なフォカロルがヨルガの脚に纏わりついていたから、ヨルガが溺れかける声とニーアの叫び声が聞こえていた。
 そんな中で俺一人だけ本気で泳ぐのも申し訳なくてバタ足でゴールしてしまった。
 でも、ヨルガはスタートの直後でバタバタしているだけだったから、歩いてゴールしても勝っていたかもしれない。

「リングベリー」

 ヨルガはリリーナが返事をする前に膝をついてリリーナの手を両手で掲げた。 

「気高い君を心から愛している。君の蒼の血が恋しいのは真実だ」

「わぁー告白ですよ、勇者様!」

 緊張感のないニーアが興奮して俺をばしばしと叩いてくる。
 しかし、リリーナはそんな告白など慣れているかのようにヨルガの手を振り払った。

「はいはい、また遊びに来ていいから。じゃあね」

「そんな……リングベリー、僕は本気だからな!」

 ヨルガが言い終わるのを待たずに、リリーナは移動魔術を発動してヨルガを事務所から追い出した。
 本当は照れているんじゃないかと思ったが、リリーナはいつもの通りあくびをしつつ、キッチンに寄ってクラウィスからおやつを貰うと自室に引きこもりに行った。

「ヨルガさんって、やっぱりリリーナさんのことが好きなんですよ」

「そうみたいだな」

「でも、リリーナさんは勇者様が好きなんですね」

「それは違う」

 俺が否定しても、ニーアは三角関係か、としみじみ納得していた。
 リリーナを巡って俺とヨルガが三角関係ならば、またヨルガが勝負を持ち掛けてくるだろう。
 俺は早く朝早く起きて、ご飯を食べこぼさない相手を見つけて結婚しないと。
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