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第33話 勇者、学会に参加する

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 ヨルガは次の勝負を勝手に決めると、反論する暇を与えずに逃げるように去って行った。
 実践形式だと余計な口出しをされると学んだのか、次は学会の発表形式での魔術対決。
 新たに構築した魔術式を学会で発表して教授たちの支持を得た方が勝ち、ということだ。
 教授をやっているリリーナにはピッタリだ。と思ったが、やっぱり相手をするのは俺だった。
 どうやら、俺とヨルガのどちらがリリーナの婚約者に相応しいかという流れになっているらしい。

 新しい魔術を今から作る余裕はないけれど、アムジュネマニスに売りつけようとしていた魔術式がいくつかある。
 良い感じのものを選んで、発表用に体裁を整えればできなくはない。
 しかし、そこまでしてリリーナとヨルガの結婚を反対することもないように思う。

「そもそも、今学会が終わったばかりなのに、ちょうどよく発表の場があるのか?」

「それなら心配ないですよ。ニーアが取ってる魔術の授業で、明日、試験代わりに論文発表があるんです。そこを使わせてもらうってヨルガさん言ってました」

「授業の試験なら、跳び込みの参加なんて無理だろう」

「いえ……ニーア、その授業、もう単位を落とすことが決まってるので、ニーアの分の発表枠が空いてるんですよね……だから、大丈夫です……」

 それは別の意味で大丈夫ではない。
 しかし、リリーナを味方に付けていながら、カンニングはせずに正々堂々と学んでいる証拠だ。
 暗いオーラを纏わせているニーアを慰めつつ事務所に戻ると、カルムは定位置であるクラウィスの隣に向かった。
 カルムは何事も無い時はクラウィスの部屋のベッドで勝手に寝ているが、何かあるとクラウィスの傍に付いていた。
 今日は、酒を飲み過ぎて俺に手荒く介抱されたのは兎も角、謎の勝負に巻き込まれて審判をやらされて、俺程ではないけれど被害者面をするには充分だろう。
 クラウィスもカルムに何かあったのかと気付いて銀食器を磨いていた手を止めた。

『カルムさん、ニーア様に引き摺られて行きましたけど、大丈夫でシたか?』

「いいや、何もなかった」

『お酒飲んで来まシた?』

「飲んでない」

『本当でスか?』

「本当だ」

 嘘だ。
 しかし、全部トイレで吐いてきたから本人的には飲んでいないことになるのかもしれない。
 ニーアも、一度食事を挟むと一日のアルコール摂取量のカウントがゼロに戻るところがあるし。

『それなら、いいでスけど……』

「手伝おう」

 カルムはクラウィスにぴたりとくっついたまま、見様見真似で銀食器磨きを手伝い始めた。
 俺が赴任して来る前から事務所に転がっていたくすんだ銀食器は、クラウィスが小まめに磨いているから元の輝きを取り戻しつつあった。
 外も暗くなってきたし、論文発表の準備なんて止めて軽く食事をしてさっさと寝てしまおうか。
 そう考えたが、それを察したニーアが本を閉じようとした俺の手を止めた。

「勇者様、今この状態で、リリーナさんとヨルガさんが結婚することになったらどうなるかわかりますか?」

「俺が上司として結婚式でスピーチすることになる」

「それはそうですけど。そうじゃなくて、支配人とオーナーが黙っていないと思いますよ。勇者様のせいで、リリーナさんが望まない結婚をさせられた、って」

「……」

 最悪な予想だ。だからこそ、外れてはいないだろう。
 あの2人は、何だかんだ言いながら末っ子のリリーナに甘い。そして、リリーナは俺を乱暴に扱っても壊れない枕か何かと勘違いしている節がある。
 オーナーと支配人を2人まとめて敵に回すくらいなら、結婚式で三つの袋が大切云々とか面白くもないスピーチをする方がマシだ。

「考えたんだが、まともに勝負をしなくてもその2人を呼べば解決するんじゃないか?」

 リリーナに言い負かされて半泣きになるヨルガだ。
 リコリスかオーナーを前にすれば、言葉を発する事も出来ずにオーラに圧倒されて気絶してしまうかもしれない。
 それに、当初はオーナーが当主に相応しくないといった話だったのだから、本人が出てきて相手をするのが筋だろう。
 しかし、それを聞き付けたリリーナが俺とニーアの会話に割って入ってきた。

「なによ。お父様とお姉様に、どこの馬の骨とも知れない奴に求婚されて困ってるって相談しろって言うの?」

「一応親戚なんだから、どこの馬の骨とも知れない奴ではないだろう」

「絶対嫌!こんなことで頼りたくないわ。あたしのことだから、あたしが何とかするの」

 俺は既に多大なる迷惑を被っているのだが。まさか、気付いていないのか。
 そろそろ怒ってもいい頃合いだと思ったが、ニーアがまぁまぁと俺を宥めた。

「わかってあげてください。ニーアも、同級生に告白されたことをルークにからかわれた時は、危うくあの子の腕を骨折させる所でした。リリーナさんもきっと照れ臭いんですよ!恋愛の話って家族に言うのはちょっと恥ずかしいですから」

 ニーアは俺を諭すように言ったが、俺は前半が衝撃的過ぎて話を聞いていなかった。どうして告白をからかったくらいで腕を折られないといけないんだ。
 近頃のルークはあこぎな商売に手を染めて胡散臭さが増していたが、こんな姉の下でよく曲がらずに成長したものだと同情してしまった。


 +++++


 試験会場は養成校の中でもそう広くない講義室で、試験だけあって生徒達は緊張した面持ちで並んでいる。
 早々と単位を落としたニーアは司会を任せられていた。十数人程度の教授と聴講生とそう多くない人数なのに、マイクを片手に青い顔をしている。
 ニーアの様子がおかしいことに気付いて、今回はリリーナに引き摺られて来たカルムが声を掛けた。

「大丈夫か?」

「実は、ニーア、司会業にトラウマがあるんです……」

「それは難儀だな……」

 どうしてそんなことに?とカルムが尋ねると、ニーアは俺を指差す。
 カルムはそれだけで何かを察した表情になった。まるで俺が悪いみたいな雰囲気で甚だ遺憾だ。まぁその通りだが。

「もちろん、もう克服しましたけど。ただ、魔術師の先生たちばかりなので緊張してしまって」

「無理をすることはない。代ろうか?」

「い、いいんですか?!それじゃあ、ニーアはタイムキーパーをやりますね」

 俺だったら甘えるなと言って蹴り出してやるところなのに、カルムの優しさに感動してしまった。俺に足りないのはこうやって優しく人を支えるということかもしれない。
 しかし、日時と場所を変えても付き合ってくれるなんて、カルムは人が良いを通り越して心配になってくる。

 それはそうとして、カルムが司会をやるとなると、教授たちの中にサクラを仕込めなくなる。
 養成校の中で唯一俺の味方になってくれそうなレゾィフィグカ教授は姿が見えず、代わりにリリーナが俺の横で一般客のようにちょこんと座っていた。
 その隣にはヨルガが座っていて、自分で持ちかけた勝負なのに緊張しているのか、ぺらぺらと今日の発表内容を自慢気にリリーナに話している。
 そして、リリーナはそれを完全に無視している。

「俺のレゾィフィグカ教授は?」

「あんたのレゾィフィグカ教授じゃないでしょ。あんたが適当な移動魔術で動かしたせいで壊れちゃったわ。担当授業はしばらく休講よ」

「それなら、ポテコは?」

「ポテコさん、この前の父親の従兄弟の嫁の弟さんが体調を崩されてから、学校もお休みしてるんですよね。大丈夫でしょうか」

「忌引きにしても長いな」

「いえ、亡くなってはないんじゃないですか……あれ?嫁の従兄弟でしたっけ?リリーナさん、聞いていますか?」

「知らないわ。どっちでもいいんじゃない?」 

「後輩のニーアには言い辛いが、俺は養成校の魔術教師に漏れなく嫌われているんだ」

「それはっ、……はい、あの、よく知っています」

「だから、勝ち目がないかもしれない」

「大丈夫ですよ。今回は単なる外部から来た発表者ですから!ゲストですよ」

 ニーアが慰めてくれるが、正直なところ勝ち目は半々だ。
 在学中、俺は単位を取るために教師に媚びを売ることは忘れなかった。
 授業時間外に無駄な手伝いをしたり、飲み会で酌をしたりはしなかったが、教師が好みそうなテーマは熟知している。
 養成校の教授たちは魔術師だが、教師であることに変わりない。しかも、勇者養成校で教えているだけあってお堅い正統派の魔術を好む。
 軍事に偏り過ぎずに防御術をテーマにして、古典からの引用を主に個性を出し過ぎない程度にオリジナリティを混ぜ込み、教授たちが気持ちよく突っ込めるように可愛らしい穴を残しておく。
 完璧だ。
 リリーナには「ブリッ子し過ぎてて気持ち悪い」と酷評されたが、この程度の方が養成校の教授たちは満足する。
 カルムはつまらなそうに俺の発表を聞いていたが、一応司会としての役目は果たしてくれた。
 発表の後、予想していた通り飛んで来る質問に当初のシナリオ通り答えて、一通り終わったと思われる所でカルムが改めて会場に声を掛けた。
 追加の質問もなく終わるかと思ったが、後ろの席に座っていた魔術師が手を上げてカルムが応える前にその魔術師は勝手に話し出す。

「この発表者は……ホーリア?ああ、ここの卒業生か。見た目が変わっているから気付かなかった。首席で卒業させてもらいながら、散々問題を起こしているらしいな」

 その魔術師は、質問で挙手をしておきながら、独り言のようにブツブツと話し出す。
 そういうタイプの嫌われ者がどの学会にも1人や2人はいるものだ。発表とは無関係の自分語りが続くのだろうと聞き流していたが、内容は俺への批判だ。
 質問はまだかと律儀に待っていたカルムだが、流石に長いと思ったのか魔術師の言葉を遮った。

「発表と関係の無い発言は控えるように」

「黙っていろ。お前の出自をここで暴いてもいいんだ」

 魔術師に怒鳴られて、カルムは黙った。
 表情は変わらなかったが、カルムの方から産毛が逆立つようなピリピリした嫌な感覚がある。
 何かと思って様子を伺うと、カルムの腕に彫られた術式が青く反応していた。
 軍事魔術師特有の自動発動する防御魔術だ。
 普通の防御壁とは違って戦争で使うような、一歩間違えれば攻撃にもなる強力な魔術。こんな広くもない講義室で発動したら、講義室の内側から吹き飛んでしまう。

「それで、ご質問は?」

 このまま司会を任せていたら術が発動して勝負所ではなくなる。
 俺以上にキレやすいカルムには任せておけないから、司会を引き継いでその魔術師を宥めるように尋ねた。
 
「実習に行っている生徒は……劣等生の色付きか。純血の白魔術師がいるのに勿体無いものだ」

「勇者様……」

 タイムキーパーを務めていたニーアが、先回りして小声で俺を制した。
 しかし、前に同じようにモベドスでキレて痛い目に遭ってポテコに迷惑をかけた。その経験もあってこの場では何とか堪える。
 ただ、カルムの腕の術式は今にも発動しようとするかのように青く反応していた。

「質問がないなら終わりでいいか?」

「ああ、退魔の子を使っているのか。気持ち悪い、そんなものをわざわざ入れて、それでバランスを取ったつもりか」

 カルムの腕からぱちん、と青い火花が散った。
 これはマズい。俺はマイクを投げ捨てて壇上から飛び降りた。
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