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第32話 勇者、候補者を支援する
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ニーアの元に着くと、怒鳴り合っていたはずなのに警備員もニーアも妙に大人しくなっていた。
何かあったのかと尋ねようとすると、俺に気付いたニーアが視界を遮るように正面に立ち塞がる。
「あ、ゆ、勇者様!コルダさん、どうですか?!」
「ああ、問題ない」
持ち直して演説を続けていると答えつつ、ニーアが隠している背中の辺りを覗いた。何があるのかと見ると、立派な布張りのホールの扉に派手な穴が2つ空いている。
おそらく的中しているであろう嫌な予感がして、これはどうしたとニーアに尋ねてみる。
「えっと、事故……ですね」
「ああ、事故……だな」
何時の間にか仲良くなったのか、警備員とニーアは揃って神妙な顔でとぼけたことを言った。
威嚇のつもりで扉を殴ったのか、熱中すると周囲の物の扱いが雑になるニーアが無意識に破壊したのか。どちらにせよ、誰かに見つかる前に隠そうと俺はホールにあった新聞紙を広げた。
しかし、すぐ隣に議事堂の職員が佇んでいることに気付いて動きを止める。
優秀な職員は接客用の笑顔を崩す事はなかったが、既にその手には修理代の請求書が2枚用意されていた。
「で……あの、ニーア、弁償の書類を書かないといけないんです。ポテコさんの代理で来てますが、ニーアの名前で書いて大丈夫ですか?」
「いや、ホーリアの名前で書いてくれ」
仕事を押し付けてサボったポテコが悪いんだからポテコの名前で請求させろ、と俺が言う前に、追い付いたオグオンが俺の後ろからそう言った。ニーアは一応反省している様で、か細い声でオグオンに返事をすると、警備員と一緒に職員に連行されて行く。
このホールも歴史ある議事堂の一部だから、簡単な魔術で修理をして終わり、とはいかないはずだ。アルルカ大臣と折半するにしても、それなりの金額を請求されるだろう。
今日も含めてこの仕事は勇者の通常業務の一環だと思って追加の給料は端から期待していなかったが、オグオンに頼んだら幾ばくかの手当がもらえたりするのだろうか。
「私は、原稿が消失した件についてアルルカ大臣に確認してくる」
俺が修理代を計算している間に、オグオンは器物破損事件を無かったことにしていつも通り仕事を進めようとしている。
アルルカ大臣に確認したところで彼が正直に答えるとは思えない。犯人扱いするのかと大いに揉めそうだが、立場上、疑わないで無かったことにも出来ないのだろう。
「コルダは、そろそろ終わるはずだ」
オグオンはそう言って、舞台裏の方を視線で示した。オグオンの言いたいことに気付いて、俺はコルダを迎えるために舞台裏に向かった。
しかし、今更顔を合わせるのは若干の気まずさがある。
コルダに辞職願を叩きつけられて無視されて、俺は大人げなくそれに応えてしまった。
コルダが話しやすいように無駄に話しかけるとか、勝手に辞めるなんて許さんと怒り出すとか、大人として何かリアクションをしてあげた方が良かったかもしれない。
どんなキャラで迎えようかと人がいない舞台裏の通路で考えていると、ホールから拍手の音が響いた後に、コルダが舞台から降りて来た。
演説をしてた時の大人びた顔をしていたが、俺に気付くと我慢していたものが決壊したように大粒の涙を零し始める。
慣れない服と固い靴で転びそうになりながら俺に駆け寄ると、コルダは黙ったままべしょんと俺のマントに抱き着いた。
セットした髪も薄く施したメイクも既に崩れていたから、ついでに俺はコルダの髪をぐしゃぐしゃにして頭を撫でる。
「見てたよ。立派だった」
「……嘘言わないで」
コルダは力無くそう言って首を横に振る。声を上げて泣くかと思ったのに、意外にも静かに落ち込んでいる。俺のマントが涙で湿ってみるみる色を変えていた。
「全然ダメだった……どうしよう、コルダ、アルルカ大臣に毛皮剥がされちゃう……」
「そんなことさせない」
「大臣なんて最初から無理だったんだよ……コルダ、皮、全部剥がされて、国を追い出されちゃうんだ」
「大丈夫だって」
俺はコルダを抱き上げて、出るものが全部出ているコルダの顔をマントで拭った。昨日クラウィスに洗濯されたばかりの清潔なマントで良かった。
「そんなに心配なら、事務所に部屋が余ってるからアルルカ大臣が来ても大丈夫なように強力な防御魔術を張って籠っていればいい」
事務所には引き籠りのプロのリリーナがいて、室内で遊ぶおもちゃやゲームは一式揃っている。
最近は養成校の講師の仕事があってリリーナが事務所を空けていることもあるが、それなら使われていないミシンで洋裁にチャレンジしてみるのも悪くない。コルダも服が作れるようになったらコスプレに目覚めて小道具や大道具を作りたくなるかもしれないし。
「でも、それじゃ、一生お外に出れないのだー……」
「それなら、一緒に世界一周旅行にでも行こうか。帰って来る頃にはアルルカ大臣もいい加減歳で大人しくなってるだろう」
「そ、んなの、逃げるみたいで嫌なのだ!」
「いいんだよ。頑張っても駄目だったなら逃げていいんだ」
前に俺が仕事で行ったラドライト王国は、王族と顔見知りだから良い生活が出来るだろう。
あるいは、観光地としてあんまり快適ではないけれど、アムジュネマニスに行って魔術を極める旅に出るのもいい。
コルダが落選したらオグオンも国を追い出されるし、誘ったら一緒に来てくれるはずだ。多大なる迷惑を掛けられたのだから、頼めばコルダの旅費を全部出してくれるだろう。
そんな話をしていたら、コルダは泣き疲れてそのまま眠ってしまった。
何かあったのかと尋ねようとすると、俺に気付いたニーアが視界を遮るように正面に立ち塞がる。
「あ、ゆ、勇者様!コルダさん、どうですか?!」
「ああ、問題ない」
持ち直して演説を続けていると答えつつ、ニーアが隠している背中の辺りを覗いた。何があるのかと見ると、立派な布張りのホールの扉に派手な穴が2つ空いている。
おそらく的中しているであろう嫌な予感がして、これはどうしたとニーアに尋ねてみる。
「えっと、事故……ですね」
「ああ、事故……だな」
何時の間にか仲良くなったのか、警備員とニーアは揃って神妙な顔でとぼけたことを言った。
威嚇のつもりで扉を殴ったのか、熱中すると周囲の物の扱いが雑になるニーアが無意識に破壊したのか。どちらにせよ、誰かに見つかる前に隠そうと俺はホールにあった新聞紙を広げた。
しかし、すぐ隣に議事堂の職員が佇んでいることに気付いて動きを止める。
優秀な職員は接客用の笑顔を崩す事はなかったが、既にその手には修理代の請求書が2枚用意されていた。
「で……あの、ニーア、弁償の書類を書かないといけないんです。ポテコさんの代理で来てますが、ニーアの名前で書いて大丈夫ですか?」
「いや、ホーリアの名前で書いてくれ」
仕事を押し付けてサボったポテコが悪いんだからポテコの名前で請求させろ、と俺が言う前に、追い付いたオグオンが俺の後ろからそう言った。ニーアは一応反省している様で、か細い声でオグオンに返事をすると、警備員と一緒に職員に連行されて行く。
このホールも歴史ある議事堂の一部だから、簡単な魔術で修理をして終わり、とはいかないはずだ。アルルカ大臣と折半するにしても、それなりの金額を請求されるだろう。
今日も含めてこの仕事は勇者の通常業務の一環だと思って追加の給料は端から期待していなかったが、オグオンに頼んだら幾ばくかの手当がもらえたりするのだろうか。
「私は、原稿が消失した件についてアルルカ大臣に確認してくる」
俺が修理代を計算している間に、オグオンは器物破損事件を無かったことにしていつも通り仕事を進めようとしている。
アルルカ大臣に確認したところで彼が正直に答えるとは思えない。犯人扱いするのかと大いに揉めそうだが、立場上、疑わないで無かったことにも出来ないのだろう。
「コルダは、そろそろ終わるはずだ」
オグオンはそう言って、舞台裏の方を視線で示した。オグオンの言いたいことに気付いて、俺はコルダを迎えるために舞台裏に向かった。
しかし、今更顔を合わせるのは若干の気まずさがある。
コルダに辞職願を叩きつけられて無視されて、俺は大人げなくそれに応えてしまった。
コルダが話しやすいように無駄に話しかけるとか、勝手に辞めるなんて許さんと怒り出すとか、大人として何かリアクションをしてあげた方が良かったかもしれない。
どんなキャラで迎えようかと人がいない舞台裏の通路で考えていると、ホールから拍手の音が響いた後に、コルダが舞台から降りて来た。
演説をしてた時の大人びた顔をしていたが、俺に気付くと我慢していたものが決壊したように大粒の涙を零し始める。
慣れない服と固い靴で転びそうになりながら俺に駆け寄ると、コルダは黙ったままべしょんと俺のマントに抱き着いた。
セットした髪も薄く施したメイクも既に崩れていたから、ついでに俺はコルダの髪をぐしゃぐしゃにして頭を撫でる。
「見てたよ。立派だった」
「……嘘言わないで」
コルダは力無くそう言って首を横に振る。声を上げて泣くかと思ったのに、意外にも静かに落ち込んでいる。俺のマントが涙で湿ってみるみる色を変えていた。
「全然ダメだった……どうしよう、コルダ、アルルカ大臣に毛皮剥がされちゃう……」
「そんなことさせない」
「大臣なんて最初から無理だったんだよ……コルダ、皮、全部剥がされて、国を追い出されちゃうんだ」
「大丈夫だって」
俺はコルダを抱き上げて、出るものが全部出ているコルダの顔をマントで拭った。昨日クラウィスに洗濯されたばかりの清潔なマントで良かった。
「そんなに心配なら、事務所に部屋が余ってるからアルルカ大臣が来ても大丈夫なように強力な防御魔術を張って籠っていればいい」
事務所には引き籠りのプロのリリーナがいて、室内で遊ぶおもちゃやゲームは一式揃っている。
最近は養成校の講師の仕事があってリリーナが事務所を空けていることもあるが、それなら使われていないミシンで洋裁にチャレンジしてみるのも悪くない。コルダも服が作れるようになったらコスプレに目覚めて小道具や大道具を作りたくなるかもしれないし。
「でも、それじゃ、一生お外に出れないのだー……」
「それなら、一緒に世界一周旅行にでも行こうか。帰って来る頃にはアルルカ大臣もいい加減歳で大人しくなってるだろう」
「そ、んなの、逃げるみたいで嫌なのだ!」
「いいんだよ。頑張っても駄目だったなら逃げていいんだ」
前に俺が仕事で行ったラドライト王国は、王族と顔見知りだから良い生活が出来るだろう。
あるいは、観光地としてあんまり快適ではないけれど、アムジュネマニスに行って魔術を極める旅に出るのもいい。
コルダが落選したらオグオンも国を追い出されるし、誘ったら一緒に来てくれるはずだ。多大なる迷惑を掛けられたのだから、頼めばコルダの旅費を全部出してくれるだろう。
そんな話をしていたら、コルダは泣き疲れてそのまま眠ってしまった。
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