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第30話 勇者、迷い人を救う

~7〜

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 食事が出来るようになり、元気になって良かった良かった。
 と、そう単純にはいかないもので、泣き声がふえぇぇぇからうぎゃあああに変わって状況はより悪くなっていた。
 数日前までハイハイをしていたのに、何時の間にか二足歩行で歩けるようになっている。体力が有り余っているらしく、夜も寝ないで泣くか遊ぶかしていた。
 事務所のそこまで広くない庭は最初はいい遊び場になっていが、赤子の果てない好奇心を全て受け止めるには荷が重く、ここ最近のリュウは事務所の中の物を破壊する方に興味が向いている。

『勇者様……』

 ソファーでうたた寝していると、クラウィスが俺を突いて声を掛けて来た。
 リュウのご機嫌な声が聞こえる方を見ると、クラウィスが整理して置いていた郵便物を広げて遊んでいる。半年くらいまともに見ていないから山になっていて、破き甲斐がありそうだ。
 俺宛の書類は破かれても何とかなるが、ニーア宛の書類は勇者ファンクラブの会報だとか抽選で当たった非売品ブロマイドだとか、少しでも汚れるとマジギレされるものがある。
 クラウィスもそれを良く知っているから、ニーアの書類だけ回収して避難させていた。賢明な判断だ。

「その辺の公園でも連れて行って体力を消耗させた方がいいのだ」

 リュウに付き合って重要書類を破いている俺を見て、おやつを食べていたコルダが呆れた様子で言った。
 コルダは育児は手伝わないのに口は出して来る。そして、リュウの傍を離れない。俺が悪いことをしないかと見張っているようだ。

「でも、目を離した隙にどこか行っちゃうかもしれないだろ」

 リュウがよちよちと走る速度は、既に大人の駆け足の速度に相当している。寝不足の俺が追い掛けるには体力的に不安があった。

「紐でも付けて握っておけばいいのだ」

「そんな雑な扱い、可哀想だ」

「家の中で暇させてる方が可哀想なのだ」

「……」

 確かに、狭い事務所の中で給与明細を細かくして遊んでいるよりも、お日様の下で走り回っている方が子供の成長にはいいはずだ。それに、動いて疲れれば夜も寝てくれるだろう。
 リュウの力でも千切れないい紐はあっただろうかと探しに行くと、クラウィスが黙ってワイヤーロープを持って来た。
 これは紐じゃないだろうと言おうとしたが、多分、獣人の子はその気になれば麻縄など簡単に引き千切る。
 赤子をワイヤーに括りつけるなど愛読していた育児書の内容に反するが、仕方ないからそれを受け取った。


 ホーリアの各通りには公園が必ず1つは設置されている。ホーリアに来るような高齢の観光客が休憩するためものので、子どもが遊ぶにはやや退屈な広場だ。
 訳アリの獣人を遊ばせるために、滅多に人が寄り付かない9thストリートの公園に向かう。魔術師が住み着いている通りだから誰も利用しない公園は寂れているが、市長の方針で緑は整えられていて、ゴミは1つも落ちていない。赤子が走り回るには丁度いい広さだ。
 リュウにはロープをくくり付けたリュックを背負わせて、フードを被って耳を隠させた。
 公園の砂場を熱心に掘っていて、俺はロープの先端を握ってベンチに腰掛けていた。リュウと同じようにフードを被っているコルダは、リュウの遊びに参加せずに別に砂の作品を作っている。

「勇者様」

 ぽかぽかと暖かい日差しに昼寝でもしようかと考えていると、あまり聞きたくない声が聞こえて来た。
 返事をしないでいると、カナタが勝手に俺の横に座る。布を巻いた頭が重そうで足取りがフラフラしていたが、前に見た時からそれ程変質は進んでいなかった。

「元気そうだな」

「ボクも散歩なんてしたくないんだけど。長期滞在していると部屋の掃除が入るんだよ」

「そうか」

「しかも、あのオーナー直々。暑苦しいよな」

「……」

 俺には、カナタと顔を合わせ辛い理由がある。
 俺がモベドスに行った結果、カナタの変質を治す情報は得られなかった。
 偉そうな事を言ったのに何も成果が得られず、無駄な期待をさせた事に対しての謝罪を、するにはした。
 カナタは怒ることもなく許してくれたが、始めから無理だと思っていた、勇者様は楽観的過ぎる、責任感が人一倍あるらしいけど元が無責任でゼロだからゼロに何を掛けてもゼロだ、等々。滅茶苦茶に言われて何も言い返せずに逃げたからだ。

「勇者様、子ども作ったんだ?」

「違う。預かった子だ」

「へー?紐でつないでおくなんて、斬新な子育てだね」

「色々と理由があるんだ」

 俺は言い訳のつもりでマントの下から育児書を取り出して広げた。自然派と無添加な育児を推奨していて、俺が尊敬しつつある育児研究家の最新著書だ。
 カナタは育児書の幸せそうな親子が描かれた表紙を見て鼻で笑った。

「いいね、勇者様。理想は高く、口は大きく、根は小さい」

「馬鹿にしてるだろ」

「やだな。褒めてるんだよ」

 カナタはそう言って、止める間も無く俺の掴んだロープの先にいるリュウに近付いた。
 コルダは何をやっているのかと探すと、自分が作った砂のお城が大作になっていて、堀を作るために水道でバケツに水を汲んでいる所だった。
 裾から覗く尻尾がぱたぱたと揺れているから、コルダも見張りを忘れて公園で遊ぶのが楽しくなってきているようだ。
 カナタはリュウを見て、わぁ、と驚いて小さな声を上げた。

「獣人だ」

「預かってる子だ。触るな」

「雄だ」

「男の子、だ」

 今の発言を獣人に聞かれたら大問題になる。戻って来たコルダは聞かなかったことにしてくれて、砂場に水を注いで城の防御力を高めていた。

「男の子……なら、LD検査ってのがあるんだよな」

 カナタは思い出した自分を誇るように言って、リュウを砂場に下す。リュウは水の中に手を突っ込んでバシャバシャと遊び始めて、コルダは邪魔そうに座る場所を変えたがリュウを止めなかった。

「LD……なんだそれ?」

「知らないのかよ。ボクがいた国ではそれでテロが起きるくらい問題になってたのに」

 カナタは無知な俺を嘲るように言って、コルダに目を向けた。

「君は知ってるよな?雄は検査を受けるって」

 コルダは橋を作り続けていてカナタの顔も見なかったが、何でも無さそうに答えた。

「検査が必要なのは、白銀種だけなのだ」

 リュウが白銀種だと知らないカナタは、ああそう、とだけ言って興味を失う。そして、ベンチに戻ると俺の育児書を捲っていた。
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