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第30話 勇者、迷い人を救う

〜2〜

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 団長に連れられて、俺とニーアはオルドグの自警団の事務所に向かった。
 町の自警団の事務所なんて雑居ビルの一室とか公民館の片隅とかだろうと社会科見学気分で来たけれど、着いたのは見た目だけならホーリア市役所よりも立派な建物だった。
 もしかして、ホーリア市はお金が無いのだろうか。不安になって遠回しにニーアに尋ねると、ニーアは俺の考えを察して難しい顔をした。

「うーん……観光客が来ない公共施設にはあんまりお金を掛けないんですよね」

 あの市長は言っていることは派手だが、確かに内容は金を掛けない企画が多い。前に無理矢理開催させられたいヒーローショーも、出演したのは人件費が掛からない俺とニーアだけだった。
 団長の後を付いて建物を進んで行くと、建物の一番奥に到着した。重々しい扉を開いて、静かな会議室の中に案内される。

「ホーリア様、こちらを」

 団長がそう言うと、会議室の隅に一人だけ控えていたディーバがタオルの包みを俺に差し出して来た。
 俺は嫌な予感がして受け取らずに身を引いたが、ニーアはついそれを受け止めてしまう。そして、その物体の柔らかさに驚いて声を上げた。

「わぁ!勇者様、赤ちゃんですよ、獣人の!」

 ニーアに言われて、ピンク色のタオルに包まれているものを覗き込む。
 赤ん坊はニーアが両手で抱えられるくらいの小ささだった。しかし、焦げ茶色の髪の毛は既にふさふさで、獣人のシンボルでもある大きな獣の耳がタオルからはみ出していた。小さな泣き声を零しながらタオルを邪魔そうに退ける手にも、同じく焦げ茶の毛が生えていて鋭い爪が覗いていた。

「二人目か。めでたいな」

「ホーリア様、そう冗談をおっしゃらずに」

 俺が部屋を出ようとしていることに気付いて、団長が俺の前に立ち塞がる。
 オルドグの自警団が獣人をどうしようが隣町の勇者には関係ないけれど、見てしまったからには責任が生まれてしまう。仕事上の責任というのはいつでも無から生まれるものだ。
 獣人が関わると、全然関係なくても俺は勇者をクビになるだろうし、オグオンはアルルカ大臣に呼び出されてネチネチ嫌味丸一日コースだ。

「これには訳があるのです」

「いや、結構だ」

「先日、国外から来た商人の船に獣人が紛れていました」

「いい、聞きたくない」

 俺がそう言っても、団長は勝手に語り出す。
 団長が言うのは、船の主は獣人が乗っていることを知らず、どこかで荷物を積み込んだ時に勝手に乗って来たのだろうと、獣人を置いてさっさと街を出て行ってしまった。獣人はニーアが抱き上げている赤子と、父親らしき男の2人。男の方は酷く弱っていたので保護しようとしたが、錯乱していたのでその場で撃ち殺した。

「獣人を殺したんですか?!」

 ことの重大さを知って、ニーアが声を上げた。
 しかし、その手は赤子をしっかり抱き上げて優しく揺らしている。小さい子の世話は身に付いているらしい。泣きかけていた赤子はニーアの声にも目を覚まさないくらいぐっすり眠っている。

「他に方法がなかったんです。あの者は、例の、あの病気で……」

「レヴィナウス症候群だったのか?」

 団長は、獣人が聞いたら怒り狂うような差別用語として使われる言葉にやや戸惑ったがすぐに頷いた。
 過去に正気を失った獣人がレヴィナウスという小さな村の住民を全員殺して滅ぼしたことがある。それから獣人は狂暴になる病気として名前がついていた。
 アルルカ大臣がいうには、強いストレスに晒された結果の、人間なら誰でも発症の可能性がある精神病の一種とのことだが、今のところ村1つ全滅させるような破壊力があるのは獣人だけだ。

「殺すにしても、レヴィナウス症候群の証明が必要です。それをせずに殺してしまったんですか?」

 ニーアが血相を変えていうから、養成校で勇者と獣人の繊細な関係も学んでいるようだ。
 レヴィナウス症候群になった獣人はアルルカ大臣の元で治療を受ける。アルルカ大臣いわく、数週間の治療で完治したというが、その治療が何なのか、本当に治った獣人がいるのか、全ては謎に包まれていた。
 本当は、獣人の権利に都合が悪くなるレヴィナウス症候群の獣人を秘密裏に処分しているんじゃないかと噂されている。十中八九そうだろうけど、大量殺人を犯す可能性がある獣人を世の中に放つよりも、殺してくれた方が安心だというのが世間の見方だ。

「殺さなければ団員が殺されていました。もし逃げ出したら、街の人間が大量に殺されていた可能性があります。他にどうしろと言うのですか」

「団長。今はその話じゃないでしょう」

 会議室にいたディーバが静かに言って、団長は自らを落ち着かせるように咳払いをした。
 この会議室に団長とディーバしかいないから、他の団員にも隠しているらしい。

「獣人を殺したことはこちらで片付けます……勇者様に頼みたいのは、この子のことです」

「自分の家で面倒を看ればいいだろう」

「しかし、赤ん坊を育てるなんて。しかも、獣人ですよ。何を食べるかも知らないのに」

「うちの子は何でも良く食べる」

 コルダは基本的に肉食だが、魚も野菜も食べるし玉ねぎやチョコレートを食べてお腹を壊したりもしない。普通の人間と同じ食事で大丈夫だ。
 そう言って逃げようとしたのに、ディーバがぽつりと呟いた。

「無理だよ。うち、母親が出てっちゃってるから」

「え?何でですか?」

 ニーアが赤子を揺らしながら反射的に尋ねた。そういう事情は聞いてやるなと思ったが、面倒事を押し付けられて団長に腹を立てていたから止めずに放っておく。

「よくある話。私と仕事とどっちが大事なのって。根っからの仕事人間だから、育児なんて手伝ったことないんだと思う。知らない赤ちゃんを育てるなんて絶対無理」

「そうなんですか……」

 ディーバの赤裸々な家庭状況の告白に、ニーアは察した表情になる。
 2人の小娘に同情されながら、団長は未だ威厳を保っていた。

「近々、獣人の商人団が寄る予定です。話の通じる者たちなのでこの子を引き取って育ててくれる場所に連れて行ってくれるでしょう。それまでの間だけ面倒を看ていただきたいのです。ホーリア様の部下には獣人がいると聞いていますし」

「それと赤子は関係ないだろ」

「でも、勇者様……」

 俺が必死に見なかったことにしようとしているのに、ニーアは赤子を離す気はなさそうだった。
 団長が育児に積極的に参加する父親だったら俺はそのまま帰ることができたのに、団長は手持ち無沙汰になってデスクに哺乳瓶を並べている。見るからに育児に不向きで無情になり切れなかった。

「獣人と関わると碌な事がないぞ」

 もしも一連の話が勇者嫌いのアルルカ大臣に伝わったら、獣人の赤子を劣等種の人間が育てるなんてけしからんと怒鳴り込んで来るだろうし、多分男の方を殺したのも、なんならレヴィナウス症候群の発症も俺の責任にされるだろう。

「でも、赤ちゃんを置いて行くわけには……それに、コルダさんなら何を食べるかとか知ってるかもしれませんよ」

 いつも飄々としていて勇者相手に法律を持ち出してくるインテリヤクザみたいなコルダだが、一応まだ子供の獣人だ。
 ニーアと違って年下の子を相手にしている所も見た事が無いし、子育て相談をするには荷が重いような気がする。俺はあんまり乗り気になれなかったけど、ニーアはコルダを信用しているらしかった。

「勇者様、コルダさんは居候ではなくて仲間です。こういう時に頼らないと」

 俺だって、コルダをただのペットだと思っているわけではない。
 一応、コルダにも給料を払っているし、1年雇ってコルダがなかなか気の利く利口な奴だとわかっている。そして、ニーアの腕で寝ている赤子を引き離して妻に三下り半を叩きつけられた団長に投げ返すこともできなかった。
 諦めて、哺乳瓶に続いてガラガラやらベビーカーやらを並べて物量で誠意を表している団長に向き直った。

「わかった、こっちで引き取る」

「ありがとうございます。くれぐれも内密にお願いします」

「何か身元が分かるようなものは?男の方も、何か持っていなかったのか?」

「船の中にこれが落ちていたようです。おそらく、男の獣人の持ち物だったようですが……」

 団長が小さな金属のタグのようなものを俺に渡してきた。
 切れた鎖がついていて、「LD++096」と刻まれている。何かの識別番号か住所か、これだけでは情報が少なすぎるが何かの参考にはなるだろうから一応受け取っておいた。

「事務所に連れて帰るから、馬車を準備してくれ」

「ええ、既に手配してありますので裏口からどうぞ。あ、こちらの品、使っていただいて構いませんから」

「わー!勇者様。これ、最新のベビーカーですよ!」

 団長の中では俺に押し付けることが決定していたらしく、テキパキと広げた育児用品を包んでいた。
 ニーアは眠った赤子をベビーカーに乗せて瞳を輝かせていたが、もう少し粘って恩を着せるべきだったかと早速後悔し始めていた。
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