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第27話 勇者、横槍を入れる
〜7〜
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ホテルのエントランスに戻って来ると、ペルラとミミ-はまだ酒盛りを続けていた。
「あ、勇者、ちょっと」
ペルラは目が合うと人差し指1本で俺を呼んだ。次期支配人候補なだけあって、見た目だけでなく行動までリコリスに似つつある。
そんな呼び方をされてほいほい行くのも癪だが、ペルラはいつも仕事で酔っ払いを相手にしているわけだし、少しくらい話に付き合ってやろうと近付いた。
「はい!これ、あげる」
「いつもご苦労さん。親父が迷惑かけて悪いな」
絡み酒をされたり一気飲みを強要されたりするのかと思ったら、2人は揃って飴細工のコルムナの花を俺に差し出してくる。
カラフルな薄い飴の花びらがライトを透かしてキラキラと光っていて、思わず受け取ってしまった。
「どうして?」
「ミミ-に、売れ残っちゃうかもぉ~って、無理矢理買わされたのよ」
事務所の一角は未だミミ-が作ったコルムナの花の倉庫になっていて、祭りが後半に近付いた今、大分量は減ったが、まだ残っている。
ミミ-は街を駆け回って持前の多言語を駆使しながら観光客に売りさばいていたが、後半に近付いて観光客が帰り始めているから、売り切るのは難しいだろう。
在庫を抱える気配を察して、押し売りなんて友達を無くすような真似をし始めているらしい。多分そんなことだろうと思っていたから、俺が不思議なのはそこではない。
「俺じゃなくて、別の奴に渡した方がいいんじゃないか?」
コルムナの花は、好きな人や世話になった人に渡す物だ。ペルラにはリコリスがいるし、チコリには親がいる。冗談で俺に渡すには、この花は意外に高いものだと知っている。
しかし、ペルラもチコリも、俺が返そうとした花を受け取らなかった。
「こういうのは、いつも御礼を言わない人にあげるものなの」
「そうそう。世話になってるのは確かだし、今日ぐらいはな」
2人とも、特別な事をした様子は無かった。コルムナの花を渡すのはバレンタインのチョコレートのようなものだと思っていたが、なんだか正月のお年玉を貰ったような気分になる。
これ以上遠慮して断るのも悪い。俺は2人に礼を言って、初めてもらったコルムナの花が割れないように慎重に事務所に戻った。
+++++
シュウランが帰国する日、俺は奴と会話した事もなかったし、別れることに何の未練も無かったが、街外れまで見送りに行くニーアの横にいた。
この数日間ずっと一緒にいたから、シュウランはニーアに随分懐いている。今になって初めて顔をちゃんと見たが、ニーアよりも少し年下のシュウランは王族らしく精悍な顔付きをしていた。しかし、子供のような大きくて丸い瞳をしていて、今はその黒い瞳を潤ませて泣き出すのを必死に堪えている。
「きっとまた、あなたと共に。必ずの再会をあなたの瞳とこの花に誓います」
「ええ、また来てくださいね」
シュウランに差し出されたコルムナの花を受け取って、ニーアに優しく微笑んだ。
握り締めたニーアの手を名残惜しそうに離して、シュウランは馬車に乗り込む。
ウェスペル王国の従者はシュウランに続いて馬車に乗り込もうとしたが、直前に服の袖の影に隠しながらニーアに何かを渡そうとした。しかし、ニーアはそれを手で制する。
「大丈夫です。わかってますよ」
ニーアの答えを聞いて、従者は黙ったままニーアに頭を下げて馬車に乗った。
窓から身を乗り出してニーアに手を振っているシュウランを見送り、その姿が見えなくなってからニーアは手を下して、腕に付けていた案内係の腕章を外した。
「シュウラン様、王族の方と結婚することが生まれた時から決まっているらしいです」
結婚、と俺は繰り返した。
ニーアはシュウランに告白されていなかったか。あの情熱的な言い回しは、俺には理解できなかったけれど今後一緒に国で暮らしてほしいといったような、プロポーズの言葉だったような気がする。
俺が訳がわからないといった顔をしているのを見て、何故かニーアが申し訳なさそうな顔をした。
「あんなの、ただの冗談ですよ。身分も出自も全然関係ない外国に来たらそんな気分になりますって」
「全部嘘だったってことか?」
「それだけホーリアを楽しんでくれたってことです。良い事ですよ」
俺の声があからさまに不機嫌になったのを察して、ニーアは慌ててシュウランを庇うような事を言い出した。
遠く離れた観光地に遊びに来て、偶然出会った地元の女の子に助けられて、一目ぼれをして数日間一緒に過ごして宝物のような思い出を残す。
ひと夏の恋というやつか。俺も憧れたことがあるシチュエーションだが、やられる方としては勝手に盛り上がって勝手に思い出の1ページにされて、向こうは全部忘れて何も無かったことにして後に残されるなんて、腹立たしいことこの上ない。
「いや、良い事じゃないだろう」
「勇者様、ここは観光地ですから」
ニーアは物分かりの悪い俺を窘めるように言ったが、その言葉にはホーリアで生まれ育った人間の誇りと諦めのようなものが滲んでいた。
「観光客の一時の恋愛の相手をしたり、守らない約束に付き合うのもこの街の仕事なんですよ」
気付けばシュウランと一緒にいる時、ニーアはずっと市の作業着を着ていた。元市職員らしく観光客の接待を終えたニーアだが、心配そうに俺の顔を覗き込む。
「前にティータさんが来た時、勇者様に騙されちゃったんで。ちょっとその気があるフリをしてみたんですけど……怒っちゃいました?」
怒ってはいないと俺が答えると、ニーアはすぐに笑顔になった。そして、祭りが終わりに近付いて賑やかさが薄れていく街に引き返す。
「せっかくのお祭りなんだから、もっと皆で楽しめば良かったですね」
ニーアが小さく呟いて、シュウランに貰ったコルムナの花びらをぱりんと割って欠片を口に入れた。
そんなに綺麗なのに食べてしまうのかと少し驚いたが、俺は口には出さなかった。
「あ、勇者、ちょっと」
ペルラは目が合うと人差し指1本で俺を呼んだ。次期支配人候補なだけあって、見た目だけでなく行動までリコリスに似つつある。
そんな呼び方をされてほいほい行くのも癪だが、ペルラはいつも仕事で酔っ払いを相手にしているわけだし、少しくらい話に付き合ってやろうと近付いた。
「はい!これ、あげる」
「いつもご苦労さん。親父が迷惑かけて悪いな」
絡み酒をされたり一気飲みを強要されたりするのかと思ったら、2人は揃って飴細工のコルムナの花を俺に差し出してくる。
カラフルな薄い飴の花びらがライトを透かしてキラキラと光っていて、思わず受け取ってしまった。
「どうして?」
「ミミ-に、売れ残っちゃうかもぉ~って、無理矢理買わされたのよ」
事務所の一角は未だミミ-が作ったコルムナの花の倉庫になっていて、祭りが後半に近付いた今、大分量は減ったが、まだ残っている。
ミミ-は街を駆け回って持前の多言語を駆使しながら観光客に売りさばいていたが、後半に近付いて観光客が帰り始めているから、売り切るのは難しいだろう。
在庫を抱える気配を察して、押し売りなんて友達を無くすような真似をし始めているらしい。多分そんなことだろうと思っていたから、俺が不思議なのはそこではない。
「俺じゃなくて、別の奴に渡した方がいいんじゃないか?」
コルムナの花は、好きな人や世話になった人に渡す物だ。ペルラにはリコリスがいるし、チコリには親がいる。冗談で俺に渡すには、この花は意外に高いものだと知っている。
しかし、ペルラもチコリも、俺が返そうとした花を受け取らなかった。
「こういうのは、いつも御礼を言わない人にあげるものなの」
「そうそう。世話になってるのは確かだし、今日ぐらいはな」
2人とも、特別な事をした様子は無かった。コルムナの花を渡すのはバレンタインのチョコレートのようなものだと思っていたが、なんだか正月のお年玉を貰ったような気分になる。
これ以上遠慮して断るのも悪い。俺は2人に礼を言って、初めてもらったコルムナの花が割れないように慎重に事務所に戻った。
+++++
シュウランが帰国する日、俺は奴と会話した事もなかったし、別れることに何の未練も無かったが、街外れまで見送りに行くニーアの横にいた。
この数日間ずっと一緒にいたから、シュウランはニーアに随分懐いている。今になって初めて顔をちゃんと見たが、ニーアよりも少し年下のシュウランは王族らしく精悍な顔付きをしていた。しかし、子供のような大きくて丸い瞳をしていて、今はその黒い瞳を潤ませて泣き出すのを必死に堪えている。
「きっとまた、あなたと共に。必ずの再会をあなたの瞳とこの花に誓います」
「ええ、また来てくださいね」
シュウランに差し出されたコルムナの花を受け取って、ニーアに優しく微笑んだ。
握り締めたニーアの手を名残惜しそうに離して、シュウランは馬車に乗り込む。
ウェスペル王国の従者はシュウランに続いて馬車に乗り込もうとしたが、直前に服の袖の影に隠しながらニーアに何かを渡そうとした。しかし、ニーアはそれを手で制する。
「大丈夫です。わかってますよ」
ニーアの答えを聞いて、従者は黙ったままニーアに頭を下げて馬車に乗った。
窓から身を乗り出してニーアに手を振っているシュウランを見送り、その姿が見えなくなってからニーアは手を下して、腕に付けていた案内係の腕章を外した。
「シュウラン様、王族の方と結婚することが生まれた時から決まっているらしいです」
結婚、と俺は繰り返した。
ニーアはシュウランに告白されていなかったか。あの情熱的な言い回しは、俺には理解できなかったけれど今後一緒に国で暮らしてほしいといったような、プロポーズの言葉だったような気がする。
俺が訳がわからないといった顔をしているのを見て、何故かニーアが申し訳なさそうな顔をした。
「あんなの、ただの冗談ですよ。身分も出自も全然関係ない外国に来たらそんな気分になりますって」
「全部嘘だったってことか?」
「それだけホーリアを楽しんでくれたってことです。良い事ですよ」
俺の声があからさまに不機嫌になったのを察して、ニーアは慌ててシュウランを庇うような事を言い出した。
遠く離れた観光地に遊びに来て、偶然出会った地元の女の子に助けられて、一目ぼれをして数日間一緒に過ごして宝物のような思い出を残す。
ひと夏の恋というやつか。俺も憧れたことがあるシチュエーションだが、やられる方としては勝手に盛り上がって勝手に思い出の1ページにされて、向こうは全部忘れて何も無かったことにして後に残されるなんて、腹立たしいことこの上ない。
「いや、良い事じゃないだろう」
「勇者様、ここは観光地ですから」
ニーアは物分かりの悪い俺を窘めるように言ったが、その言葉にはホーリアで生まれ育った人間の誇りと諦めのようなものが滲んでいた。
「観光客の一時の恋愛の相手をしたり、守らない約束に付き合うのもこの街の仕事なんですよ」
気付けばシュウランと一緒にいる時、ニーアはずっと市の作業着を着ていた。元市職員らしく観光客の接待を終えたニーアだが、心配そうに俺の顔を覗き込む。
「前にティータさんが来た時、勇者様に騙されちゃったんで。ちょっとその気があるフリをしてみたんですけど……怒っちゃいました?」
怒ってはいないと俺が答えると、ニーアはすぐに笑顔になった。そして、祭りが終わりに近付いて賑やかさが薄れていく街に引き返す。
「せっかくのお祭りなんだから、もっと皆で楽しめば良かったですね」
ニーアが小さく呟いて、シュウランに貰ったコルムナの花びらをぱりんと割って欠片を口に入れた。
そんなに綺麗なのに食べてしまうのかと少し驚いたが、俺は口には出さなかった。
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