上 下
156 / 244
第27話 勇者、横槍を入れる

〜7〜

しおりを挟む
 ホテルのエントランスに戻って来ると、ペルラとミミ-はまだ酒盛りを続けていた。

「あ、勇者、ちょっと」

 ペルラは目が合うと人差し指1本で俺を呼んだ。次期支配人候補なだけあって、見た目だけでなく行動までリコリスに似つつある。
 そんな呼び方をされてほいほい行くのも癪だが、ペルラはいつも仕事で酔っ払いを相手にしているわけだし、少しくらい話に付き合ってやろうと近付いた。

「はい!これ、あげる」

「いつもご苦労さん。親父が迷惑かけて悪いな」

 絡み酒をされたり一気飲みを強要されたりするのかと思ったら、2人は揃って飴細工のコルムナの花を俺に差し出してくる。
 カラフルな薄い飴の花びらがライトを透かしてキラキラと光っていて、思わず受け取ってしまった。

「どうして?」

「ミミ-に、売れ残っちゃうかもぉ~って、無理矢理買わされたのよ」

 事務所の一角は未だミミ-が作ったコルムナの花の倉庫になっていて、祭りが後半に近付いた今、大分量は減ったが、まだ残っている。
 ミミ-は街を駆け回って持前の多言語を駆使しながら観光客に売りさばいていたが、後半に近付いて観光客が帰り始めているから、売り切るのは難しいだろう。
 在庫を抱える気配を察して、押し売りなんて友達を無くすような真似をし始めているらしい。多分そんなことだろうと思っていたから、俺が不思議なのはそこではない。

「俺じゃなくて、別の奴に渡した方がいいんじゃないか?」

 コルムナの花は、好きな人や世話になった人に渡す物だ。ペルラにはリコリスがいるし、チコリには親がいる。冗談で俺に渡すには、この花は意外に高いものだと知っている。
 しかし、ペルラもチコリも、俺が返そうとした花を受け取らなかった。

「こういうのは、いつも御礼を言わない人にあげるものなの」

「そうそう。世話になってるのは確かだし、今日ぐらいはな」

 2人とも、特別な事をした様子は無かった。コルムナの花を渡すのはバレンタインのチョコレートのようなものだと思っていたが、なんだか正月のお年玉を貰ったような気分になる。
 これ以上遠慮して断るのも悪い。俺は2人に礼を言って、初めてもらったコルムナの花が割れないように慎重に事務所に戻った。


 +++++


 シュウランが帰国する日、俺は奴と会話した事もなかったし、別れることに何の未練も無かったが、街外れまで見送りに行くニーアの横にいた。
 この数日間ずっと一緒にいたから、シュウランはニーアに随分懐いている。今になって初めて顔をちゃんと見たが、ニーアよりも少し年下のシュウランは王族らしく精悍な顔付きをしていた。しかし、子供のような大きくて丸い瞳をしていて、今はその黒い瞳を潤ませて泣き出すのを必死に堪えている。

「きっとまた、あなたと共に。必ずの再会をあなたの瞳とこの花に誓います」

「ええ、また来てくださいね」

 シュウランに差し出されたコルムナの花を受け取って、ニーアに優しく微笑んだ。
 握り締めたニーアの手を名残惜しそうに離して、シュウランは馬車に乗り込む。
 ウェスペル王国の従者はシュウランに続いて馬車に乗り込もうとしたが、直前に服の袖の影に隠しながらニーアに何かを渡そうとした。しかし、ニーアはそれを手で制する。

「大丈夫です。わかってますよ」

 ニーアの答えを聞いて、従者は黙ったままニーアに頭を下げて馬車に乗った。
 窓から身を乗り出してニーアに手を振っているシュウランを見送り、その姿が見えなくなってからニーアは手を下して、腕に付けていた案内係の腕章を外した。

「シュウラン様、王族の方と結婚することが生まれた時から決まっているらしいです」

 結婚、と俺は繰り返した。
 ニーアはシュウランに告白されていなかったか。あの情熱的な言い回しは、俺には理解できなかったけれど今後一緒に国で暮らしてほしいといったような、プロポーズの言葉だったような気がする。
 俺が訳がわからないといった顔をしているのを見て、何故かニーアが申し訳なさそうな顔をした。

「あんなの、ただの冗談ですよ。身分も出自も全然関係ない外国に来たらそんな気分になりますって」

「全部嘘だったってことか?」

「それだけホーリアを楽しんでくれたってことです。良い事ですよ」

 俺の声があからさまに不機嫌になったのを察して、ニーアは慌ててシュウランを庇うような事を言い出した。
 遠く離れた観光地に遊びに来て、偶然出会った地元の女の子に助けられて、一目ぼれをして数日間一緒に過ごして宝物のような思い出を残す。
 ひと夏の恋というやつか。俺も憧れたことがあるシチュエーションだが、やられる方としては勝手に盛り上がって勝手に思い出の1ページにされて、向こうは全部忘れて何も無かったことにして後に残されるなんて、腹立たしいことこの上ない。

「いや、良い事じゃないだろう」

「勇者様、ここは観光地ですから」

 ニーアは物分かりの悪い俺を窘めるように言ったが、その言葉にはホーリアで生まれ育った人間の誇りと諦めのようなものが滲んでいた。

「観光客の一時の恋愛の相手をしたり、守らない約束に付き合うのもこの街の仕事なんですよ」

 気付けばシュウランと一緒にいる時、ニーアはずっと市の作業着を着ていた。元市職員らしく観光客の接待を終えたニーアだが、心配そうに俺の顔を覗き込む。

「前にティータさんが来た時、勇者様に騙されちゃったんで。ちょっとその気があるフリをしてみたんですけど……怒っちゃいました?」

 怒ってはいないと俺が答えると、ニーアはすぐに笑顔になった。そして、祭りが終わりに近付いて賑やかさが薄れていく街に引き返す。

「せっかくのお祭りなんだから、もっと皆で楽しめば良かったですね」

 ニーアが小さく呟いて、シュウランに貰ったコルムナの花びらをぱりんと割って欠片を口に入れた。
 そんなに綺麗なのに食べてしまうのかと少し驚いたが、俺は口には出さなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

引退したオジサン勇者に子供ができました。いきなり「パパ」と言われても!?

リオール
ファンタジー
俺は魔王を倒し世界を救った最強の勇者。 誰もが俺に憧れ崇拝し、金はもちろん女にも困らない。これぞ最高の余生! まだまだ30代、人生これから。謳歌しなくて何が人生か! ──なんて思っていたのも今は昔。 40代とスッカリ年食ってオッサンになった俺は、すっかり田舎の農民になっていた。 このまま平穏に田畑を耕して生きていこうと思っていたのに……そんな俺の目論見を崩すかのように、いきなりやって来た女の子。 その子が俺のことを「パパ」と呼んで!? ちょっと待ってくれ、俺はまだ父親になるつもりはない。 頼むから付きまとうな、パパと呼ぶな、俺の人生を邪魔するな! これは魔王を倒した後、悠々自適にお気楽ライフを送っている勇者の人生が一変するお話。 その子供は、はたして勇者にとって救世主となるのか? そして本当に勇者の子供なのだろうか?

世界はいつも不平等ね……もう終わりにするわ。

四季
恋愛
世界はいつも不平等ね……もう終わりにするわ。

バスで帰ってきたさ!車の中で見つめ合う夫と浮気相手の姿を見て、私は同じように刺激を与えましょう。

白崎アイド
大衆娯楽
娘と20時頃帰宅した私は、ふと家の100mほど手前に車がとまっていることに気がつく。 その中に乗っていた男はなんと、私の夫だった。 驚きつつも冷静にお弁当を食べていると、夫が上機嫌で帰宅して・・・

DNAの改修者

kujibiki
ファンタジー
転生させられた世界は、男性が少なく、ほとんどの女性は男性と触れ合ったことも無い者ばかり…。 子孫は体外受精でしか残せない世界でした。 人として楽しく暮らせれば良かっただけなのに、女性を助ける使命?を与えられることになった“俺”の新たな日常が始まる。(使命は当分始まらないけれど…) 他サイトから急遽移すことになりました。後半R18になりそうなので、その時になれば前もってお知らせいたします。 ※日常系でとってもスローな展開となります。

愛されていないはずの婚約者に「貴方に愛されることなど望んでいませんわ」と申し上げたら溺愛されました

海咲雪
恋愛
「セレア、もう一度言う。私はセレアを愛している」 「どうやら、私の愛は伝わっていなかったらしい。これからは思う存分セレアを愛でることにしよう」 「他の男を愛することは婚約者の私が一切認めない。君が愛を注いでいいのも愛を注がれていいのも私だけだ」 貴方が愛しているのはあの男爵令嬢でしょう・・・? 何故、私を愛するふりをするのですか? [登場人物] セレア・シャルロット・・・伯爵令嬢。ノア・ヴィアーズの婚約者。ノアのことを建前ではなく本当に愛している。  × ノア・ヴィアーズ・・・王族。セレア・シャルロットの婚約者。 リア・セルナード・・・男爵令嬢。ノア・ヴィアーズと恋仲であると噂が立っている。 アレン・シールベルト・・・伯爵家の一人息子。セレアとは幼い頃から仲が良い友達。実はセレアのことを・・・?

Bグループの少年

櫻井春輝
青春
 クラスや校内で目立つグループをA(目立つ)のグループとして、目立たないグループはC(目立たない)とすれば、その中間のグループはB(普通)となる。そんなカテゴリー分けをした少年はAグループの悪友たちにふりまわされた穏やかとは言いにくい中学校生活と違い、高校生活は穏やかに過ごしたいと考え、高校ではB(普通)グループに入り、その中でも特に目立たないよう存在感を薄く生活し、平穏な一年を過ごす。この平穏を逃すものかと誓う少年だが、ある日、特A(特に目立つ)の美少女を助けたことから変化を始める。少年は地味で平穏な生活を守っていけるのか……?

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

「自重知らずの異世界転生者-膨大な魔力を引っさげて異世界デビューしたら、規格外過ぎて自重を求められています-」

mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
 ネットでみつけた『異世界に行ったかもしれないスレ』に書いてあった『異世界に転生する方法』をやってみたら本当に異世界に転生された。  チート能力で豊富な魔力を持っていた俺だったが、目立つのが嫌だったので周囲となんら変わらないよう生活していたが「目立ち過ぎだ!」とか「加減という言葉の意味をもっと勉強して!」と周囲からはなぜか自重を求められた。  なんだよ? それじゃあまるで、俺が自重をどっかに捨ててきたみたいじゃないか!  こうして俺の理不尽で前途多難?な異世界生活が始まりました。  ※注:すべてわかった上で自重してません。

処理中です...