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第27話 勇者、横槍を入れる
〜3〜
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明日から、ホーリアの街ではコルムナの祭りが始まる。
コルムナ記念日は、好きな人や世話になった人にコルムナの花を贈り合う。しかし、高原のホーリアではコルムナの花が育たないから、代わりに飴細工で作った花を贈るらしい。他で聞いたことが無い、特有の文化だ。
観光客の増加に備えて土産物屋はいつも以上に殺気立っているし、地元の人間が使う1番街辺りの店も密かに商品を値上げしている。
そして、街の若者たちが残らず皆浮足立っている。
既に相手がいる恋人たちはこれを機に挙式したり婚姻届を出すだろうし、気になっている相手がいるなら花を贈って気持ちを伝えるチャンスだ。
俺は若者の恋愛を妬む心の狭い人間ではないし、他人の幸せにとやかく言っても良い事があるわけではないから、正直どうでもいい。むしろ、道で鉢合わせて顔を赤くして逃げて行く男女なんて、その初心な純情が微笑ましいくらいだ。
結局、ウラガノは会議の途中に急な来客が来たフリをして抜け出して、婚姻届を出して受理されたらしい。あまりに簡単に結ばれてしまった2人は、初々しさの欠片もない。
「じゃあーどんな風に結婚したら、勇者様は満足するのだ?」
テラスで読書をしている俺の膝を枕にして昼寝をしていたコルダが聞いて来た。
理想の結婚、プロポーズか。
俺は前世でテレビのチャンネルの決定権がなかったから、ドラマなら月9から金10まで網羅していた。この世界のコルダに説明するなら、一番単純で典型的なものがいいだろうと、これぞプロポーズという場面を思い浮かべる。
「そうだな……時間帯は、夜だな」
「えー寝たら忘れちゃうから、大事な事は日が出てる内に言ってほしいのだ」
「仕事終わりだったり夜の方が景色が綺麗だったり、色々と理由があるんだ」
「うーん、それは仕方ないのだ。そちらの事情を汲んであげるのだ」
「それから、コルムナの花を渡すのと同じで、手始めに花を贈ったりする。両手で抱えきれない程の、主に赤の花束を渡すことが多い」
「持ちきれない物を渡されても困るのだ」
「わかった。ギリギリ両手で抱えきれる程度の花束にしよう。同時に結婚の証を渡す。通常は指輪だ。それを小箱から出して、相手の手を取って指にはめる」
「ねぇ、手を取られたら、両手で抱えてる花束はどうしたらいいの?」
コルダと同じく俺を枕にして昼寝をしていたリリーナが尋ねてきた。
いくら変装に完璧さを求めるリコリスでも俺に密着して涎を垂らしながら寝ないだろうから、これは本物のリリーナだ。ミミ-とウラガノの2人にリコリスから祝い金が届いたと聞いたから、2人の結婚を祝福しているらしい。
しかし、ディティールに拘らない俺は渡された花束をどうするかなんて考えていなかったから、「脇に抱えておけばいい」と適当に誤魔化した。
「それで、『結婚してください』というようなストレートな言葉で伝える。相手がそれを承諾したら、返事の代わりに互いに抱き合う……という感じだな」
教科書に載っているような手垢の付いたプロポーズ場面だが、初心者のリリーナとコルダに教えるには最適だろう。
しかし、俺を見上げたコルダは、俺を馬鹿にするように小さく鼻で笑った。コルダにしては珍しい、白けた反応だ。
「コルダは面白いと思うのだ。それで物語を書いたら売れるかもしれないのだ」
「ねぇねぇ、抱き締める時に、花は一旦床に置いていいの?」
多分、花ごと抱き締めるのが正解だろう。時々放り投げるパターンもあったように記憶しているが、カメラワークが難しいから保持したままの方がよい。
そして、先程からリリーナは妙に花に拘っているが、事務所の中を見ればそれも当然だろう。
テラスから覗く事務所のリビングは、廊下の先まで飴細工の花で溢れている。
キッチンでは今も増殖中らしく、砂糖を練る甘い匂いが充満していた。2階の部屋にいたリリーナが匂いに耐えられなくなってテラスに避難してくるくらいだ。
俺はコルダとリリーナを退かして事務所の中に入り、花を壊さないように慎重にかき分けてキッチンに向かった。
キッチンではミミ-が慣れた手付きで飴細工の花を作っている。この花は明日からのコルムナの祭りで飛ぶように売れるから、鼻歌混じりの上機嫌で、足の踏み場もないくらい道具を広げて花を作り続けている。
「ミミ-、まだ増えるのか?」
「うん、もうちょっとー」
ミミ-は今リストの店で働いているが、葬儀屋と間違えられているあの店内で作った食べ物は誰も買ってくれないだろうと、今朝から事務所のキッチンを占領していた。
ミミ-の横では、クラウィスが失敗した飴の欠片を食べながら花の茎を針金と紙で作っている。
俺の後ろから顔を出したコルダが羨ましそうな顔をしているのに気付いて、クラウィスがコルダに飴の欠片が入ったボウルを差し出した。
鍛冶屋で手先の器用さを発揮しているから、ミミ-が作る花は色とりどりの薄い花弁がいくつも重なっていて、プロが作っている物とも見劣りしないレベルだ。
しかし、赤とか青とかピンクとか。色合いも派手だが、大きく開いた花もコルムナの花とは似ても似つかない派手さだ。
「コルムナの花を作ってるんだろう?」
「そうだよぅ。ミミ-、本物見た事ないけど」
「コルムナの花は白くて、もっと丸い花だ」
俺はキッチンにあった買い物用のメモ帳にコルムナの花を書いてみせる。飴をバリバリと噛み砕いていたコルダは、俺の絵を見て目を輝かせた。
「すごーい!勇者様、焼け野原みたいな字を書くのに、絵はお上手なのだ」
「いいんだよぅ、リアルを追及するよりも派手な方が売れるの!」
どうやら、ホーリアでは元の行事から離れて独特の文化を築いているらしい。それならミミ-が何を作っていても俺には関係無いが、キッチンは今日の夕飯までには片付くのだろうか。このままだとクラウィスが夕食が作れない。
俺がそう言うと、熱中していたミミ-はようやく散らかし放題の周囲に気付いて焦った表情を見せた。
「えぇぇー明日から売るからさぁそれまで置かせて。ね、お兄ちゃん。お願い」
「それじゃあ、今日のご飯は飴だけなのだ?コルダ、虫歯になっちゃうのだ……」
『そうですね、お店で何か買って来まシょうか?』
クラウィスが言ったが、ホーリアの店は最大のイベントを前にしてどこも値上げしている。観光地に住むのは苦労が多い。
無駄な支出が増えるのは悔しいから、庭で火を起こして簡単に調理ができるものにしよう。俺がそう提案すると、クラウィスは安心したように頷いて飴をぱりぱりと食べ続けていた。
これもミミーの仕事の1つではあるが、無関係の事務所が被害を被る商売は辞めてほしいものだ。結婚したのだからお前も責任を取れと、ウラガノの家に全部送り付けてやることも考える。
しかし、事務所を埋め尽くしているこの花は一体いくらで売れるのだろうか。飴細工の花は、場所によっては自生しているコルムナの花よりも遥かに手間暇がかかっているが、材料はどこにでもある砂糖だ。
俺がそんな事を考えていると、察したミミ-がキッチンにある計算機を弾いて金額を示した。
「大体、1本これくらいかなぁ」
「……こんなに?」
「だって、全部手作りだもん。それで、場所代としてお兄ちゃんにこれくらい渡すとして、くぅちゃんにもバイト代で……これくらいかな」
「なるほど……」
俺はミミ-に火傷に気を付けるように言ってテラスに戻った。
事務所を埋め尽くしている花の売上はこれから新生活を送るミミ-の資金になるわけだし、喜んで事務所を倉庫代わりに差し出そう。
「勇者様、ウサギさん描いてなのだー」
コルダがスケッチブックとクレヨンを持ってテラスに駆けて来る。リリーナは俺の背中を叩いていい感じの場所を探すと、また俺を枕にして昼寝を再開させた。
コルムナ記念日は、好きな人や世話になった人にコルムナの花を贈り合う。しかし、高原のホーリアではコルムナの花が育たないから、代わりに飴細工で作った花を贈るらしい。他で聞いたことが無い、特有の文化だ。
観光客の増加に備えて土産物屋はいつも以上に殺気立っているし、地元の人間が使う1番街辺りの店も密かに商品を値上げしている。
そして、街の若者たちが残らず皆浮足立っている。
既に相手がいる恋人たちはこれを機に挙式したり婚姻届を出すだろうし、気になっている相手がいるなら花を贈って気持ちを伝えるチャンスだ。
俺は若者の恋愛を妬む心の狭い人間ではないし、他人の幸せにとやかく言っても良い事があるわけではないから、正直どうでもいい。むしろ、道で鉢合わせて顔を赤くして逃げて行く男女なんて、その初心な純情が微笑ましいくらいだ。
結局、ウラガノは会議の途中に急な来客が来たフリをして抜け出して、婚姻届を出して受理されたらしい。あまりに簡単に結ばれてしまった2人は、初々しさの欠片もない。
「じゃあーどんな風に結婚したら、勇者様は満足するのだ?」
テラスで読書をしている俺の膝を枕にして昼寝をしていたコルダが聞いて来た。
理想の結婚、プロポーズか。
俺は前世でテレビのチャンネルの決定権がなかったから、ドラマなら月9から金10まで網羅していた。この世界のコルダに説明するなら、一番単純で典型的なものがいいだろうと、これぞプロポーズという場面を思い浮かべる。
「そうだな……時間帯は、夜だな」
「えー寝たら忘れちゃうから、大事な事は日が出てる内に言ってほしいのだ」
「仕事終わりだったり夜の方が景色が綺麗だったり、色々と理由があるんだ」
「うーん、それは仕方ないのだ。そちらの事情を汲んであげるのだ」
「それから、コルムナの花を渡すのと同じで、手始めに花を贈ったりする。両手で抱えきれない程の、主に赤の花束を渡すことが多い」
「持ちきれない物を渡されても困るのだ」
「わかった。ギリギリ両手で抱えきれる程度の花束にしよう。同時に結婚の証を渡す。通常は指輪だ。それを小箱から出して、相手の手を取って指にはめる」
「ねぇ、手を取られたら、両手で抱えてる花束はどうしたらいいの?」
コルダと同じく俺を枕にして昼寝をしていたリリーナが尋ねてきた。
いくら変装に完璧さを求めるリコリスでも俺に密着して涎を垂らしながら寝ないだろうから、これは本物のリリーナだ。ミミ-とウラガノの2人にリコリスから祝い金が届いたと聞いたから、2人の結婚を祝福しているらしい。
しかし、ディティールに拘らない俺は渡された花束をどうするかなんて考えていなかったから、「脇に抱えておけばいい」と適当に誤魔化した。
「それで、『結婚してください』というようなストレートな言葉で伝える。相手がそれを承諾したら、返事の代わりに互いに抱き合う……という感じだな」
教科書に載っているような手垢の付いたプロポーズ場面だが、初心者のリリーナとコルダに教えるには最適だろう。
しかし、俺を見上げたコルダは、俺を馬鹿にするように小さく鼻で笑った。コルダにしては珍しい、白けた反応だ。
「コルダは面白いと思うのだ。それで物語を書いたら売れるかもしれないのだ」
「ねぇねぇ、抱き締める時に、花は一旦床に置いていいの?」
多分、花ごと抱き締めるのが正解だろう。時々放り投げるパターンもあったように記憶しているが、カメラワークが難しいから保持したままの方がよい。
そして、先程からリリーナは妙に花に拘っているが、事務所の中を見ればそれも当然だろう。
テラスから覗く事務所のリビングは、廊下の先まで飴細工の花で溢れている。
キッチンでは今も増殖中らしく、砂糖を練る甘い匂いが充満していた。2階の部屋にいたリリーナが匂いに耐えられなくなってテラスに避難してくるくらいだ。
俺はコルダとリリーナを退かして事務所の中に入り、花を壊さないように慎重にかき分けてキッチンに向かった。
キッチンではミミ-が慣れた手付きで飴細工の花を作っている。この花は明日からのコルムナの祭りで飛ぶように売れるから、鼻歌混じりの上機嫌で、足の踏み場もないくらい道具を広げて花を作り続けている。
「ミミ-、まだ増えるのか?」
「うん、もうちょっとー」
ミミ-は今リストの店で働いているが、葬儀屋と間違えられているあの店内で作った食べ物は誰も買ってくれないだろうと、今朝から事務所のキッチンを占領していた。
ミミ-の横では、クラウィスが失敗した飴の欠片を食べながら花の茎を針金と紙で作っている。
俺の後ろから顔を出したコルダが羨ましそうな顔をしているのに気付いて、クラウィスがコルダに飴の欠片が入ったボウルを差し出した。
鍛冶屋で手先の器用さを発揮しているから、ミミ-が作る花は色とりどりの薄い花弁がいくつも重なっていて、プロが作っている物とも見劣りしないレベルだ。
しかし、赤とか青とかピンクとか。色合いも派手だが、大きく開いた花もコルムナの花とは似ても似つかない派手さだ。
「コルムナの花を作ってるんだろう?」
「そうだよぅ。ミミ-、本物見た事ないけど」
「コルムナの花は白くて、もっと丸い花だ」
俺はキッチンにあった買い物用のメモ帳にコルムナの花を書いてみせる。飴をバリバリと噛み砕いていたコルダは、俺の絵を見て目を輝かせた。
「すごーい!勇者様、焼け野原みたいな字を書くのに、絵はお上手なのだ」
「いいんだよぅ、リアルを追及するよりも派手な方が売れるの!」
どうやら、ホーリアでは元の行事から離れて独特の文化を築いているらしい。それならミミ-が何を作っていても俺には関係無いが、キッチンは今日の夕飯までには片付くのだろうか。このままだとクラウィスが夕食が作れない。
俺がそう言うと、熱中していたミミ-はようやく散らかし放題の周囲に気付いて焦った表情を見せた。
「えぇぇー明日から売るからさぁそれまで置かせて。ね、お兄ちゃん。お願い」
「それじゃあ、今日のご飯は飴だけなのだ?コルダ、虫歯になっちゃうのだ……」
『そうですね、お店で何か買って来まシょうか?』
クラウィスが言ったが、ホーリアの店は最大のイベントを前にしてどこも値上げしている。観光地に住むのは苦労が多い。
無駄な支出が増えるのは悔しいから、庭で火を起こして簡単に調理ができるものにしよう。俺がそう提案すると、クラウィスは安心したように頷いて飴をぱりぱりと食べ続けていた。
これもミミーの仕事の1つではあるが、無関係の事務所が被害を被る商売は辞めてほしいものだ。結婚したのだからお前も責任を取れと、ウラガノの家に全部送り付けてやることも考える。
しかし、事務所を埋め尽くしているこの花は一体いくらで売れるのだろうか。飴細工の花は、場所によっては自生しているコルムナの花よりも遥かに手間暇がかかっているが、材料はどこにでもある砂糖だ。
俺がそんな事を考えていると、察したミミ-がキッチンにある計算機を弾いて金額を示した。
「大体、1本これくらいかなぁ」
「……こんなに?」
「だって、全部手作りだもん。それで、場所代としてお兄ちゃんにこれくらい渡すとして、くぅちゃんにもバイト代で……これくらいかな」
「なるほど……」
俺はミミ-に火傷に気を付けるように言ってテラスに戻った。
事務所を埋め尽くしている花の売上はこれから新生活を送るミミ-の資金になるわけだし、喜んで事務所を倉庫代わりに差し出そう。
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