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第27話 勇者、横槍を入れる

〜1〜

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 2番街の歴史博物館は、相変わらず観光客も市民も依り付かない退屈な場所で人影は無かった。

 入口の職員は、椅子に座ったまま受付で居眠りをしている。
 勝手に中に入って見まわしたが他に職員の姿はないから、一旦外に出て裏庭に回った。
 少し遅い昼休みの時間で、いつものように頭に巻いた布で顔の半分を隠したカナタが、1人で影のベンチに座っている。
 カナタは、先日からここで監視員の仕事をしていると聞いていた。暇過ぎて辛いけれど、眠くなったら居眠りをしても良い楽な仕事だ。

 カナタは乾いたパンをジャムも付けないでもさもさと口に押し込んでいて、横に置いてあるマグカップには葉が混じった薄い紅茶が入っている。

「何か困ったことはあるか?」

 俺が隣に腰掛けて尋ねると、カナタは口の水分を全部持っていかれそうなパンをごくんと飲み込んでから「特には」と答えた。

「何か良い事はあったか?」

 俺が試しに聞いてみると「特には」と同じトーンで返って来る。

「俺が助けられることはあるか?」

「特には……僕のことはあんまり気にしなくていいよ。勇者様の仕事なんだろうけどさ」

 カナタは、食欲が無さそうにパンの残りを千切って地面の芝生に落とした。緑の芝生にくすんだ茶色のパン屑が落ちるが、虫も迷惑そうに避けている。

「特に楽しいこともないし、辛いこともない。屋根がある所で寝れて、飢えない程度にご飯が食べられれば充分だよ」

 それはそうだろうが、せっかく命からがらホーリアまで来たんだから、それなりに楽しい生活をした方がいいだろう。
 俺がそう言っても、カナタは何も映っていない瞳で遠くを見ながらぼんやり首を横に振った。

「いいよ、別に。僕は楽しく生きるつもりは無いし、そもそも生きる気があんまりない。生まれた時から死にたいんだ」

「それは、難儀だな」

「勇者様、死んだ後ってどうなるか知ってる?」

 死んだ後どうなるか。俺は良く知っている。
 異世界に転生して勇者になって、排他的な田舎を担当することになって、残業代が付かない事とか給料が60%カットされている事とか、色々悩みは尽きないがまぁそれなりの第2の人生を歩むことになる。

 しかし、そんな事を言って俺がイナムだとバレて、妙な親近感でも持たれたら厄介だ。
 俺は「人によるんじゃないか?」とパーフェクトに当り障りのない回答をした。
 その回避能力は誰かに褒めてほしいくらいなのに、カナタは俺の答えなんて興味がないらしく、淡々と話を進めていた。

「死んだら終わると思ってたんだ。とにかく終われば、それでいいと思ったのに。それなのに、死んでも何にも変わらずに続くんだ」

「そうか」

「それで、死ねば終わるっていうのが唯一の救いだったことに気付いた。でも、続くんだ。死んでも終わらないってわかってしまっても、最後の救いがなくなっても、ずっと続くんだよ」

「なるほど」

 これが同情を求めるような哀れっぽい語り口だったら、「わかったわかった!酒呑んで忘れよう!」と呑み屋に連れて行くところだが、カナタは誰に聞かせるつもりもなく淡々と話している。
 話の内容から、カナタが俺と同じ前世を持つイナムなのは間違いなさそうだ。
 そして、この欝々とした語り口から、カナタがどうやって前世で死んだのか想像が付く。

 俺は前世の悩みまで面倒を看るつもりはないが、カナタのホーリア市の滞在は俺の名前で保証している。
 もしも、カナタが自棄になって市内で事件を起こしたり、悲惨な死に方をされたりすると、あれでいて意外にシビアな市長に、市のイメージダウンになるような人間を住ませるなと俺が怒られてしまう。

 何かカナタの気を反らせられる物はないかとマントを探ると、クラウィスにおやつに渡されたミートパイがポケットから出て来た。
 包み紙を開けてカナタの口元に押し付けると、目は虚空を見たままだったが面倒臭そうに口を開ける。
 揚げたてのパイがさくさくと音を立てて、地面に落ちたパイ生地に早速鳥が寄って来た。

「美味しいか?」

「美味しい」

「明後日は、黒苺のパイを作ってくれるって」

「黒苺……は、食べたことないな」

「そうか。じゃあ、持って来るよ」

 俺はカナタにもう1つパイを渡して、日が射し始めたベンチから立ち上がった。


 +++++


 人間誰しも、生きていれば大なり小なり悩みを持つものだ。

 無関係の俺に話して何とかなる程度の悩みなら、俺が何もしなくても解決するだろう。だから、親身になって相談に乗ってやらなくても支障はない。
 そして、俺に話して解決しない程度の悩みだったら、俺に話されてもどうしようもない。相談する方も時間の無駄だから、自ら解決策を探してもらうしかないし、俺が口出ししても邪魔なだけだ。
 特に恋愛の悩みに関しては首を突っ込んでコルベリア家で痛い目にあった。今後、絶対に関わらないようにしよう。

「勇者様、ミミ-とウラガノさんが付き合ってるって、知っていますか?」

 丁度そう決心した所だったのに、1番街に戻って来ると肉屋の前にいたニーアに突然そう尋ねられた。
 ニーアは俺と一緒にパトロールを兼ねた買い出しに来ていたのに、少しサボって横にいるチコリと一緒に恋バナをしていたらしい。
 しかし、それにしては深刻な表情で、俺の報告書を読んでいる副市長と同じ顔をしている。話の対象もよりによってミミーとウラガノなんて、笑えない冗談のような2人だ。

「初めて聞いた」

「勇者様も知らないんですか……最近あんまりホーリアに帰ってないので、ニーアが知らないだけかと思ったんですけど……」

「あの2人、そうなのか?」

 外様の俺や養成校で生活しているニーアよりも街の事情に詳しいチコリに尋ねたが、チコリも表情を曇らせていた。

「つい最近、ミミ-とそこのカフェで食事をしていたらウラガノが来て、ミミ-に『結婚しないか?』って言ったんだ」

「それで、ミミ-が承諾したそうです」

 他人の恋愛事情に興味の無い俺は、へーそうなんだ、と聞き流しそうになる。
 しかし、すぐに話の異常さに気付いた。

「付き合ってるかどうかって話じゃなかったのか?」

「ニーアたちが知らない間に付き合ってて、それで結婚を決めたのかなって思ったんですけど……違うみたいですね」

「ミミ-に聞いたら、その時で会うの3回目って言っていたしな」

「3回目?」

 俺が思わず大きな声を出すと、肉屋のカウンターから「働け、税金泥棒!」と、相変わらず俺を嫌っている店主の怒鳴り声と一緒に氷の塊が飛んで来て俺の頭で跳ねた。
 すっかり慣れているニーアとチコリは何の反応もしないし、俺も話に忙しいから店主の相手をする暇はない。

 しかし、冷静に考えてみれば、それほど驚く事でもないだろう。
 世の中には、会った瞬間にビビビッと電流が流れたように好きになってしまうことがある。俺には縁が無さ過ぎて思い出せないけれど、確か、一夜干しみたいな言葉があったはずだ。
 会って3回目で婚約というのも、実は珍しいことではないのかもしれない。

 そう納得しようとしたが、俺のカウントが間違っていなければ、1回目はミミ-がウラガノの財布を盗んで捕まった時で、2回目は俺のマントを探しにオルドグに行った時だ。
 あの時も理由は忘れたが、きゃんきゃん喧しくケンカをしていたような気がする。

「チコリ、どうして止めなかったんですか?」

「だって、その、幻聴だと思ったんだ」

 身も蓋も無いニーアの言葉に、チコリが申し訳無さそうに答える。俺も多分、幻聴だと思ってスルーするからチコリを責められない。

 それでも、祝福すべきだろう。前途有望な若者2人の新しい門出だ。
 2人は若いとはいえ立派に働いている社会人で、ミミ-はゼロ番街で働いていたから男女の付き合いに関して少し心配だが、一応年上のウラガノが支えてくれるはずだ。
 結婚をすると、互いに社会的責任が伴うことを理解しているだろう。

 しかし、思い返してみると、ウラガノはゼロ番街の常連だ。しかも呑んでいて日付を越える時間帯になると「ゼロ番街の店の女の子と付き合いたい」と無茶を言い出すのが定番だった。

 俺の頭に重く湿った暗雲が広がって行く。
 ニーアの中では、俺はウラガノの友達になっている。事実無根の風評被害だが、ウラガノがニーアの友人であるミミ-を傷つけたら、全然関係の無い俺まで「あの男の友達だからあいつもあり得ない」とか女子全員に言われてしまうのでは。
 それに、俺はミミ-の保護観察人だった気がする。ミミ-に何かあったら、俺が責任を取らないといけないんじゃないか。

「不安だ……」

「ニーア、ちょっとウラガノさんに聞いて来ます!」

 ニーアが庁舎に駆け出して、俺も早速ストレスで痛くなってきた胃を気にしながらニーアを追い掛けた。
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