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第24話 勇者、真夜中の平穏を守る

〜4〜

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 ホテルに2つあるレストランの、カジュアルで小煩い貴族がいない方に入る。
 入り組んだ店の奥の他の客から見えない衝立の裏のテーブルで2人分の夕食を平らげたコルダは、オバケの事などすっかり忘れていた。お腹が満たされて上機嫌で従業員に貰ったキャンデーを咥えながらホテルの中の探検を始めている。

「勇者様、プールって、お庭にあるやつなのだ?」

 案内表示を見上げていたコルダは、地下のプールを目指して階段に向かって行く。
 ホーリア周辺は地下に金属質の石で固められた頑丈な洞窟が張り巡らされていて、古くからある建物は建てる前に地下を調べて上手く洞窟を利用して地下室や倉庫を作っている。このホテルの地下にあるプールも、同じように洞窟を改造したものだろう。
 事務所の庭にあるのは俺が適当に作った水溜りのような粗末なものだし、水は海水でタコのフォカロルが住んでいる。
 それをプールだと思っているコルダが可哀想になってきたから、本物のプールを見せてあげた方がいいただろうと俺もコルダに続いて階段を下りた。

 例えば、もし地下のプールで死体がホルマリン漬けになっていれば、オバケの件も分かりやすくてすぐに解決できそうなのに。
 そう考えながら廊下を歩いていると、前を歩いていたコルダがぴたりと立ち止まった。

「う?ううぅ~……」

 ご機嫌に揺れていたコルダの尻尾が縮こまって足の間に収まって、髪に隠していた耳が毛を逆立てて先がはみ出した。
 何かあったのかとコルダの顔を見ると、キャンディーを噛み締めて固まったまま、みるみる瞳に涙が溜まって行く。

「いーやぁ……勇者様、早く戻ろう……!」

 何の前触れもなく泣き出したコルダは、俺の腕を掴んで元来た道を戻ろうと引っ張って行く。

「突然どうしたんだ?」

「な、何でもないのだ……!」

 コルダは何も答えずに部屋に戻ると、黙ったままベッドに入って縮こまってしまう。せっかくホテルに泊まるのだからプールやバーに行かないのかと誘っても、布団の中で震えているだけだった。
 食べ過ぎでお腹でも壊したのかと深く考えずにコルダの絵本を読んで時間を潰していると、布団の中からコルダが顔を出して、頭のリボンを外して顔をぷるぷると振った。

「勇者様ぁ……一緒にお風呂に入ってなのだ……」

「え、いいのか?」

「あ、でも、洗っているところを見られるのは、ちょっと恥ずかしいから後ろを向いていてほしいのだ」

 コルダが手足をボディソープで洗っているのかシャンプーで洗っているのか。
 出会った時から抱いていた謎が解ける絶好のチャンスだったが、恥ずかしいなら仕方が無いと俺はコルダに従った。

「それで、コルダが話しかけたらちゃんとお返事してほしいのだ。勇者様がオバケと入れ替わっていないか確認しなきゃだから、勇者様とコルダにしかわからない質問するから、絶対に、ぜぇーったいに、間違えないでちゃんと答えてほしいのだ。あと、ときどき抜き打ちでお顔を確認するから、怖い顔しないでにこーってしててほしいのだ」

「……」

「勇者様、お返事は?」

 俺はコルダを連れて来た事を早くも後悔していた。
 しかし、詳細を教えないでホテルに連れて来てしまった俺に非がある。言われた通りに、怯え切っているコルダの入浴に付き合って、好奇心を殺して一度も振り返らずに早々に浴室を出た。
 風呂から出れば少し落ち着くかと思ったが、コルダは濡れた体で俺にしがみ付いている。
 俺の服がびしょ濡れになる前に、タオルを広げてコルダの髪を拭いた。魔術を解いたコルダの髪は元の長さに戻っている。
 丁寧に乾かしてもホテルのアメニティの櫛ではいつものようにつやつやにはならない。やはりオルドグで買ってきた最高級のブラシが一番良い。

「そんなに怖いなら、もう寝るか?」

「勇者様、一緒に寝てぇ……1人じゃ寝られないのだー!」

 ツインの部屋で少し離れて並んでいるベッドを、コルダはぐいぐいと押してくっつけようとしている。
 コルダと同じ布団に入ると暑くて布団を蹴飛ばして、明け方に寒くて風邪をひく。
 俺が返事を誤魔化していると、コルダの怪力で弾かれたベッドが俺に突撃して来た。「怖いのだー」と言いながら、俺をベッドと壁で潰そうとしているコルダが一番怖い。
 壁の染みにされる前に、俺は承諾してベッドを押し返して元の位置に戻した。まだ寝るには早い時間だが、ベッドを二つ並べて灯りを消して中に入る。

「布団は別だからな」

「が、我慢するのだ……でも、勇者様、手ぇ繋いでなのだ……」

 すっぽり被った布団の隙間からコルダの手が伸びて来て、俺の腕を見つけるとギリギリと握り締めて来る。爪は立てていないが、朝までこの調子だと多分俺の手は壊死している。

「勇者様……トイレ行きたくなったらコルダを呼んでくれて構わないのだ……」

「わかった」

「もし!もし、何か不穏な気配を感じたら、すぐにコルダを連れて脱出してほしいのだ……」

「わかった」

「できれば、コルダが惨劇の目撃者にならなくて済むように、寝てるままコルダを連れ出してほしいのだ……」

「……わかった」

 その後も何か呟いていたコルダだったが、すぐに声が聞こえなくなって固く握っていた手から力が抜けた。ぷーぷーと寝息が聞こえてくるから、散々騒いで疲れたからもう寝てしまったらしい。
 しばらくコルダのぬいぐるみを修理して、コルダの眠りが深くなるのを待つ。真夜中と呼べる時間になってからそっと体を起こした。

「コルダ……」

 コルダに呼びかけても、布団の山は呼吸に合わせてゆっくり動いている。

「……寝た?」

 数秒待っても、返事は無い。音を立てないように布団を抜け出して、壁に掛けていたマントを着る。
 しかし、ドアに向かおうとした時、足がずしりと重くなった。探すまでも無くこの部屋にオバケが出たかと見下ろすと、コルダがベッドを抜き出して俺の足にしがみ付いている。

「どーこーにー行くつもりなのだ!」

「夜じゃないとオバケは出ない」

「コルダを1人にして、オバケに攫われちゃったらどうするのだ!」

「……わかった」

 ここは正直に言おうと、俺は床に座ってコルダに抱き着かれたまま姿勢を正した。

「実は、予想以上にここの宿泊代が高かった」

「……そんなの、コルダには関係無い」

「このままだと、仕事だと認められないから経費で落ちない。つまり、次の給料日まで俺の小遣いが無くなる」

「コルダ、知らない。貯金切り崩せばいいでしょ!」

「そうなったらもうお菓子は買ってやれないから、自分の給料で買ってくれ」

「い、今はコルダの生死がかかってるのに、お菓子なんて、どうでも……!」

 コルダはそう言ったが、いつも自分の給料に細かく言うだけあって俺の懐に同情してくれたらしい。しがみ付いていたコルダが俺から離れた隙にそっと立ち上がると、コルダも立ち上がって俺の前で両手を広げる。

「……ん」

 今にも泣きそうな顔で見上げられて、俺は仕方なくコルダを抱き上げた。
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