上 下
133 / 244
第24話 勇者、真夜中の平穏を守る

〜2〜

しおりを挟む
 ユーリはデリアにすっかり怯えてしまい、今日は1人じゃ寝られないと俺のマントにしがみ付いて泣いていた。
 しかし、ちゃんばらをするのにいい感じの枝を見つけて渡してやれば喜んで振り回しながら歩いて行く。
 全人類がユーリくらい単純な思考回路だったら、俺のような人間でももっと生きやすい世界になるのに。

 ユーリを家に送り届けて、俺はそろそろ業務時間が終わるから最後くらい真面目に仕事をしようと事務所に戻ることにした。

 しかし、あのデリアの様子は少し気になる。
 この前会った時は、無意味に人を怖がらせるような子ではなかったはずなのに。
 それに、ユーリの言っていた噂も妙だ。
 幽霊が出るくらいならホテルの話題作りで済むけれど、「泊まると呪われる」なんて営業妨害に近い。
 ユーリの家は老舗の靴屋だからそんな噂が流れても痛くも痒くもないだろう。しかし、リトルスクールにはホテルを経営している家の子もいるのに、そんな噂が流れるだろうか。

 ニーアに相談したいところだが、瀬戸際の成績で試験に挑んでいるニーアの邪魔はできない。
 白魔術師のリリーナに任せれば何とかなるような気がするけれど、リリーナも養成校の講師として試験期間の間は忙しく働いている。この前も危うく試験問題作りを押し付けられそうになったところだ。
 どうしたものかと考えながら事務所に入ると、2階に向かう階段の前でクラウィスがトレイを持って上を窺っていた。

『あ、勇者様、お帰りなサい』

「どうしたんだ?」

『あの……コルダさんがお昼から寝ているので、そろそろお水をあげないといけないんでスが……』

 クラウスは事務所の家事だけではなくて、コルダの飼育係のような事もやっている。
 お蔭で俺の部屋は比較的清潔に保たれているし、コルダがお腹を空かせて夜中にキッチンで創作料理を始めることも少なくなった。
 クラウィスのトレイにはお茶が入ったグラスが2つ乗っていて、2階に上がれずにいた訳がわかった。グラスを受け取るついでにクラウィスに尋ねる。

「前に働いていたホテルの噂、何か聞いたことあるか?」

『噂?いいえ、聞いたことないでス』

 不思議そうな顔をしているクラウィスに俺は返事を誤魔化して、俺の夕飯は明日食べると言って、階段を上がった。
 コルダが2階にいるなんて珍しいと姿を探すと、コルダは廊下の隅の冷たい石壁にくっ付いて手足を投げ出して眠っていた。
 毛皮を纏ったコルダに最近の気候は熱いらしく、鼻の頭にうっすらと汗が滲んでいて、ぷーぷーと寝苦しそうに寝息を立てている。
 昼間が暑いなら涼しい夜に寝ればいいのに、ここまで昼寝をしても夜は夜で良く寝ている。季節に関係無くコルダはいつも健康体だ。

 コルダの傍らにグラスを置いて俺の部屋に入ると、思っていた通りポテコが俺のベッドに寝転がって本を読んでいた。退魔の子のクラウィスは、知らない魔術師が怖くて近寄れない。

「先輩、この本、上下巻じゃなくて上中下だと思う」

 ポテコは本に目を落としたままそう言って、コルダが俺の部屋にため込んでいるクッキーを摘まんでいた。
 俺の部屋に食べ物を持ち込まないというコルダとの約束は、未だに守られたことがない。

 ニーアが入学した年から養成校の制度が変わって、新しく入学したニーアの学年は予備生、それ以前に入学していた生徒たちは候補生という区分で分かれた。
 そして、卒業生は全員街付の勇者になる予定だから、全員に実習の課題が出ている。候補生のポテコも、ニーアと同じで俺の事務所が実習先になっていた。
 しかし、ポテコはニーアと違って街に出ないし俺の仕事は手伝わない。勝手に俺の部屋に来て、ベッドの上で本を読んでそのまま勝手に帰って行く。試験期間中でも、ポテコは座学の成績はトップクラスだからいつも通り実習の名目でサボっている。

「あれ……?先輩、どこか行くの?」

「今日はホテルに泊まってくる」

 俺が一泊する準備をしながら答えると、ポテコはベッドの上でがばっと体を起こした。

「ぼ、ボク、すぐに帰るからそんなお気遣い不要なんだけど……ッ!」

 いきなり声を大きくしたポテコは、どうやら自分がいるのが嫌で俺が外泊すると思ったらしい。
 ポテコはこの手の勘違いをよくして、その度にちゃんと慰めてあげないと暫く引き摺ってずっと不機嫌になるから、オバケが出る噂があるホテルを調査するためだとすぐに説明した。
 眉間に皺を寄せて厳しい顔で本を握り締めていたポテコは、すぐに調子を取り戻していつも以上に白けた顔になる。

「そんなの、どうでもいいじゃん。先輩、何でそんな事してんの?」

「ニーアがいないから俺が調べないと。仕方ないだろ、ニーアは試験で忙しいんだから」

「だから、放っとけばいいと思うんだけど」

 ポテコに言われてふと気付く。
 俺は便利屋でも少年探偵団でもないのに、どうして街のちょっとした不思議を、頼まれてもいないのに調べようとしているのだろう。
 しかし、ニーアだったら街のために何とかしようとするはずだ。俺はニーアほどホーリアに情熱も愛情も無いけれど、実習生のニーアと比べて本職の勇者は駄目だとか言われたくない。涙を飲んで、経費で高級ホテルに泊まりに行くだけだ。

「先輩は、態度悪いし文句多いのに言われたことはちゃんとやるんだね」

「コルダ、知ってるのだ……つんでれ?って言うのだ……」

 寝起きで目を擦りながら部屋に入って来たコルダは、どうやらリリーナに悪い知恵を吹き込まれたらしい。グラスを握ったまま俺の横に座って、まだ寝足りないのかうつらうつらしている。
 勇者の天敵の白銀種であり、全然話した事がないコルダに人見知りを発動させて、ポテコはすぐに立ち上がった。

「ボクは無駄な労働はしなくていいように賢くやろっと」

 そう捨て台詞を残して、移動魔法で養成校に帰って行った。ポテコの姿が消えて、握っていた本だけがベッドに残される。
 俺はホーリアに来てから勇者の本職である魔獣退治は一匹もやっていないのに、子守だの老人の相手だの、それ以外の仕事が多い。俺が平和主義なのと、市民に気を遣っているからだ。
 ポテコも実技の試験をパスすれば来年でも卒業して街の勇者になるのだから、少しは首席卒業の俺の働きを見習うべきだろう。
 俺が買い取り価格を気にしてポテコがぐしゃぐしゃにした本の皺を伸ばしていると、ぐいぐいとマントを引っ張られた。
 横を見ると「こぼしちゃったのだー」と言いながらコルダが床に零したお茶を俺のマントで拭いている。現行犯逮捕と、俺はコルダを抱え上げた。

「コルダ、ホテルに泊まりに行かないか?」

「ホテル?何でなのだ?」

 コルダは寝癖が付いた耳を揺らして、俺を見上げて尋ねた。
 ニーアもリリーナもいないから、俺1人でホテルに泊まりに行こうと思っていたが、本当にオバケのような得体の知れない物が出てきた時に、心霊現象の類と無縁の生活をしていた俺に対処できるか若干不安だ。
 コルダなら、何かあった時に迷わず俺を見捨てて逃げるから心配ない。

「少し調べたいことがあるんだ。外でお泊り、どうだ?」

「泊まるー!お泊りの準備してくるのだー!」

 コルダが元気に返事をして、俺の膝から飛び降りてあまり使っていない自分の部屋に駆けて行く。
 市内で一泊するだけだから換えの下着があれば充分、と声をかけてもお気に入りのぬいぐるみと絵本を積み上げていた。
 無駄だと思ったが自分の荷物は自分で持って行くようにコルダに言って、クラウィスに俺とコルダの夕食は明日食べると伝えるために階下に向かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

Lunaire
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。 全力でお母さんと幸せを手に入れます ーーー カムイイムカです 今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします 少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^ 最後まで行かないシリーズですのでご了承ください 23話でおしまいになります

家族内ランクE~とある乙女ゲー悪役令嬢、市民堕ちで逃亡します~

りう
ファンタジー
「国王から、正式に婚約を破棄する旨の連絡を受けた。 ユーフェミア、お前には二つの選択肢がある。 我が領地の中で、人の通わぬ屋敷にて静かに余生を送るか、我が一族と縁を切り、平民の身に堕ちるか。 ――どちらにしろ、恥を晒して生き続けることには変わりないが」 乙女ゲーの悪役令嬢に転生したユーフェミア。 「はい、では平民になります」 虐待に気づかない最低ランクに格付けの家族から、逃げ出します。

Weapons&Magic 〜彼はいずれ武器庫<アーセナル>と呼ばれる〜

ニートうさ@秘密結社らびっといあー
ファンタジー
魔法!努力!勝利!仲間と成長する王道ファンタジー! チート、ざまぁなし! 努力と頭脳を駆使して武器×魔法で最強を目指せ! 「こんなあっさり死んだら勿体ないじゃん?キミ、やり残したことあるでしょ?」 神様にやり直すチャンスを貰い、とある農村の子アルージェとして異世界に転生することなる。 鍛治をしたり、幼馴染のシェリーと修行をして平和に暮らしていたが、ある日を境に運命が動き出す。 道中に出会うモフモフ狼、男勝りなお姉さん、完璧メイドさんとの冒険譚! 他サイトにて累計ランキング50位以内獲得。 ※カクヨム、小説家になろう、ノベルピアにも掲載しております。 只今40話から70話辺りまで改修中の為、読みにくいと感じる箇所があるかもしれません。 一日最低1話は改修しております!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

処理中です...