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第23話 勇者、盗人を成敗する

〜1〜

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 それとなく養成校の事務室に確認したところ、まだ勇者のマントが悪用されている話は伝わっていなかった。
 オグオンが独自に情報を入手している可能性はあるが、勇者に関する雑件を大臣が先に知っていると事務室の面目が立たないから、今のところは知らないフリをしているだろう。その間に事を収めなくてはならない。
 と、良く分かってはいるが、もう少し現実から目を背けていたいのが本心だ。

「勇者様、何か思い当たる人とか、お店とか、ありますか?」

 ニーアに尋ねられて、俺は力無く首を横に振った。

 探せばきっと見つかる、もし見つからなくても一緒に謝れば許してもらえるかもしれない、とニーアに慰められて、俺はマントを探すためにオルドグにいた。

 オルドグはホーリアと同じくらいの大きさの街だが、街全体が商店街で問屋や小売店や専門店が並んでいて、落ち着いた観光地のホーリアとは少し違った賑やかさの街だ。
 ここに来れば揃わない物は無いと言われている街で、他国から買い付けに来る人間も多い。どこも人や馬車で溢れているし、荒っぽい商人たちの喧嘩や乱闘の声が其処彼処から聞こえて来る。
 自警団が作られるくらいだから、犯罪も多いのだろう。この街で盗人1人を見つけるのは、藁の中から針を探すようなものだ。

「探し物のマントってこれと同じのでしょ?大丈夫よ。すぐ見つかるって」

 俺の隣の化粧もドレスもないオフモードのペルラが、俺のマントを引っ張った。
 探し物をするなら人手が必要だろうとリコリスがペルラを手伝いに寄越してくれて、ぺルラの横には寝起きの顔をしたミミ-がいる。仕事が休みでゼロ番街の宿舎で寝ていたのをペルラが連れて来たらしい。

「勇者様ぁ、元気だして。おっぱい揉む?」

「今そんな気分になれない」

 ミミ-がいつもの調子で言うから答えたのに、「一生ならないでください」とニーアが冷たい目をして言った。

「アーテルさん、魔術で見つけられそうですか?」

 ニーアが果物屋の棚の上で丸くなっている黒猫に尋ねる。
 リコリスの部下の魔術師が変化したこの猫も今回のマント探しの助っ人だ。しかし、ピンク色の舌で黒い毛並を舐めてニーアを無視している。

「あの……お手伝いに、来てくれたんですよね?」

 ニーアが体を屈めて黒猫の顔を覗き込んだ。しばらく猫が何か言うのを待っていると、一通り背中を舐めて舌を収めたアーテルが金色の瞳を向ける。

「ああ、支配人に言われたから来た。が、探し物など流民が足を使ってやればいい」

 リコリスが頼んだ時は「言われた事は何でもします」と従順な僕のような事を言っていたのに、随分態度が違う。
 何かこの猫の気を悪くするような事をしただろうかと俺はペルラを見たが、いつもこんな感じだと呆れた顔で教えてくれた。プライドの高い魔術師だらけのゼロ番街で働いていて、ペルラも色々と苦労しているようだ。
 毛並を整え続けているアーテルのつやつやと光る体に指を突っ込むと、すっと黒い毛並が割れて指が埋まる。
 両手にすっぽり収まるくらいの体を掌で掴むと、温くて柔らかい皮膚がゆるゆると動いた。俺の手を払うように黒い尻尾が伸びて、腕に纏わり付いて来る。
 魔術師が変化している猫なのに、ちゃんと体温があって本物の猫のように動いている。

「勇者など野蛮な人間の手伝いを、あぅ、何故私が……ちょ、しなければ……あッ」

「こいつ、喉を撫でるとゴロゴロいう」

 すごい発見だと思って言ったのに、ニーアは「現実逃避は後にしてください」と素気なく言って考え込んでいる。

「まずは、飲食店を回って情報を集めましょう。きっと同じ手口で繰り返しているはずです」

「そうね。同じお店で2回はやらないだろうから、上手くいけば先回りできるかもしれないわ」

「ミミ-、お腹空いたぁ……」

「で、虱潰しに回るの?キリが無いわよ」

「ニーアと勇者様は通信機で連絡を取り合えるので、二手に分かれましょう」

「ミミ-、ご飯食べたいんだけどなぁ……」

 ニーアとペルラは真剣に考えていて、ミミ-はやはり寝起きでご飯を食べる間も無く来たらしくお腹を空かせている。
 真面目なニーアとペルラに任せれば、何とかなる気がしてきた。マントは見つかるし、俺はオグオンに殺されないし、人種差別はなくなるし、世界は平和になる。全て上手くいくから俺は何もかも忘れて事務所で寝ていたい。

「勇者様、ニーア、魔術の初心者なので、アーテルさんはこちらに来てもらえないでしょうか」

「うーん……」

 俺は黒猫をひっくり返して腹を揉みながら、一応真剣に考えていた。

 魔術で探すのが手っ取り早いが、人が多くて地形も詳しくない街では難しい。
 マントの姿形を詳細に思い浮かべることができれば少し楽だが、俺は四六時中着ていたのにあのマントに全然興味が無い。多分、違う黒い布でも気付かずに着ていたと思う。
 しかも、俺は自分の魔術の気配がわからない。自分の家の匂いが自分ではわからないのと同じだ。魔術とは案外繊細で融通が利かない。
 モべドス卒の優秀な魔術師のリリーナならもしかしてと声を掛けてみたが、オルドグのような賑やかな街に行きたくないと部屋に籠って出て来なかった。

「……いい加減にしろ!」

 俺の手の下にいた黒猫がいきなり跳ね上がった。
 鋭く息を吐いたかと思うと、俺の掌に爪を突き立てる。手の甲に赤い線が走って、一瞬後に派手な血柱が上がった。

「お兄ちゃん、大丈夫?!」

 ミミ-がレースのハンカチで俺の手を抑えると、白いハンカチがみるみる赤く染まって行く。
 この猫は、元は人間の姿をしているはずなのに、爪で攻撃してくるなんて心まで猫に染まってしまったのか。

「支配人に言われた仕事だ。しかし、お前らと組むつもりはない。私が一人で動いた方が早く片付く」

 アーテルは棚から飛び降りると、尻尾をピンと高く立てて商店街の人込みの中に消えて行った。
 猫に引っ掛かれた程度の傷、勇者の俺にはすぐに治せる。しかし、唯一の希望である魔術師に見捨てられてやる気がなくなった。
 俺はそろそろ諦めようかという気分だったのに、女子3人は何やら別の話をしていた。

「勇者様、ミミ-がお腹空いたらしいので、一旦ご飯食べていいですか?」

 好きにしてくれと俺はホーリアに戻ろうとしたが、ニーアに腕を掴まれて近くの店に連れて行かれた。
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