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第22話 勇者、街の復興に助力する

〜3〜

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 ウラガノが余計な事を市に報告する前に、先回りして止めようと俺とニーアは副市長室に向かった。
 庁舎の前の花壇では、男性が1人腰掛けて煙草を吸っている。業務時間中に、喫煙所でもないところで堂々と煙草を吸っている彼は職員ではない。
 良し悪しに差はあれどそういう名物親父はどこの役所にもいて、この男は比較的害の無い方だ。

「あ、フォッグさん。ウラガノさんの今の部署、知ってますか?」

 ニーアは警戒心も無く住所不定推定無職の老人に近付いて尋ねる。
 部外者のフォッグが役所の人事を知っているのかと疑ったが、フォッグが煙と一緒にぼそぼそと呟いた言葉を聞いて、ニーアは礼を言って戻って来た。

「観光課だそうです」

 俺は前世で観光課に配属されたことはないし、ホーリア市の観光課が何をやっているか詳細は知らない。しかし、観光地のホーリア市では花形部署のような気がする。

「もしかして、ウラガノはああ見えて期待の新人だったりするのか?」

「あー……いえ、その……うーん……」

 俺が尋ねると、ニーアは言葉にしないけれどはっきり答えを教えてくれた。
 思い返してみれば、許可証の事件で無実のウラガノが捕まった時に、奴を犯人にするのに一番積極的だったのが直属の上司の生活安全課長だ。
 元同期に答え辛い質問をして悪いことをしたと反省しつつ、俺はニーアと副市長室に向かった。


 +++++


 通い慣れた副市長室に、ノックと同時に中に入る。
 部屋の主の副市長は、デスクで仕事を続けたままで、書類から顔を上げて目線を動かして会釈をしただけだったが、そこに住み着いている市長は俺に気付いて椅子を倒して立ち上がって駆け寄って来た。
 市長は、ニーアと同じ赤い髪に緑の瞳をしていて、クラウィスと同じくらいの子供の姿をしている。トルプヴァールから帰って来た時よりも、少し大人に戻っているがまだ先は長そうだ。

「やあ、勇者様!何か事件でも解決しましたか?!」

 応接室と執務スペースを兼ねた堅苦しい副市長室の真ん中には、新しく子供用の学習机が置かれている。
 まだ子供の姿をしている市長を市長室に1人にしておくと、すぐに遊び始めてしまうらしい。中身は大人のままなのに、全然信用されていない。

「勇者様の活躍は僕が漏れなく記録しておきますから、些細な事でも必ず教えてください!」

「ここの観光課の職員が事務所に押し入って来たが、何か知っているか?」

「観光課……?ああ、なるほど」

 俺が尋ねると、市長は俺とニーアをソファーに座らせて、ジュースを出してくれた。体は子供の市長は、発育を考慮してブラックコーヒーも酒も煙草も禁止されている。

「実は、ゼロ番街が営業休止になったせいで市は財政難なんです。結局、あそこの客が市の観光客のほぼ半数ですから」

「あー……そうですかぁ……」

 それを聞いたニーアは、複雑な表情を浮かべた。
 ホーリアは観光地でも賑やかに楽しめるような街ではない。
 歴史を感じる避暑地に行くという建前で、ゼロ番街で女や男や酒や色事で楽しく遊べるから、あれだけ沢山の観光客が集まっていたわけだ。

「しかし、観光事業が貴重な収入源であることには変わりありませんから、削る訳にはいかないし、市内の事業者は収入が減った分、補助を出してくれと要求してくるし」

「そうなんですか……ウラガノさんはただの逆恨みじゃなくて、ちゃんと市のことを考えてあんな暴挙に出たんですね」

 ニーアが元同期の奇行に納得したように頷いた。俺は横で黙って聞いていたが、絶対違うと思う。

 ウラガノのような奴の思考は手に取るようにわかる。
 異動は嫌だけど観光課なら庁内で大きな顔をしていられるしまぁ我慢するか、と思った矢先にまさかの財政難で市民と行政の板挟みの激務。
 手っ取り早い資金調達とニーアへ八つ当たりのために、勇者の事務所に押し入った。

 自分でも絶対に違うとわかっているのに適当にいい話にして問題を終わらせようとするのは、ニーアの悪い癖だ。生真面目な長女ゆえだろうか。

 とは言え、ゼロ番街も店の修理が終わり次第営業再開予定だし、観光客もすぐに戻って来るだろう。この財政難も長引かないはずだ。
 一応、俺は知恵を絞っているふりをして、空気に名前を付けて缶詰にして売ったらどうだ、と提案しようとした。しかし、市長は力強く腕を上げる。

「心配御無用!策はある!」

 市長がパチリと指を鳴らすと、仕事を続けていた副市長が仕方なさそうに立ち上がって市長の隣に腰かけた。
 副市長の膝の上には、A3サイズのパネルが積み重なっている。

「一日体験。勇者教室!」

 市長が高らかに発した言葉に合わせて副市長が持ち上げたパネルには、クレヨンのイラストが描かれていた。子供たちの中心に、筋骨隆々の剣を持った人物が描かれている。
 このイラスト、何故か既視感を覚える。そして、俺の隣でニーアが瞳を輝かせているのが気になる。

「勇者様は子供がお嫌いですから、無理ですよ」

 副市長は沈黙している俺に助け船を出すように、盛り上がっている市長とニーアに言った。
 副市長は市長が人質から戻って来て少しは元気になったかと思ったのに。こんな死んだ目でフリップ芸をやらされるのだから、役所で偉くなっても良い事など何も無い。

「それなら、ニーアが教える役をすればいい」

「いいえ、ニーアは養成校の生徒なので、まだ勇者じゃないんです」

「でも、言わなきゃわからないだろう?」

「だから今、言ったんですけど……」

 勇者を詐称するのにニーアが戸惑っていると、市長はめげずに副市長に次のパネルを催促した。

「それなら、これだ。『激白!現役勇者が語る養成校の裏側。国費の使い道を世に問う(サイン会付き)』」

「却下。俺がクビになる」

「これで喜ぶのはあなたくらいです」

 副市長が市長に言って、ニーアはどこからか出しかけていた色紙をそそくさと片付けた。
 俺のサインなら頼めばいくらでも書くのに、俺はまだニーアに頼まれていない。

「それなら、アレしかないですね……」

「はて?アレ、とは……?」

 思わせぶりに言った市長だが、副市長は膝の上でパネルをパタパタと捲っていて全然ピンと来ていない。市長が副市長に「ゆるキャラとイメージソング」と囁いたのが聴こえて、俺はフリップが見つかる前に席を立とうとした。
 しかし、市長にマントを掴まれて、ソファーに引き戻される。

「あれも駄目これも駄目と言いますが、勇者様は街を守るために来ていただいたのです。街を守るのは魔獣を追い払うだけではないでしょう!逼迫した財政から守るのも、勇者様のお仕事です!」

「国への報告も、そろそろ書く事が無くなって来ましたね……」

 副市長がぽつりと呟く。言われてみれば、俺も自分の報告書のマンネリ化が少し気になっていた。ニーアの実習記録もあることだし、そろそろ目新しい形で市に貢献しても良い時期だ。
 少し譲歩してやるかと俺がソファーに座り直すと、市長が満足そうに頷いた。

「では、明日のヒーローショーの出演はオッケーという事で」

「……ヒーローショー?」

 聞き返した俺に、市長がチラシを突き付けて来た。明日、勇者が噴水広場の前でヒーローショーをやるらしい。主演予定の俺は何も聞いていない。

「勇者様に演じていただければ盛り上がります!な、副市長!」

「ええ、でしょうね」

「勇者様は勇者役で、ニーアが敵役で派手なアクションとか入れたら新しい市の名物になりますよ!ね、副市長!」

「ええ、間違いありません」

 盛り上がっている市長に、副市長がどうでも良さそうに返事をする。そのイエスマンの精神で副市長はその地位まで登り詰めたのか。

「うぅ……頭が……」

 俺が断る理由を探していると、隣のニーアが過去の暗い記憶を思い出したらしく、頭を抑えて体を丸めた。これはチャンスと、俺はニーアの肩を抑えて悲痛な顔をしてみせる。

「実は……ニーアは、ヒーローショー的なものにトラウマがあるんだ」

 俺はどうしてニーアがそんなトラウマを負ったのか話が向かわないように、重く絞り出すように言った。
 俺が主催して放り投げた市民説明会で、怒りに震える市民の前でニーアの司会が滑り倒したのを知っている副市長は、「あれからもう1年ですか」と感慨深そうな顔をしている。

「市長には悪いが、その仕事は遠慮させてもらう」

「で、でも、もうポスターも貼ったし、チラシも配ってしまいましたし」

「実習生のニーアが参加できないのに、俺が1人でやるわけにはいかないだろう」

 これで明日の平穏は守られた。
 俺は頭を抱えているニーアを支えて立ち上がろうとすると、市長はチラシをテーブルに置いて指を組み、先程とは打って変わって精神年齢相応の落ち着いた様子で静かに息を吐いた。

「……そうやって、困難にぶつかるたびにトラウマだって言って逃げるのか?」

 市長が力強く言って、ニーアははっと顔を上げた。ニーアが好きそうな暑苦しい展開に、俺は嫌な予感がする。

「自ら壁を増やして逃げ道だけを進んでいく……それが勇者の生き方なのか?どうなんですか、勇者様?」

 俺が「さぁどうなんでしょうね」と答える前に、ニーアが顔を上げて勢い良く立ち上がった。
 衝撃でデスクの上に並んでいたグラスが倒れて、俺は寸前で中身を固定した。テーブルの上の、多分市長お手製のパネルが濡れるのを防ぐ。養成校で少し冷静になる術は、まだ学んでいないのか。

「ニーアが間違っていました!市長、ニーア、やります!」

 ニーアがあの時のトラウマを克服できたなら、俺も長く苦しめられていた罪の意識からようやく逃れられる。
 しかし、ニーアがやるにしても、俺はやらないって最初に言った。
 せめて副市長には釘を刺しておこうと思ったが、副市長は既に自分のデスクに戻って仕事を再開していた。
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