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第22話 勇者、街の復興に助力する

〜2〜

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 ウラガノは、職場で信用されていなくて無実の罪で投獄されたこともあるし、お金が無くなってニーアにお金を貸してくれと泣きついているのも珍しいことではない。

 様子がおかしいのが平常だから、今日も仕事中にサボりに来たのかニーアに無心に来たのだと思っていた。
 しかし、確かに様子がおかしい。
 いつも昼寝に適したくたくたの市の作業着を着ているのに、今日は皺の無いジャケットとシャツを着て、まるで仕事中のような格好をしている。
 俺が事務所に戻ったのに気付いて、手に持ったファイルを開いて冷たい視線を向ける。

「立ち入り監査に参りました」

「……監査」

 ウラガノが市の職員のような事を言って、何となく俺は嫌な気分になった。もしかしたら、仕事熱心になる毒キノコでも食べたのかもしれない。

「この事務所も税金で維持していますから……ほぉ!庭にプール」

 ウラガノはいつも事務所のテラスで昼寝をしているから既に知っているだろうに、まるで初めて気付いたかのように厭味ったらしくそう言って、ファイルに何か書き込んだ。
 そういう遊びなのかと思ってウラガノを眺めていたが、ウラガノは事務所の中を勝手に見まわしてリビングを一通り調べた後、キッチンに入る。

「おやおや、この事務所に専任の職員は4人と聞いていますが、随分食事が多いですね」

 昼食の準備をしていたキッチンを見られて、クラウィスが俺の後ろに隠れたままウラガノを睨む。喉の奥で不満そうに小さく唸っているのが聞こえた。

 俺の給料は国から出ているが、事務所の維持費は市が負担しているし、生活費も市から一部補助が出ている。
 勇者の仕事に関しては、市は国に泣きついたり陰口を叩いたりしかできないが、市が支出している補助金に関する部分は、立ち入り監査も正当なものだ。

 しかし、4人と言ったか。
 俺とコルダとクラウィスとリリーナ、ではない。リリーナは講師の仕事があるから、この事務所に専任の職員は俺とコルダとクラウィスとフォカロルだ。
 国とオグオンは騙せなかったが、市と副市長は騙せたから、4人分の生活費が市から補助されている。
 早く逃げるんだ、と池の縁で転がっているフォカロルに念じると、俺の心が通じたように池の中に静かに入って行った。

「あれ?ウラガノさん、どうしたんですか?」

 泳ぎの練習がひと段落したニーアが、髪から滴を垂らしながら事務所に入って来る。髪を乾かされるのが苦手なコルダは、テラスで体を振って水を落として、日の当たるところで伸びていた。
 立ち入り監査に来たらしいと俺が教えると、ニーアが怪訝な表情を浮かべる。元・市職員のニーアでも知らない仕事らしい。

「勇者の事務所の監査って……ちゃんと上司の許可取ってますか?」

「茶菓子も紅茶も、こんなに要らないですよね。事務所だから、仕事の道具と執務スペースだけで充分でしょう。他の部屋は、引き続き住まれるようでしたら家賃を徴収することも検討しているのですが」

「そ、そんなの、ただの言いがかりじゃないですか!」

 ニーアが言うと、ウラガノは書類を書く手を止めないまま、ニーアを見ていじけた顔を見せた。

「つかさ、俺の人事異動、市長に口利きしてくれって頼んだのに、やってくんなかっただろ」

「え?あれ、本気だったんですか?」

 ニーアが若干引き気味に応えて、少し話が見えて来た。
 どうやらウラガノは、仕事が楽な生活安全課にずっといたいから、自分を異動させないように市長に言うように、ニーアに頼んだらしい。
 市長に平職員の人事をどうこうする権限は無いと思うけれど、藁にも縋りたくなる気持ちはわかる。しかし、ニーアは単なる冗談だと思って市長に伝えなかった。
 結果、ウラガノはどこだか知らないけれど仕事中に昼寝をしたり街の散歩に出たりできない勤勉な部署に異動になった。

「だ、だって、特別扱いはしないって約束で入庁したし……逆恨みじゃないですか……!」

「来客がいないから応接室も必要ないっすよね。食器もソファーもこんなにいらないし。この洋館潰してホテル建てるって計画、課長まで通ってるんで進めておきまーす」

「ちょ、ちょっとやってる事が幼稚過ぎませんか?上司に言いつけますよ!」

「はいダメーそうやって都合の良い時だけ身内ヅラするー」

 ニーアが怒っても大して怖くないが、年下の元同僚から言われる言葉としては辛辣だ。しかし、ウラガノは全く堪えた様子もなく事務所を調べて満足したのか、ファイルをパタンと閉じた。

「悪いな、ニーア。俺は自分が誰よりも可愛くて、世界で一番大好きなんだ」

 そう言い残して、ウラガノはジャケットを翻して事務所を出て行った。

 なんて素晴らしい生き方なんだ。
 俺は感動してそのままウラガノを師と仰いで付いて行きそうになったが、ニーアが「見損ないました!」と叫んで俺は何とか足を止めた。
 見損なう程の人格が、奴にあっただろうか。

「ニーア、あの人にもう絶対にお金貸しません!」

「それは、貸さない方がいいだろうな」

 しばらく顔を赤くして怒っていたニーアだが、昼食を食べる頃には怒りも少し収まっていた。
 ウラガノに邪魔をされて泣きそうになっていたクラウィスだったが、慰めるとすぐに元気を取り戻す。
 まだ毛が乾いていないコルダに合わせてテラスにお皿を並べて食事をしながら、庭を眺めながら外の侵入禁止魔法を対ウラガノ用に強化しようと構築を見直す。

「いきなり立ち入り監査なんて……一体どうしたんでしょうね」

 ニーアは塩漬け肉を摘まみながらワインの入ったグラスを傾けていた。
 一応今は実習中のはずなのに、昼から酒を飲むなんて、それほどウラガノに怒っているのか。それか、ニーアにとってはジュースのようなものだから酒に含まれないのかもしれない。

「税関係の部署に異動になったとかじゃないのだ?」

 寝転んだままパンを齧っているコルダが言っても、ニーアは難しい顔をしている。不思議なのは部署がどうこうではなく、ウラガノが突然真面目になった事だ。
 あの適当な監査が市に報告されたところで実際に事務所の補助金が減らされたり、事務所を追い出されたりはしないだろうが、こちらも疚しい部分があるから包み隠さず真実を述べて反論することはできない。

「ニーアの元同期だろう。上手く黙らせておいてくれ」

「勇者様のお友達でしょう。2人でこそこそ悪い事してるの知ってますよ」

 俺はウラガノと友達などではない。
 あいつがゼロ番街で出禁になった店を執り成してくれとか、2人で行った方がサービスがいいから一緒に来てくれとか、良いように使われているだけで俺は被害者だ。
 しかし、説明したところでニーアはわかってくれなさそうだから、俺は黙ってコルダの髪に落ちたパン屑を払っていた。
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