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第21話 勇者、後進を案ずる
〜1〜
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ニーアが養成校に合格したことは、オグオンに教えられる前から知っていた。
試験の出来について事務所には何の連絡もなかったが、父親のゴーシュには逐一連絡していたから、ニーアの弟をあの手この手で買収して聞き出していた。
ニーアは、合否が決まるまで、誰にも言いたくなかったのだろう。
いくら成績優秀のニーアとはいえ、魔術を使えるようになったのはつい最近だし、面接や適性試験や、合格までいくつも難関がある。ニーアが合格できるかどうか、俺にもわからない。
どちらにしても、最終的な結果が出れば一度ホーリアに帰ってくるはずだ。
それまで知らないフリをしていようと、ニーアがいなくなって毎晩泣いているリリーナにも教えなかった。
『勇者様、鳴ってまスよ』
クラウィスに声を掛けられて、テラスのベンチで本を読んでいた俺は目を覚ました。膝の上ではコルダが丸まって昼寝をしている。
クラウィスが指差すとおり、俺の耳に付けた通信機が鳴っていて、誰からの通信かよく確認しないまま応答した。
「ホーリアだ。悪いが、今立て込んでいて……」
『ゆ、勇者様ぁーーーーーーー!!!ーー!!』
通信機からは、いきなり大音量が響いてきた。脳内にキーンと高音が響いて、耳が一瞬使い物にならなくなる。
「あ、ああ……?ニーアか?どうした?」
鼓膜が復活してから声を掛けたが、通信機の向こうでニーアは大声で泣き続けていた。
「う~……うるさいのだぁ……」
コルダは安眠を邪魔されて、俺の膝の上に乗ったまま俺の耳を遠ざけようと下から顎を押して来る。
俺はコルダを膝から下して、ベンチから離れた。
そろそろ養成校の合格者が決定する頃だ。
実のところ、俺はニーアを慰める文句をずっと考えていた。魔術をもう少し勉強してからまた受ければいいとか、運の要素もあるからニーアの能力が足りないわけじゃないとか。
しかし、俺が何を言ってもニーアは泣き続けていた。しゃくり上げながら零される言葉を何とか聞き取ってみると、そうじゃないとか、合格はしたとか言っている。
『し、身長……っ、が……っ』
「身長?」
身長がどうしたと尋ねたが、それだけ言ってまたニーアは声を上げて泣き出してしまった。
一体何だとニーアの泣き声を聞いていて、俺は養成校の入学には身長制限があったことを思い出した。
+++++
移動魔法で養成校に到着すると、俺の腕にはリリーナがくっついていた。
通信機のニーアの泣き声を聞き付けて、俺について来たらしい。寝間着のシャツから外出着の白いワンピースに一瞬で着替えると、侵入者と間違えて俺に襲い掛かって来る在校生を防御壁を飛ばして追い払う。
試験会場になっている校舎の一角で、ニーアは両手で顔を覆って肩を震わせていた。
「身長……っ……!」
足りなかったのか、と尋ねると、ニーアの泣き声が更に大きくなって、どわぁーっと全力の泣き声が無人の廊下に響く。
「だ、大丈夫でしょ!背なんてすぐに伸びるわよ!」
リリーナがニーアの背中を撫でて必死に慰めるが、泣き声は止まらない。
確かに、身長が伸びることを期待してまた来年受ければいい。ニーアの歳なら身長は伸びるだろうし、まだ何度でもチャンスはある。しかし、そんな不確かな希望的観測で、ずっと我慢していたニーアを慰めることはできない。
俺は正直全然気が進まなかったが、リリーナにニーアを任せて、特に厳重に不可侵の魔術が掛けられている会議室に入った。
室内には、養成校の教師と理事と、予想通り大臣のオグオンが揃っている。
合格者の身体測定が終わって、入学者の最終決定しているところだ。
名前は忘れたが確か教師の1人は、俺を見てすぐに追い出そうと魔術をかけて来たが、それを弾いて室内に入った。
「ニーアを、合格させてやってくれ」
無茶を言っているのは充分承知の上で頼んでみる。
俺の後ろから、リリーナが顔を出して、帽子の影から教師たちを睨み付けた。ニーアの為に重度の引きこもりのリリーナが養成校まで来て知らない大人たちの前に出るなんて素晴らしい友情だが、「早くなんとかしなさいよ」と囁きながら俺の背中をぐいぐい押して来る。
「身長制限なら俺だって駄目だった。でも入学させてくれただろう。俺1人だけ特別扱いしていいのか?」
俺の言葉で会議室の視線は、一番奥に座っていたオグオンに集中した。
騒ぎに我関せずの素振りで書類に目を落としていたオグオンは、諦めて重そうに顔を上げる。
「新人の勇者が養成校の合否に口出しするとは、己を買い被り過ぎだ」
わかっている、と俺は頷いた。勇者であっても俺は単なる卒業生の1人だ。養成校の決定にとやかく言える立場ではない。
しかし、会議室の外ではニーアがずっと泣いている。ニーアは、ずっと勇者になりたくて、一度は諦めたのに諦めきれなくてずっと1人で悩んでいた。身長がどうのこうのなんて、つまらない事でこれ以上待たせられない。
俺が帰る気が無さそうなのに気付いて、オグオンは頷いた。
「ならば、ホーリアにはそれなりの働きをしてもらおう」
俺はオグオンの口添えで入学して、在校中は専属の小間使いのように便利に使われていた。
養成校を卒業したからようやく役目も解かれたと喜んでいたが、今度はニーアを入学させる代わりにまた便利に使いたいと、そういうことだ。
オグオンの言わんとしている事を理解して俺が頷くと、オグオンが席を立ち教師たちもそれに倣って椅子の音が重なる。
「それでは、入学者の発表を」
「ニーアは合格なんだろうな?」
そのまま会議室を出ようとするオグオンを呼び止めると、オグオンは隻眼の相変わらず温度の無い瞳で俺を見下ろした。
「あくまでも、望ましい身長だ」
「……つまり?」
「ニーア、養成校ではもう少し冷静になる術を学ぶように」
「あ、はーい……」
オグオンに声をかけられたニーアは、既に泣き止んでいた。
会議が終わった部屋に俺とニーアとリリーナが残されて、無言の時間が流れる。
「勇者様、あの……ごめんなさい、ニーア、早とちりしちゃったみたいで……」
謝らなくていい、と俺はニーアを遮った。謝られても許せる気がしないからだ。
事態を把握したリリーナが、ニーアの耳に口を寄せて何やらこしょこしょと入れ知恵をしている。
年上に言われた事には基本的に逆らわないニーアは、リリーナに言われた通り自分の頭をこつんと小突いた。
「も……『もー!私ったら、ドジっ子なんだから』」
「……てへぺろ」
「て、『てへぺろ』!」
俺は2人を残して事務所に戻った。
心配そうに駆け寄って来るクラウィスに、何かよくわかんないけど大丈夫だったぽい、と適当に答えてコルダの隣で寝直した。
試験の出来について事務所には何の連絡もなかったが、父親のゴーシュには逐一連絡していたから、ニーアの弟をあの手この手で買収して聞き出していた。
ニーアは、合否が決まるまで、誰にも言いたくなかったのだろう。
いくら成績優秀のニーアとはいえ、魔術を使えるようになったのはつい最近だし、面接や適性試験や、合格までいくつも難関がある。ニーアが合格できるかどうか、俺にもわからない。
どちらにしても、最終的な結果が出れば一度ホーリアに帰ってくるはずだ。
それまで知らないフリをしていようと、ニーアがいなくなって毎晩泣いているリリーナにも教えなかった。
『勇者様、鳴ってまスよ』
クラウィスに声を掛けられて、テラスのベンチで本を読んでいた俺は目を覚ました。膝の上ではコルダが丸まって昼寝をしている。
クラウィスが指差すとおり、俺の耳に付けた通信機が鳴っていて、誰からの通信かよく確認しないまま応答した。
「ホーリアだ。悪いが、今立て込んでいて……」
『ゆ、勇者様ぁーーーーーーー!!!ーー!!』
通信機からは、いきなり大音量が響いてきた。脳内にキーンと高音が響いて、耳が一瞬使い物にならなくなる。
「あ、ああ……?ニーアか?どうした?」
鼓膜が復活してから声を掛けたが、通信機の向こうでニーアは大声で泣き続けていた。
「う~……うるさいのだぁ……」
コルダは安眠を邪魔されて、俺の膝の上に乗ったまま俺の耳を遠ざけようと下から顎を押して来る。
俺はコルダを膝から下して、ベンチから離れた。
そろそろ養成校の合格者が決定する頃だ。
実のところ、俺はニーアを慰める文句をずっと考えていた。魔術をもう少し勉強してからまた受ければいいとか、運の要素もあるからニーアの能力が足りないわけじゃないとか。
しかし、俺が何を言ってもニーアは泣き続けていた。しゃくり上げながら零される言葉を何とか聞き取ってみると、そうじゃないとか、合格はしたとか言っている。
『し、身長……っ、が……っ』
「身長?」
身長がどうしたと尋ねたが、それだけ言ってまたニーアは声を上げて泣き出してしまった。
一体何だとニーアの泣き声を聞いていて、俺は養成校の入学には身長制限があったことを思い出した。
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移動魔法で養成校に到着すると、俺の腕にはリリーナがくっついていた。
通信機のニーアの泣き声を聞き付けて、俺について来たらしい。寝間着のシャツから外出着の白いワンピースに一瞬で着替えると、侵入者と間違えて俺に襲い掛かって来る在校生を防御壁を飛ばして追い払う。
試験会場になっている校舎の一角で、ニーアは両手で顔を覆って肩を震わせていた。
「身長……っ……!」
足りなかったのか、と尋ねると、ニーアの泣き声が更に大きくなって、どわぁーっと全力の泣き声が無人の廊下に響く。
「だ、大丈夫でしょ!背なんてすぐに伸びるわよ!」
リリーナがニーアの背中を撫でて必死に慰めるが、泣き声は止まらない。
確かに、身長が伸びることを期待してまた来年受ければいい。ニーアの歳なら身長は伸びるだろうし、まだ何度でもチャンスはある。しかし、そんな不確かな希望的観測で、ずっと我慢していたニーアを慰めることはできない。
俺は正直全然気が進まなかったが、リリーナにニーアを任せて、特に厳重に不可侵の魔術が掛けられている会議室に入った。
室内には、養成校の教師と理事と、予想通り大臣のオグオンが揃っている。
合格者の身体測定が終わって、入学者の最終決定しているところだ。
名前は忘れたが確か教師の1人は、俺を見てすぐに追い出そうと魔術をかけて来たが、それを弾いて室内に入った。
「ニーアを、合格させてやってくれ」
無茶を言っているのは充分承知の上で頼んでみる。
俺の後ろから、リリーナが顔を出して、帽子の影から教師たちを睨み付けた。ニーアの為に重度の引きこもりのリリーナが養成校まで来て知らない大人たちの前に出るなんて素晴らしい友情だが、「早くなんとかしなさいよ」と囁きながら俺の背中をぐいぐい押して来る。
「身長制限なら俺だって駄目だった。でも入学させてくれただろう。俺1人だけ特別扱いしていいのか?」
俺の言葉で会議室の視線は、一番奥に座っていたオグオンに集中した。
騒ぎに我関せずの素振りで書類に目を落としていたオグオンは、諦めて重そうに顔を上げる。
「新人の勇者が養成校の合否に口出しするとは、己を買い被り過ぎだ」
わかっている、と俺は頷いた。勇者であっても俺は単なる卒業生の1人だ。養成校の決定にとやかく言える立場ではない。
しかし、会議室の外ではニーアがずっと泣いている。ニーアは、ずっと勇者になりたくて、一度は諦めたのに諦めきれなくてずっと1人で悩んでいた。身長がどうのこうのなんて、つまらない事でこれ以上待たせられない。
俺が帰る気が無さそうなのに気付いて、オグオンは頷いた。
「ならば、ホーリアにはそれなりの働きをしてもらおう」
俺はオグオンの口添えで入学して、在校中は専属の小間使いのように便利に使われていた。
養成校を卒業したからようやく役目も解かれたと喜んでいたが、今度はニーアを入学させる代わりにまた便利に使いたいと、そういうことだ。
オグオンの言わんとしている事を理解して俺が頷くと、オグオンが席を立ち教師たちもそれに倣って椅子の音が重なる。
「それでは、入学者の発表を」
「ニーアは合格なんだろうな?」
そのまま会議室を出ようとするオグオンを呼び止めると、オグオンは隻眼の相変わらず温度の無い瞳で俺を見下ろした。
「あくまでも、望ましい身長だ」
「……つまり?」
「ニーア、養成校ではもう少し冷静になる術を学ぶように」
「あ、はーい……」
オグオンに声をかけられたニーアは、既に泣き止んでいた。
会議が終わった部屋に俺とニーアとリリーナが残されて、無言の時間が流れる。
「勇者様、あの……ごめんなさい、ニーア、早とちりしちゃったみたいで……」
謝らなくていい、と俺はニーアを遮った。謝られても許せる気がしないからだ。
事態を把握したリリーナが、ニーアの耳に口を寄せて何やらこしょこしょと入れ知恵をしている。
年上に言われた事には基本的に逆らわないニーアは、リリーナに言われた通り自分の頭をこつんと小突いた。
「も……『もー!私ったら、ドジっ子なんだから』」
「……てへぺろ」
「て、『てへぺろ』!」
俺は2人を残して事務所に戻った。
心配そうに駆け寄って来るクラウィスに、何かよくわかんないけど大丈夫だったぽい、と適当に答えてコルダの隣で寝直した。
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