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第16話 勇者、胸の内を吐き出す
〜1〜
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リュリスがイナムに殺されたと聞いた時、当然俺はイナムがこちらの世界の人間を害しているのだと考えた。
俺は勇者としてこの世界の人間を守らなくてはならないし、一応同じ世界を生きたよしみで迷惑をかけるなとイナムを諭すくらいはするつもりだった。
しかし、イナムがイナムを殺したとなると、少し話が変わって来る。
正直、生まれ変わった世界に迷惑をかけるなと言いたい。俺のように前世のしがらみを持ち込むにしても、余所でやってくれという感じだ。
しかし、この世界の理によってイナムが殺す方と殺される方で分かれているのであれば、エルカがどちらに属しているのか気になる。
真面目と正義感が人型になったような人間で、陰口を叩かれてもハブられても平気な顔をしていた三條だ。絶対に、損をする方に属していると思う。
ホテル・アルニカの最上階のスウィートルームに飛び込むと、部屋の中にエルカの姿は無かった。来る時に見た噴水広場にいなかったから、ホテルにいるだろうと思っていたのに。
客室の中を見ると、いつも通りリリーナ作のコスプレ衣装が壁に掛かっている。そう考えると、リュリスの前世は、俺よりも少し上か同じくらいの年代の女性か、女児アニメ大好きオタクだったのだろう。
しかし、それ以外の荷物は消えて、ベッドも整えられて、エルカが泊まっていた痕跡は消えている。
「おや、勇者様!何か御用ですか?!」
廊下から太い声を掛けられて、肩がビクリと震える。
ホテル・アルニカのオーナーだ。しかし、俺は今日は何も悪い事はしていないし、従業員以外立ち入り禁止の場所にも入っていない。
いつもの汚れた前掛けを付けたオーナーの姿に目を凝らすと、本体は小さな人形だった。ホテルの仕事をしているだけで、俺に会いに来たわけではないようだ。
「ここに泊まっていた吟遊詩人は?」
「少し前に出られましたよ。ああ、勇者様の御友達でしたね!」
「どこに行くとか、聞いてないか?」
「ああ、確か、トルプヴァールに向かうとおっしゃっていました」
俺はオーナーに礼を言って部屋を出た。お気をつけて、と全て理解しているような口調でオーナーが言って、俺が階段を駆け下りる時に振り替えると、既にオーナーは姿を消していた。
+++++
石塀が続くホーリア市から外に続く道をふらふらと歩く長身の影を見つけて、俺は駆け寄った。
緩く巻き付いたような服を掴むとエルカが振り返って、尖った帽子の隙間から朝日が差し込んでエルカの表情が影になる。
「おや、勇者様。寂しくなるから、挨拶はしないつもりだったのに」
「エルカが探していたのは、リュリスか?」
俺が息を切らしたまま尋ねると、エルカは俺に向き直って頷いた。
「そうだよ。でも、リュリスはもう死んでしまった。他のイナムはおそらくトルプヴァールにいる」
「あそこで、イナムの知識を使わされているのか」
「そう。無理矢理か、望んでかはわからないけれど」
俺みたいな無能な事務職と違って、ライフラインの構築に関わっていたとか、電気設備を作っていたとかそういうタイプの人間は、その分野が未開発のこの世界に来たら狂喜乱舞して知識をフルに活用しだすかもしれない。
しかし、どうやら望んでやる奴よりも無理矢理やらされていない奴の方が多そうな口振りだ。
「この世界に生まれたイナムは、3種類に分かれるらしい。君のように前世を忘れて生きる人。前世の知識を活かしてこの世界を変えようとする人。それから、元の世界に帰ろうとする人」
「帰る……?帰れるのか?」
死んだからこの世界に来たのに、元の世界でゾンビか幽霊にでもなって戻るつもりか。
俺が尋ねても、エルカもはっきりとした根拠は無いのか、「どうだろうね」と答えを濁しながら背負っていた革袋からいつものハープを出した。
「勇者様に謝らなくてはいけない事がある。2つ、嘘を吐いていた。1つは、このハープの事」
話が突然変わって、エルカは道の脇の石塀に背伸びをしてハープを乗せた。
俺はそのハープから魔法の気配を感じていたから、魔法道具なのは気付いていた。魔法道具は、クラウィスのポシェットのように道具自体に魔法がかけられていて、魔法が使えない人間でもその効果を得られる。
大道芸で使う楽器は音が大きく広がる魔術がよく使われているから、気にしていなかったが。
「簡単な嘘発見器になっている。対象者がそれを知っているかいないかを判別できるんだ。例えば……ウラガノくんは、営業許可証を盗んでいない」
エルカが言うと、ハープの弦が勝手に跳ねてポーンと音が鳴った。
ウラガノが営業許可証を盗んでいないのは真実だ。俺が知っていることだから、魔法で反応して鳴ったらしい。
「ロワール川はオルレアンを流れる」
エルカが次に言った事は俺が知らないことで、ハープは静かなままだった。
「それから、単語にも反応するんだよ」
エルカに促されて、俺が「アウビリス」と言うとポーンとまた音が響く。エルカが「ポンヌフ」と言うとハープは黙っていた。
エルカが言っても俺が言っても、聞こえている言葉を俺が知っているかどうかで反応するらしい。
単純な魔法の組み合わせだが面白い機能だ。良い物を見せてもらって充分楽しめた。だからもう大丈夫だと、俺が背伸びをして石塀の上からハープを下ろそうとしても、エルカが構わず言葉を続ける。
「三條絵瑠歌」
ハープがまたポーンと音を立てて、俺は動きを止めた。
「勇者様がフランスの事を語っている時は、ぴくりとも鳴らなかったね」
「……」
俺は結局手が届かなくてハープを奪うのを諦める。
エルカが前世を語る時、ハープを弾きながら出生から順番に語っていたのは少し気になっていた。
あれは、目の前の人間が自分を知っているか否か、知っているならどの時点の知り合いなのか、確かめていたのか。
俺は高校だけ同級生だったから、エルカが高校時代の事を語っている時だけハープが反応していたのだろう。エルカの演奏はいつもトンチンカンな音を立てていたから、勝手に鳴っていることに気付かなかった。
一生の不覚。完敗だった。
俺は勇者としてこの世界の人間を守らなくてはならないし、一応同じ世界を生きたよしみで迷惑をかけるなとイナムを諭すくらいはするつもりだった。
しかし、イナムがイナムを殺したとなると、少し話が変わって来る。
正直、生まれ変わった世界に迷惑をかけるなと言いたい。俺のように前世のしがらみを持ち込むにしても、余所でやってくれという感じだ。
しかし、この世界の理によってイナムが殺す方と殺される方で分かれているのであれば、エルカがどちらに属しているのか気になる。
真面目と正義感が人型になったような人間で、陰口を叩かれてもハブられても平気な顔をしていた三條だ。絶対に、損をする方に属していると思う。
ホテル・アルニカの最上階のスウィートルームに飛び込むと、部屋の中にエルカの姿は無かった。来る時に見た噴水広場にいなかったから、ホテルにいるだろうと思っていたのに。
客室の中を見ると、いつも通りリリーナ作のコスプレ衣装が壁に掛かっている。そう考えると、リュリスの前世は、俺よりも少し上か同じくらいの年代の女性か、女児アニメ大好きオタクだったのだろう。
しかし、それ以外の荷物は消えて、ベッドも整えられて、エルカが泊まっていた痕跡は消えている。
「おや、勇者様!何か御用ですか?!」
廊下から太い声を掛けられて、肩がビクリと震える。
ホテル・アルニカのオーナーだ。しかし、俺は今日は何も悪い事はしていないし、従業員以外立ち入り禁止の場所にも入っていない。
いつもの汚れた前掛けを付けたオーナーの姿に目を凝らすと、本体は小さな人形だった。ホテルの仕事をしているだけで、俺に会いに来たわけではないようだ。
「ここに泊まっていた吟遊詩人は?」
「少し前に出られましたよ。ああ、勇者様の御友達でしたね!」
「どこに行くとか、聞いてないか?」
「ああ、確か、トルプヴァールに向かうとおっしゃっていました」
俺はオーナーに礼を言って部屋を出た。お気をつけて、と全て理解しているような口調でオーナーが言って、俺が階段を駆け下りる時に振り替えると、既にオーナーは姿を消していた。
+++++
石塀が続くホーリア市から外に続く道をふらふらと歩く長身の影を見つけて、俺は駆け寄った。
緩く巻き付いたような服を掴むとエルカが振り返って、尖った帽子の隙間から朝日が差し込んでエルカの表情が影になる。
「おや、勇者様。寂しくなるから、挨拶はしないつもりだったのに」
「エルカが探していたのは、リュリスか?」
俺が息を切らしたまま尋ねると、エルカは俺に向き直って頷いた。
「そうだよ。でも、リュリスはもう死んでしまった。他のイナムはおそらくトルプヴァールにいる」
「あそこで、イナムの知識を使わされているのか」
「そう。無理矢理か、望んでかはわからないけれど」
俺みたいな無能な事務職と違って、ライフラインの構築に関わっていたとか、電気設備を作っていたとかそういうタイプの人間は、その分野が未開発のこの世界に来たら狂喜乱舞して知識をフルに活用しだすかもしれない。
しかし、どうやら望んでやる奴よりも無理矢理やらされていない奴の方が多そうな口振りだ。
「この世界に生まれたイナムは、3種類に分かれるらしい。君のように前世を忘れて生きる人。前世の知識を活かしてこの世界を変えようとする人。それから、元の世界に帰ろうとする人」
「帰る……?帰れるのか?」
死んだからこの世界に来たのに、元の世界でゾンビか幽霊にでもなって戻るつもりか。
俺が尋ねても、エルカもはっきりとした根拠は無いのか、「どうだろうね」と答えを濁しながら背負っていた革袋からいつものハープを出した。
「勇者様に謝らなくてはいけない事がある。2つ、嘘を吐いていた。1つは、このハープの事」
話が突然変わって、エルカは道の脇の石塀に背伸びをしてハープを乗せた。
俺はそのハープから魔法の気配を感じていたから、魔法道具なのは気付いていた。魔法道具は、クラウィスのポシェットのように道具自体に魔法がかけられていて、魔法が使えない人間でもその効果を得られる。
大道芸で使う楽器は音が大きく広がる魔術がよく使われているから、気にしていなかったが。
「簡単な嘘発見器になっている。対象者がそれを知っているかいないかを判別できるんだ。例えば……ウラガノくんは、営業許可証を盗んでいない」
エルカが言うと、ハープの弦が勝手に跳ねてポーンと音が鳴った。
ウラガノが営業許可証を盗んでいないのは真実だ。俺が知っていることだから、魔法で反応して鳴ったらしい。
「ロワール川はオルレアンを流れる」
エルカが次に言った事は俺が知らないことで、ハープは静かなままだった。
「それから、単語にも反応するんだよ」
エルカに促されて、俺が「アウビリス」と言うとポーンとまた音が響く。エルカが「ポンヌフ」と言うとハープは黙っていた。
エルカが言っても俺が言っても、聞こえている言葉を俺が知っているかどうかで反応するらしい。
単純な魔法の組み合わせだが面白い機能だ。良い物を見せてもらって充分楽しめた。だからもう大丈夫だと、俺が背伸びをして石塀の上からハープを下ろそうとしても、エルカが構わず言葉を続ける。
「三條絵瑠歌」
ハープがまたポーンと音を立てて、俺は動きを止めた。
「勇者様がフランスの事を語っている時は、ぴくりとも鳴らなかったね」
「……」
俺は結局手が届かなくてハープを奪うのを諦める。
エルカが前世を語る時、ハープを弾きながら出生から順番に語っていたのは少し気になっていた。
あれは、目の前の人間が自分を知っているか否か、知っているならどの時点の知り合いなのか、確かめていたのか。
俺は高校だけ同級生だったから、エルカが高校時代の事を語っている時だけハープが反応していたのだろう。エルカの演奏はいつもトンチンカンな音を立てていたから、勝手に鳴っていることに気付かなかった。
一生の不覚。完敗だった。
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