上 下
88 / 252
第15話 勇者、過去と対峙する

〜7〜

しおりを挟む
 俺はエルカの低レベルな嘘に騙された時から、イナムに関しては少し慎重になっていた。

 エルカは世間話のついでのように突っ込んで来るし、リコリスは何やら俺を疑っているようだし、ボロを出すわけにはいかない。
 今の今まで、勇者同士のシリアスな会話をしていたから、その空気感を維持しようとした。
 しかし、どうやら、首席卒業の勇者といえども突発的な事態に弱いらしい。「いや、違いますけど???」と異常な早口でそう言ってしまった。

「そうか」

 100%違わないとわかる俺の反応を見ても、オグオンは短く返事をしてそのまま仕事を続ける。言い訳を並べることもできない。
 それに、さっきのオグオンの言葉は確信を持っていたから、今更俺が否定しても無駄だ。

「……いつから、気付いていたんだ?」

「ホーリアが入学して、しばらくしてからだ」

「どこで、気付いた?」

「孤児院とはいえ優良な施設で育ったのに、妙に殺気立って死にそうになりながら勉強していたから、もしかしてと思っていた」

 それは仕方ないだろう、と俺は反論をしそうになった。
 オグオンだって、誰にでも出来る仕事や他人がやり残した仕事のために休みもなく連日12時間以上職場に拘束されて、そのまま過労死すれば、嫌でも怨み辛みを来世まで引き摺るはずだ。

「あとは、何となくわかるんだ。過去に数人イナムと出会ったことがあるが、みんなこの世界と何の繋がりも無いような様子をしている」

「身内がいないってことか?」

「そういう意味ではないけれど、似たようなものだ」

 オグオンは珍しく曖昧に答えた。オグオンも、言葉にできる程はっきりイナムを見分けられるわけではないらしい。
 エルカの時のように俺の愚かさ故ではなく、オグオンの鋭い観察眼故だと知って、俺は少し冷静になる。

「イナムの勇者は、俺の他には?まさか、俺はイナムだから養成校に入学できたのか?」

「いや、わかっていたら、入学させなかった。私が知っている限りでは、ホーリアだけだ」

 それは、危ないところだった。入試面接の時に無駄に個性をアピールしていくタイプでなかったのが幸いだった。

 しかし、オグオンはまるでイナムについて探っているような言い方だ。
 この世界の為に身を粉にして働いているオグオンが、別世界で死んだイナムだとは思えない。
 まさか、全然関係無いのに、誰かさんのようにイナムを集めてお茶会とか考えているのだろうか。それか、オグオンの事だから、解剖してこの世界の人間とどこが違うか並べて間違い探しでもしようとしているのではないだろうな。
 オグオンの目的を聞いていいものか、それとも聞かない方がいいのか。
 俺が迷っているとオグオンは仕事を続けながら俺にちらりと目を向けた。

「個人的に調べているだけだ。イナムの異世界が現実にあるのか、それともただの集団幻覚なのか。どちらにしても、この世界に変革をもたらす力ではある。事実、トルプヴァールはイナムを使って、魔法無しで大国になった」

 俺は、オグオンが先程からペンで書類にサインをしていることに気付いた。
 国内の仕事はもちろん、国家間のやり取りでも、そんなまどろっこしい方法を使わないで魔法でやり取りをしている。
 わざわざペンで書いているということは、この山になっている書類は、魔法を使えないトルプヴァールに関する仕事。首都の勇者に休日出勤させるほどの仕事があるくらい、国際政治で力を持った国になっている。
 そして、この世界の人間が、仕組みも説明できない電気だの自動車だのをゼロから作り出して、魔法など不要だと証明しつつある。

「ホーリアが危険な素振りを見せたらすぐに退学にするつもりだった。だから、特に厳しくしたのに、叛逆を起こすこともなく耐えていた。それで、勇者にしても大丈夫だと思って卒業させた」

 言われてみると納得だ。
 集団幻覚によって結束力があり、未知の技術を持っているイナムは、トルプヴァールにつく可能性がある。
 国を裏切るかもしれない人間を勇者にはできない。オグオンが俺の人権を無視した扱いをしていたのは、俺が力を持っても国や上司に逆らわないか試していたのか。俺が耐え切れたのは、前世から染みついた社畜精神のお蔭だ。
 しかし、トルプヴァールに俺がイナムだと知られたところで、根っからの文系F欄事務職の俺に文明の発展に貢献できるほどの知識は無い。
 あえて言うなら、エクセルのマクロを組むのが少し得意だったが、残念ながらこの世界にマイクロソフトオフィスは来ていないだろう。
 しかし、今はWindowsの新地開拓を願っている場合ではない。

「それで、俺がイナムだってのは……誰にも言わないでくれ」

「言わない」

 オグオンは仕事の手を止めないままそう言った。しかし、オグオンをどこまで信じられるか、俺にはもう判断できない。
 晴れて卒業して、今更ライセンスを取り上げて首になることもない。オグオンも、信用は出来なくても一応認めてくれているらしいから、勇者の地位をはく奪される危険性は無いと思う。

 しかし、俺は前世やらイナムやら、もう関わり合いになりたくない。オグオンに前世のことを聞き出されるのも絶対に嫌だし、エルカみたいな奴らが集まって来るのも御免だ。
 それに、勇者として、否、勇者だから俺を尊敬してくれているニーアに、俺の惨めな前世を知られるのは、もう一度死んだ方がマシなくらい嫌だ。
 仕方ないと、俺はマントを整えた。もうこの世界で2回土下座したし、何回やっても同じだ。

「ホーリア」

 3土下座目もやっておくかと床に膝を付こうとした時、オグオンが俺に呼びかけて自分の顔に付けた眼帯を指差した。

「私の目だが、」

「ああ、魔獣にやられたんだろう?」

「そういう事にしているが、本当は父にやられた」

 初めて聞いた事実に俺がどう反応していいものかわからず返事に窮していると、オグオンは一つだけ残った瞳で俺を見つめる。

「小奇麗な小娘が偉くなると文句を言う奴が出て来るから箔が付くように、と。それも一理あると、今は納得している」

 オグオンは悲壮感を隠して無理に微笑んだように見える表情を作る。
 他家の教育方針に口出しするつもりはないが、随分厳格な勇者の家庭だ。俺は誇れるような出自ではないけれど、オグオンの家に生まれなくて良かった。

「頼む。絶対に、誰にも言わないでくれ」

 当然演技だろうが、オグオンはまるで縋るような口調でそう言った。
 俺の秘密を知っている代わりに自分の秘密を教えるからフェアにやっていこうと。そう言いたいらしい。
 今オグオンが明かした秘密が真実かどうか俺にはわからないけれど、オグオンはそこで嘘を吐くほど根性が曲がった人間ではない。
 どこまでも誠実な人間だ。いつでも国の繁栄を一番に考えて、自分以上に教え子の勇者たちを思っている。

「わかった。信じる」

「ありがとう。ホーリア」

 オグオンは心からの友愛を示すように言ったが、養成校の2年間、オグオンの下で働いていた俺にはそれもそう見せるための演技だとすぐにわかった。
 もう少し話を聞きたかったが、ちょうど鳴り響いた通信機にオグオンが応える。
 オグオンが何か言う前に、アルルカ大臣の怒鳴り声が聞こえてきた。また獣人の権利がらみで、どこかの勇者が問題を起こしたのだろう。これは長く続きそうだ。
 ホーリアに、自分の仕事に戻ろう。俺は議事堂を出た。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の騎士

コムラサキ
ファンタジー
帝都の貧しい家庭に育った少年は、ある日を境に前世の記憶を取り戻す。 異世界に転生したが、戦争に巻き込まれて悲惨な最期を迎えてしまうようだ。 少年は前世の知識と、あたえられた特殊能力を使って生き延びようとする。 そのためには、まず〈悪役令嬢〉を救う必要がある。 少年は彼女の騎士になるため、この世界で生きていくことを決意する。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

逆ハーレムエンド? 現実を見て下さいませ

朝霞 花純@電子書籍化決定
恋愛
エリザベート・ラガルド公爵令嬢は溜息を吐く。 理由はとある男爵令嬢による逆ハーレム。 逆ハーレムのメンバーは彼女の婚約者のアレックス王太子殿下とその側近一同だ。 エリザベートは男爵令嬢に注意する為に逆ハーレムの元へ向かう。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

処理中です...