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第15話 勇者、過去と対峙する

〜1〜

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 勇者様、とニーアの声に気付いて魔術書から顔を上げると、既に何回目かの呼びかけだったらしい。俺の膝に乗ったコルダが、魔術書を退かして俺の顔を覗き込んでいた。

「勇者様、眉間にしわが寄ってるのだー」

 コルダが両手を伸ばして俺の額に肉球を付けて、ぐいぐいと皮膚を伸ばして来た。
 お菓子作りの最中で材料を泡立てていたから、手がべたべたしているし、力が強すぎて皮膚が裂けそうになる。
 俺はコルダを抱え上げて、書類を片付けているニーアに何かと聞き返した。

「ですから、勇者様は、里帰りしないんですか?」

「里帰り?」

「はい。勇者様もイヴァンの休みは取れますよね?」

 ニーアに言われて、そういう時期かと思い出す。
 イヴァンの休日とは、日本でいうお盆のような習慣だ。実家に戻って家を片付けて、家族と過ごして信仰する神に祈りを捧げる日。
 申請すればブラックな労働環境の勇者でも休みが取れるが、実家も家族もいない俺には全く縁が無い。

「ニーアは?」

「私の実家は3番街ですし、リリーナさんもホテル・アルニカなので、わざわざ帰らないそうです」

 ニーアがさっき聞いて来ました、とリリーナが引き籠っている部屋の天井を指差して言った。
 リリーナは実家に帰っても引きこもる場所が変わるだけで、魔術師なら祈りもしないだろうし、俺の部屋に次ぐ汚い部屋の主なんだから家の掃除なんてまさかしないだろう。
 それならコルダはどうかと尋ねてみると、抱えたボールから泡立て器で中身を食べていたコルダは、「コルダはお菓子を食べられるところが故郷なのだー」と言いながらキッチンに逃げて行った。一緒にお菓子を作っていたクラウィスがキッチンから顔を出す。

『コルダ様、生地は出来た?あぁ!生で食べるものじゃないわよ!』

「でも、美味しいのだー?」

『お腹壊しちゃうのよ!』

 クラウィスは、コルダからボールを取り上げようと手を伸ばしたが、コルダはキッチンから逃げて行く。
 獣人のコルダなら生で食べても大丈夫だ。しかし、コルダは同じ調子で俺たちにお裾分けをしてくれるから俺とリリーナは度々お腹を壊している。ニーアは、生で食べては駄目な物をちゃんと見分けるから、そんなヘマはしない。

「ニーアが残ってるので、勇者様もお休みを取って大丈夫ですよ」

「クラウィスは?」

『クラウィスは、プリスタスの出身です。そこの教会の孤児院が実家です』

 コルダからボールを取り返すのを諦めたクラウィスがそう答えた。
 プリスタスは、ヴィルドルクにある数少ない海に面した街。ここから首都を抜けて更に馬車で数日行った所にある。そんな遠い所、俺は地図でしか見た事が無いはずなのに、何か聞き覚えがある。

「勇者様も、プリスタスの同じ孤児院出身です」

 俺が考えている事に気付いて、ニーアが教えてくれた。俺が忘れている事をどうしてニーアが知っているのか尋ねると、ニーアは当然と頷く。

「勇者様の略歴書にはそう書かれていました」

「詳しいな」

「勇者の事でニーアが知らない事はありません」

 ニーアが不適な笑みを浮かべて言った。怖い。

「それなら、クラウィスは俺のいも……弟なのか」

『そうなのだ!』

 実家があるなら、有給を使って帰るといい。この事務はちゃんと休みが取れるし、何ならお土産代だって出してやる。こういう所で、ホワイトな部分をアピールしておかなければ。

『あの……それでして、勇者様……』

 クラウィスは俺のマントを掴んで引っ張って来た。
 ポシェットの影に隠れて顔は見えないが、何か言いたい事があるらしい。
 遠方だから帰省に何日かかるか心配しているのだろう。それなら何連休でも大丈夫だと言うと、クラウィスは首を横に振った。
 まさか、帰省中の怪我に労災が下りるのか心配しているのか。コルダじゃあるまいし。
 しかし、長距離だし白魔術が効かない退魔の子だし、不安にもなるだろう。補償外だが見舞金は出すと言うと、また同じように首を横に振る。
 それなら一体何だと考えて、クラウィスに弟と言った時、妙に嬉しそうに声を弾ませた事に気付いた。

「もしかして……一緒に帰るか?」

『はい!勇者様!』

 試しにそう言うと、クラウィスは大きな声で返事をして頷いた。
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