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第13話 勇者、権利を尊重する
〜3〜
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採用試験をしたいから、会場を貸してくれ。
このやり取りも3回目になると、さすがに副市長も血相を変えて喚く事もなかった。
リリーナとコルダを引き連れて副市長室で待っていた俺に、何故か哀れむような視線を向けてくる。
「ホーリアの魔法剣士は、今の所、ニーア1人です」
「珍しいな」
「ええ、ここの人間は、魔法をいくら勉強しても魔術は使えませんから、魔法に関わる仕事に就きたがらないようで。ですから、代わりを補充しようなどということは……」
俺は副市長が言わんとしている事に気付く。それは誤解だと否定しつつ、勝手に淹れたコーヒーのカップを持ち上げた。
ニーアがいなくなったから代わりの魔法剣士を探そうだなんて考えていない。
例えストライキで仕事に来なくても、俺の事を組合で愚痴っていても、俺がホーリアで一緒に働く魔法剣士はニーアだけだ。
しかし、今の人員では事務所を回して行けないのも事実。
特に男手があれば、魔獣退治の時のニーアの負担も減るし、事務所の仕事分担も見直すことができるだろう。
「なるほど……男性ですか」
副市長は、俺の横で帽子の影に顔を隠して物言わぬ石のように固まっているリリーナと、コーヒーに砂糖をあるだけ入れているコルダを見て納得したらしい。
俺が職務放棄を止めて日々の仕事に真面目に取り組めば、勇者一人いれば済む話だ。
しかし、有難い事に副市長はそれに気付いていないようで、真剣に勇者のパーティー構成を案じてくれた。副市長にも意外と良い所がある。
「それで、職種は?」
副市長に問われて、俺は具体的な募集要項を全く考えていない事に気付いた。
ここは、戦闘系の剣士を採用するのがいいかもしれない。
ニーアのスピードに特化した剣術と、屈強な肉体のパワー特化型の剣士が組み合わさればいいコンビだ。
ただ一つ、考慮すべきなのは、そいつが俺よりも強そうで頼りがいがあると、事務所を乗っ取られる危険性がある。だから剣士は避けたい。
せっかくリリーナという優秀な白魔術師がいることだし、黒魔術師を雇うのも手だ。
人見知りするリリーナにでも、同じ魔術師なら少し早く慣れてくれるだろう。
ニーアもリリーナから教わるのは白魔術ばかりだから、黒魔術も合わせて学べば魔法をより活かせるかもしれない。
しかし、そいつが俺よりもリーダーシップがあったり顔が良かったりしたら、リリーナとコルダは俺を裏切ってそいつの下に就いてしまうかもしれない。
それなら事務職を雇って、テーブルに山になっている書類を片付けてもらうことにするか。
しかし、俺よりも賢そうな雰囲気を醸し出していたら、同様の危険性がある。
「……俺よりも、駄目な奴がいいな」
「一気に条件が厳しくなったのだ」
コルダは鼻歌を歌いながら砂糖の塊になったコーヒーを混ぜていたのに、ちゃんと話は聞いていたらしい。身も蓋もない評価を下す。
そして、副市長に人見知りをしているリリーナは、相変わらず一言も発さなかった。
+++++
前回と同じ会議室を借りて、勇者の事務所に就職を希望する誰かを待っていた。
求人ポスターはコルダが率先して描いてくれた。しかし、コルダの芸術的な文字は常人には読めないから、文面は俺が担当した。
白魔術師を募集した時は、市民が多い1番街と2番街にポスターを貼った。今回はそれに加えて誰もが通る噴水広場に貼ってある。市民も観光客も、目に入るはずだ。
「それで、誰か来るんでしょうね?」
今日で3日目、誰も来ない。
面接官用の長机の、何故か俺の隣に座っているリリーナは、余所行きの顔をして待っているのに飽きて膨れた面をしていた。
魔法剣士のストライキは今日もまだ続いている。
魔法剣士統括室が組合の条件を飲まないからだ。魔法剣士の仕事を詳細に定めると、今働いている魔法剣士の仕事が該当しなくなって職を失う恐れがある。だから組合内部からも反対の声が上がっていて、解決にはもうしばらく時間がかかりそうだ。
「ね、採用面接って、どうやるの?」
リリーナは採用の意欲に溢れているが、重度の人見知りに面接官が務まるのだろうか。
コルダはというと、会議室の中で快適な場所を探して少しずつ移動しながら昼寝をしている。今はちょうど俺の足元が風通しが良くて日当たりも良いらしい。俺のマントの裾をひっぱりながら床に丸まって、いつものように寝息を立てていた。
「志望者が来たら、まず何て言えばいいのかしら?」
面接を新しい遊びか何かと勘違いしているリリーナが俺に尋ねてきた。
2人は事務所に残っているように言ったのに、ニーアがいないボロ洋館に残されるのは嫌らしい。
ノックは3回以上。ドアの前で一度挨拶。履歴書を面接官に渡したら、名前と学校名を名乗り、促されてから御礼を言って椅子に座る。
俺は前世で何十回も繰り返した就職活動の記憶を引っ張り出した。
「ふーん……え?履歴書って何?」
リリーナは、すっとぼけた事を聞いて来る。リリーナも採用の時に綺麗な手書きの履歴書を提出してきただろう。それで俺はあっさり騙されたんだ。
採用された途端にリリーナは猫を被るのを止めて、就活の記憶も綺麗さっぱり抜け落ちてしまったらしい。
「そういう条件を付けてるから人が来ないのだ。だからコルダ、今朝ポスターのその文字、消しといたのだ」
「……消したのか?」
「のだ」
寝ていたと思っていたコルダが、机の下から俺を見上げて欠伸を漏らす。
そうは言っても、俺の手が勝手に『※履歴書持参』とポスターに書いてしまった。
前世で夜中に何枚も履歴書を書いた苦しみが、修正液を使えない怨みが、最後の押印でミスをした時の絶望が、この世界でも履歴書を求めて来る。
しかし、嘘で塗り固められた志望動機に俺もさして興味はない。そんな事よりも心配なのは、ポスターに『男性、求む』と書いてしまった事だ。
男尊女卑だの男女雇用機会均等法だの、コルダが騒ぎ立てるかと思ったが、自分に関係無いところだからか何も言って来なかった。しかし、権利に敏感な獣人や他の市民が文句を言ってくる可能性がある。
俺は昨日から苦情に怯えて、ドーナツしか喉を通らない。
「うげっ、甘いのしかないの?飽きて来たんだけど」
俺が抱えていた唯一の食糧であるドーナツが、箱ごとリリーナに奪われた。
さっきコルダに同じように奪われて買い直して来たのに、今度はリリーナだ。
「自分で好きな物買って来ればいいだろう」
「だって、その間に、面接しに誰か来ちゃうかもしれないでしょ!」
そんなに心配しなくても誰も来ない。来たとしてもリリーナは帽子に隠れて目も合わせられないだろう。
パンでも肉でも好きな物を買って来い、とドーナツを奪い返してリリーナを会議室から追い出そうとした時、ドアが4回ノックされた。
まさか、志望者か。
俺は咥えていたドーナツをマントの下に隠して座り直し、中に入るように呼びかける。
ドアが開く前に、床で寝ているコルダを引き摺って椅子の後ろに隠す。
「……、」
ドアの隙間から、白いエプロンを着た小柄な子が部屋の中に入って来た。
膝よりも長いエプロンに隠れて、その下に着ているのはスカートなのかズボンなのかわからない。
服装は縁にレースが付いている可愛いデザインだが、実用性に溢れている。ポケットには掃除道具が詰め込まれて、清潔でも着古した様子があった。
そして、猫か熊か豚か、よく分からない黒い生物の頭を模したぬいぐるみの大きなポシェットを肩から下げている。
黒にも藍色にも見える髪に、同じ色の瞳をしていて、年齢はコルダと同い年か少し幼いくらいだろうか。
大きな濡れたような瞳は女の子のように見える。しかし、右頬に貼られた湿布や鼻の頭や額に貼られた絆創膏のせいで元気いっぱいの男の子にも見えた。
声を聞けばわかるだろうと俺が挨拶をすると、その子は黙ったままぺこりと深く頭を下げて、椅子の横に立っていた。
俺が促すまで椅子に座らないつもりだ。就活生の心得が身に付いている。
しかし、この子は、どっちだ。
このやり取りも3回目になると、さすがに副市長も血相を変えて喚く事もなかった。
リリーナとコルダを引き連れて副市長室で待っていた俺に、何故か哀れむような視線を向けてくる。
「ホーリアの魔法剣士は、今の所、ニーア1人です」
「珍しいな」
「ええ、ここの人間は、魔法をいくら勉強しても魔術は使えませんから、魔法に関わる仕事に就きたがらないようで。ですから、代わりを補充しようなどということは……」
俺は副市長が言わんとしている事に気付く。それは誤解だと否定しつつ、勝手に淹れたコーヒーのカップを持ち上げた。
ニーアがいなくなったから代わりの魔法剣士を探そうだなんて考えていない。
例えストライキで仕事に来なくても、俺の事を組合で愚痴っていても、俺がホーリアで一緒に働く魔法剣士はニーアだけだ。
しかし、今の人員では事務所を回して行けないのも事実。
特に男手があれば、魔獣退治の時のニーアの負担も減るし、事務所の仕事分担も見直すことができるだろう。
「なるほど……男性ですか」
副市長は、俺の横で帽子の影に顔を隠して物言わぬ石のように固まっているリリーナと、コーヒーに砂糖をあるだけ入れているコルダを見て納得したらしい。
俺が職務放棄を止めて日々の仕事に真面目に取り組めば、勇者一人いれば済む話だ。
しかし、有難い事に副市長はそれに気付いていないようで、真剣に勇者のパーティー構成を案じてくれた。副市長にも意外と良い所がある。
「それで、職種は?」
副市長に問われて、俺は具体的な募集要項を全く考えていない事に気付いた。
ここは、戦闘系の剣士を採用するのがいいかもしれない。
ニーアのスピードに特化した剣術と、屈強な肉体のパワー特化型の剣士が組み合わさればいいコンビだ。
ただ一つ、考慮すべきなのは、そいつが俺よりも強そうで頼りがいがあると、事務所を乗っ取られる危険性がある。だから剣士は避けたい。
せっかくリリーナという優秀な白魔術師がいることだし、黒魔術師を雇うのも手だ。
人見知りするリリーナにでも、同じ魔術師なら少し早く慣れてくれるだろう。
ニーアもリリーナから教わるのは白魔術ばかりだから、黒魔術も合わせて学べば魔法をより活かせるかもしれない。
しかし、そいつが俺よりもリーダーシップがあったり顔が良かったりしたら、リリーナとコルダは俺を裏切ってそいつの下に就いてしまうかもしれない。
それなら事務職を雇って、テーブルに山になっている書類を片付けてもらうことにするか。
しかし、俺よりも賢そうな雰囲気を醸し出していたら、同様の危険性がある。
「……俺よりも、駄目な奴がいいな」
「一気に条件が厳しくなったのだ」
コルダは鼻歌を歌いながら砂糖の塊になったコーヒーを混ぜていたのに、ちゃんと話は聞いていたらしい。身も蓋もない評価を下す。
そして、副市長に人見知りをしているリリーナは、相変わらず一言も発さなかった。
+++++
前回と同じ会議室を借りて、勇者の事務所に就職を希望する誰かを待っていた。
求人ポスターはコルダが率先して描いてくれた。しかし、コルダの芸術的な文字は常人には読めないから、文面は俺が担当した。
白魔術師を募集した時は、市民が多い1番街と2番街にポスターを貼った。今回はそれに加えて誰もが通る噴水広場に貼ってある。市民も観光客も、目に入るはずだ。
「それで、誰か来るんでしょうね?」
今日で3日目、誰も来ない。
面接官用の長机の、何故か俺の隣に座っているリリーナは、余所行きの顔をして待っているのに飽きて膨れた面をしていた。
魔法剣士のストライキは今日もまだ続いている。
魔法剣士統括室が組合の条件を飲まないからだ。魔法剣士の仕事を詳細に定めると、今働いている魔法剣士の仕事が該当しなくなって職を失う恐れがある。だから組合内部からも反対の声が上がっていて、解決にはもうしばらく時間がかかりそうだ。
「ね、採用面接って、どうやるの?」
リリーナは採用の意欲に溢れているが、重度の人見知りに面接官が務まるのだろうか。
コルダはというと、会議室の中で快適な場所を探して少しずつ移動しながら昼寝をしている。今はちょうど俺の足元が風通しが良くて日当たりも良いらしい。俺のマントの裾をひっぱりながら床に丸まって、いつものように寝息を立てていた。
「志望者が来たら、まず何て言えばいいのかしら?」
面接を新しい遊びか何かと勘違いしているリリーナが俺に尋ねてきた。
2人は事務所に残っているように言ったのに、ニーアがいないボロ洋館に残されるのは嫌らしい。
ノックは3回以上。ドアの前で一度挨拶。履歴書を面接官に渡したら、名前と学校名を名乗り、促されてから御礼を言って椅子に座る。
俺は前世で何十回も繰り返した就職活動の記憶を引っ張り出した。
「ふーん……え?履歴書って何?」
リリーナは、すっとぼけた事を聞いて来る。リリーナも採用の時に綺麗な手書きの履歴書を提出してきただろう。それで俺はあっさり騙されたんだ。
採用された途端にリリーナは猫を被るのを止めて、就活の記憶も綺麗さっぱり抜け落ちてしまったらしい。
「そういう条件を付けてるから人が来ないのだ。だからコルダ、今朝ポスターのその文字、消しといたのだ」
「……消したのか?」
「のだ」
寝ていたと思っていたコルダが、机の下から俺を見上げて欠伸を漏らす。
そうは言っても、俺の手が勝手に『※履歴書持参』とポスターに書いてしまった。
前世で夜中に何枚も履歴書を書いた苦しみが、修正液を使えない怨みが、最後の押印でミスをした時の絶望が、この世界でも履歴書を求めて来る。
しかし、嘘で塗り固められた志望動機に俺もさして興味はない。そんな事よりも心配なのは、ポスターに『男性、求む』と書いてしまった事だ。
男尊女卑だの男女雇用機会均等法だの、コルダが騒ぎ立てるかと思ったが、自分に関係無いところだからか何も言って来なかった。しかし、権利に敏感な獣人や他の市民が文句を言ってくる可能性がある。
俺は昨日から苦情に怯えて、ドーナツしか喉を通らない。
「うげっ、甘いのしかないの?飽きて来たんだけど」
俺が抱えていた唯一の食糧であるドーナツが、箱ごとリリーナに奪われた。
さっきコルダに同じように奪われて買い直して来たのに、今度はリリーナだ。
「自分で好きな物買って来ればいいだろう」
「だって、その間に、面接しに誰か来ちゃうかもしれないでしょ!」
そんなに心配しなくても誰も来ない。来たとしてもリリーナは帽子に隠れて目も合わせられないだろう。
パンでも肉でも好きな物を買って来い、とドーナツを奪い返してリリーナを会議室から追い出そうとした時、ドアが4回ノックされた。
まさか、志望者か。
俺は咥えていたドーナツをマントの下に隠して座り直し、中に入るように呼びかける。
ドアが開く前に、床で寝ているコルダを引き摺って椅子の後ろに隠す。
「……、」
ドアの隙間から、白いエプロンを着た小柄な子が部屋の中に入って来た。
膝よりも長いエプロンに隠れて、その下に着ているのはスカートなのかズボンなのかわからない。
服装は縁にレースが付いている可愛いデザインだが、実用性に溢れている。ポケットには掃除道具が詰め込まれて、清潔でも着古した様子があった。
そして、猫か熊か豚か、よく分からない黒い生物の頭を模したぬいぐるみの大きなポシェットを肩から下げている。
黒にも藍色にも見える髪に、同じ色の瞳をしていて、年齢はコルダと同い年か少し幼いくらいだろうか。
大きな濡れたような瞳は女の子のように見える。しかし、右頬に貼られた湿布や鼻の頭や額に貼られた絆創膏のせいで元気いっぱいの男の子にも見えた。
声を聞けばわかるだろうと俺が挨拶をすると、その子は黙ったままぺこりと深く頭を下げて、椅子の横に立っていた。
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