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第13話 勇者、権利を尊重する
〜2〜
しおりを挟むフェリシアが職場見学に来た後、ニーアが後輩が出来るなら頑張ろう、と気合いを入れ直していたのは聞いた。
しかし、「ニーアも頑張らないと」が、「ニーアも(職場状況改善のために団体交渉を)頑張らないと」だとは誰が予想できただろうか。
どうやらニーアは魔法剣士のストライキに参加していて、しばらく帰って来ないようだ。
俺がそう伝えると、リリーナが床に転がって泣き出した。コルダもご飯が無いと文句を言って真似して転がっていたが、肉の塊を渡すと静かになる。
「ニーアがいなくなったら、ご飯もおやつもないじゃない!どうするのよー!」
リリーナの泣き声で聞こえないから、俺は法律全集を一度閉じて通信機の音を大きくした。
国内放送ではストライキのニュースがすぐに終わったが、ワイドショーやゴシップ番組はその話題で持ち切りだ。
『今回の要求は、魔法剣士統括室に向けたもので、魔法剣士の仕事の定義を明確に定めよ、とのことですが?』
女性アナウンサーがストライキの顛末をまとめて、番組に呼ばれている有識者という謎の男性に話を振った。雑音と間違えそうな唸り声の後に、音が割れそうな声量で男性が答える。
『魔法剣士は、その仕事の広さから!専門職でありながら雑用を任せられている場合もありますからね!』
『なるほど。予兆はあったということですね』
ニーアは魔法剣士だが、事務所ではお茶も淹れてくれたし、料理もしてくれたし、掃除もしてくれた。
家事が趣味なんだろうと俺は事実から目を反らしていたが、誰もやらないから仕方なくやっているとフェリシアに言っていたのを聞いてしまった。
しかし、引き籠りのリリーナと、性質の悪い当たり屋のコルダと、俺。誰も家事をやるはずがない。
「でも、労働組合が強くなって労働者を半ば強制的に争議に参加させる事もあるのだ。ニーアは魔法剣士でもまだ新人だから、周りに逆らえなくて仕方なくストに参加している可能性も否めないと思うのだー」
コルダは思っていた通り労働権にも詳しいらしく、ご飯で汚れた口の周りを舐めながら、俺を慰めるように言った。
床に転がって喚いていたリリーナも、それを聞いて涙と乱れた髪でぐしゃぐしゃになった顔を上げる。
「そうよ!ニーアは、ここの仕事に不満なんて持ってないんだから!」
「なのだー……もし、そうだったら、コルダ、ちょっとさみしいのだ……」
リリーナはまだ泣き続けているし、コルダもいつもよりも元気が無い。
2人は他人事のように言っているが、コルダとリリーナもニーアの職場の不満の一因になっていると思う。しかし、それは俺も同じだ。
各人が日頃の行いを顧みて静かになった事務所に、変わらず通信機から放送が流れている。
『中には、勇者の職務放棄に関する市民説明を、魔法剣士に押し付けた、という事実もあるようですが』
『それは酷い!』
「なんて酷い話だ!」
「勇者様、突然大きな声を出して、どうしたのだ?」
コルダに言われて、俺は何でもないと答えて法律全集を読み込んでいるフリをした。
恐れていた事だ。ニーアが俺を名指しで批判してきて、それがオグオンの耳に入る。全国の女性ファンの味方のオグオンが、ニーアを守るために俺をクビにする。あり得なくもない話だ。
魔法剣士組合の交渉の相手方が、俺個人じゃなくて本当に良かった。
『特に街付の勇者の下で働く事が多いですね。慣れない街で仕事をする勇者の補佐に付くのは魔法剣士の仕事……ですが!料理だの!買い物だの!お手伝いさんと間違えているような話がありますからな!』
『ですから、魔法剣士統括室が責任を持って仕事の範囲を定めよと?』
『ええ!当然でしょう!』
通信機からは、声量の調整が出来ていない有識者が俺を責めるように喚いている。
これからは、自分のことは自分でやろう。
後悔に潰されそうになりながら俺が言うと、コルダとリリーナも神妙な顔で頷いた。
2人はきっと、洗濯や掃除を任せきりにしていたことを反省しているはずだ。
俺は特にニーアに甘えていた。市民説明会の司会役も、今も背後のダイニングテーブルで山になっている書類の処理も。
俺が意識を改めれば、2人も俺に習って自立した生活を送るように変わって行くはずだ。
今は少しでも事務所を片付けて、ニーアが帰って来た時に俺達が反省した所を見てもらおう。
そんな感じで、「説明会の司会って何?」と俺の過去の愚行を2人が突っ込んで来る前に、話をまとめて通信機を切ろうとした。
しかし、有識者はより一層声を大きくして喚き続ける。
『しかも、街付の勇者で度々問題になるのは、勇者と魔法剣士が異性の時ですな!』
『と、言いますと?』
『最初は2人きりで仕事をする訳ですから!しかも、街の職員である魔法剣士が、言うなれば接待してくれるわけでしょう!恋人と間違える不届きな勇者が出て来るんです!』
『なるほど』
『全く!事務所をハーレムか何かと勘違いしている勇者も!勇者といっても、ただの公務員ですから!税金を貰って女を侍らすなんて!嘆かわしい!国民の血税を!何だと思っている……!』
『今回の件について、魔法剣士組合より「我々は一致団結して勝ち抜く覚悟である」とコメントが届いています。首都アウビリスの勇者に発言を求めたところ「ノーコメント」とのことでした』
女性アナウンサーが男性から通信機を離したのか、本人を奥に下がらせたのか、怒鳴り声が少し遠くなる。
そのまま背後の勇者批判で盛り上がっている有識者の声を無視して、女性アナウンサーは話をまとめにかかった。
『以上、私、ノティシアと、オルトー連合国からお呼びした有識者、エリヴァンさんでお送りしました』
その言葉を最後に俺が通信機を切ると、事務所が妙な静けさに包まれた。
絹を裂いたようなリリーナの叫び声がその沈黙を破る。
「け、ケダモノー!!
「違う」
「コルダ、訴訟、訴訟ー!」
先程とは違う理由で涙目になったリリーナは、昼食に呼ぶような気軽さでコルダに訴訟を提案し始めた。
断じて違う。
俺は勇者の事務所をハーレムにして欲望を満たしたりしない。それならちゃんと金を払ってゼロ番街のプロに頼む。
そもそも、俺の意思で集まった人員ではない。
ニーアは派遣されて来た市の職員で、リリーナは採用面接で1人しか来なかったからだし、コルダに至っては脅迫されて採用させられた。
「つまり、勇者様は、この不自然な男女比に一切の疑問を抱かなかったという事なのだ?」
コルダは、完全に俺の敵に回っていた。
いつも膝に乗って甘えて来る様子など微塵も感じさせない冷徹な事情聴取が始まり、俺は答えに詰まる。
この事務所は、家主は俺なのに備品とかシャンプーとか全体的に女の子の雰囲気が漂っている。あと、タオルとかお風呂とか、残り香でいい匂いがする。
前世で俺はコンビニ弁当の空容器とエナジードリンクの空き缶が廊下を塞ぐ汚いワンルームで暮らしていたから、俺も偉くなったものだと悦に入っていた。それは、事実だ。
「わかった。男を採用しよう」
ケダモノ!不潔!と騒いでいるリリーナと、セクシャルハラスメントで慰謝料を請求する方法をリリーナに教えているコルダを止めるため、俺は2人に負けない声量でそう言った。
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