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第12話 勇者、職場見学を受け入れる
〜5〜
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パトロールから事務所に戻ると、フェリシアはニーアと報告書を書いて事務仕事を片付けていた。
俺はフェリシアに仕事について聞かれたら何でも答えるつもりだったが、特に質問されることもない。
だから、リビングのソファーで本を読んだり、フェリシアに本を片付けるように言われて広間で本を広げたり、いつも通り過ごしていた。コルダは昼寝を始めてしまったし、リリーナはずっと引き籠っているし、この事務所の日常だ。
夕方の鐘が街から聞こえてくると、今日の業務時間が終わる。
フェリシアは、俺とニーアを前にして「ありがとうございました……」と来た時と全く同じテンションで頭を下げた。
「フェリシアさん、転職の参考になりましたか?」
この勇者の仕事を見ていて一体何の役に立ったのかと、不安そうな顔でニーアがフェリシアに尋ねた。
フェリシアは「実は……」とニーアを前にして小さな声で話し出す。
「……私、魔法剣士、なろうと思って……」
「えーー!!!そうなんですか!?」
フェリシアの言葉に、ニーアが歓声を上げてフェリシアの両手をガッと掴んだ。フェリシアは恥ずかしそうに顔を赤くしながら、ニーアの猛攻に耐えている。
「え?何で?何でですか?!」
「あの……営業許可証の、事件があった時、解決してくれた勇者様がかっこよくて……それで、勇者と一緒に働ける仕事だと、魔法剣士かなって……思って」
「ちっ、ちなみに……え?好きな勇者とか、いるんですか?」
ニーアが上擦った声で「別にそんなに興味無いですけど一応聞いておきますか」といった顔を作りながらフェリシアに尋ねた。
勇者オタクの仲間が出来る可能性を察知したニーアからは、こいつは逃さないというハンターの気配が漂っている。
「……コーディック様、かな」
いや、俺じゃないのかよ。
と、俺はツッコミそうになった。許可証の事件を解決したのは俺だし、今俺がかっこよくて、みたいな話をしていたような気がするが、幻聴だったのか。
ニーアはそんな事も気にせずに、さっきの歓声の10倍くらい熱量のある叫び声を上げて、フェリシアの手をぶんぶんと振っている。
「あの渋い御顔がかっこいいですよね!!!」
「でも、御年なのに、すごく逞しい体で……!」
「わかるー!!!そのギャップが堪んないですよ!!!」
しばらくニーアは絶叫しながら盛り上がっていた。フェリシアはそこまで大きな声は出さないけれど、顔を赤くして一緒にきゃあきゃあ盛り上がっている。
昼寝をしていたコルダが起き出して「騒音被害で平穏な生活を害しているのだ」とか何とか苦情を言い出した頃に、2人はようやく落ち着きを取り戻す。
興奮で上がった息を整えながら、ニーアはどこからかコーディックのブロマイドを出してフェリシアに差し出した。
「フェリシアさん!ニーアは応援しています!頑張ってください!」
突然老人がキメ顔をした写真を渡されても困惑するだろう。しかし、フェリシアは今日一番の笑顔に似た表情でそれを受け取って、大事そうにノートに挟んでしまっていた。
俺には理解できないコミュニケーションだ。
+++++
ニーアには少し出かけて来ると言い残して、俺は事務所を出てフェリシアを追い掛けた。
1番街のお菓子屋がフェリシアの実家と聞いていた。1番街に移動魔法で先回りしてフェリシアを呼ぶと、俺に気付いて振り返る。
「どう、したんですか?」
「ニーアは、いつも元気で熱血で、まぁ、助かっているが。でも魔法剣士は、あんな感じの奴が多いらしい」
ニーアの体育会系の気質は、もちろん長所だが時と場合によっては短所だ。根性論がいつでも通じるわけではない。
落ち着いて冷静な奴が必要な時もあるし、その性格が向いている仕事もある。
何と言えばいいか、延々と要領を得ない話をしている俺を、フェリシアはいつもの冷たい瞳で眺めていた。
「勇者様……私が、魔法剣士に向いてないって、言いたいんですか?」
俺の言葉が止まった時に、フェリシアが鋭く尋ねて来る。俺は仕方なく頷いた。
魔法剣士は、体力自慢で頭よりも体を使う方が得意な人間が多い。勇者の相棒としては適しているが、考えるよりも先に走り出す傾向がある癖の多い人材だ。魔法剣士の学校の生徒も皆そんな感じで、真面目で役所に勤めていたフェリシアがやっていくのは難しいと思う。
「勇者様、大丈夫、です……私のことなので、ちゃんと、わかってます」
俺が酷い事を言っているのに、フェリシアは怒ってはいなかった。事務所で職場見学をしていた時よりも、何か吹っ切れたような明るい表情をしている。
「でも、なりたいんです。なれるかなれないか、じゃなくて、なりたいんです。だから、そう思ってる間は頑張ります」
フェリシアは、今日1日魔法剣士のニーアの働いている様子を見て、俺が言った事なんて全部理解した上で覚悟を決めたらしい。
俺は余計なことを言ったと謝罪したが、フェリシアはいつもの無表情に戻ると、小さく頭を下げて礼を言った。
俺はフェリシアに仕事について聞かれたら何でも答えるつもりだったが、特に質問されることもない。
だから、リビングのソファーで本を読んだり、フェリシアに本を片付けるように言われて広間で本を広げたり、いつも通り過ごしていた。コルダは昼寝を始めてしまったし、リリーナはずっと引き籠っているし、この事務所の日常だ。
夕方の鐘が街から聞こえてくると、今日の業務時間が終わる。
フェリシアは、俺とニーアを前にして「ありがとうございました……」と来た時と全く同じテンションで頭を下げた。
「フェリシアさん、転職の参考になりましたか?」
この勇者の仕事を見ていて一体何の役に立ったのかと、不安そうな顔でニーアがフェリシアに尋ねた。
フェリシアは「実は……」とニーアを前にして小さな声で話し出す。
「……私、魔法剣士、なろうと思って……」
「えーー!!!そうなんですか!?」
フェリシアの言葉に、ニーアが歓声を上げてフェリシアの両手をガッと掴んだ。フェリシアは恥ずかしそうに顔を赤くしながら、ニーアの猛攻に耐えている。
「え?何で?何でですか?!」
「あの……営業許可証の、事件があった時、解決してくれた勇者様がかっこよくて……それで、勇者と一緒に働ける仕事だと、魔法剣士かなって……思って」
「ちっ、ちなみに……え?好きな勇者とか、いるんですか?」
ニーアが上擦った声で「別にそんなに興味無いですけど一応聞いておきますか」といった顔を作りながらフェリシアに尋ねた。
勇者オタクの仲間が出来る可能性を察知したニーアからは、こいつは逃さないというハンターの気配が漂っている。
「……コーディック様、かな」
いや、俺じゃないのかよ。
と、俺はツッコミそうになった。許可証の事件を解決したのは俺だし、今俺がかっこよくて、みたいな話をしていたような気がするが、幻聴だったのか。
ニーアはそんな事も気にせずに、さっきの歓声の10倍くらい熱量のある叫び声を上げて、フェリシアの手をぶんぶんと振っている。
「あの渋い御顔がかっこいいですよね!!!」
「でも、御年なのに、すごく逞しい体で……!」
「わかるー!!!そのギャップが堪んないですよ!!!」
しばらくニーアは絶叫しながら盛り上がっていた。フェリシアはそこまで大きな声は出さないけれど、顔を赤くして一緒にきゃあきゃあ盛り上がっている。
昼寝をしていたコルダが起き出して「騒音被害で平穏な生活を害しているのだ」とか何とか苦情を言い出した頃に、2人はようやく落ち着きを取り戻す。
興奮で上がった息を整えながら、ニーアはどこからかコーディックのブロマイドを出してフェリシアに差し出した。
「フェリシアさん!ニーアは応援しています!頑張ってください!」
突然老人がキメ顔をした写真を渡されても困惑するだろう。しかし、フェリシアは今日一番の笑顔に似た表情でそれを受け取って、大事そうにノートに挟んでしまっていた。
俺には理解できないコミュニケーションだ。
+++++
ニーアには少し出かけて来ると言い残して、俺は事務所を出てフェリシアを追い掛けた。
1番街のお菓子屋がフェリシアの実家と聞いていた。1番街に移動魔法で先回りしてフェリシアを呼ぶと、俺に気付いて振り返る。
「どう、したんですか?」
「ニーアは、いつも元気で熱血で、まぁ、助かっているが。でも魔法剣士は、あんな感じの奴が多いらしい」
ニーアの体育会系の気質は、もちろん長所だが時と場合によっては短所だ。根性論がいつでも通じるわけではない。
落ち着いて冷静な奴が必要な時もあるし、その性格が向いている仕事もある。
何と言えばいいか、延々と要領を得ない話をしている俺を、フェリシアはいつもの冷たい瞳で眺めていた。
「勇者様……私が、魔法剣士に向いてないって、言いたいんですか?」
俺の言葉が止まった時に、フェリシアが鋭く尋ねて来る。俺は仕方なく頷いた。
魔法剣士は、体力自慢で頭よりも体を使う方が得意な人間が多い。勇者の相棒としては適しているが、考えるよりも先に走り出す傾向がある癖の多い人材だ。魔法剣士の学校の生徒も皆そんな感じで、真面目で役所に勤めていたフェリシアがやっていくのは難しいと思う。
「勇者様、大丈夫、です……私のことなので、ちゃんと、わかってます」
俺が酷い事を言っているのに、フェリシアは怒ってはいなかった。事務所で職場見学をしていた時よりも、何か吹っ切れたような明るい表情をしている。
「でも、なりたいんです。なれるかなれないか、じゃなくて、なりたいんです。だから、そう思ってる間は頑張ります」
フェリシアは、今日1日魔法剣士のニーアの働いている様子を見て、俺が言った事なんて全部理解した上で覚悟を決めたらしい。
俺は余計なことを言ったと謝罪したが、フェリシアはいつもの無表情に戻ると、小さく頭を下げて礼を言った。
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