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第12話 勇者、職場見学を受け入れる

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 シャワーを浴びてから広間に行くと、珍しくリリーナとコルダが朝食の席に揃って食事を始めていた。
 朝は全員揃って、朝礼の後に食べる事。最初にそんな事を決めたような気がするが、誰も守っていない。
 いつまでも起きて来ないリリーナや、早起きでも調子が出るまで時間がかかるコルダを待っていると、昼食にも間に合わないからだ。

「勇者様、今話してたんですけど、フェリシアさんを事務所に呼んでもいいですか?」

 朝食を食べていたニーアが、片付けていた郵便物から顔を上げた。
 フェリシアとは誰だったかと一瞬考えて、すぐに思い出す。ゼロ番街の営業許可証が消えた事件の時に、スーパースプレッダーになってしまった市の職員だ。
 事件のほとぼりが冷めるまで仕事を休んでいたが、そろそろ復帰してもいい頃だ。その後どうなったのか、何も聞いていない。

「それが、フェリシアさん、仕事辞めるそうです」

「やっぱり、あの事件のせいか?」

 あの事件があって休職もして、職場に居辛くなってしまったとか、事件の顛末が知れ渡って魔術を広めたフェリシアの責任になってしまったのか。
 俺はリリーナに聞こえないように小声で尋ねた。事件の真犯人を知らないニーアは、日課の郵便物の仕分けをしながら首を横に振る。

「前から辞めたいって言ってました。良いきっかけだったと思いますよ。それで、この事務所の見学をしたいらしいです」

「勇者の事務所に就職希望なのか?」

「うーん……多分、色んな所を見てみたいんだと思います。フェリシアさん、役所でずっと働いてて、他の仕事したこと無いって言ってましたし」

 新卒で役所勤め。一番潰しが利かないタイプ。
 反射的にそう思ったが、勿論そんな余計な事を俺は言わない。
 あの事件は、俺がもっと上手く解決すれば穏便に済ませられたかもしれない。俺にも少し責任があるから、職場見学くらい構わない。しかし、いつも仕事をしていないこの事務所が、職場と言えるかは微妙だ。

「そんな事より、朝帰りで即シャワーってどういう事よ!」

 珍しくリリーナが朝早く起きて大人しく食事をしていると思っていたら、俺にそれを言いたかったらしい。
 パンを握り締めたまま、テーブルを叩いて俺を指差してきた。

「どこで遊んで来たの?まさか、女じゃないでしょうね」

「ここなら見られてマズいものは無いし、いつ来てもらっても構わないんじゃないか?」

 昨晩、若干後ろめたい事があってリリーナから目を反らすと、リリーナは「無視するな!」とコルダを放って来た。
 食パンだかジャムの塊だか区別が付かなくなっている物体を食べていたコルダは、リリーナが突き付けた指に従って俺に抱き着いてくる。
 まだ湿っている俺の髪をジャムで汚れた手で掴んでふんふんと嗅いで来た。

「うーむ?あ!わかったのだ!この匂いは……御姉」

 俺はマントの下から自分用にキープしていたジャムの瓶を出した。特別に瓶から直接食べてもいいとコルダに渡すと、俺から降りて瞳を輝かせる。

「ありがとなのだー!」

 そして、コルダは椅子に戻って食事を再開させる。しかし、リリーナはまだ不潔!だのケダモノ!だの喚いていた。俺は何も聞こえないフリをする。

 フェリシアはミミーのように手癖も悪く無いだろうし、まだ市の職員なら部外者でもない。
 ニーアと一緒に1日仕事をしてみるのはどうだ。と、コルダに付けられたジャムを拭いながら言ったが、ニーアから返事は無かった。
 ニーアは、書類の1つを眉を寄せて深刻な顔で見つめていた。
 勇者の事務所への郵便物は庁舎に届く事になっていて、いつもニーアが朝、役所に寄るついでに持って来ている。
 そんなに深刻な顔をして読んでいるのは、何か俺の進退に関わる文書でも届いたのだろうか。ニーアが喜んでいないから、俺がクビになるとかではないはず。
 俺がもう一度声をかけると、ニーアはぱっと顔を上げて見つめていた書類を鞄の中にねじ込んだ。

「そ……そうですか。えっと、じゃあ、今日呼んで来ます!職場見学なんて、何だか緊張しちゃいますね!」

 ニーアは何かを隠すように明るく言って、俺から見えないように鞄を背中に回した。
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