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第8話 勇者、使命を果たす

〜3〜

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「ホーリアがラドライト王国に行っている間、俺が代わりに担当することになったんだ」 

 エイリアスが、ニーアのとっておきの茶葉の紅茶が入ったカップを持ち上げた。俺が触るのも禁じられている金細工の最高級のカップだ。
 来客用にしても、ニーアは張り切り過ぎている。

 国外の戦争を治めるのも、勇者の主な仕事だ。
 皆嫌がるから新人に回ってきて、街付の勇者もフリーの勇者も区別なく押し付けられる。
 街付の勇者がその仕事に当たる場合、街との契約上、長く留守にするわけにはいかないから、他の勇者が代わりに街にいることになっている。

 エイリアスが俺の代わりにホーリアに来ると聞いて、ニーアは喜んで小躍りし出すんじゃないかと横目で窺ったが、意外なことに冷静な様子でソファーに座っていた。
 他国の戦争の話をしているから深刻そうな顔を維持していて、流石、勇者の補佐に着く魔法剣士だと関心してしまう。

「明日出発らしいが、準備はできてるんだろうな?」

「明日?随分急だな」

「アウビリスは何度も連絡したってさ。一度も出ないから、俺が直接伝えるように言われたんだ」

 連絡なんて来てない、と言おうとして、俺は最近自動音声案内に回した通信を全く聞いていないことに気付いた。
 俺の体に直接メッセージを刻むよりも、エイリアスに伝言を任せてくれたらしい。オグオンも少しは穏やかなやり方を選んでくれている。
 俺は少し連絡を疎かにしていただけで、毎日自堕落にサボっているわけではない。エイリアスに勘違いされないように、「そう言えば、連絡が来ていたような気がする」と記憶を辿るフリをした。

「本当に大丈夫か?まぁ、他国干渉は2人で行う決まりだ。アウビリスとだから問題ないよな」

 それを聞いて、俺の持っていたカップが傾いて膝に紅茶が零れた。
 アウビリスと、首都の勇者のオグオンと、一緒に仕事をしろというのか。
 俺はオグオンと会ったが最期、地面の塵に変えられるか、同じくらいの細かい肉片に変えられるか、そういう薄氷を踏む思いで今の楽しい生活を送っているというのに。

「ホーリア、やっぱり連絡聞いてないな」

「ど、どうして……!大国の戦争でもない、ただの国内のケンカで首都の勇者が出るんだ!」

「向こうの王女がアウビリスに直接頼んだんだ。だから、自ら動くらしい。それで、やるならホーリアと、とアウビリスのご指名だ」

 相変わらずオグオンは女に甘い。
 いつもならオグオンが誰を贔屓しようと構わないけれど、今は俺の命が懸かっているから「絶対嫌だ」とテーブルを叩いた。
 持ったままだった紅茶のカップがテーブルで跳ねる。ニーアが心配そうに俺を見たが、俺はニーアと違ってテーブルをひっくり返す程錯乱したりしないし、エイリアスが使っているのと違って安物だからその程度で割れることはない。

「どうしたのだ?」

 応接室の外で聞き耳を立てていたコルダが、俺の声を聞いて部屋の中にするりと入って来た。
 ちょろちょろとソファーの隙間を抜けて、エイリアスの膝の上にすとんと乗る。

「何のお話なーのだ?」

 コルダはエイリアスの首元に顔を寄せて鼻を擦り付けた。距離が近いのは、獣人は匂いを確認する癖があるからだ。ゼロ番街で働いていた時の仕事の癖名だとは信じたくない。

「おや、白銀種様に膝に乗っていただくなど、恐れ多い」

「勇者様が、ラドライト王国の内戦を治めに行くらしいです。コルダさん、エイリアス様に失礼をしないでください」

 ニーアがコルダをエイリアスの膝から下そうと引っ張りながら言った。本当なら私がそこに座りたい、と血の涙を流しそうな顔をしている。
 しかし、コルダはエイリアスの首にしがみ付いてニーアに抵抗しながら、大きな目を丸くした。

「えー!戦争なんて、危ないのだ!勇者様、怪我しちゃうのだ!」

「まぁ、少しはするかもですね……」

「コルダさん!エイリアス様から下りてください!」

「あぁ、ホーリア、制服は持ってるよな?」

「養成校の?そんなもの、寮に置いてきた」

「あの制服は、卒業してからも公務の時は着るんだ」

 それは初耳だ。俺は養成校で使っていた物は、全て思い出と一緒に寮に置いて来た。
 エイリアスは「だと思ったよ」と、自分の制服をテーブルの上に置く。

「俺のを貸すよ。それじゃあ、明日また来る」

 エイリアスはコルダを首から外してソファーに下すと、ニーアに「また明日」と手を振って事務所を出て行った。


 +++++


 明日行くなら、今夜の内にやっておかなくてはならない事が沢山ある。
 エイリアスがこの事務所を使うから、俺が真面目に仕事をしていたように事務所を整えておかなくてはならない。
 コルダのお絵かき帳になっていた報告書を取り返したから、せめてここ1週間分くらいは真面目な記録を書いておかなくては。
 それに、国の勇者として仕事をするなら、ライセンスの提示を求められるだろうから、その捜索も。
 そして、エイリアスから借りた制服は全然サイズが合っていないから、そのまま着ると俺が普段の公務で制服を着用していないのがバレる。だから、裾上げもしなくてはいけない。
 昨日と比べると異常なくらい忙しい。

「勇者、戦争行くの?」

「そうだ」

 自室でデスクに向かって報告書を埋めていると、後ろから背中を突かれて、俺は振り返らないまま答えた。

「えぇー……行かなくてもいいじゃん……」

「俺だって行きたくないけど、仕事なんだよ」

 重要な仕事を邪魔されて少し苛々しながら振り返ったが、俺の背中を突いていたのはリリーナだった。
 久しぶりに顔を合わせたリリーナは、口をへの字にして今にも泣き出しそうな顔をしている。

「戦争なんて、危ないってぇ……止めとけばいいじゃんかぁ……」

 リリーナは自分の服の裾をぎゅっと握りしめて、俺の服を掴んで弱々しく引っ張っている。
 俺の部屋の柵付きベッドを使っているコルダは、ぬいぐるみを引き摺りながら部屋に入って来て寝るところだったが、リリーナが愚図っているのを見て同じように俺の袖を引いて来た。
 リリーナと違ってコルダは力加減が出来ていないから、肩が外れそうになる。

「コルダも勇者様が行っちゃヤなのだ!あっちの勇者様、匂いが好みじゃないのだ」

「仕方ないだろ……仕事なんだから」

「コルダ、今まで通り週5で休みたいのに……ちゃんとあっちの勇者様とコルダの雇用契約を結び直してからじゃないと行っちゃダメなのだ……のだぁ……」

「うぅ……うぎゅぅー…………」

 コルダは就労状況の現状維持を希望している旨しか言っていないが、リリーナの青い目からは既に涙が零れて、頬が濡れていた。
 昨日まで俺の顔を見るたび舌打ちをしていた奴の姿とは思えない。
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