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第7話 勇者、探偵業に手を伸ばす

〜8〜

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「迷惑をかけて悪かったわ。侵入魔術が得意な彼に渡しておいて」

 悪い子を叱って目的は果たしたリコリスは、事務所を出て見送りについてきた俺に金色のチケットを差し出した。ゼロ番街の好きな店で好きなサービスを無料で受けられる券だ。
 なんとも羨ましいと思ってチケットを見ていると、「勇者様の分も」とリコリスが2枚目を差し出して来る。

「口止め料なんて貰わなくても、勇者の仲間が一般人に禁術を使ったなんて言えるわけないだろ」

 リリーナがかけたのは正確には、「魔術師に『一般人に禁術を使わせる』禁術」だ。魔術師に禁術をかけるのは禁止されていないから、罪になるのかグレーなところではある。魔術師の理論では「魔術にかかる方が悪い」でリリーナは無罪放免だろうが、勇者の仲間としてはその言い分は通らない。

「そう。いらない?」

「いや、念の為貰っておく」

 俺はリコリスから金色のチケットを受け取って財布にしまった。
 あの街にはいい思い出がないが、このチケットがあれば相応のサービスが受けられるはずだ。俺を雑に扱って来たペルラやミミ-に、笑顔でお酌くらいはしてもらおう。

「私たちは、皆同じ時にモルフィルタス・ベラドーナ・ハリュリリュードコス学院に入学したの」

 リコリスが胸元から煙草入れを出して咥えると、魔法で指先に発生させた火を煙草に移した。紫の煙が立ち上る。
 ハーブを体に取り入れても影響が少ないのは魔術師の特徴だ。リコリスはそれにしても異常なほどに摂取しているが、モべドス卒ならそれも少しは納得できる。

「私が10歳で、リリーナはまだ4歳だった。あの子は本物の天才。勇者様、大切に使ってあげてね」

 言われなくても、事務所の外にまで聞こえるほど大泣きさせたりしない。
 しかし、この厳しい説教も、姉として妹を思いやってのことだろう。リリーナは引きこもりの三女としてホーリアでも有名だったらしいから、初めての妹の就職に姉は陰ながら心配していたはずだ。

「そうだ、リリーナは三女なんだよな?リコリスの上か下にもう1人いるのか?」

 俺は軽い世間話のつもりで言ったのに、リコリスのヒールの音がぴたりと止まった。庭に立ち止まって、煙草を指先で摘まんで煙が混じらない溜息を吐き出した。

「勇者様に教えることじゃないけど、リリーナにも私にも、二度と同じ事を聞かないように、教えておくわ」

 いつも無表情の中に5%くらい接客用笑顔が含まれているリコリスの表情が、今の5%は何か別の表情が混じっていた。
 リコリスが掌で握りつぶした煙草の葉が風に吹かれて庭に広がる。ハーブのせいでこの辺りの植物は死滅しただろうが、雑草だらけだからむしろありがたい。

「私の妹で、リリーナのもう1人の姉は死んだの」

 ああ、そうか、と俺は頷いた。俺には兄弟と似たようなものは沢山いたけれど、皆施設を出たら会わない。生きているのか死んでいるのか、どっちでもいいと思う。
 そんな事よりも、事務所の中でリリーナが暴れて屋敷全体が揺れているのが心配だ。コルダが帰って来る前に泣き止ませなければと、リコリスの見送りを終えて事務所に引き換えそうとした。
 しかし、リコリスが続けた言葉に、俺は足を止めた。

「だから、もういない。イナムに殺されたの」

 このタイミングで、エルカ以外から、その言葉を聞いて、俺は思わず振り返ってしまった。
 リコリスの凍り付いたような青い瞳が俺を映していて、そのまま動けなくなった。
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