44 / 245
第7話 勇者、探偵業に手を伸ばす
〜8〜
しおりを挟む
「迷惑をかけて悪かったわ。侵入魔術が得意な彼に渡しておいて」
悪い子を叱って目的は果たしたリコリスは、事務所を出て見送りについてきた俺に金色のチケットを差し出した。ゼロ番街の好きな店で好きなサービスを無料で受けられる券だ。
なんとも羨ましいと思ってチケットを見ていると、「勇者様の分も」とリコリスが2枚目を差し出して来る。
「口止め料なんて貰わなくても、勇者の仲間が一般人に禁術を使ったなんて言えるわけないだろ」
リリーナがかけたのは正確には、「魔術師に『一般人に禁術を使わせる』禁術」だ。魔術師に禁術をかけるのは禁止されていないから、罪になるのかグレーなところではある。魔術師の理論では「魔術にかかる方が悪い」でリリーナは無罪放免だろうが、勇者の仲間としてはその言い分は通らない。
「そう。いらない?」
「いや、念の為貰っておく」
俺はリコリスから金色のチケットを受け取って財布にしまった。
あの街にはいい思い出がないが、このチケットがあれば相応のサービスが受けられるはずだ。俺を雑に扱って来たペルラやミミ-に、笑顔でお酌くらいはしてもらおう。
「私たちは、皆同じ時にモルフィルタス・ベラドーナ・ハリュリリュードコス学院に入学したの」
リコリスが胸元から煙草入れを出して咥えると、魔法で指先に発生させた火を煙草に移した。紫の煙が立ち上る。
ハーブを体に取り入れても影響が少ないのは魔術師の特徴だ。リコリスはそれにしても異常なほどに摂取しているが、モべドス卒ならそれも少しは納得できる。
「私が10歳で、リリーナはまだ4歳だった。あの子は本物の天才。勇者様、大切に使ってあげてね」
言われなくても、事務所の外にまで聞こえるほど大泣きさせたりしない。
しかし、この厳しい説教も、姉として妹を思いやってのことだろう。リリーナは引きこもりの三女としてホーリアでも有名だったらしいから、初めての妹の就職に姉は陰ながら心配していたはずだ。
「そうだ、リリーナは三女なんだよな?リコリスの上か下にもう1人いるのか?」
俺は軽い世間話のつもりで言ったのに、リコリスのヒールの音がぴたりと止まった。庭に立ち止まって、煙草を指先で摘まんで煙が混じらない溜息を吐き出した。
「勇者様に教えることじゃないけど、リリーナにも私にも、二度と同じ事を聞かないように、教えておくわ」
いつも無表情の中に5%くらい接客用笑顔が含まれているリコリスの表情が、今の5%は何か別の表情が混じっていた。
リコリスが掌で握りつぶした煙草の葉が風に吹かれて庭に広がる。ハーブのせいでこの辺りの植物は死滅しただろうが、雑草だらけだからむしろありがたい。
「私の妹で、リリーナのもう1人の姉は死んだの」
ああ、そうか、と俺は頷いた。俺には兄弟と似たようなものは沢山いたけれど、皆施設を出たら会わない。生きているのか死んでいるのか、どっちでもいいと思う。
そんな事よりも、事務所の中でリリーナが暴れて屋敷全体が揺れているのが心配だ。コルダが帰って来る前に泣き止ませなければと、リコリスの見送りを終えて事務所に引き換えそうとした。
しかし、リコリスが続けた言葉に、俺は足を止めた。
「だから、もういない。イナムに殺されたの」
このタイミングで、エルカ以外から、その言葉を聞いて、俺は思わず振り返ってしまった。
リコリスの凍り付いたような青い瞳が俺を映していて、そのまま動けなくなった。
悪い子を叱って目的は果たしたリコリスは、事務所を出て見送りについてきた俺に金色のチケットを差し出した。ゼロ番街の好きな店で好きなサービスを無料で受けられる券だ。
なんとも羨ましいと思ってチケットを見ていると、「勇者様の分も」とリコリスが2枚目を差し出して来る。
「口止め料なんて貰わなくても、勇者の仲間が一般人に禁術を使ったなんて言えるわけないだろ」
リリーナがかけたのは正確には、「魔術師に『一般人に禁術を使わせる』禁術」だ。魔術師に禁術をかけるのは禁止されていないから、罪になるのかグレーなところではある。魔術師の理論では「魔術にかかる方が悪い」でリリーナは無罪放免だろうが、勇者の仲間としてはその言い分は通らない。
「そう。いらない?」
「いや、念の為貰っておく」
俺はリコリスから金色のチケットを受け取って財布にしまった。
あの街にはいい思い出がないが、このチケットがあれば相応のサービスが受けられるはずだ。俺を雑に扱って来たペルラやミミ-に、笑顔でお酌くらいはしてもらおう。
「私たちは、皆同じ時にモルフィルタス・ベラドーナ・ハリュリリュードコス学院に入学したの」
リコリスが胸元から煙草入れを出して咥えると、魔法で指先に発生させた火を煙草に移した。紫の煙が立ち上る。
ハーブを体に取り入れても影響が少ないのは魔術師の特徴だ。リコリスはそれにしても異常なほどに摂取しているが、モべドス卒ならそれも少しは納得できる。
「私が10歳で、リリーナはまだ4歳だった。あの子は本物の天才。勇者様、大切に使ってあげてね」
言われなくても、事務所の外にまで聞こえるほど大泣きさせたりしない。
しかし、この厳しい説教も、姉として妹を思いやってのことだろう。リリーナは引きこもりの三女としてホーリアでも有名だったらしいから、初めての妹の就職に姉は陰ながら心配していたはずだ。
「そうだ、リリーナは三女なんだよな?リコリスの上か下にもう1人いるのか?」
俺は軽い世間話のつもりで言ったのに、リコリスのヒールの音がぴたりと止まった。庭に立ち止まって、煙草を指先で摘まんで煙が混じらない溜息を吐き出した。
「勇者様に教えることじゃないけど、リリーナにも私にも、二度と同じ事を聞かないように、教えておくわ」
いつも無表情の中に5%くらい接客用笑顔が含まれているリコリスの表情が、今の5%は何か別の表情が混じっていた。
リコリスが掌で握りつぶした煙草の葉が風に吹かれて庭に広がる。ハーブのせいでこの辺りの植物は死滅しただろうが、雑草だらけだからむしろありがたい。
「私の妹で、リリーナのもう1人の姉は死んだの」
ああ、そうか、と俺は頷いた。俺には兄弟と似たようなものは沢山いたけれど、皆施設を出たら会わない。生きているのか死んでいるのか、どっちでもいいと思う。
そんな事よりも、事務所の中でリリーナが暴れて屋敷全体が揺れているのが心配だ。コルダが帰って来る前に泣き止ませなければと、リコリスの見送りを終えて事務所に引き換えそうとした。
しかし、リコリスが続けた言葉に、俺は足を止めた。
「だから、もういない。イナムに殺されたの」
このタイミングで、エルカ以外から、その言葉を聞いて、俺は思わず振り返ってしまった。
リコリスの凍り付いたような青い瞳が俺を映していて、そのまま動けなくなった。
0
お気に入りに追加
143
あなたにおすすめの小説
異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
一家処刑?!まっぴら御免ですわ! ~悪役令嬢(予定)の娘と意地悪(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。
この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。
最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!!
悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。
メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・
攫われた転生王子は下町でスローライフを満喫中!?
伽羅
ファンタジー
転生したのに、どうやら捨てられたらしい。しかも気がついたら籠に入れられ川に流されている。
このままじゃ死んじゃう!っと思ったら運良く拾われて下町でスローライフを満喫中。
自分が王子と知らないまま、色々ともの作りをしながら新しい人生を楽しく生きている…。
そんな主人公や王宮を取り巻く不穏な空気とは…。
このまま下町でスローライフを送れるのか?
虚無の統括者 〜両親を殺された俺は復讐の為、最強の配下と組織の主になる〜
サメ狐
ファンタジー
———力を手にした少年は女性達を救い、最強の組織を作ります!
魔力———それは全ての種族に宿り、魔法という最強の力を手に出来る力
魔力が高ければ高い程、魔法の威力も上がる
そして、この世界には強さを示すSSS、SS、S、A、B、C、D、E、Fの9つのランクが存在する
全世界総人口1000万人の中でSSSランクはたったの5人
そんな彼らを世界は”選ばれし者”と名付けた
何故、SSSランクの5人は頂きに上り詰めることが出来たのか?
それは、魔力の最高峰クラス
———可視化できる魔力———を唯一持つ者だからである
最強無敗の力を秘め、各国の最終戦力とまで称されている5人の魔法、魔力
SSランクやSランクが束になろうとたった一人のSSSランクに敵わない
絶対的な力と象徴こそがSSSランクの所以。故に選ばれし者と何千年も呼ばれ、代変わりをしてきた
———そんな魔法が存在する世界に生まれた少年———レオン
彼はどこにでもいる普通の少年だった‥‥
しかし、レオンの両親が目の前で亡き者にされ、彼の人生が大きく変わり‥‥
憎悪と憎しみで彼の中に眠っていた”ある魔力”が現れる
復讐に明け暮れる日々を過ごし、数年経った頃
レオンは再び宿敵と遭遇し、レオンの”最強の魔法”で両親の敵を討つ
そこで囚われていた”ある少女”と出会い、レオンは決心する事になる
『もう誰も悲しまない世界を‥‥俺のような者を創らない世界を‥‥』
そしてレオンは少女を最初の仲間に加え、ある組織と対立する為に自らの組織を結成する
その組織とは、数年後に世界の大罪人と呼ばれ、世界から軍から追われる最悪の組織へと名を轟かせる
大切な人を守ろうとすればする程に、人々から恨まれ憎まれる負の連鎖
最強の力を手に入れたレオンは正体を隠し、最強の配下達を連れて世界の裏で暗躍する
誰も悲しまない世界を夢見て‥‥‥レオンは世界を相手にその力を奮うのだった。
恐縮ながら少しでも観てもらえると嬉しいです
なろう様カクヨム様にも投稿していますのでよろしくお願いします
王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します
有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。
妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。
さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。
そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。
そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。
現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる