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第7話 勇者、探偵業に手を伸ばす

〜7〜

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 取りあえず、フェリシアには1ヶ月くらい休みをあげた方がいいと副市長に伝えて、俺の華麗なる謎解きは終わった。
 見えていないのに本当は存在していて、自分の認識の方が間違っていると聞いて、フェリシアは既に混乱している。しばらく事件を思い出すものから離れていた方が良い。
 それに、フェリシアを見た人間は書庫の資料が盗まれた事件があった事を思い出してしまうから、職員に事件は既に解決したと浸透するまで姿を見せない方がいい。
 犯人扱いされて職場に殺意を抱いているであろうフェリシアも、仕事を堂々と休める。これで万事解決だ。

「最初から、私を書庫に入れてくれれば良かったのよ」

 夕方の街を歩きながら、リコリスが煙草を吹かして煙と一緒に呟いた。
 キレかけていたリコリスは、書庫に入って魔術を解析したら、即座に職員全員の精神操作を解いていたはずだ。
 俺の一言で魔術が解けたニーアなら無理矢理解いても問題無いだろうが、フェリシアは勿論、一晩対応に追われていた副市長をはじめとする職員たちは、全員少なからず後遺症が残っていた。
 リコリスは暗くなり始めた空を見上げながら薄紫の煙を吹く。

「あと少しでも長引いていたらやってたわ。いいタイミングだったと思う」

 ニーアはリコリスがどれだけ危険な強行手段を使おうとしていたのか気付いておらず、リコリスの歩き煙草を少し気にしていた。ホーリア市は歩き煙草禁止条例のようなものはまだ制定されていないが、観光地だけあってポイ捨てと街の美化に厳しい。
 リコリスが胸元からポケット灰皿を取り出したのを見て、ニーアはようやく正面を向いた。

「でも、犯人捕まえたかったです……」

「もう許可証は出て来たんだから、事件解決だろ」

「その観光客も街を出ちゃってますよね。あーあ、ちゃんと解決したかったなぁ……あ!エルカさん」

 メインストリートから噴水広場に抜けると、エルカがいつものようにベンチに座っていた。ニーアが駆け寄って来るのを見て、膝に乗せていたハープを革の袋にしまう。
 すっかり忘れていたが、エルカは許可証を見に来た観光客を探していたんだった。もう解決したんだから、これ以上余計な事を言われては困るが、恐らく大丈夫だろう。

「エルカさん、勇者様が事件を解決したんですよ!お手柄です!」

 ニーアが胸を張って言うと、エルカは全然俺を信じていなさそうな笑顔を向けた。

「おや、勇者様は大活躍だね。でも、一応伝えておくと、例の観光客、事件の前日にホテル・アルニカにいたらしいよ」

「やっぱり、魔術師だったんですね!」

「恐らく。でも、正規の宿泊客ではなくて、泥酔して通りで倒れていたのをホテル・アルニカのオーナーが連れて帰って介抱したんだって」

「酔っ払いですか……もしかして、ゼロ番街で無一文にされて、それで逆恨みしたんでしょうか?」

 そうかもしれないね、とエルカは言ったが、真実は誰にも分からない。
 ニーアはフェリシアに魔術をかけた犯人を捕まえられなくて悔しそうな顔をしていたが、逃がしてしまったものは仕方ない。もう業務時間も過ぎているし、潔く諦めよう。

「ニーアは、事務所に戻るのか?」

「あ!定時過ぎたので、このまま家に帰ります」

 ニーアも業務時間外まで仕事のことは引き摺らないタイプらしく、晴れ晴れした顔に戻って「お疲れ様でしたー」とメインストリートを外れて3番街の方に帰って行った。

「では、私もここで。何か話す事が出てきたらまた会いに来て。勇者様」

 エルカも調べるだけ調べて満足したのか、事件の顛末を聞くことも無く、9thストリートの方に帰って行った。
 同じように、リコリスもこの辺りで別れてゼロ番街に帰って行くと思ったのに、そのままヒールを鳴らしながら俺の後ろを付いて来る。

「リコリス、事務所に何か用か?」

「そう。だって、悪い子はちゃんと叱ってあげないと」

「そうか……」

 リコリスの言葉の意味を聞けず、追い払うこともできず、事務所に着いてしまった。庭にかかっている侵入禁止の魔術は、リコリスに触れるのを嫌がるように解けて行くから、そのまま事務所の玄関まで来てしまう。
 事務所のドアを開けると、コルダが玄関の敷物を毛だらけにしながら転がって遊んでいた。玄関の敷物は硬さが丁度良いらしくコルダのお気に入りだ。こうやって来客が来た時に俺が獣人を玄関で寝かせて虐待しているように思われるから止めろといつも言っているのに。
 コルダはリコリスの姿を見て俊敏に起き上がり、今まで見た事が無いくらい尻尾を激しく振りながら、リコリスに抱き着いた。コルダの頭がリコリスの胸でぽよんと跳ね返る。

「あー御姉様-!」

 コルダは散々文句を言っていたが一応ゼロ番街で働いていたから、その支配人のリコリスにも世話になっていたのだろう。リリーナがコルダの頭を撫でると、銀の耳がぴょこぴょこと揺れる。

「久しぶり。元気にしていた?こっちのお仕事はどう?」

「コルダはいつも元気なのだー給料がとんでもなく低い事以外は耐えられない程じゃないのだ」

「あ、そうね。コルダには餞別をあげていなかった」

 リコリスは胸元から財布を出して、数枚の銀貨をコルダの手に握らせた。耳をパタパタと揺らしながら、コルダは受け取っていいものか銀貨とリコリスを見比べている。

「ここの魔法剣士さんに迷惑をかけたから、上等なお菓子でも買って来てあげて」

「ありがとなのだ!おっ菓子ー!」

 コルダは銀貨を握り締めると、玄関を開けたまま事務所を出て行った。まだ鍵の概念が身に付いていないから戸締りをしないのはともかく、ドアの概念も身に付いていないのかもしれない。
 リコリスは俺が止める間もなく事務所の中に入って、迷わず2階に上がって行った。事務所の中を透視して間取りを知っていたかのようだ。

「あの煩い三つ編みに魔術をかけた観光客も、誰かに魔術を掛けられたのね。『役所に許可証を見に行って、職員に感染性の精神操作の魔術を掛ける』っていう精神操作を」

 気付いていた俺はリコリスの言葉に頷きながら、関係者以外立ち入り禁止とリコリスを止めようとした。
 しかし、リコリスはゆっくりと、でも俺が止めるのを完全に無視して上がって行く。

「観光客に魔術を掛けたのは誰か、見当はついていたの。残滓が本当に微かだったから確信は持てなかったけど」

 そんな複雑な精神操作は、並大抵の魔術師には出来ない。少なくとも、モべドス卒くらいの魔術の知識は必要だ。
 残滓が僅かでも、俺が良く知っている魔術の気配だったから、フェリシアに会ってすぐにわかった。誰がフェリシアに魔術をかけたのか、ではなく、誰がフェリシアに魔術をかけるように魔術をかけたのか。

「勇者様が誰の魔術か全然わからないと言ったから、それでわかったわ。誰を庇っているのか。再交付を提案したのも、魔術や犯人をうやむやにするためでしょう」

 リコリスは、ミシンの音が聞こえているリリーナの部屋のドアをノックした。

「リリーナ」

 しばらく待っても部屋から反応は無い。
 リコリスが「出て来なさい」と冷たい声で言うと、部屋のドアが開いてリリーナが、怯えたうさぎのようにびくびくしながら姿を現した。リコリスが来ている事には気付いていたらしく、既に泣き出しそうな顔をしている。
 リリーナが出て来ても、部屋の中からミシンの音が聞こえ続けていた。
 俺はいつもミシンの音でリリーナが部屋にいるかどうか判断していたが、魔術師のリリーナなら、無人のままミシンを動かし続ける事くらい容易い。今までも、俺に知られないように音を鳴らしたまま外出していたのだろう。

「な、何……?御姉様……」

「御父様に頼まれたんでしょう?親の言う事に従うのは立派だけど、人に迷惑をかけるのはダメよ」

「だ、だって…………」

「勇者様が事を納めてくれたんだから、ちゃんと御礼を言いなさい」

 部屋の中に逃げようとしたリリーナは、リコリスに腕を引かれて俺の前に引っ張り出された。
 リリーナは唇を震わせて俯いた。しかし、そのまま黙っていてもリコリスは帰ってくれなさそうだと諦めて、謝罪の言葉らしきものを紡ごうとする。

「うぅ……あ、あの……ご、ごめっ、あ、あり、あ………………っ、あーー!」

「泣いてないで、ちゃんと言いなさい」

「あたし、悪くないもん!言われた通りにしただけだもんーー!!」

 顔を赤くして大粒の涙を流して泣いているリリーナが哀れになって、俺は「まぁまぁ」と2人を宥めた。しかし、リコリスは一歩も引かない。

「勇者様に迷惑がかかることくらい、分かっていたでしょう?あなたは今は勇者様の仲間なんだから、もう少し慎重に行動しなさい」

「あーーーーー!!」

「あの……俺は怒ってないから、もういいよ。リリーナも。な、これから気を付けような」

 2人の間に入って、俺はリリーナを部屋に押し戻した。ドアを閉めても「御姉様、嫌いーー!!」と絶叫して泣いて暴れる音が聞こえて来る。
 俺もリリーナのやったことに気付いていた。事務所に戻ったら一言くらい釘を刺そうと思っていたが、ここまで大泣きさせるつもりはなかった。
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