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第7話 勇者、探偵業に手を伸ばす

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 ネイピアス市を出て、俺の移動魔法を使ってホーリア市に一瞬で戻って来た。
 本当はコロッケを探したかったし、リコリスとゆっくり馬車の旅をするものいいかと思っていたけれど、リコリスの堪忍袋の緒が切れかけている。
 瓶の中身を俺の口にそのまま流し込んでくるかもしれないから、俺は戻ってすぐに2人を連れて庁舎に向かった。
 業務時間が過ぎていてほとんど灯りが消えているが、ちゃんと通信機で連絡していたから会議室には副市長とフェリシアが残っている。俺はちゃんとアポイントを取る勇者だ。

「許可証の行方がわかったのですか?」

 会議室に入って来た俺を見て、副市長が急いた様子で尋ねてくる。
 俺は黙ったまま真面目に頷いた。何故なら、後ろでリコリスがまだ瓶をぶら下げているからだ。

「今から書庫を確かめたい。支配人も書庫に入れていいか?」

「職員も立ち入り禁止にしている状況なので、無理ですなぁ」

 俺が副市長に言うと、呼んでいないのに残っていた課長が、リコリスを見て小馬鹿にするように言った。
 リコリスは俺を威嚇するかのように提げていた瓶を胸元にしまって、代わりに煙草入れを取り出す。

「ここにはゼロ番街を潰したい人達が集まってるのね」

 リコリスは煙草に火を付けながらゆっくり課長に近付く。

「今すぐにでも。店を畳んで出て行ってほしいところですよ」

「そう」

 リコリスは煙草の煙を課長の顔に吹きかけた。煙が薄紫色をしているから、あの煙草にはハーブの成分が入っている。少し吸い込んだだけなら致死量にはならないだろうけれど、課長は一呼吸しただけで激しく咳き込む。

「あなたが知らないだけで、やり方は色々あるのよ」

「課長、君は呼ばれていないんだから、仕事が無いなら帰りなさい」

 リコリスを怒らせる前に副市長が管理職らしく場を収めて、俺達はまだ咳をしている課長を置いて会議室を出た。
 フェリシアに昨日と同じように開けてくれと頼むと、書庫に向かう前に書庫の中の黒い扉の鍵を取りに受付に向かった。あのカラクリは古く歴史のあるもので鍵も歴史的な価値があり、受付の上に絵画のように額の中に入れられて飾られている。もし、この鍵が無くなったら、誰でもすぐに気付くはずだ。

「観光客は、かなり懐疑的だったと言ったな」

 俺は昼に会った時よりも少し元気を取り戻しているフェリシアに尋ねた。
 半日休んで、三つ編みは綺麗に結び直してあったが、相変わらずテンションの低い話し方で教えてくれる。

「……本当にあるのか、て、何度も、言われて……」

 鍵の貸し出しの帳簿に名前を書いて、フェリシアは額から取り出した鍵を抱えて庁舎の真ん中の書庫に向かった。扉の横のボックスにフェリシアが職員証を差し込むと、重い音を立てて白い扉が開く。

「おそらくこんな風に言ったはずだ。『絶対にない。そんなものは存在しない』って」

「あ……そう、だった。それで、ちょっと……ムカついた」

 フェリシアは、俺とニーアと副市長が白い書庫の中に入って扉がしまったのを確認してから、巨大な鍵を黒い扉の鍵穴に差し込んだ。
 ピピピピピ、とフェリシアがパネルを叩いて入力をすると、足の下で振動が起る。フェリシアは、その時のムカつきを思いだしたのか、振動する床を不愉快そうに踏み締める。

「でも、私は何にもしてないんです……開けたら、無かった。私が扉を開けた時には、もうケースは空だった……」

 フェリシアの声は、振動に負けないように徐々に大きくなっていった。何度も何度も取り調べを受けて、フェリシアの怒りも限界に来ているようだ。何もやっていない、絶対に最初からなかった、と繰り返す。

「……ちょっと、黙っててくれる?」

 リコリスがフェリシアに鋭く言って、青い目を向けた。それだけで、フェリシアの唇がパチンと音を立てて閉まる。魔法で無理矢理口を閉じさせられて、フェリシアは唇を抑えてくもぐった叫び声を上げた。
 勇者として魔法をかけられた一般人を見捨てる事は許されないが、今はその方が都合がいい。
 混乱しているフェリシアは副市長に任せて、俺は黒い扉の向こうの振動が治まったのを確かめてから、リコリスの剣幕から避難して隅にいたニーアを呼んだ。

「ニーアは、俺の言う事を信じるか?」

「え…………?まぁ、あの……はい……」

 突然尋ねた俺が悪かったが、もう少し快くはっきり答えてくれてもいいはずだ。今からやる謎解きに少し自信を失いつつ、俺はニーアを黒い扉の前に立たせた。

「許可証は、俺が取り返して魔術で入れておいた」

「え……?そうなんですか?」

 開けてみろ、と俺が示すとニーアは黒い扉に手を掛けて重そうに開ける。扉の向こうに設置してあるケースを覗いて、ニーアは歓声を上げた。

「あー!本当だ!」

「まさか……?どこにあったんだ?」

 副市長に聞かれて、俺は何とも言えずにケースを示した。ニーアを押し退けて、副市長は扉の向こうを見る。

「すごい!勇者様なら、絶対解決してくれると思ってました!」

 ニーアは満面の笑顔で俺の腕を掴んで跳ねていた。その笑顔を見て、先程の戸惑いと疑惑9割の解答は忘れてあげることにした。

「ニーア……何を言ってるんだ?」

 副市長がニーアを不気味そうに目を向けた。ニーアも、俺の腕を引いたまま副市長に振り返る。

「だって、許可証、入ってるじゃないですか?」

「いや、無いんだが……前と同じ、空だ」

 副市長とニーアが互いを不思議そうに見つめ合っているのを余所に、壁に寄りかかっていたリコリスが2本目の煙草に火を付けようとする。そして、どうやらこの部屋には換気口が無いと気付いて煙草入れに片付けた。


 +++++


 観光客は、フェリシアにケースの中身が見えなくなる魔術を掛けた。
 「絶対にない。存在しない」という言葉で精神を操作する禁術。ケースの中身が見えなくなるという限定的な魔術だから、大した害は無い。しかし、厄介なのは感染するタイプの魔術だったことだ。

 中身がない事に気付いたフェリシアは上司に報告する。「許可証が無くなった」という言葉で。そして、次々に感染していった。
 もし、無くなったのが受付に飾ってある鍵だったら、無くなったと言われても「いつもの場所にあるはずだろう」とフェリシアの言葉に疑いを持てるが、閲覧専用書庫の1ケースの中身なんてあるかないか覚えていない。無いと言われれば、無いのだろうと思い込んでしまう。それで、フェリシアの言葉だけで職員に魔術が爆発的に感染してしまった。
 終業時間近くを狙って来たのも、感染力を高めるためだろう。一晩かけて隠蔽工作、ではなく事件の対処をしていた職員たちは「許可証はない」と認識を固めてしまった。

「ニーアは、今朝、事件を聞いたばかりって言ってたから、すぐに解けると思ったんだ」

 俺はフェリシアの頬を摘んでむにむにと動かすと、すぐにリコリスがかけた魔術が解けて、フェリシアの口がぱかんと開く。

「もしかして、ニーアとフェリシアさんとここに来た時も、勇者様には許可証が見えていたんですか?」

「当然だ」

 ニーアに問われて、俺は頷いた。俺は最初から気付いていた。
 その言い方は少し己を買い被り過ぎかもしれないが、気付いていたか気付いていなかったかで分類すると、かなり気付いていた寄りの気付いていないだから、概ね、気付いていたと断言できる。

 昼に書庫に行く時、最後に聞こえたリコリスの言葉が気になっていた。「絶対ある。ないはずない」と。
 その言葉に魔術が籠っているのに気付いて、俺は反射的に防御してしまったが、そのお蔭でリコリスと書庫に漂っている魔術の正体に気付くことができた。

「え、じゃあ、ニーアとフェリシアさんが話している間、何してたんですか?」

「…………魔術を解くタイミングを考えていたんだ。あそこでいきなり解いたら、フェリシアの負担が大きいし、混乱が起きるだろう」

 まさか、許可証があるからやる事が無くて自分の墓の事を考えていました、なんて口が裂けても言えるはずが無く、俺はそれらしい事を言った。
 実際、一般人にかけられた精神操作の魔術を突然解いたら、脳がショートして廃人になる可能性もある。あそこでフェリシアの魔術を解けなかったのは事実だ。
 今は魔術がかかったままの副市長もいるから、多数決で見えない方が正常で、見えるニーアが異常だ。
 フェリシアは混乱しているが、許可証が見えていないから、まだ魔術は解けずにいる。
 ニーアは俺のそれっぽい言葉に納得して、それ以上は追及して来なかった。

「よく分かりませんが、あるなら、良かった……」

 副市長も魔術がかかった状態でまだ許可証が見えていないが、ニーアが言うならあるのだろうと、土気色の疲れ切った顔に安堵の表情を浮かべた。

「では、勇者様……私たちにかかっている魔術を解いていただけませんか?」

「出来なくないが、負担が大きい。感染性の魔術は時間が経過すれば効力が弱まるから、しばらくすれば解けるはずだ」
 
 「無い」と信じていれば魔術はかかったままだが、「ある」と信じられれば魔術は勝手に解ける。
 厄介なのは、魔術がかけられていると頭で理解しても、実際に見えないのだから「ない」と信じ続けてしまうところだ。
 しかし、感染した時と同じように、元々存在感の薄い物が滅多に見ない場所にあるのだから、あると言うならあるのだろうと、職員は簡単に信じてくれるはずだ。

「では……謎の外部犯により奪われたが、勇者様のご活躍によって許可証を取り返し、すでに書庫に戻っている、と職員に周知してもよろしいでしょうか?」

「……いいのか?」

 そんな俺が手柄を総取りするようなシナリオを副市長から持ちかけてくれるとは。何か裏があるのではないか。

「私共は魔術が使えないので、勇者様のお名前を貸していただけると信憑性が高いかと……あ、支配人でもいいのですが……」

「いや、俺がやったことにしておこう」

 そこまで頼まれては仕方ない。
 職員全員に俺の活躍が伝わるなんて、謙虚な俺には少し荷が重いけれど、副市長の頼みならば、と俺は頷いた。
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