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第7話 勇者、探偵業に手を伸ばす

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 しかし、ウラガノが無実の罪で投獄されようと、仕事をクビになろうと、俺にはあまり関係ないだろう。
 ホーリアのような小さな市の犯罪を裁くのは、だいたい役所の仕事だ。庁舎内の事件は、役所内で解決するなりもみ消すなり、好きにすればいい。
 だから、俺はニーアの話を聞いた後も提出が1ヶ月後に迫った報告書の捜索を続けていたが、俺が全然話を聞く気が無いと気付いたニーアの次の作戦は、歴代の勇者の素晴らしい采配を朗々と語り出すという一番面倒臭いタイプのものだった。

「ザンガスの勇者様はこうおっしゃっています。『人の罪は、人のエゴによってのみ裁かれる』と。戦火のザンガスで正しくあろうとした勇者様の素晴らしいお言葉です」


 そうやって、俺の良心をザクザク切り裂いていくつもりだ。
 勇者の話でニーアの右に出るものはない。俺が勇者らしく無実の若者を助けるために動かない限り、いつまでも語り続けるだろう。


 +++++


 そして、報告書の捜索を諦めた俺は、2番街の奥にある留置所に向かっていた。
 留置所は一応歴史博物館のような役割も兼ねているが、非常時には容疑者を拘束する場所として使われており、好んで見に行く観光客はいないし、用がある住民も滅多にいないはずだ。しかし、道の先にフラフラと歩いている1つの人影がある。
 薄汚れた白い流れるような服と尖った帽子で誰か気付き、俺は黙って追い越そうとした。

「おや、勇者様じゃないか」

「……エルカはどうした?自首でもしに行くのか?」

 ハープが入った皮の袋を背負ったエルカは、何故か俺とニーアに並んで一緒に歩き出した。以前、突然事務所に来た吟遊詩人だとニーアはエルカを窺っていたが、エルカが笑顔で挨拶をすると、すぐに最後の砦であるニーアの警戒心も解けてしまう。

「いいや。今朝捕まった、市の職員くんに会いに行くんだよ」

「ウラガノさんが捕まったの、もう市民に知られてるんですか?」

「まぁ、私と彼は友人だからね」

「まさか……」

 ウラガノも、イナムなのか。
 俺は思わず尋ねようとしたが、ニーアはなるほど、と頷いていた。

「噴水広場の大道芸の規制は生活安全課の仕事ですから」

「そう。彼は肉串1本奢ってあげれば、何にでも目を瞑ってくれるいい奴だった。だから、事実はどうあれ、彼がクビになっては困ると皆から頼まれてしまったんだ」

 そんなんだから、ウラガノは職場で信頼されなくて犯人扱いされて留置所にぶち込まれるんだ。
 俺はどうやらイナムの事でノイローゼになっている。精神的な負担が大きいから、俺はエルカと距離を取って2人の先を歩いた。


 +++++


 ホーリアの留置所は、過去は魔獣を捕まえておく牢獄として使われていたらしい。
 市民の力では倒せない魔獣が市内に入り込んで来てしまった時、餌になる人間をオトリにして餌ごと魔獣を牢獄に閉じ込めていたという。凄惨な歴史を持つ場所だが、現在は綺麗にリフォームされて誰でも入れる博物館になっている。
 地下の牢獄だけは当時の拘束の魔術が残っていて、犯罪者を一時隔離しておく場所に使われている。

 ニーアに無理矢理連れて来させられたとはいえ、俺は少しウラガノを心配していた。
 いわれのないの罪で捕まったウラガノは落ち込んでいるだろう。街の勇者が己の無実を信じていると知れば、少しは元気になるかと思っていた。

「おっすー!ニーア、サボり?」

 しかし、羽毛のセミダブルのベッドが設置された牢屋の中にいたウラガノは、片手に酒瓶を持ち、片手でクロスワードパズルを解いていた。
 随分快適そうだ。俺の事務所のベッドよりも大きいから、4人乗っても大丈夫だろう。石造りの古臭い作りだったが牢とは名ばかりで、辛うじて檻が付いているだけでそこそこ上等なビジネスホテルくらいの設備が整っている。
 ニーアは俺が羨ましそうな顔をしている事に気付いて、呆れた視線を向けてきた。

「犯罪者だと確定すれば首都に送られますから、ここに入れられる人は容疑者とか保護対象とかです。酷い扱いはできませんよ」

「でもな、ニーア。俺の魔術でも抜けるの大変そうだから、牢獄ってマジでヤベーな」

 ベッドに腰掛けたウラガノがクロスワードパズルの雑誌を閉じた。俺の経験上、クロスワードパズルが趣味の奴は、一緒に仕事をしていると「この忙しい時にそれをやるのか?」と周囲を驚愕させるほどマイペースな奴が多い。

「では、私はBGMを担当しているから、勇者様の華麗なる取り調べをみせてくれないか」

 エルカは檻の前に椅子を持って来て、背中の袋からハープを出して2時間サスペンスのような音楽を弾き始めた。無駄に器用な奴だ。
 俺とニーアも檻の前にガタつく椅子を引っ張って来て、牢の中のウラガノと向かい合った。

「で、やったのか?」

「やってないですよ!だいたい、まだ今日は庁舎にも入ってないっすから。出勤しようとしたら、いきなり捕まって、そのままここです。俺は事件があったことも知らないのに!」

 ウラガノは、何も聞かされずに取りあえず拘束だけされたらしい。いつものへらへらした顔にうっすら怒りが見え隠れしている。もしかしたら、酒に酔って赤くなっているだけかもしれないが。
 考えてみれば、俺もニーアからは窃盗事件があったとしか聞いていない。ニーアに事件の説明を求めると、ニーアも詳細は知らないらしく自信が無さそうにハープのBGMに合わせて語り出した。

「私も今朝ちょっと聞いただけなんですけど、事件は昨日の夕方に起ったらしいです」

 ニーアは、俺の事務所に行く前と仕事終わり、毎日庁舎に行くか通信機で連絡しているらしい。
 何故そんな面倒な事をするんだと俺が尋ねると、「時間外勤務がある場合は手当を申請するためです」と返事が来て、固定給しか支払われない俺は黙った。
 昨日、ニーアは帰りが遅かったため、庁舎に寄らずに通信機で連絡だけして自宅に帰った。通信機に誰も応答しなかったから伝言だけ残したが、今考えると窃盗事件の対応で忙しくて誰も出れなかったのだろう。
 そして、今朝、庁舎に寄った時にニーアは事件を知った。

「昨日の夕方、ゼロ番街の営業許可証を見たいという観光客が来たので、職員が書庫に案内したらしいです」

「その観光客が犯人だ。ただの許可証を見たいなんて怪しすぎる」

「ゼロ番街の営業は特殊なので、時々確認したがる人がいます。それに、書庫は鍵がかかっていて、職員じゃないと入れません。その時も職員がずっと立ち会っていたみたいです」

 だよな、と俺は椅子に座り直した。
 そんな簡単に犯人が分かるはずが無い。俺は勇者であって、探偵ではないからだ。

「それで、職員が営業許可証を見せようと書庫を開けたら、無かったそうです」

「わかった。その職員が犯人だ」

「許可証は魔術で閉じられたケースに入って、職員も手が触れられないようになっています」

 ですよね、と俺は勢いよく立ったせいで倒れた椅子を戻した。
 昨日事件が発生して、庁舎は今の今まで対応に追われていたはずだ。その観光客も職員も一通り疑った結果、盗んだ方法がわからず、魔術で侵入できそうなウラガノが消去法で犯人にされたのだと思う。

「ウラガノは、昨日は何をしていたんだ?」

「午前中は二日酔いが酷いから有休取って、午後は街の散ぽ……じゃなくて、パトロールに出て、そのまま直帰しました」

「……そうか」

 ウラガノの勤務態度を聞く限り、暫く投獄されていた方がいいと思う。
 しかし、窃盗事件に関して言えば、ウラガノは昨日は庁舎に殆どいなかった。書庫の魔術を破って書類を盗むのは無理があると他の職員もわかっているはずだ。
 とはいえ、勇者の俺が掛けた侵入禁止の魔法を簡単に解いて入って来た奴だ。書庫の魔術を見ないと何とも言えないが、数分で魔術を解いて中の許可証を奪って行く事が可能かもしれない。

「まぁ、いいですよ。慣れてるんで」

 ウラガノは、ベッドに投げていたクロスワードパズルの雑誌を引き寄せて解き始めた。今は俺が謎解きをしているから、それをやる時間ではない。

「俺はホーリアに長く居過ぎました。そろそろ出て行こうと思ってたとこなんで、クビになっても痛くも痒くもないですし」

「ウラガノさん……」

「いーのいーの、潮時ってやつ?」

 ウラガノはパズルを解きながら平気な顔をしてそう言った。魔術が使えるせいで空き巣のたびに疑われて、住民全員が魔法を使えるホーリアに越して来たのに、ここでも酷い扱いをされるのは流石に同情してしまう。
 ホーリアを出て行くなら、次は国内では魔法が一切使えないトルプヴァールか、モべドスがあるアムジュネマニス・ゴルゾナフィール国だろう。あの国は魔術師しかいないから、魔術が使えるせいで不利益を被ることはない。
 しかし、空き巣など侵入魔法を防げない方が悪い、と言う奴ばかりだから、魔術師ではない人間が生活するには過酷な国でもある。

「大丈夫です。勇者様が、真犯人を見つけてくれますから!」

 ニーアが勢いよく立ち上がり、俺は多分倒れるだろうと予想していた椅子を受け止めた。
 勇者業以外で頼られるのは嬉しいが、俺はさっきから2回犯人を外しているからあまり期待しない方がいい。
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