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第6話 勇者、季節の節目に立ち向かう

〜1〜

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 一体、何を間違ってしまったのか。

 何が引き金になったのか、俺にもわからない。
 今となっては後悔することしか出来ないが、敢えて言うなら、時期が悪かった。

 最近のホーリアは、日中は過ごしやすい暖かさだが、夜と明け方は冷え込んで外套無しでは外を歩けないくらいの寒暖差がある。条件は揃っていた。
 しかし、俺はこの世界に生まれて十数年経っているから、季節は言い訳にならない。
 それに、勇者といえども自然現象に逆らって魔術で天気を変えるのは査問案件だから、これに関しては仕方が無い。


 糾弾する気は更々無いが、続けて敢えて言うなら、最近コルダと一緒に寝ていた。
 コルダが仲間になった翌日の夜中、「こんなにボロい洋館で1人で寝るなんて怖いのだー!」と言って勝手に俺の布団の中に入って来たからだ。

 犬耳少女が同じ布団に潜りこんで来た時は、法律とか俺の色々なところとかがピンチだった。
 コルダはゼロ番街でどこまでサービスオッケーだったんだろうとか、そういう相場はいくらなんだろうとか、中学生のように胸をときめかせたが、尻尾を股に挟んで丸まってぷーぷー寝ているコルダを見ていたら、俺の青い春は1日しか持たなかった。
 犬が勝手に入ってくるのと同じだ。勿論、獣人のコルダを動物扱いしているわけではないが。

 最近は毎日、コルダは夜になるとぬいぐるみを片手に俺の部屋に勝手に入ってきて、朝まで同じ布団で寝ている。
 俺は人と一緒に寝るのが初めてでこんなものだろうと思っていたが、どうも獣人のコルダは体温が高いらしい。
 もこもこの毛だらけのマグマに追い詰められる悪夢が続いて妙だと思っていた。
 気付かない間に布団を蹴り飛ばしていて、明け方に凍えて目が覚めていて不思議だった。
 そして、俺は見事に風邪をひいた。


 +++++


 風邪をひいたから今日は休むとニーアに伝えると、「またお得意のサボりか」と言いたげな顔をした。
 本当に風邪をひいたんだと体温計で熱を測って見せたら、それ以上に落胆した顔をしてみせた。

「勇者って、風邪ひくんだ……」

 期待外れもいいところだとニーアは呟いたが、ベッドに寝ている俺が一応病人だと思い出して慌てて濡れタオルを俺の額に乗せる。

「あの、勇者って頑丈なイメージがあったので!季節の変わり目に普通に風邪ひくんだなぁと驚いてしまいました」

「コルダのせいなのだ……」

 コルダは、俺の上に馬乗りになって「勇者様、死なないでなのだー」と言いながら、肉球の付いた手で俺の顔をぺちぺち叩いている。大した風邪じゃないけれど、怪力のコルダに殴られると脳味噌が揺すぶられて意識が飛びそうになるから止めてほしい。

「コルダさんのせいじゃないですよ。嫌なら勇者様が部屋の鍵を閉めておけば良かったんです」

「うーん……客観的にみるとコルダもそう思うのだ。2:8くらいで勇者様が悪いと思うのだ」

 コルダはしれっと被害者面をしてみせたが、獣人のコルダには物理的な鍵などあってないようなものだから、初日にドアノブごと壊された。いくら修理をしてもコルダが当然のように鍵を壊して入ってくるから、諦めて開けたままにしている。1:9でコルダが悪い。

「それに男女が一緒に寝るなんて良くないですよ。リリーナさんがコルダさんと一緒に寝てあげたらどうですか?」

 皆が集まっているからお菓子でも食べているのかと思って俺の部屋に来たリリーナは、お茶の時間ではないと気付いて暇そうに俺の部屋の本を読み散らかしていた。
 ニーアに言われて、リリーナは不機嫌そうに白い眉を寄せて本を放り投げる。

「はぁ?なんであたしが、そんな毛むくじゃらをベッドに入れないといけないのよ」

「獣人差別なのだぁ……今後リリーナとの会話は記録を残させてもらうのだ……」

 コルダがいつもの調子で言ったが、声に元気は無い。2割は責任を感じているらしく、俺の顔を肉球でぽにゅんぽにゅんと叩き続けている。

「リリーナさん、勇者様を魔法で治してくれませんか?」

「えぇー……」

 リリーナはコルダに続いて俺の上に乗って、体温計を俺から奪い取った。数字を確認するとぽいっと床に投げ捨てる。
 リリーナの部屋に入った事は無いが、多分床に物が散らばっていて足の踏み場もないくらいだと思う。この様子だと、早く対処しなくては事務所の床が抜ける。

「だって、ただの風邪でしょ?別に高熱ってほどでもないし。怪我なら始点がはっきりしてるから簡単なんだけど、風邪はねぇ……」

「リリーナさんでも治せませんか?」

 ニーアにそう言われて、モべドス卒のリリーナのプライドが黙っていられなかったらしい。俺の上に乗ったまま、やれやれとニーアの無知を呆れるように溜息を吐いて足を組んだ。
 いつものように適当なシャツを一枚しか着てないから、白い下着と太腿が露わになる。俺が言う事ではないが、そんな寒そうな格好をしたら風邪をひくのも時間の問題だ。

「魔術を学ぶときに忘れちゃいけないのは、人間は魔法がかかっていない状態が最良ってこと」

「つまり……魔術に頼り切っちゃ駄目ってことですか?」

「そう。白魔術は悪くなったものを戻す『治癒と修復』の魔術。人間は病気でもないし怪我もしてない、魔法もかかってない普通の状態が最良なの。だから、寝てれば勝手に治るレベルの病気には、わざわざ魔術は使わないの」

「万能でも無闇に使っちゃ駄目なんですね……」

 リリーナが俺の上で偉そうに語ったことに、魔術を学んだ事がないニーアは関心していた。
 しかし「食べ過ぎたけど魔術で脂肪を除去すればセーフ」とか言いながら夜中にホールケーキを食らっているリリーナを時々見るから、モべドスの教えがどこまでリリーナに残っているかは疑わしい。

「リリーナさん、ニーアに魔術を教えてください!」

 ニーアがベッドの上に乗ってリリーナの両手を握り締めた。
 リリーナはニーアの言葉に気圧されて、さっきまでの威勢が消え失せて口籠る。
 ニーアが魔術を使えない事はホーリアに住んでいるリリーナは知っているし、勇者に憧れていながらそれで諦めた事も薄々気付いているはずだ。
 しかし、ニーアは負けずにリリーナに詰め寄って、4人乗って限界が近い俺のベッドが嫌な音を立てて軋んだ。

「使えなくても、勇者が知っていることをニーアも知りたいんです!」

 ニーアの純粋で情熱の籠った瞳で見つめられて、リリーナは調子を取り戻してニーアの手を握り返した。

「まぁ、いいけど。あたしは厳しいからね」

「はい!」

 ニーアが優等生の返事をして、リリーナは気分を良くして胸を張ってふふんと満足そうに笑った。
 引きこもりのリリーナはニーアに頼り切っているように見えていたから、これを機に互いの長所を認め合って個々の成長に繋げてほしい。仲間が絆を深めて行くのは、勇者の俺としても歓迎すべきことだ。

 それはそうとして、そろそろ俺を寝かせてほしい。
 俺はニーアとリリーナを部屋から押し出して、俺の上でぐずぐず泣いていたコルダを放り出して、やっとスペースが空いたベッドに倒れた。
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