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第5話 勇者、闇の巣窟に潜入する
〜6〜
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明け方近く、事務所に帰って来た俺達に気付いて、リリーナはキッチンから顔を出した。
俺の後ろにいるコルダを見て、朝食用のパンを咥えたまま軽蔑の目を向けてくる。
「ちょっと、あたしがいるんだから、あっちで済ませて来てよ」
「違います。コルダさんは今日から勇者様の仲間です」
リリーナは何やら失礼な勘違いしている。俺は仕事で視察に行った歓楽街で女の子をお持ち帰りするほど軽率ではないし、リリーナが隣の部屋にいるのに楽しめるほど無神経でもない。
ニーアが説明したのを聞いて、リリーナは3日分のパンを丸齧りしながらうぇぇぇと顔を顰めた。
「私、獣人好きじゃないのにぃ……何勝手に連れて来てんのよ」
それを言うなら、俺も引きこもりが好きではない。
リリーナの言葉にコルダが人権どうの差別がどうの騒ぎ出すと思ったが、俺に背負われて半分寝ていたコルダには聞こえていなかったようだ。
俺は、ゼロ番街の店の寮にあったコルダの荷物と一緒に、コルダを絨毯に下ろした。コルダの持ち物はぬいぐるみとか女の子っぽい部屋の賑やかしにしかならないおもちゃだけだから、家具とか服とかは俺が準備する事になりそうだ。
でないと、労働者の権利が守られていないとか騒ぎ出すだろう。
絨毯の上にコルダが寝転がると、フードが脱げて銀色の頭が露わになった。顔だけ見ると普通の人間と区別が付かないが、フードの下から覗く手足にも頭と同じ銀色の毛が生えて、ピンク色の肉球と鋭い爪が覗いている。
部屋の中でも明かりに反射して、銀色の毛は自ら発光するように輝いている。白銀種の特徴だ。
「聞いたところによると、獣人の毛は人間の髪とは違うらしいですよ」
物珍しくてコルダを見下ろしていると、ニーアも欠伸をしながら俺の横にしゃがんだ。獣人なら数人ホーリアに住んでいるが、白銀種は見たことがないからニーアにとっても珍しいのだろう。
どんなものかと思い、俺はコルダの頭に手を伸ばした。大きな耳と一緒に髪を撫でると、感触が人の髪とは違っている。ふわふわと指に吸い付くようだが、艶やかに掌の下で滑る。
「本当だ。手触りが犬っぽい」
「勇者様、あの……」
ニーアに突かれて、はっと気付いた。頭を撫でるなんて、セクハラ行為の筆頭だ。コルダの事だから俺の弁解など聞かずにそのまま訴訟に持ち込まれる可能性がある。
しかし、案ずる事はない。俺は勇者だ。法律全集ならいつでも手が届く所にあるし、裁判に持ち込まれても自分で自分の弁護が出来るくらいの知識はある。
俺がコルダの出方を伺って固まっていたが、コルダは頭の上に乗った俺の手に重そうに顔を顰めるだけで、女性軽視だの獣人差別など騒ぎだす様子は無かった。
「うぅ~……」
そのまま目を細めると俺の体を押してソファーに座らせた。そして、膝の上に乗ってくると体を丸めて動かなくなる。
俺は膝の上に人1人分の重さを感じながら、両手を上げて触っていない事を証明していた。暫くすると、コルダからぷーぷーと寝息が聞こえて来る。
「勇者様、気に入られたみたいですね……」
「まさか……」
信じられずに恐々とコルダの頭を撫でてみると、俺の手に頭を擦り付けて来た。犬や猫のようにぐるぐると気持ちよさそうに喉を鳴らす音が聞こえてくる。
人権意識と被害者意識が強すぎる白銀種だから忘れていたが、コルダは黙って大人しくしていれば可愛らしい犬耳少女だ。
「動物に懐かれてたの初めてだ……」
俺は歓喜のあまり天を仰いだ。
アホ臭、と言い捨ててリリーナは5日分のハムを固まりのまま齧りながら部屋に戻って行く。この事務所は何故か食糧の消費が早くてリリーナがいつもお腹を空かせていて悪いなぁと思っていたが、リリーナのせいだったのか。
ニーアは眠気が限界に来たようで、かくりと舟を漕ぎながら「動物扱いすると保護団体がうるさいですよ」と寝言のように言った。
+++++
とはいえ、俺の膝の上をコルダの寝床にするわけにもいかない。
空が白んで来た頃、ニーアは今日は午前休いただきますと言い残して自宅に帰って行き、俺の感動も落ち着いて来た。
2階は俺とリリーナが使っているが、まだ部屋は空いている。そこをコルダの部屋にしようと丸まって寝続けているコルダを抱えて階段を上がる。
「で、ゼロ番街はどうだったの?」
コルダのぬいぐるみを空き部屋に放り投げながら、リリーナが尋ねてきた。
「視察は出来たし、美人と遊べた。だから、まぁ、俺はもう充分だな」
俺の中では、ゼロ番街で女の子に利用されかけたり飲み比べで酷い目にあったことは、勇者として無かった事になっている。だから、俺は余裕の笑みを浮かべてそう答えた。
「ふーん……」
リリーナは何となく不機嫌そうに唸って、自室に入って音を立ててドアを閉めた。
リリーナさんなら逆にいけるかも、とニーアが言っていたように、見た目だけならリリーナはゼロ番街の女の子たちに引けを取らない美しさと派手さがある。
しかし、人見知りのリリーナには向かない街だと思う。それに、リリーナが見張りにいたら俺がリコリスと遊べなかった。
あんなチャンスは二度とないだろうに、悲劇だ。
リリーナの隣の部屋のベッドにコルダを下ろすと、シーツの冷たさに驚いたようにコルダの尻尾がぱたぱたと揺れたが、毛布を被せると静かになった。
俺は2回の人生で一度も動物を飼ったことがないし、自分以外に金がかかるものの面倒を看るのは無駄だと思っていたけれど、前世で時々いた頼んでもいないのに待受のペットの写真を見せてくる奴の気持ちが少し理解できた。
決して、コルダをペット扱いしているわけではないけれども。
不測の事態ではあったが、獣人が仲間にいれば、多様性に配慮している感じが出ていて、市民に好印象を与えるだろう。
オグオンに魔獣退治をサボっていることについて文句を言われても、白銀種を盾にすれば強気に出れないはず。俺は、早くも最強の味方を付けてしまった。
この時は、そう考えていた。
俺の後ろにいるコルダを見て、朝食用のパンを咥えたまま軽蔑の目を向けてくる。
「ちょっと、あたしがいるんだから、あっちで済ませて来てよ」
「違います。コルダさんは今日から勇者様の仲間です」
リリーナは何やら失礼な勘違いしている。俺は仕事で視察に行った歓楽街で女の子をお持ち帰りするほど軽率ではないし、リリーナが隣の部屋にいるのに楽しめるほど無神経でもない。
ニーアが説明したのを聞いて、リリーナは3日分のパンを丸齧りしながらうぇぇぇと顔を顰めた。
「私、獣人好きじゃないのにぃ……何勝手に連れて来てんのよ」
それを言うなら、俺も引きこもりが好きではない。
リリーナの言葉にコルダが人権どうの差別がどうの騒ぎ出すと思ったが、俺に背負われて半分寝ていたコルダには聞こえていなかったようだ。
俺は、ゼロ番街の店の寮にあったコルダの荷物と一緒に、コルダを絨毯に下ろした。コルダの持ち物はぬいぐるみとか女の子っぽい部屋の賑やかしにしかならないおもちゃだけだから、家具とか服とかは俺が準備する事になりそうだ。
でないと、労働者の権利が守られていないとか騒ぎ出すだろう。
絨毯の上にコルダが寝転がると、フードが脱げて銀色の頭が露わになった。顔だけ見ると普通の人間と区別が付かないが、フードの下から覗く手足にも頭と同じ銀色の毛が生えて、ピンク色の肉球と鋭い爪が覗いている。
部屋の中でも明かりに反射して、銀色の毛は自ら発光するように輝いている。白銀種の特徴だ。
「聞いたところによると、獣人の毛は人間の髪とは違うらしいですよ」
物珍しくてコルダを見下ろしていると、ニーアも欠伸をしながら俺の横にしゃがんだ。獣人なら数人ホーリアに住んでいるが、白銀種は見たことがないからニーアにとっても珍しいのだろう。
どんなものかと思い、俺はコルダの頭に手を伸ばした。大きな耳と一緒に髪を撫でると、感触が人の髪とは違っている。ふわふわと指に吸い付くようだが、艶やかに掌の下で滑る。
「本当だ。手触りが犬っぽい」
「勇者様、あの……」
ニーアに突かれて、はっと気付いた。頭を撫でるなんて、セクハラ行為の筆頭だ。コルダの事だから俺の弁解など聞かずにそのまま訴訟に持ち込まれる可能性がある。
しかし、案ずる事はない。俺は勇者だ。法律全集ならいつでも手が届く所にあるし、裁判に持ち込まれても自分で自分の弁護が出来るくらいの知識はある。
俺がコルダの出方を伺って固まっていたが、コルダは頭の上に乗った俺の手に重そうに顔を顰めるだけで、女性軽視だの獣人差別など騒ぎだす様子は無かった。
「うぅ~……」
そのまま目を細めると俺の体を押してソファーに座らせた。そして、膝の上に乗ってくると体を丸めて動かなくなる。
俺は膝の上に人1人分の重さを感じながら、両手を上げて触っていない事を証明していた。暫くすると、コルダからぷーぷーと寝息が聞こえて来る。
「勇者様、気に入られたみたいですね……」
「まさか……」
信じられずに恐々とコルダの頭を撫でてみると、俺の手に頭を擦り付けて来た。犬や猫のようにぐるぐると気持ちよさそうに喉を鳴らす音が聞こえてくる。
人権意識と被害者意識が強すぎる白銀種だから忘れていたが、コルダは黙って大人しくしていれば可愛らしい犬耳少女だ。
「動物に懐かれてたの初めてだ……」
俺は歓喜のあまり天を仰いだ。
アホ臭、と言い捨ててリリーナは5日分のハムを固まりのまま齧りながら部屋に戻って行く。この事務所は何故か食糧の消費が早くてリリーナがいつもお腹を空かせていて悪いなぁと思っていたが、リリーナのせいだったのか。
ニーアは眠気が限界に来たようで、かくりと舟を漕ぎながら「動物扱いすると保護団体がうるさいですよ」と寝言のように言った。
+++++
とはいえ、俺の膝の上をコルダの寝床にするわけにもいかない。
空が白んで来た頃、ニーアは今日は午前休いただきますと言い残して自宅に帰って行き、俺の感動も落ち着いて来た。
2階は俺とリリーナが使っているが、まだ部屋は空いている。そこをコルダの部屋にしようと丸まって寝続けているコルダを抱えて階段を上がる。
「で、ゼロ番街はどうだったの?」
コルダのぬいぐるみを空き部屋に放り投げながら、リリーナが尋ねてきた。
「視察は出来たし、美人と遊べた。だから、まぁ、俺はもう充分だな」
俺の中では、ゼロ番街で女の子に利用されかけたり飲み比べで酷い目にあったことは、勇者として無かった事になっている。だから、俺は余裕の笑みを浮かべてそう答えた。
「ふーん……」
リリーナは何となく不機嫌そうに唸って、自室に入って音を立ててドアを閉めた。
リリーナさんなら逆にいけるかも、とニーアが言っていたように、見た目だけならリリーナはゼロ番街の女の子たちに引けを取らない美しさと派手さがある。
しかし、人見知りのリリーナには向かない街だと思う。それに、リリーナが見張りにいたら俺がリコリスと遊べなかった。
あんなチャンスは二度とないだろうに、悲劇だ。
リリーナの隣の部屋のベッドにコルダを下ろすと、シーツの冷たさに驚いたようにコルダの尻尾がぱたぱたと揺れたが、毛布を被せると静かになった。
俺は2回の人生で一度も動物を飼ったことがないし、自分以外に金がかかるものの面倒を看るのは無駄だと思っていたけれど、前世で時々いた頼んでもいないのに待受のペットの写真を見せてくる奴の気持ちが少し理解できた。
決して、コルダをペット扱いしているわけではないけれども。
不測の事態ではあったが、獣人が仲間にいれば、多様性に配慮している感じが出ていて、市民に好印象を与えるだろう。
オグオンに魔獣退治をサボっていることについて文句を言われても、白銀種を盾にすれば強気に出れないはず。俺は、早くも最強の味方を付けてしまった。
この時は、そう考えていた。
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