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第3話 勇者、出張旅費を申請する

〜2〜

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 副市長室に俺とニーアが着くと、すぐに副市長が部屋に入って来た。相変わらず不景気そうな顔をしていて、向かいのソファーに座って重く息を吐く。
 懐から解雇通知を出して突き付けてきてもおかしくない雰囲気に、俺も体を固くした。

 しかし、何も案ずることはない。
 禁術ではあるが、俺は副市長の記憶を魔術で操作することなど容易い。俺が着任してから今まで真面目に勇者業をやって来た記憶を植え付けて、解雇を待ってもらう。その後、副市長には1、2か月眠っていてもらい、その間に実際に真面目に働いて市民の印象アップを図る。
 市民全員の記憶操作だって勇者の俺には無論簡単に出来るが、それではキリがないから副市長1人に犠牲になってもらって事を収めよう。
 完璧な作戦だ。

「実は……隣街に行っていただきたい」

「……なるほど」

 ここでは左遷や首切り部屋のことを隠語で隣街と言うのか。なんて陰湿なんだ。若いニーアはこんな古臭い組織に染まる前に早く辞めた方がいい。
 俺は隣に座るニーアにそう言おうとしたけれど、ニーアはコーヒーに砂糖を入れつつ、平気な顔をしていた。

「隣街というと、橋向こうのオルドグですか?」

「いいや、ネイピアスだ」

 ニーアと副市長の会話を聞いていると、本当に隣街のことを指しているらしい。俺がスレた考えをしていただけのようだ。副市長が不吉な顔をしているから間違えてしまっただけで、俺は悪くない。

「そこの市長が、ホーリアに来た勇者に大層興味を持っていて、一度会っておきたいと前から言われていたのです」

「……それだけか?」

「ええ、そうですが。出張に行っていただけますか?」

 俺は拍子抜けしてようやくテーブルの自分で淹れたコーヒーに手を伸ばした。出張の1つや2つで恩が売れるなら、それぐらい喜んで行ってやるつもりだ。

「その街っていうのは、山を越えた所にある商人街の方か?」

「違います。勇者様が業務時間中によく遊びに行く街ではなくて、森を越えて行く方です」

「ネイピアスは、国境を挟んだ隣国トルプヴァールの街ですので、一時出国をお願いします」

 隣国と聞いて、俺は突然面倒臭くなった。

 ヴィルドルク国内であれば、街付の勇者であっても制限なくどこでも行ける。しかし、勇者が国外に出るためには、それはそれは面倒臭い手続きを行わなくてはならない。フリーの勇者は国外での仕事も多いが、出国の手続きの複雑さにノイローゼになりかけて街付の勇者に進路を変えるほどだと聞いた事がある。
 一時出国の手続きはそこまで難解ではなくて書類3枚くらい出すだけだが、面倒臭いことには変わりがない。
 仕事熱心な俺は、親愛なる副市長の頼みとあれば是が非でも聞いてやりたいところだけれど、俺はホーリアを守るためにここにいるのであって、国外出張は仕事に含まれていない。

「行ってやりたいのは山々だが……しかし、勇者の俺がこの街から出てしまうと困るだろう?」

「はて?何故でしょうか?」

「……」

 副市長に尋ねられても、俺だって俺がホーリアにいないと困る理由が思いつかない。「それは色々とアレだ」と答えて、各々の想像力に任せることにした。
 ニーアは、「普段働いていない勇者が街を離れると一体何が困るのだろう」と律儀に考えていたが、何か思いついたらしく顔をぱっとあげる。

「もしかして、街に勇者を置く事で国と契約しているのに、国内ならまだしも他国に行かせてしまうのは契約上問題があるとかじゃないですか?」

「そう、それ」

 俺もそれが言いたかった。という感じで俺は頷いた。
 勇者を街に派遣するのは、街の希望だけでは叶わない。それだけの理由があり、国が必要だと判断したから派遣することになっている。
 ホーリアの場合だと、「他の街よりも飛び抜けて魔獣が多いから」とかだろう。
 たとえその裏でニーアのようなミーハーな職員からの熱烈な希望があっても、市長が黄金色の菓子を差し出していたとしても、建前上は勇者を置くべき根拠を国が示し、市に勇者を置くように命令したことになっている。

「それなら問題ない。フリーの勇者様であるコーディック様が1日くらいなら立ち寄ってくださるとのことだ」

「え、嘘、コーディック様が?」

 ニーアは早口でそう言うと、ソファーに座ってなどいられないというように、腰を浮かせながら右手を挙げて副市長に詰め寄った。

「副市長!私、出張行かないで留守番しててもいいですか?」

「ニーア、それは困る。市の職員として勇者に同行してもらわなければ」

「だって、勇者様の接待をする職員がいないとじゃないですか」

「いや、だから、勇者様と一緒に出張に行ってほしいと……」

「でも、ニーアは勇者様のお話を聞きたいんです!コーディック様といえば、ベテラン中のベテラン!本物の勇者様ですよ!」

 副市長は、ニーアの横でコーヒーを啜っている俺に同情の目を向けた。
 先程からニーアが言っている勇者様に俺は含まれていない。養成校を卒業した俺も本物の勇者なのだが、ニーアの中では綺麗に除外されている。‟偽物の勇者”とかいうカテゴリーがニーアの中で出来ているとすれば、俺は間違いなくそこに放り込まれているはずだ。

「気持ちはわかるが、仕事だから。我慢してくれ」

「…………ッ、わかり、ました……」

 副市長に諭されて、ニーアは悔しそうに唇を噛み締め、浮いた腰をソファーに戻した。涙すら浮かんで来そうな顔で、俯いて拳を握り締めて堪えている。
 毎日本物の勇者である俺と働いているのに、一体何が不満なんだ。

「勇者様の手続きは済ませています。あと、ニーアと引きこ……リリーナ嬢は、ホーリア市民なので審査も問題なく通るはずです」

 面倒な手続きを済ませてくれたなら行ってやらない事も無い。俺は出張に承諾して、副市長に詳細を教えてもらうことにした。
 横でニーアが、「つまらない仕事のせいで勇者様に会える機会を逃してしまった」と言いたげな顔でずっと機嫌を損ねているのが気になる。そのつまらない仕事は、俺という本物の勇者の付き人のはずだ。
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