7 / 252
第1話 勇者、市民と共生を目指す
〜3〜
しおりを挟む
市民説明会を開きたいから、市民会館を貸してくれ。
副市長にそう言うと、引き攣った顔で「一体何を企んでいるんだ!?」と叫ばれた。
まったく心外だ。俺は市民意見を取り入れてより良い勇者業を目指しているというのに。
そんなに俺に文句があるなら、ホーリアなど捨てて首都に帰ってしまっても俺は構わない。つまらない公務員に一生を捧げた前世の俺と違って、首席卒業の勇者の俺には、選ぶ仕事など掃いて捨てるほどあるのだから。
俺がそう言う前に、副市長はすぐに準備をします、といつもの卑屈な態度と薄ら笑いを残して姿を消した。
そうして、副市長が快く準備してくれたのは、メインストリートのすぐ裏の市民会館にある、定員500人のホールだ。俺とニーアだけでその人数を対応するのは面倒だが、少し顔を見せて名乗るだけだ。すぐに終わらせる。
普通は市民の方から挨拶に来るものだと聞いているのに、勇者自ら挨拶の場を設けるなんて。
俺の市民奉仕の精神を知ったら、きっとオグオンは感動のあまり泣いてしまうだろう。
+++++
「勇者様、人が集まって来ましたよ」
説明会開始寸前、ホールのロビーでニーアに後ろから声を掛けられて、俺は抱えていた子供を床に下ろした。
俺に悪態を吐きながら逃げていくガキ共を、ニーアは笑顔で見送っている。別に、俺は一緒に遊んでやった訳ではない。
勇者ならサインが欲しいとねだられて特別に書いてやったのに、観光客のガキが「アウビリスで書いて貰ったサインと違う!」「この勇者は偽物だ!」と騒ぎ出したから黙らせていた所だ。
勇者のサインが全員同じなわけあるか。大人が皆ガキに甘いと思うな。
俺は、ニーアの後ろからホールの扉の隙間を覗いて、中を窺った。並んだ椅子は殆ど埋まっていて、大して宣伝もしていないのに、皆勇者に興味津々らしい。
俺が正真正銘の勇者だと明らかにして、市の魔法剣士であるニーアと共に働いていることを伝える。
そうすれば、ニーアが都会の男に騙されているとか、弱みを握られて夜な夜な玩具にされているとか、俺にとっても失礼な噂は無くなり、問題は万事解決だ。
しかし、ニーアは扉の向こうの騒めきに怯えた様に身を縮こませて俺に囁いてきた。
「あの……ただ、皆さん、勇者様にあまり良い印象を持っていないので……」
「ああ、それで?」
「つまり……勇者様は、この街で嫌われていますので、厳しい意見が多く来るんじゃないかと思います」
「……」
もちろん知っている。
知ってはいるが、ニーアの口から改めて言われると、喉に小骨が引っかかった程度だが、傷付く。
特に俺を嫌っているのは、肉屋と鍛冶屋の主人だろう。
魔獣を倒した後に出る残骸、僅かな筋組織と金属質の骨は、地域によっては重要な資源になる。土地の習慣によって教会や墓場や魔術師や、引き取り先が異なるが、ホーリアを含めたウエスト地区の多くの街では、肉は美味しくいただかれているし、骨は加工して刃物や家具になっている。
最近、俺が魔獣を倒していないから、仕事の材料が手に入らないホーリアの肉屋と鍛冶屋は、長い夏休みを楽しんでいるはずだ。
現に、ホールの一番前の席に座っている肉屋の主人は嬉しくて仕方ないのか、ギラギラと殺意すら感じる瞳で壇上を睨み付けて微動だにしない。
「あと、肉屋の主人は、肉切り包丁を持ち込んでいたので、万一の時は気を付けてください」
「中止だ」
即座に背を向けてロビーを出て行こうとする俺の腕を、ニーアが掴んで止めた。しかし、俺はそのまま外を目指す。
「待ってください!お気持ちは分かりますが、そこを堪えて……!」
「中止。命かけてやる仕事じゃない」
「しかし、集まってしまったので、大人しく帰ってくれるとは思えません!」
勇者の俺が一般市民に負けるなど万一にも無いが、市民に向けて魔法を使うのは禁止されている。
だからといって剣を市民に向けると、相当の理由が無い限り、首都で行われる査問に呼び出されることになる。
俺はただでさえオグオンに睨まれているのに、査問なんぞに掛けられたのがバレたら命は無い。大人しく肉切り包丁で切り付けられる方が、まだ生き残る可能性が高い。
しかし、勇者が肉屋に切られたとなると、俺の名誉にかかわる。まな板の上の肉の塊以下だと思われるのは、飛び級首席卒業の勇者として我慢ならない。
ニーアを引き摺りながらどうしたものかと考えていると、窓から見えていた遠くの山が動いた。
もぞもぞと動くお椀の形をした山に目を凝らすと、それは巨大な魔獣だった。遠くの山に重なるようにして、黒い体を震わせている。
10km以上離れているとはいえ、街からそれほど巨大な魔獣を見るのは初めてで俺は足を止めた。しかし、ニーアはちらりと目をやっただけで、構わず俺を引っ張っている。
「あれなら大丈夫です。通り道になっているだけのようで、大きな音を立てなければこちらに来ません。今頃、街に警告標示が出ているはずです」
魔獣が多いホーリアでは、大型魔獣の出現も珍しい事ではないらしく、ニーアは慣れた様子だった。
確かに、街を丸ごと飲み込めそうな大きさだが、その巨大さ故に小さなホーリアの街が目に入らないようで、黒い体をゆっくり揺らして山を乗り越えていた。
街が襲われる危険性は低いから、名声に飢えているフリーの勇者ならまだしも、街付きの勇者なら相当勤勉な奴以外は放置するだろう。
しかし、今ここで俺の勤勉さを示すには絶好のチャンス。
「よし、俺はあれを倒しに行く」
「ええぇ……あの、行くなら止めませんけど、説明会は?」
「ニーアは説明会を始めつつ、戦う俺に偶然気付いた感じで盛り上げてくれ」
「えぇ?!私は魔法剣士であって、イベント司会者じゃないんですけど……」
任せた、と言い残して俺は剣を抜いて窓から出た。
あの大きさの魔獣を倒せば、今後数ヶ月は何もしなくても勇者としての信用は維持されるはず。
本当に、勇者とは楽な仕事だ。
副市長にそう言うと、引き攣った顔で「一体何を企んでいるんだ!?」と叫ばれた。
まったく心外だ。俺は市民意見を取り入れてより良い勇者業を目指しているというのに。
そんなに俺に文句があるなら、ホーリアなど捨てて首都に帰ってしまっても俺は構わない。つまらない公務員に一生を捧げた前世の俺と違って、首席卒業の勇者の俺には、選ぶ仕事など掃いて捨てるほどあるのだから。
俺がそう言う前に、副市長はすぐに準備をします、といつもの卑屈な態度と薄ら笑いを残して姿を消した。
そうして、副市長が快く準備してくれたのは、メインストリートのすぐ裏の市民会館にある、定員500人のホールだ。俺とニーアだけでその人数を対応するのは面倒だが、少し顔を見せて名乗るだけだ。すぐに終わらせる。
普通は市民の方から挨拶に来るものだと聞いているのに、勇者自ら挨拶の場を設けるなんて。
俺の市民奉仕の精神を知ったら、きっとオグオンは感動のあまり泣いてしまうだろう。
+++++
「勇者様、人が集まって来ましたよ」
説明会開始寸前、ホールのロビーでニーアに後ろから声を掛けられて、俺は抱えていた子供を床に下ろした。
俺に悪態を吐きながら逃げていくガキ共を、ニーアは笑顔で見送っている。別に、俺は一緒に遊んでやった訳ではない。
勇者ならサインが欲しいとねだられて特別に書いてやったのに、観光客のガキが「アウビリスで書いて貰ったサインと違う!」「この勇者は偽物だ!」と騒ぎ出したから黙らせていた所だ。
勇者のサインが全員同じなわけあるか。大人が皆ガキに甘いと思うな。
俺は、ニーアの後ろからホールの扉の隙間を覗いて、中を窺った。並んだ椅子は殆ど埋まっていて、大して宣伝もしていないのに、皆勇者に興味津々らしい。
俺が正真正銘の勇者だと明らかにして、市の魔法剣士であるニーアと共に働いていることを伝える。
そうすれば、ニーアが都会の男に騙されているとか、弱みを握られて夜な夜な玩具にされているとか、俺にとっても失礼な噂は無くなり、問題は万事解決だ。
しかし、ニーアは扉の向こうの騒めきに怯えた様に身を縮こませて俺に囁いてきた。
「あの……ただ、皆さん、勇者様にあまり良い印象を持っていないので……」
「ああ、それで?」
「つまり……勇者様は、この街で嫌われていますので、厳しい意見が多く来るんじゃないかと思います」
「……」
もちろん知っている。
知ってはいるが、ニーアの口から改めて言われると、喉に小骨が引っかかった程度だが、傷付く。
特に俺を嫌っているのは、肉屋と鍛冶屋の主人だろう。
魔獣を倒した後に出る残骸、僅かな筋組織と金属質の骨は、地域によっては重要な資源になる。土地の習慣によって教会や墓場や魔術師や、引き取り先が異なるが、ホーリアを含めたウエスト地区の多くの街では、肉は美味しくいただかれているし、骨は加工して刃物や家具になっている。
最近、俺が魔獣を倒していないから、仕事の材料が手に入らないホーリアの肉屋と鍛冶屋は、長い夏休みを楽しんでいるはずだ。
現に、ホールの一番前の席に座っている肉屋の主人は嬉しくて仕方ないのか、ギラギラと殺意すら感じる瞳で壇上を睨み付けて微動だにしない。
「あと、肉屋の主人は、肉切り包丁を持ち込んでいたので、万一の時は気を付けてください」
「中止だ」
即座に背を向けてロビーを出て行こうとする俺の腕を、ニーアが掴んで止めた。しかし、俺はそのまま外を目指す。
「待ってください!お気持ちは分かりますが、そこを堪えて……!」
「中止。命かけてやる仕事じゃない」
「しかし、集まってしまったので、大人しく帰ってくれるとは思えません!」
勇者の俺が一般市民に負けるなど万一にも無いが、市民に向けて魔法を使うのは禁止されている。
だからといって剣を市民に向けると、相当の理由が無い限り、首都で行われる査問に呼び出されることになる。
俺はただでさえオグオンに睨まれているのに、査問なんぞに掛けられたのがバレたら命は無い。大人しく肉切り包丁で切り付けられる方が、まだ生き残る可能性が高い。
しかし、勇者が肉屋に切られたとなると、俺の名誉にかかわる。まな板の上の肉の塊以下だと思われるのは、飛び級首席卒業の勇者として我慢ならない。
ニーアを引き摺りながらどうしたものかと考えていると、窓から見えていた遠くの山が動いた。
もぞもぞと動くお椀の形をした山に目を凝らすと、それは巨大な魔獣だった。遠くの山に重なるようにして、黒い体を震わせている。
10km以上離れているとはいえ、街からそれほど巨大な魔獣を見るのは初めてで俺は足を止めた。しかし、ニーアはちらりと目をやっただけで、構わず俺を引っ張っている。
「あれなら大丈夫です。通り道になっているだけのようで、大きな音を立てなければこちらに来ません。今頃、街に警告標示が出ているはずです」
魔獣が多いホーリアでは、大型魔獣の出現も珍しい事ではないらしく、ニーアは慣れた様子だった。
確かに、街を丸ごと飲み込めそうな大きさだが、その巨大さ故に小さなホーリアの街が目に入らないようで、黒い体をゆっくり揺らして山を乗り越えていた。
街が襲われる危険性は低いから、名声に飢えているフリーの勇者ならまだしも、街付きの勇者なら相当勤勉な奴以外は放置するだろう。
しかし、今ここで俺の勤勉さを示すには絶好のチャンス。
「よし、俺はあれを倒しに行く」
「ええぇ……あの、行くなら止めませんけど、説明会は?」
「ニーアは説明会を始めつつ、戦う俺に偶然気付いた感じで盛り上げてくれ」
「えぇ?!私は魔法剣士であって、イベント司会者じゃないんですけど……」
任せた、と言い残して俺は剣を抜いて窓から出た。
あの大きさの魔獣を倒せば、今後数ヶ月は何もしなくても勇者としての信用は維持されるはず。
本当に、勇者とは楽な仕事だ。
0
お気に入りに追加
143
あなたにおすすめの小説
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・
性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。
狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。
街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。
彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)
逆ハーレムエンド? 現実を見て下さいませ
朝霞 花純@電子書籍化決定
恋愛
エリザベート・ラガルド公爵令嬢は溜息を吐く。
理由はとある男爵令嬢による逆ハーレム。
逆ハーレムのメンバーは彼女の婚約者のアレックス王太子殿下とその側近一同だ。
エリザベートは男爵令嬢に注意する為に逆ハーレムの元へ向かう。
幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない…
そんな中、夢の中の本を読むと、、、
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。
そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?!
しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...?
ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...?
不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。
拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
小説家になろう様でも公開しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる