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3.ただ一つの祝福を

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「よほど物分かりのいい王女様か、諦めの良い王女様か……それとも、レオナルド様のことを知っておられるのか」
 ジョルジュがイヴァンから聞いていた話の中に、リーゼロッテの普段の暮らしぶりもあった。このところは婚姻の準備に追われてばかりの彼女であったが、普段は街にも顔を出す見た目に反して行動的な王女だと耳にした。
 そして、レオナルド達がアカネース王国を訪れていたあの日も、リーゼロッテは街へ出掛けていたという。
「ジョルジュ、言いたいことがあるのでしたらはっきり仰ってはいかがです? 昨夜私を試すような真似はもうしないと言ったあの言葉は嘘だったのですか?」
 決して怒っている様子ではなかったが、リーゼロッテはこれ以上ジョルジュに腹の見えない会話を続けることを許さなかった。静かに波打つ彼女の言葉で、観念したようにジョルジュは肩を竦めてみせた。
「申し訳ありません。決して、試しているわけではないのです。言葉がはっきりしないのは私の性分にございまして」
「いいえ、普段でしたら構いません。腹の探り合いのような会話も、貴方のように私に敵意がないとわかっている方とでしたら楽しめることもありますから。ですが今日はこの後に式を控えている身ですから、ここで頭を働かせてしまうことはしたくありません」
「……リーゼロッテ様は随分と発言が過激になられましたね」
 彼女の発言はつまり、この先悪意をもって自分を陥れようとする人間が待つ城に足を踏み入れるのだから、そうでない人間相手に必要以上に頭を使いたくはないということになる。そして、少なくとも彼女はジョルジュを信用している。ジョルジュもリーゼロッテを認めているのだから、これ以上無駄な言い合いを続けることは止めにした。
「では、単刀直入に申し上げます。レオナルド様がアカネース国を訪れたあの日……お会いした娘というのはリーゼロッテ様ですね?」
 リーゼロッテは頷いた。彼女が抵抗なくこの婚姻を受け入れた理由を納得させるには十分過ぎるほどの穏やかな微笑みと共に。
「レオナルド様はお気付きになるでしょうか?」
「どうでしょうね……。あの方はあまり女性の顔に興味がありませんので。有力貴族の娘達くらいは顔を覚えておくように申し上げてはいるのですが、これが中々……」
 盛大な溜め息がジョルジュの口から溢れる。レオナルドが兄たちを蹴落としてまで王位を望んでいないことは知っているが、自身の身を守るためにも力ある貴族達の娘と懇意になるというのは有効になる。アカネース国から王女を迎えた今となっては意味のない話となるが。
「……私と共にレオナルド様に仕える仲間がアカネース国に潜入しておりまして、その者が言うには街でお会いした姿では髪の長さも化粧の雰囲気も違っていたので顔を合わせただけではお気付きにならないかもしれないと」
 この話をしてしまった以上、イヴァンの存在を伏せておくことはできない。密偵紛いの行為を悪びれる様子もなく口にして、ジョルジュは同時にリーゼロッテの様子を窺った。
 彼女はレオナルドが密偵を放っていたことには一切触れず、困った様子で片手を頬に当てる。
「それは残念ですね。それほどまでに違って見えるのでしょうか?」
「あとは我々レイノアール国の人間から見ると、まだ見慣れていないせいかアカネース国の人々の顔立ちの違いが分かりにくいのです。似たような顔に見えてしまうと言いますか……」
「確かに、私も最近まではあのお二人のお顔の区別が付きませんでした」
 リーゼロッテは頷き、小窓から微かに伺える騎士達の背中を手のひらで示した。隣国とはいえ、ほとんど国交のなかった二国間。それぞれ相手国の人間が同じような顔に見えてしまうのも仕方がない。
「仲間もアリアという名の侍女に会ったときに顔が違ったので気が付いた、と言っていました。リーゼロッテ様のお顔を見ただけではレオナルド様はお気付きになられないでしょう……」
「では、あの出会いは私の胸に思い出として秘めておくことにいたします」
「もし思い出していただきたい場合にはお申し付けください。毎晩レオナルド様の耳元で『あの娘の正体はリーゼロッテ様』と囁かせていただきますので」
 悪夢を見なければ良いのですが、と苦笑を浮かべ、リーゼロッテはまだ距離のある灰色の都市に視線を移した。馬の足ならば数時間もせずに辿り着くその場所に、待ち受けるものをまだリーゼロッテは知らなかった。
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