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【2】

23.これからも一緒にいよう

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「あ、ケーキまだ食べてない……」
「明日でいいだろ」
「でも、お腹空いちゃったんですよね」
 ベッドに横たわり、俺をじっと見つめた後、恭ちゃんは小さな溜め息と共に「食えば?」と一言溢した。
「恭ちゃんは?」
「オレは明日でいい」
 起き上がった俺に首を振る恭ちゃんをベッドに残し、テーブルの上のまだ残っている酒をいくつか抱えて冷蔵庫へと向かう。
 簡単な片付けをして、ケーキの箱を冷蔵庫から出す。面倒だからと皿に移さずにショートケーキのフィルムを剥がしていたら、それを見ていた恭ちゃんに笑われた。
「お前ってちゃんとして見えるのに、結構雑だよな」
「ひとり暮らしなんてそんなもんじゃないですか?」
 薄い敷き紙の上に乗せたケーキを持って戻れば、恭ちゃんはうつ伏せになって俺の方へと顔を向けている。
 指先で生クリームを掬って恭ちゃんの方に差し出してみれば、迷うことなくぱくっと食い付いた。
「ん、美味い」
「持ってきます?」
「いいって。もうそんなに食えない」
 穏やかに微笑む恭ちゃんから目が離せなくて、ぼーっとしていた俺に恭ちゃんはますますおかしそうに笑った。
 フォークを使わずに、大きく口を開けてケーキにかぶりつく。確かに雑だなと、俺も笑みが溢れてしまった。
「高瀬」
「へ?」
 唇の端に付いた生クリームを舐め取っていたら、ぽつりと零すように名前が呼ばれた。
 うつ伏せのまま枕を抱き締め、少し耳を赤くした恭ちゃんは自分の鞄を指差す。
「……クリスマスプレゼント。カバンに入ってるから食べたら出して」
「……! 俺も!」
 残りのケーキを急いで食べ終え、ばたばたと慌ただしく水道に向かい手を洗った。
 濡れた手をしっかりと拭き部屋に戻ると、引き出しの中にしまっておいたプレゼントと恭ちゃんの鞄を手に持ってベッドの縁へと腰を下ろした。
「先に俺の渡してもいいですか?」
「どっちからでもいい」
「じゃあお言葉に甘えて……」
 うつ伏せのまま、上体だけ起こしてこちらを見上げる恭ちゃんの前でプレゼントの包みを開ける。
「アクセサリー?」
「はい、俺とお揃いです」
 俺の言葉に目を丸くした恭ちゃんは、気恥ずかしそうに目を伏せる。
 その仕草も愛しく思えて、俺は恭ちゃんの髪に耳を掛けるとイヤリングを耳たぶへとつけた。
 控えめなシルバーのイヤリング。あまり派手ではないから仕事にも付けていけるだろう。
 片方はケースの中に入れたまま、恭ちゃんへと手渡した。恭ちゃんは指先で耳を飾るイヤリングを撫で、顔を上げると首を傾げた。
「高瀬の趣味にしては大人しめだな」
「恭ちゃんが付けやすいのにしたくて。あんまりゴツいと普段使いしにくいでしょ?」
「まぁな。……どう? 似合う?」
「似合ってます!」
 良かった、と恭ちゃんは小さく微笑むとイヤリングを外してケースの中へと戻してしまった。
「たくさん使う。ありがとな」
「はい! 俺も同じの付けますから」
 頷く俺を見上げて微笑む恭ちゃんの姿に胸がいっぱいになる。
 今まではお揃いの良さがあまりわかっていなかった。
 自分の好きなものを身に着けるのが一番で、たまたま趣味が合うならいいけど、無理に趣味でないものを身に着ける必要なんてないんじゃないかって。
 でも、そういうことじゃないんだって恭ちゃんといるとわかる。
「……恭ちゃん、俺のこと好きになってくれてありがとうございます」
「なんだよ、いきなり」
「だって、俺、今凄く幸せなんです」
 誰かを本気で好きになるなんて、自分には縁のない話だと思っていた。
 そんなことない。俺にも身近な世界の話なんだと、恭ちゃんは教えてくれた。
「高瀬、おいで」
「え?」
 恭ちゃんはベッドに仰向けに寝転ぶと、俺へと両腕を広げた。何をしようとしてるかはわかるけど、何を考えているのかはわからなくて、おずおずと恭ちゃんの胸の中へと飛び込めば、恭ちゃんは俺の頭を抱き抱えて強く抱き締めてくれた。
「感謝してんのはオレも同じ。お前がめげずにオレに向き合ってくれたから、今までのことも過去にできた」
「恭ちゃん……」
「オレは笑ってる高瀬が好きで、色んなヤツに好かれてる高瀬が好きだ。だからさ、堂々としてろよ」
 背中を撫でる優しい手のひら。恭ちゃんはずっと、そのままの俺を愛してくれていた。
 だけど、俺だって恭ちゃんのことが好きだから、少しずつでも変わっていきたい。
 ちょっと趣味の合わないピアスをしてみたり、少しだけ友達との時間を恋人に割いてみたりする。そういう自分を、悪くないなと思えるから。
「恭ちゃんも、俺にあんまり我慢しないで下さいね。……俺は恭ちゃんのちょっと面倒臭いとこも好きだなって思ってるんですから」
「……面倒臭いって思ってるんだな」
 恭ちゃんは溜息混じりに笑ってみせる。カッコつけなくてもいいんだな、と溢した声に俺もはっきりと頷いた。
「オレも安心した。……これ、プレゼント」
 背中に堅いものが押し付けられる。いつのまにか枕元の鞄から取り出していたようで、俺は包みを手に取ると体を起こした。
「開けて良いですか?」
「ん」
 頷いた恭ちゃんの落ち着かない視線に、つい頬が緩んでしまった。後で綺麗に戻せるように、包みの一つ一つを丁寧に剥がしていく。恭ちゃんも起き上がり、その様子をじっと見つめていた。
 手のひらほどの箱の中には、革製のキーケースが入っていた。
「わ……格好良い! こういう長く使えるもの買いたいって思ってたんですよね」
「定期入れにもなるから社会人になってからも使えるだろ。大事にしてくれよ」
「はい!」
 革製品でブランド物のキーケースが、決して安いものではないことくらい俺にもわかる。
 値段の話をするのは野暮だから言わないけれど、俺にそれだけのものを贈りたいと思ってくれたその気持ちが嬉しくて、隣の恭ちゃんの体をぎゅっと抱き締めた。
「そんなに嬉しかったのか?」
「恭ちゃんに愛されてるなって感じられるのが嬉しいんです」
 そっか、と少し恥ずかしそうに溢した恭ちゃんは俺の背中を軽く撫でてくれた。
「あのさ、高瀬」
「はい」
「大学卒業したら、一緒に住まないか?」
 予想していなかった恭ちゃんからの提案に、一瞬頭の中が真っ白になる。
 抱き締めていた体を離して恭ちゃんと向き合えば、恭ちゃんは頬を真っ赤にして目を伏せていた。
「ここしばらくお前と離れてみて……平気な顔してたけど本当は寂しくて仕方なかった。オレは高瀬みたいに素直じゃないから、寂しい時に我慢するだろうし、それが原因で変な空気になってもイヤだなって思って」
 目を合わせられないまま、恭ちゃんは両手で俺の手を取った。
「オレ、そんなにカッコよくなんてない」
「恭ちゃん……」
「それに、そんなに大人じゃない。余裕だって、全然無い。だから出来るだけ側にいたいんだよ」
 恭ちゃんの指先に力が込められる。頼りなく震える指先を握り返せば、恭ちゃんは恐る恐るといった様子で顔を上げて、俺の目を見つめた。
「高瀬はオレと会えなくて淋しくなかったか?」
 突然の提案に驚いてしまって答えが出せずにいた俺だったけど、恭ちゃんのその言葉を聞いた瞬間に最初から答えなんて一つしかなかったことに気付く。
「俺も、恭ちゃんともっと一緒にいたいです! だって、会いたくて仕方なかった!」
「……良かった。同じだな」
 はにかむ笑顔が愛しい。手を繋いだまま恭ちゃんの唇を塞げば、恭ちゃんは抵抗することなく目を閉じて、俺へと体を委ねてくれた。
「とりあえず、お前の就職が決まったらお互いの職場との距離見て物件探そうぜ。まだ時間もあるし、ゆっくり相談して決めていこう」
「はい……!」
 離れているこの瞬間すらも惜しく思えて、再び恭ちゃんへと軽いキスをすれば、恭ちゃんはおかしそうに笑っていた。
「実は、断られたらどうしようって思ってた」
「断られると思ってたんですか?」
「そうじゃないけど。ただ、高瀬が誰かと同棲するってのが想像できなかったから」
 恭ちゃんの言葉には、俺もなんだか納得してしまった。確かに、今までの俺だったら考えもしなかったと思う。
「俺が変わったのは、恭ちゃんのお陰ですよ」
 恭ちゃんの頬に掛かる髪を指先で払い、赤く染まった頬に唇を寄せる。
「俺は、恭ちゃんのことを好きな俺のこと、悪くないなって思ってます」
「なら、いいけど」
 俺らしくないなと思うこともあるけれど、そういう一面もあるってことだ。
 それを恭ちゃんは教えてくれた。
 恋なんて出来ないと思っていた俺に、そんなことないと教えてくれたんだ。
「恭ちゃん、来年も再来年も、ずっと一緒にいて下さいね」
 貰ったキーケースに、新しい鍵を入れて過ごす未来が待ち遠しい。
「当たり前だろ。まずは就活終わらせろよ」
「はい。でもとりあえず年内はまだのんびりなので……」
 恭ちゃんの体をベッドへと押し倒せば、恭ちゃんは拒むことなく俺の頬を撫でた。
「年末年始はゆっくり過ごそうぜ……って言っても、オレはまだちょっと仕事あるけどさ」
「でも、明日はお休みですもんね?」
 そっと恭ちゃんの腹を服の上から撫でる。お互いにどこまでいけば満足できるかなんてわからないまま、絡んだ視線に引き寄せられるように口付けをした。
 いっそのこともう恭ちゃんが立てなくなるほどに抱き潰してしまいたい。そんな想いが頭をよぎり、知らない自分の一面に驚きながら恭ちゃんの服に手を掛けた。
「好きです」
 目が合えば、当たり前のように零れ落ちる言葉。
 オレも、と笑った唇を塞ぐ。
 来年のクリスマスには、もう一緒に暮らせているんだろうか。そんな気の早いことを考えていた。

終わり
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