上 下
8 / 51
【1】

8.もしかしたらと期待をしていた

しおりを挟む

 冷静になってみたら、まだ年下の学生相手に何やってんだって話だよな。高瀬にはもっと似合う女の子がいるはずで、いくら気まぐれだとしてもオレなんか相手してるなんて時間の無駄でしかないだろ。
「……あ、マグカップ」
 手提げ袋の中に入ったセットのマグカップ。持ったまま、別れてしまった。
 今度会ったとき、高瀬が欲しいって言うなら渡せばいいか。どうせ、定食屋に行けば会えるんだし。
 進む足が、重い。
 自然とこぼれる溜め息を無視することは難しかった。
 高瀬に対して、恋愛感情を抱いていたわけではなかった。
 初めて陸人さんの定食屋で高瀬を見たときも、優等生顔なのに耳に空いたピアスの穴の数にぎょっとしたことを覚えている。オレとは正反対のタイプだろうなと、ぼんやり思った。
『あ、そのステッカー知ってる! 俺の地元のゆるキャラなんですよね!』
 だけど唐揚げ定食を運んできた高瀬は、オレのスマホケースに貼ってあった地元のゆるキャラのステッカーを指差して嬉しそうに笑っていた。
 その日は客も多くてそれだけだったけど、次に店に行った時に高瀬は待ち構えていたかのようにオレの元へとやって来て出身がどこなのかを聞いてきた。
 地元が同じで、しかも通っていた小学校も同じだったことも判明し、高瀬が『それなら俺の先輩ですね!』と言い出したことから奇妙な関係は続いている。
 高瀬のことを、そういう目で見たことは今までもない。だけど、人間として好きなヤツだったことは確かだった。
 だから、一緒に出掛けることを楽しみに思うオレがいたんだ。
「バカだな、オレ」
 そんな好きが一緒にいるうちに恋愛感情に変わっていけばいいのにと期待していたオレがいたことに、今ようやく気が付いてしまった。
 あの時、オレがゲイだってことがバレずに済んでいたら、こんな風に近付くこともなかったんだろう。
 今まで通りの距離感で、高瀬が大学を卒業してバイトを辞めるまで、可愛がってる同郷のヤツとして仲良くやっていられたんだろうか。
 沈んでいく気持ちと一緒に、重たくなっていく足。賑やかな商業施設の中、オレはどこまでも独りだった。
「恭ちゃん!」
 バタバタと足音が近付いてきたと思ったら、手提げを持っていなかった方の腕を強い力で引っ張られた。
 オレのことをそんな風に呼ぶヤツなんて一人しかいない。
 振り返れば、今にも泣き出しそうな顔をした高瀬が息を切らしてそこに立っていた。
「良かった……!」
「高瀬? なんで……」
「そっちこそなんで俺のこと置いてこうとするんですか!」
 思いの外大きな声が出てしまい、高瀬は慌てて片手で自分の口元を隠す。
 周りを歩いていた人たちの視線も集中したけど、それも一瞬のことで、すぐに人の波はオレたちから興味を失い流れていった。
「……ちょっと、こっち来い」
 人混みを抜けて、階段の方へと移動する。みんなエレベーターを使うからか、階段付近は休日なのが嘘のようにしんと静まり返っていた。
 見慣れた笑顔を引っ込めて、捨てられた子犬のように肩を落としている高瀬。なんて声を掛けて良いかわからず、オレは高瀬の肩をそっと叩いた。
「そんなにオレに気遣わなくていいんだからな」
 高瀬は大きく首を横に振った。
 そんな頼りない姿を目にするのは初めてで、オレは少し迷ってから、高瀬の肩をゆっくりと撫でる。
「……ホテル、行きましょう」
「はぁ?」
「だって、そしたらヤれるでしょう?」
 いきなりなんなんだ。困惑の声を上げたオレに対して、高瀬は思いの外真剣な眼差しをオレへと向けていた。
 どうしていいか、わからない。高瀬の顔にはそう書いててある。
 戸惑っているのは、お互い様だった。
「あのさ、高瀬。お前、オレとセックスがしたいの? それとも、他になんかオレに構う理由がある?」
「それは……」
「オレさ、お前のこと遊び人だとは思ってるけど、自分からガツガツ行くタイプじゃないとも思ってるよ。今のお前、ちょっとおかしいだろ?」
 オレの言葉には答えず、高瀬は控えめな手つきでオレの上着の裾を掴んだ。
 何を考えているかはわからないけど、それが離れたくないという意思表示なのは確かだったから、オレは小さく溜め息を零すと高瀬の手首を掴んだ。
「こんなとこで話すことじゃないな。……一旦、うち来い」
「え?」
「言っとくけど、何にもしないからな! 話するだけ!」
 この誘いに、下心なんてものは一ミリもない。
 途方に暮れた顔をした高瀬のことを、放り出すなんて出来るわけがなかったんだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界でイケメン騎士団長さんに優しく見守られながらケーキ屋さんやってます

波木真帆
BL
第10回BL小説大賞 奨励賞をいただきました! 投票&応援してくださった皆様、ありがとうございます。 これを励みにこれからもまた頑張っていきます♡ <本編完結しました> 僕は美坂聖。22歳の大学生で絶賛就活中。 ずっと行きたいと願っていた会社の最終面接に向かう途中に運悪く事故に遭い、僕は死んだ……と思った。 ところが、目を覚ました僕がいたのは、ランジュルス王国シェーベリー公爵家の森の中。 これってもしかして異世界転移?? 異世界にやって来て身寄りもない僕に公爵家の家令さんが優しく助けてくれて公爵さまの持ち物である小さな家でお店を出させてもらうことに。 慣れない僕のためにランジュルス王国騎士団の団長さんがいろいろと手助けしてくれて……。 騎士団団長と異世界転移しちゃった大学生のラブラブハッピーエンド小説です。 R18には※付けます。 ※6月11日本編完結しました。 これからは思いつくままにリクエストいただいたお話を書いていこうと思っています。

巻き戻り令息の脱・悪役計画

日村透
BL
※本編完結済。現在は番外後日談を連載中。 日本人男性だった『俺』は、目覚めたら赤い髪の美少年になっていた。 記憶を辿り、どうやらこれは乙女ゲームのキャラクターの子供時代だと気付く。 それも、自分が仕事で製作に関わっていたゲームの、個人的な不憫ランキングナンバー1に輝いていた悪役令息オルフェオ=ロッソだ。  しかしこの悪役、本当に悪だったのか? なんか違わない?  巻き戻って明らかになる真実に『俺』は激怒する。 表に出なかった裏設定の記憶を駆使し、ヒロインと元凶から何もかもを奪うべく、生まれ変わったオルフェオの脱・悪役計画が始まった。

君とつくる愛のかたち

うしお
BL
淡地一道と海濃泰生は、飲み会をきっかけに交際をはじめたゲイとノンケのカップル。 同棲してからそろそろ五年。最近、アイツの様子がおかしい。 もしかして、やっぱりアイツは女の子の方がいいんだろうか。 そう思いはじめた一道は心を決め、泰生に最近なにかあったのか、と問いかける。 しかし、泰生から返ってきた答えは、一道を困惑させるものだった。 試験的にキス以上の行為があるお話には、※マークをつけています。

3人の弟に逆らえない

ポメ
BL
優秀な3つ子に調教される兄の話です。 主人公:高校2年生の瑠璃 長男の嵐は活発な性格で運動神経抜群のワイルド男子。 次男の健二は大人しい性格で勉学が得意の清楚系王子。 三男の翔斗は無口だが機械に強く、研究オタクっぽい。黒髪で少し地味だがメガネを取ると意外とかっこいい? 3人とも高身長でルックスが良いと学校ではモテまくっている。 しかし、同時に超がつくブラコンとも言われているとか? そんな3つ子に溺愛される瑠璃の話。 調教・お仕置き・近親相姦が苦手な方はご注意くださいm(_ _)m

バイト先のお客さんに電車で痴漢され続けてたDDの話

ルシーアンナ
BL
イケメンなのに痴漢常習な攻めと、戸惑いながらも無抵抗な受け。 大学生×大学生

一夜明けたら性生活が一変してた

貴林
BL
朝目覚めると、隣に男が・・・ 昨日とは異なる日常が始まる。 男と男のHな絡み合い。

アビス ~底なしの闇~

アキナヌカ
BL
アビスという骸骨に皮をはりつけたような食人種がいた、そして彼らを倒すものをアビスハンターと呼んだ。俺はロンというアビスハンターで、その子が十歳の時に訳があって引き取った男の子から熱烈に求愛されている!? それは男の子が立派な男になっても変わらなくて!! 番外編10歳の初恋 https://www.alphapolis.co.jp/novel/400024258/778863121 番外編 薔薇の花束 https://www.alphapolis.co.jp/novel/400024258/906865660 番外編マゾの最強の命令 https://www.alphapolis.co.jp/novel/400024258/615866352 ★★★このお話はBLです、ロン×オウガです★★★ 小説家になろう、pixiv、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、fujossyにも掲載しています。

余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない

上総啓
BL
ある日トラックに轢かれて死んだ成瀬は、前世のめり込んでいたBLゲームの悪役令息フェリアルに転生した。 フェリアルはゲーム内の悪役として15歳で断罪される運命。 前世で周囲からの愛情に恵まれなかった成瀬は、今世でも誰にも愛されない事実に絶望し、転生直後にゲーム通りの人生を受け入れようと諦観する。 声すら発さず、家族に対しても無反応を貫き人形のように接するフェリアル。そんなフェリアルに周囲の過保護と溺愛は予想外に増していき、いつの間にかゲームのシナリオとズレた展開が巻き起こっていく。 気付けば兄達は勿論、妖艶な魔塔主や最恐の暗殺者、次期大公に皇太子…ゲームの攻略対象者達がフェリアルに執着するようになり…――? 周囲の愛に疎い悪役令息の無自覚総愛されライフ。 ※最終的に固定カプ

処理中です...