上 下
4 / 51
【1】

4.俺とデートしましょう

しおりを挟む

「初めて会ったときはまだ髪も染めてなくてね~。あんな派手な子じゃなかったのよ」
「その時の恭ちゃん先輩見てみたいです!」
 うわ、マジでいる。
 金曜の夜、仕事帰りにいつものようにショーコママのバーへと立ち寄れば、既に出来上がった様子の高瀬がカウンターでママと盛り上がっていた。
 いつも誰かしらがいて賑やかな雰囲気のバーだから、高瀬もすっかり馴染んでしまっている。嫌だなぁと思いながらも、オレは空いていた高瀬と隣へと腰を下ろした。
「オレがいないときに人の話してんなよ」
「じゃあ、恭ちゃん先輩が直接教えてくださいよ」
 臆することなく笑顔を返してくる高瀬にイエスもノーも答えられないオレは、苦い顔のまま目の前に出されたグラスに手を伸ばした。毎回同じものを頼んでいたから、注文しなくてもママは一杯目を用意してくれる。お気に入りのカカオフィズだ。これは、初めてこのバーを訪れた時から変わらない。
「恭ちゃん先輩何飲むんですか? 甘いのですか?」
「何でもいいだろ……」
「ハルちゃん、キョーイチが甘いの好きって知ってるのね~」
「一緒に飲みいきますもんね」
 にこにこと嬉しそうな笑顔を向けられ、オレは渋々頷きながらグラスを傾けた。酒の強さは違うが好みは似ていたから、良い店を見つけてオレから誘ったこともあれば、高瀬が誘ってきたこともある。
 面倒なことになったと思ってはいるが、オレは決して高瀬を嫌っているわけでも鬱陶しいと思っているわけでもなかった。
「お前はまた強い酒飲んでんだろ?」
「へへ。恭ちゃん先輩のお気に入りなだけあって、甘いお酒美味しくていいですね」
「だろ? 絶対高瀬はママの作るカクテル好きだと思ったんだよな」
 ゲイバーだから、誘えなかったんだけど。
 オレは指先で堅いアーモンドを転がしながら高瀬の様子を窺う。高瀬はいつもと変わらぬ調子で、残り少ないグラスの中身を飲み干すと「さっきと同じので」と浮かれた笑顔で注文していた。
「……なぁ、高瀬」
「ん?」
「お前、本当に気にしてないの?」
 高瀬は首を傾げると、オレの前の小皿からカシューナッツを一つ掴み、ぱくっと食べてしまった。人のもんを取るなと高瀬の手の甲をつねってやれば、高瀬は楽しそうに笑いながら気持ちのこもってない謝罪の言葉を口にする。
「俺は別に、恭ちゃん先輩がゲイだからとか、そうじゃないからとか、そういう理由で仲良くなりたいって思ったんじゃないですよ」
「そりゃそうだけど……普通は引くだろ」
「そんなこと言ったら、そっちだって俺が彼女でもない子とホテル入ったの見たのに引かなかったじゃないですか」
「一応引きはしたけどな。……まぁ、でも、それが理由でお前との縁切ろうとは思わなかった」
「俺も同じですよ。びっくりはしましたけど、それだけです」
 高瀬は再び、小皿の中から今度はマカダミアナッツを掴み取る。数が少ないやつばっかり取っていきやがって、と文句を言おうと口を開けば、丸みを帯びたナッツが唇へと押し当てられた。
「恭ちゃん先輩と飲むの、俺好きですよ」
 唇の感触とは全然違う、堅いナッツ。高瀬の指先がオレの唇に触れることはなかったのに、堅さの向こう側に指先の熱を感じた気がした。
「だから、先輩としてみたいな~って思うんです」
「……しつこい」
 へらっと気の抜けた笑みを浮かべた高瀬は、新しいグラスに手を伸ばす。その横顔は、セックスを迫っているくせに下心が感じられなくて、真意の見えなさにため息が溢れてしまった。
「お前がモテるの、わかる気がする」
「え? なんですか急に」
「いやらしさっていうの? そういうのが感じられないんだよなぁ」
 恋人探しをしていると、どうしたってそういう行為を切り離して考えるのは難しい。オレだって出来るならしたいと思っているけど、そういう目でばかり見られるのはあまり良い気がしない。
 高瀬の耳に光っているピアスが、店内の淡いライトに反射している。今日は三つ。どれもシルバーのいかつめなヤツだった。
「こんなに遊んでそうな格好してて、無害そうな顔してんのズルいだろ」
「それなら恭ちゃん先輩だって、遊び人みたいな見た目なのにガード堅いってギャップ反則ですよ」
 誘ったらすぐオーケーすると思ったのに。そう溢した高瀬は、ピアスを一つ一つ外していく。
 高瀬の伏せられた睫毛が頬に影を落とす。きっとコイツは行為の時にも同じように相手を抱くための準備をするんだろう。余計な物を取っ払っていく高瀬のことを、女たちはどんな目で見ているんだろう。
 当たり前に抱かれる女たちのことが、少しだけ、羨ましいなと思ってしまう。
「……俺、恭ちゃん先輩のこと全然知らなかったんですね」
「え?」
 カウンターの上に、鈍い音を立ててピアスが三つ転がった。高瀬は体ごとオレの方を向くと、やっぱり下心なんて一ミリもない楽しそうな顔で微笑んだ。
「ね、先輩。俺とデートしましょ?」
「……デート?」
「そ、デートです。明日休みですよね?」
「休みだけど……明日?」
 金曜の夜なのだから、明日が土曜日でデートには適していることくらいは考えなくてもわかる。でも、いきなりデートに誘われたことは何一つ高瀬の考えが理解できなくて首を傾げてしまった。
「俺は仲良い相手とならご飯行くのもセックスするのも楽しいって思ってるんですけど、恭ちゃん先輩はそうじゃないみたいですし、だったらもう少し一緒に過ごす時間を増やしてお互いの考えを理解していくのもいいかなって思うんですよ」
「一緒に出掛けるのは別にいいけどさ……デートって……」
 俺も別に高瀬のことを嫌っているわけじゃない。
 一緒に飲みにいくくらいには気に入ってるヤツでもあるから、どこかに出掛けるのは構わなかった。高瀬は嬉しそうに目を細めると、スマホを取り出して何かやりたいことはないかとオレの方へと距離を詰める。
 肩が触れ、高瀬のスマホを二人で覗き込む。それでも、変に意識をしないで済むのはコイツの雰囲気のお陰なんだろう。
「いつも飲みに行ってばっかだから違うことしたいです。恭ちゃん先輩はなんかしたいことありますか?」
「んー……お前となら別になんでも楽しそうだけどな」
「じゃあ俺が決めちゃおっかな……いかにもなデートスポット行ってみます?」
「いかにもって……プラネタリウムとか?」
「お、いいですね!」
 近くのプラネタリウムは~と高瀬が鼻唄混じりに検索を始めたから、オレは任せて目の前のグラスに視線を移した。
 まだ少し残っていたけれど、高瀬のグラスがもうほとんど空だったから、残りを飲み干し空いたカウンター席を拭いていたママへと声を掛ける。
「あら、早いわね。次何飲む?」
「んー……高瀬と同じのは止めた方がいい?」
「止めときなさい。アレキサンダーよそれ。似たような感じで度数低めの作ってあげるわよ」
 名前を言われても強さがピンと来ない。でも、ママが止めるならその通りなんだろう。オレは素直に頷くと、小さめのチーズピザを追加で頼んだ。高瀬の分もママのオススメで作ってくれるって言うからお願いした。
「こことかどうですか?」
「これってカップル用だろ?」
 スマホの画面に表示されていたのは二人で寝転びながらプラネタリウムを見れるシートだった。
 女性二人ならまだしも、成人男性二人はさすがに浮くだろ。
 嫌な顔をしたオレの顔を覗き込んだ高瀬は、平気だと笑ってみせた。
「二人用ですよ。カップルも友達も家族でもオーケーですって」
「……周りからどう見られるかとか気にしないわけ?」
「俺は別に。だって寝転んでプラネタリウム見れたら気持ち良さそうじゃないですか?」
 じっと見つめられ、オレは言葉に迷ってしまう。
 確かにふかふかのシートに寝転んでプラネタリウムを見れたら日頃の疲れも取れそうだ。そういうものがあるって知ったときに、いいなって思ったことだってある。
 一緒に行く相手なんていないから、オレには縁のないものだろう。
 そう決めつけていたのは、オレ自身だ。でも、高瀬はそうじゃないと笑う。
「二人用シート、明日まだ取れる回ありますよ?」
 どうします、と首を傾げた高瀬に、オレは少しだけ悩んでから頷いた。
 別に高瀬とどうこうなりたいとか、期待してるとかじゃない。
 ただ、高瀬のこの価値観にもうちょっと触れてみたいと思ってしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界でイケメン騎士団長さんに優しく見守られながらケーキ屋さんやってます

波木真帆
BL
第10回BL小説大賞 奨励賞をいただきました! 投票&応援してくださった皆様、ありがとうございます。 これを励みにこれからもまた頑張っていきます♡ <本編完結しました> 僕は美坂聖。22歳の大学生で絶賛就活中。 ずっと行きたいと願っていた会社の最終面接に向かう途中に運悪く事故に遭い、僕は死んだ……と思った。 ところが、目を覚ました僕がいたのは、ランジュルス王国シェーベリー公爵家の森の中。 これってもしかして異世界転移?? 異世界にやって来て身寄りもない僕に公爵家の家令さんが優しく助けてくれて公爵さまの持ち物である小さな家でお店を出させてもらうことに。 慣れない僕のためにランジュルス王国騎士団の団長さんがいろいろと手助けしてくれて……。 騎士団団長と異世界転移しちゃった大学生のラブラブハッピーエンド小説です。 R18には※付けます。 ※6月11日本編完結しました。 これからは思いつくままにリクエストいただいたお話を書いていこうと思っています。

巻き戻り令息の脱・悪役計画

日村透
BL
※本編完結済。現在は番外後日談を連載中。 日本人男性だった『俺』は、目覚めたら赤い髪の美少年になっていた。 記憶を辿り、どうやらこれは乙女ゲームのキャラクターの子供時代だと気付く。 それも、自分が仕事で製作に関わっていたゲームの、個人的な不憫ランキングナンバー1に輝いていた悪役令息オルフェオ=ロッソだ。  しかしこの悪役、本当に悪だったのか? なんか違わない?  巻き戻って明らかになる真実に『俺』は激怒する。 表に出なかった裏設定の記憶を駆使し、ヒロインと元凶から何もかもを奪うべく、生まれ変わったオルフェオの脱・悪役計画が始まった。

君とつくる愛のかたち

うしお
BL
淡地一道と海濃泰生は、飲み会をきっかけに交際をはじめたゲイとノンケのカップル。 同棲してからそろそろ五年。最近、アイツの様子がおかしい。 もしかして、やっぱりアイツは女の子の方がいいんだろうか。 そう思いはじめた一道は心を決め、泰生に最近なにかあったのか、と問いかける。 しかし、泰生から返ってきた答えは、一道を困惑させるものだった。 試験的にキス以上の行為があるお話には、※マークをつけています。

3人の弟に逆らえない

ポメ
BL
優秀な3つ子に調教される兄の話です。 主人公:高校2年生の瑠璃 長男の嵐は活発な性格で運動神経抜群のワイルド男子。 次男の健二は大人しい性格で勉学が得意の清楚系王子。 三男の翔斗は無口だが機械に強く、研究オタクっぽい。黒髪で少し地味だがメガネを取ると意外とかっこいい? 3人とも高身長でルックスが良いと学校ではモテまくっている。 しかし、同時に超がつくブラコンとも言われているとか? そんな3つ子に溺愛される瑠璃の話。 調教・お仕置き・近親相姦が苦手な方はご注意くださいm(_ _)m

バイト先のお客さんに電車で痴漢され続けてたDDの話

ルシーアンナ
BL
イケメンなのに痴漢常習な攻めと、戸惑いながらも無抵抗な受け。 大学生×大学生

一夜明けたら性生活が一変してた

貴林
BL
朝目覚めると、隣に男が・・・ 昨日とは異なる日常が始まる。 男と男のHな絡み合い。

アビス ~底なしの闇~

アキナヌカ
BL
アビスという骸骨に皮をはりつけたような食人種がいた、そして彼らを倒すものをアビスハンターと呼んだ。俺はロンというアビスハンターで、その子が十歳の時に訳があって引き取った男の子から熱烈に求愛されている!? それは男の子が立派な男になっても変わらなくて!! 番外編10歳の初恋 https://www.alphapolis.co.jp/novel/400024258/778863121 番外編 薔薇の花束 https://www.alphapolis.co.jp/novel/400024258/906865660 番外編マゾの最強の命令 https://www.alphapolis.co.jp/novel/400024258/615866352 ★★★このお話はBLです、ロン×オウガです★★★ 小説家になろう、pixiv、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、fujossyにも掲載しています。

余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない

上総啓
BL
ある日トラックに轢かれて死んだ成瀬は、前世のめり込んでいたBLゲームの悪役令息フェリアルに転生した。 フェリアルはゲーム内の悪役として15歳で断罪される運命。 前世で周囲からの愛情に恵まれなかった成瀬は、今世でも誰にも愛されない事実に絶望し、転生直後にゲーム通りの人生を受け入れようと諦観する。 声すら発さず、家族に対しても無反応を貫き人形のように接するフェリアル。そんなフェリアルに周囲の過保護と溺愛は予想外に増していき、いつの間にかゲームのシナリオとズレた展開が巻き起こっていく。 気付けば兄達は勿論、妖艶な魔塔主や最恐の暗殺者、次期大公に皇太子…ゲームの攻略対象者達がフェリアルに執着するようになり…――? 周囲の愛に疎い悪役令息の無自覚総愛されライフ。 ※最終的に固定カプ

処理中です...