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恋仲には遠く、家族よりも近い
しおりを挟む「……はぁ。わたくしは長男に産まれたかったです」
「でもバロンも色々大変そうだよ。最近は雑用ばかりみたいだ」
「それでも、バロンお兄様はわたくしのように周りから悪役だなんて陰口を言われることはないではありませんか」
「そもそもバロンは性格が良いから、悪役なんて言葉は似合わないけどね」
正妃との間に生まれた最初の男児を第一後継者とし、その直後に生まれた弟妹の第二子を偽婚約者とする。そう定められてから、王家の中だけの秘密として代々密かに続けられてきたこのしきたり。
多数の妾がいようが、自分が寵愛を得られなかろうが、正妃として正しく振る舞う娘を見付けるまでの間、殿下から相応しくない女性を遠ざけるのが役目。
例えば、美しいと評判のご令嬢をバルコニーから突き落とすために手すりのネジを緩めるような女性は問答無用で却下だ。
「本当に早くお相手を決めてください。殿下ももう十五歳ですよ。学園も今年が最高学年ではありませんか」
「そう思うと父上と母上はいいなぁ。母上は元々ティアナと同じで偽婚約者からそのまま本当に正妃になったからね」
「わたくしは絶対にあり得ませんからね」
わかっている、と殿下は微笑む。わかっているなら少しは正妃探しに本腰を入れてはもらえないものか。
「でもなぁ、ティアナのような女性が一番理想的なんだけどどこかにいないものかな」
「そんなもの、探せばいるでしょう。わたくしだって、努力を重ねた結果としてここまで完璧な令嬢になったのですから、誰でも努力次第でなれます」
「自分で完璧とか言っちゃうとこもティアナの長所だよね」
その爽やかな微笑みで、早く本当の妃を見つけてはくれないだろうか。いい加減、他の子達から憎しみと羨望と敵対心を均等に混ぜ合わせてぶちまけたような目を向けられるのは御免だった。
「私の妃が見つかった時にはティアナはどうするの?」
「病か事故かを理由にして、ティアナ・ウィニスという娘は亡くなったことにします。そしてわたくしは今まで体が弱くて表に出られなかったウィニス家の一人として生きていくだけです。どうぞご安心を」
先代からの決まり事だ。その辺りは陛下も協力くださり穏便に事が済むようにしていただけるらしい。
父から聞いた話だから詳しいところはわからないが、何度も代替わりを繰り返しているなかで未だに露見していないのだから今までも大きな問題はなかったのだろう。
穏やかな眼差しでこちらを見つめる殿下を一睨みし、何度目かわからぬ溜め息をわざとらしく吐き出した。そのようなことをしたところで、殿下は一切気になさらないと知っているけれど。
「ティアナは真面目だね」
「わたくしは普通です。殿下が自由すぎるだけです」
「その口調も、ここには私しかいないのだから崩しても良いんだよ?」
「どこに人の耳があるわかりませんから。さすがに会話の内容は聞こえないと思いますが、普段の口調で話しているところを誰かに聞かれるわけにはいかないでしょう」
ここが自室であればそうするが、この控えの間は祝宴の会場とも近い。誰が通りかかるかわかったものではない。
殿下は真面目だね、と他人事のように呟いた。一瞬だけ微笑む横顔が寂しそうに見えたのは、きっと見間違いなどではない。
穏やかな物腰と気さくな振る舞いから殿下は誤解されることも多いけれど、態度とは裏腹にご自身の立場をよく理解している御方だ。将来、多くの妾を持たねばならないことも、そのために正妃選びには慎重にならなければならないことも本当はわざわざ言う必要はない。
しかし、誰かが言わなければならないことだから、その役目は偽婚約者が負うのが相応しいだろう。
「……私のことを好きにならない賢いお嬢さんがどこかにいればいいんだけどね。そうすれば、妾がいようが気にしないだろう?」
殿下の仰る形が理想的であることはすぐに理解した。
しかし、同意することができない。そうだとしたら、殿下を想う人はどこにもいないではないか。
殿下には、殿下を心から慕う娘を正妃として迎え入れてほしい。多くの妾ごと殿下を愛してくれるような女性が現れる日を願っている。
昔、一度だけ殿下にそう告げたことがある。あの時、殿下は言葉にはしなかったけれど、微笑みの裏側に隠された諦めが見えてしまったから、二度と口に出せずにいる。
「ティアナ、そんな顔をしないで」
「そんな顔、なんてしていません」
自分がどんな顔をしているかなんて、自分自身が一番よくわかっている。
世界で一番優しい眼差しから、逃れるように目を逸らした。
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