ゾンビパウダー

ろぶすた

文字の大きさ
上 下
6 / 54
第一部 神殺しの陰謀 第一章 受肉

開発者としての決意

しおりを挟む
 部屋の中をうろうろとし、仮説を頭で整理していると、玄関のインターホンが再度鳴った。
 コンシェルジュが飲み物とその茶請けを持ってきてくれた様だ。

 「コンシェルジュさん、ありがとう。」
 「いえいえ、これが仕事ですから。」

 にこりと微笑み、部屋に入る前に襟を両手で正しい、白色の手袋を嵌め、ワゴンを部屋の中に運んできた。そして、テーブルにテーブルクロスを広げ、お茶会を始めるかの様に美しく、ティーカップ、お菓子、軽食が並べられた。

 「お嬢様、こちらを…。飲めば少し落ち着きますよ。」

 ふんわりとカモミールの香りが漂う紅茶にベリーなどの甘い果実がふんだんに入れられているティーポットが机に置かれた。そして、いつも思うことではあるがその人が必要なものを見抜く力が非常にこのコンシェルジュは優れている…、というよりか心を読めるのではないかと思うくらい鋭い。

 「あ、ありがとう…ございます。」

 コンシェルジュに勧められるがまま紅茶とお皿に取り分けられたお菓子をいただくとその女性は落ち着きを取り戻した。
 私はコンシェルジュさんに目で感謝を伝え、コンシェルジュは軽くお辞儀をしたのちに去っていった。泣いている女性のたしなめ方など生まれてこの方学んだこともなかった。根本的に、社会人になり女性が泣く状況に遭遇したことなどない…。

 「落ち着いたかな?」
 「すみません、取り乱してしまって。」
 「いや…今回の件は仕方がない。それだけの事だ。」

 この女性の気持ちを考えると、優しくかける言葉も見つからない。時々刻々と変わっていく母親…、そして誰もそのことに対して信用してもらえない。さらに言うと、この手の話は聞く人によっては倦厭されることが多い…、だれもホラー映画を本物とは思わない、そういうことだ…。取り合ってもらえるとすれば悪魔付きなどに寛容なエクソシストや陰陽師などに相談すべきであろうが…今それをうたっているのは胡散臭い輩ばかりだろう…。

 「お母さんがおかしくなったのは、発表会後で間違いないね?」
 「はい…。」
 「わかった…ここでお茶を飲んでいて少し時間をつぶしていてくれ。何ならこの部屋にあるもの好きに使っていいから。」

 私はおもむろにソファーを立ち上がり、携帯電話を触りながら窓際に移動した。
 日は落ち始め、これから逢魔時に変わろうと空が不気味な雰囲気を醸し出している。

 「あぁ、日出か?」
 「東雲さんどうしました?もしかして…。」
 「思い当たる節はある様だな。日出おまえ、ある女性に俺の家を話したか?」
 「やっぱりその件ですよね…。」
 「まぁ、そんな事はどうでもいい。発表会当日の映像用意できるか?」
 「用意はできますが…。あれ社長案件になっていて…。」

 社内でもゾンビパウダープロジェクトは一部の人間しか情報は開示されていなかった…、今もその様だ…。しかも社長案件となるとかなり一社員だと手が出しづらい。

 「それと、東雲さんはもう部外者なので…。」
 「おいおい、俺の家の個人情報流したお前が言うか?まぁ、そんな冗談は置いといて、仮説、あの受肉の話…正しそうだ…。」
 「まさか…、逢魔社長は問題ないって。」
 「情報統制だな…。事はもう起こってそうだ。」

 私の真剣な話に日出もどんどんと真剣な声色に変わってくる。

 「準備できそうか?」
 「何とかやってみます。東雲さん一人で大丈夫ですか?」
 「わからん…。でも、俺らが作った新薬で起こった事なんだ…誰かかがケツを拭かないと…。あと、ゾンビパウダー準備できるか?」
 「処方してもらうのは厳しそうですよね…流石に。わかりました、そちらもこっちで何とかします…。」
 「危険な橋を渡らせてすまない。」
 「何言っているんですか、二人で死後の世界を渡り歩いたじゃないですか。」

 何とも頼もしい、自身のアストラル体の一部を訳のわからない幽世の生物に食われてもすごい経験をしたと言い張りレポートをまとめていたことだけはある、根性がすわっている。
 私は携帯電話を切り、女性の元へ向かった。

 「あ、えーと。」
 「千暁です。田口千暁(たぐちちあき)です。」

 私がその女性に向かってなんて呼べば良いか分からずに、指で空を切っていたのを見かねてか名乗ってくれた。

 「田口さん、お母さんをここに連れて来る事は可能か?」
 「できると思います…。」
 「じゃあ、3日後ここに連れてきてくれ。それまでにこちらも準備を整えておく。」

 すっかりと落ち着きを取り戻した田口は私に感謝を述べて、ひたすら頭を下げていた。

 「すまない、俺らが作った薬でこんなことに巻き込んでしまって…。」
 「東雲さんが悪いわけじゃ無いのはわかっています…。本当にありがとうございます。」
 「申し訳ない…。」

 申し訳ない…そんな言葉しか出てこなかった…。
 私はコンシェルジュを呼び出し、田口をタクシーで送り届ける様にお願いした。そして、部屋に残されたアフタヌーンティーセットを見つめながら、これから起こりうる最悪の事態を想像してしまい、気落ちしたところに玄関のインターホンが鳴り響いた。

 「東雲様、お部屋の片付けに参りました。」
 「コンシェルジュさん、ありがとう。」
 「東雲様も悩まれている様ですね。この老骨が力になれる事があれば何なりと。」
 「コンシェルジュさんには助けられっぱなしだ。いつもありがとう。」

 コンシェルジュの温かい言葉で少しモヤモヤが晴れた様な気がした。

 「コンシェルジュさん、無理は承知なのだが、アストラル体の映像を映し出す機械とそれを録画できる装置、ベッド2台を用意できるか?」
 「かしこまりました。早急に手配いたします。」

 コンシェルジュはアフタヌーンティーセットをさっと片付け、軽くお辞儀をしたのちに部屋を後にした。
今日の出来事を整理しながら、熱いシャワーを浴びて布団に入った。そして、これから始まるであろうことを考えると、眠れぬ夜になってしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

やり直せるなら、貴方達とは関わらない。

いろまにもめと
BL
俺はレオベルト・エンフィア。 エンフィア侯爵家の長男であり、前世持ちだ。 俺は幼馴染のアラン・メロヴィングに惚れ込み、恋人でもないのにアランは俺の嫁だと言ってまわるというはずかしい事をし、最終的にアランと恋に落ちた王太子によって、アランに付きまとっていた俺は処刑された。 処刑の直前、俺は前世を思い出した。日本という国の一般サラリーマンだった頃を。そして、ここは前世有名だったBLゲームの世界と一致する事を。 こんな時に思い出しても遅せぇわ!と思い、どうかもう一度やり直せたら、貴族なんだから可愛い嫁さんと裕福にのんびり暮らしたい…! そう思った俺の願いは届いたのだ。 5歳の時の俺に戻ってきた…! 今度は絶対関わらない!

2度追放された転生元貴族 〜スキル《大喰らい》で美少女たちと幸せなスローライフを目指します〜

フユリカス
ファンタジー
「お前を追放する――」  貴族に転生したアルゼ・グラントは、実家のグラント家からも冒険者パーティーからも追放されてしまった。  それはアルゼの持つ《特殊スキル:大喰らい》というスキルが発動せず、無能という烙印を押されてしまったからだった。  しかし、実は《大喰らい》には『食べた魔物のスキルと経験値を獲得できる』という、とんでもない力を秘めていたのだった。  《大喰らい》からは《派生スキル:追い剥ぎ》も生まれ、スキルを奪う対象は魔物だけでなく人にまで広がり、アルゼは圧倒的な力をつけていく。  アルゼは奴隷商で出会った『メル』という少女と、スキルを駆使しながら最強へと成り上がっていくのだった。  スローライフという夢を目指して――。

獣神娘と山の民

蒼穹月
ファンタジー
都会の生活と人間関係に疲れ切った主人公が、異世界の獣神に転生をはたす。 人間社会に辟易していた主人公はこれ幸いと山の奥の奥に引きこもってスローライフを慣行する。 その後同じ思いを持つ人間が住み着き、村が出来た。 これはそんな獣神娘と山の民のある日の出来事をつづったお話。 気の向くままに癒しを求めて載せていきます。 なろうにも掲載しています。カクヨムも始めました。 主人公は老衰まで生きた前世持ち。野生児気質。 獣型と人型(耳と尻尾あり)あり。人型の見た目は小中学生位。本来は獣神としての年齢に比例する筈だが……? ※なお、三巳のする事は神だから出来る事なので、良い子の皆さんは決して真似をしないで下さい。 ※リリの過去話上げました。別作品『リリ王女の婚約破棄から始まる悲しい物語』です。良ければ見て貰えると嬉しいです。

指輪一つで買われた結婚。~問答無用で溺愛されてるが、身に覚えが無さすぎて怖い~

ぽんぽこ狸
恋愛
 婚約破棄をされて実家であるオリファント子爵邸に出戻った令嬢、シャロン。シャロンはオリファント子爵家のお荷物だと言われ屋敷で使用人として働かされていた。  朝から晩まで家事に追われる日々、薪一つ碌に買えない労働環境の中、耐え忍ぶように日々を過ごしていた。  しかしある時、転機が訪れる。屋敷を訪問した謎の男がシャロンを娶りたいと言い出して指輪一つでシャロンは売り払われるようにしてオリファント子爵邸を出た。  向かった先は婚約破棄をされて去ることになった王都で……彼はクロフォード公爵だと名乗ったのだった。  終盤に差し掛かってきたのでラストスパート頑張ります。ぜひ最後まで付き合ってくださるとうれしいです。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

料理の上手さを見込まれてモフモフ聖獣に育てられた俺は、剣も魔法も使えず、一人ではドラゴンくらいしか倒せないのに、聖女や剣聖たちから溺愛される

向原 行人
ファンタジー
母を早くに亡くし、男だらけの五人兄弟で家事の全てを任されていた長男の俺は、気付いたら異世界に転生していた。 アルフレッドという名の子供になっていたのだが、山奥に一人ぼっち。 普通に考えて、親に捨てられ死を待つだけという、とんでもないハードモード転生だったのだが、偶然通りかかった人の言葉を話す聖獣――白虎が現れ、俺を育ててくれた。 白虎は食べ物の獲り方を教えてくれたので、俺は前世で培った家事の腕を振るい、調理という形で恩を返す。 そんな毎日が十数年続き、俺がもうすぐ十六歳になるという所で、白虎からそろそろ人間の社会で生きる様にと言われてしまった。 剣も魔法も使えない俺は、少しだけ使える聖獣の力と家事能力しか取り柄が無いので、とりあえず異世界の定番である冒険者を目指す事に。 だが、この世界では職業学校を卒業しないと冒険者になれないのだとか。 おまけに聖獣の力を人前で使うと、恐れられて嫌われる……と。 俺は聖獣の力を使わずに、冒険者となる事が出来るのだろうか。 ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

聖なる二人のトリステス ~月明りの夜、君と~

榊原 梦子
ファンタジー
メルバーンの国で、魔法使いの家系に生まれた少女・シュザンヌ。彼女には、生まれつき、「トリステス」という魔法使いにのみ現れる短命の呪いがあった。17歳になった彼女は、22歳のハンスと、婚約するが、シュザンヌはそう長くは生きられないことは分かっていた。 そこで、シュザンヌとハンス、そしてシュザンヌの従兄でエリート魔法使いのクロード、ノエリア(シュザンヌの親友)、そしてカルロスというエルフと一緒に、一行はトリステスを治すための旅に出る。 やがて、一行は、作戦通り、「シュザンヌとクロードとノエリア」組と、「カルロスとハンス」組に分かれ、のちに旅の最後で合流する。 途中、実は禁術から生み出されたトリステスの力を利用しようとする、冥王ハデスの使い・メフィストフェレスなどがやってきたり、刺客の悪魔と戦ったりする。ユニコーンや、ドラゴンの力も借りる。 最後、クロードはエルフのカルロスから王笏座の加護を得、死霊の国で、メフィストフェレスと一騎打ちし、倒す。 最終的に、シュザンヌはエルフの血をわずかながらひいていたことが判明し、エルフ化によって、トリステスを良性のトリステスにしてもらい、彼女とハンスは、エルフとなってイブハールの国で永遠に結ばれる。 二人の幸せを見届け、クロードたちはイブハールを去る。 (「アデュー・トリステス」で語られる)

ひめさまはおうちにかえりたい

あかね
ファンタジー
政略結婚と言えど、これはない。帰ろう。とヴァージニアは決めた。故郷の兄に気に入らなかったら潰して帰ってこいと言われ嫁いだお姫様が、王冠を手にするまでのお話。(おうちにかえりたい編)

処理中です...