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或る騎士たちの恋愛事情(完結)
13話
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2週間後、パレシアにリカルドを含む負傷兵たちが帰還するという連絡を受け、その予定日、非番のノクスは寮の自室で本を読みながらリカルドの帰りを待っていた。
いつ帰ってくるかそればかりが気になって、本の内容は全く頭に入らず、同じページを何度も読み返していた。
「たっだいま~~~」
ドアが開き、明るいリカルドの声が部屋の中に響く。
ノクスが振り向いてみると左目には相変わらず包帯が巻かれていたが、大きな口を開けて笑うその様子は以前のリカルドのままだった。
本当は嬉しくてたまらなかったが、それを知られるのは恥ずかしかったので、ノクスは踊る気持ちを抑えていつものポーカーフェイスで迎える。
「うるさい、静かに入ってこれんのか」
「ちぇ、2週間ぶりだってのに冷てえの」
リカルドは口をとがらせながら担いでいた荷物を置いて自分のベットに腰掛ける。
ノクスは逸る気持ちを抑えつつリカルドに話しかけた。
「左目の具合はどうだ」
「ん?まあ、もうだいぶ痛みはなくなったし、体力もばっちり回復した」
「そうか」
「明日から俺も訓練に参加するよ」
「……大丈夫なのか?」
「まあ、しばらくは勝手が分からなくて不便するかもしれねえけど、慣れて行かねえとな」
「……私にできることがあれば、何でも言え。遠慮はいらん」
ぶっきらぼうな言い方だったが相変わらずかなり気にしている様子のノクスにリカルドは、ここは素直に頼った方が本人的には気が楽なのかもしれないなと思った。
「分かった。その時は頼むよ」
そう言って笑うとリカルドは靴を脱ぎごろりとベットに寝転ぶ。
「は~疲れた。ちょっと寝るわ」
目を閉じるとすぐにいびきをかいて寝始める。
60㎞近いの行軍を終えた直後とはいえ、以前であればけろりとしていたから、なんだかんだ言ってやはりまだ本調子ではなさそうだ。
強い男だから余計なお世話なのかもしれないが、これからは自分がこの男を支えてやりたい。
改めてノクスは強く思った。
翌日からリカルドは訓練に加わったが、やはり半分しか視界がないせいか、距離感を掴むのにかなり苦労している様子だった。以前だったら簡単に避けていた左からの攻撃も何度も受けていた。
上官もそんなリカルドの状態を察して何も言わなかったが、リカルドは、片目がなくとも他の騎士たちと同等の事ができなければ意味がないとがむしゃらに剣を振った。
早く元の感覚を取り戻したい。片目がない分人の2倍、3倍はやらなければ。リカルドは焦る気持ちを抑えつつ、訓練終了後も一人訓練所に残り剣を振っていた。
「おい、病み上がり。オーバーワークになるぞ」
左側から声が聞こえ、振り向くと汗拭き用のリネンが飛んでくる。
それをキャッチするとその先には不機嫌そうなノクスが腕を組んで立っていた。
「あ~、でも早く感覚を取り戻したくてな」
「その気持ちは分からんでもないが、体をしっかり休めるのも騎士の仕事の一つだぞ」
受け取ったリネンで汗を拭くリカルドにノクスが呆れたようにため息をつく。
リカルドは何かを思いついたようにハッと顔を上げる。
「そうだ、お前に頼みたいことがある」
「なんだ。なんでも言え」
頼られたことが嬉しくてノクスが乗り出して尋ねる。
「とにかく左側から打ち込んでくれないか。見えない分、感覚をつかみたい」
「はあ?そんなことできるわけないだろ!」
「自分のできることは何でもやるって言ってただろ?」
「……しかし……」
「頼む、お前にしか頼めない」
真剣な顔でリカルドがノクスを見つめる。
今のリカルドに左から打ち込めば、殆どの攻撃は当たることになるだろう。これ以上彼を傷つける事にノクスは躊躇する。
しかし、碌に頼ってこないリカルドの願いだ。ノクスはしばらく思案し口を開く。
「…………わかった。手加減はせんぞ」
「ああ、望むところだ」
リカルドがにやりと笑うとノクスは訓練所の隅に置いてある木剣を手にした。
それから訓練後、毎日のようにノクスとリカルドは手合わせをした。
手加減するのは相手に失礼だと思い、ノクスは本気で打ち込んだ。リカルドの左半身は傷だらけになり、打撲で体のあちこちが腫れあがった。しかし日数を重ねるにつれて、確実に避けられる回数も増えてきた。
完璧に避けられるようになったら、こいつはまた強くなるかもしれない。
ノクスはなんだか誇らしい気持ちになっていた。それに、この男の役に立てるのが嬉しかった。
そんな日々が1か月ほど経ったある日。
訓練が終わり、その日の午後は半休となっていた。
この1か月でリカルドはほぼ左側からの攻撃を避けられるようになり、最近では特訓を行うことも少なくなっていた。
それを少し寂しく思いつつも、すっかり以前のリカルドに戻ったようでノクスは嬉しかった。むしろ以前より五感が鋭くなったような気さえしていた。
今日もリカルドから声を掛けられることはなかったので、ノクスは本でも読んで過ごそうと図書館に向かって城内の回廊を歩いていた。
その目線の先に、城のメイドと楽しそうに話すリカルドの姿が見えた。
彼女は以前からリカルドと親しく、よく楽し気にしゃべっている姿を見かけていた。
自分たちと同い年くらいの若くて可愛らしい女性で、明るい性格で、胸も大きく、若いの騎士たちの中でも人気の女性だった。
リカルドの彼女に対する態度は仲の良い友達といった感じだったが、女性の方はリカルドにしなだれかかったり、腕を触ったりして確実に気があるとノクスは感じていた。
「なんだか、そうしてると騎士様というより山賊か海賊って感じね」
「ひでえなあ、結構気に入ってるんだけどな。カッコいいだろ?」
メイドがからかうのに対してリカルドもおどけたように笑顔で返す。
リカルドの左目の包帯はすでに取れていたが、傷が大きく痛々しいので、見る者に不快感を与えないようリカルドは普段から黒皮の眼帯をするようになっていた。
「もう痛くないの?」
「ああ」
「ホントにホント?」
「ほんと。何なら触ってみるか?」
メイドがリカルドの左目に指を伸ばす。
それを見た瞬間、ノクスの頭にかっと血が昇る。
その眼は私のものだ!!
「触るな!!」
気が付いたら心の中の叫びが口から出ていた。
ノクスの大声に二人が振り向く。
その驚いた二人の顔を見てノクスは恥ずかしくなり、必死に言い訳を探す。
「ま、まだ完治していないんだ。触ればまた傷が開くぞ」
もう1ヶ月経って傷は塞がっている。苦しい言い訳だったが、そう言い捨てるとノクスは踵を返し、急いで自室に戻った。
嫉妬であんなことを言ってしまうなんて、恥ずかしすぎる。
きっとリカルドもメイドも変に思っただろうと、自己嫌悪に陥っていると、部屋のドアが開きリカルドが戻ってくる。
気まずくてノクスはリカルドに背を向ける。
その背中にリカルドがそっと声をかけた。
「ええと、さっきの……なんであんなに怒ったんだ?」
「…………」
「なんか、気触ることした?」
「…………」
「黙ってちゃ分からねえぞ」
ノクスは長い沈黙の後、ごまかしきれないと観念すると、消え入りそうな声を出す。
「…………触ったからだ……」
「え?」
「お前の左目に勝手に触ったからだ!お前の左目は私のものなのに!」
ノクスは自分でも意味の分からないことを言ってる自覚はあったが止まらなかった。
「ええと、それってどういう……」
リカルドが困惑した表情でノクスに尋ねる。
野戦病院で3日間眠りづけるリカルドを見たとき、ノクスはもし、このまま目覚めなかったら……と気持ちを伝えなかったことをずっと後悔していた。
自分たちは騎士で、いつ命を落とすか分からない。
ならば、報われなくてもいい、伝えずに死ぬのは嫌だと思った。
ノクスは振り向きリカルドの顔をじっと見ると絞り出すように言う。
「…………お前が好きなんだ、ずっと前から……」
リカルドの反応が怖くてノクスは目線を落とす。
こぶしを握る指に力が入り爪が皮膚に食い込む。
「お前が私をそういう対象で見れないことは分かっている……。でも、この前、お前が死にかけていた時に、なんで気持ちを伝えなかったんだろうとずっと後悔していた……」
そこまで言い募ると今まで胸の中で蓄積してつかえていたものが外に出て、ノクスの気持ちが少し楽になった。
「だから、別に返事はいらない。これは私の自己満足だ。同室で気まずいだろうから、後で上官に部屋替えを申請して……」
「え、えっ?!ちょ、ちょっと待って!」
この話を早く終わらせたくて畳みかけるようにノクスが言うと慌ててリカルドが遮る。
リカルドがどんな顔をしているのか、確認するのが怖かったが恐る恐るノクスが顔を上げると、リカルドは面食らった表情でノクスを見ていた。
それはそうだろう。同室の男からいきなり告白されたのだから。
予想はしていたがノクスの胸がぎゅうっと締め付けられたように痛む。
「えーっと、本気……だよな?」
ポカンを言うリカルドにノクスは少し腹が立ってきた。
こっちはこんなに真剣に告白しているのに。
「本気だ!こんな冗談を言うほど私は趣味は悪くない」
「そっか、そうだよな……そうか……」
リカルドが腕を組んで考え込む。
どうせ良い返事がもらえるとは思っていない。ノクスは早くこの話を終わらせたかった。
「お前を困らせているのは分かっている、悪かったな。突然」
「い、いや、別に悪くはねえよ。ちょっと思ってもなかったから驚いたっていうか……」
なるべくノクスを傷つけないように言葉を選んでいるのが分かる。
やはり言わない方が良かった、とノクスは早くも後悔し始めた。
「もういい。忘れてくれ」
「いやいやいや!忘れられねえよ!」
話を終わらせようとするノクスに慌ててリカルドが食い下がる。
「うーん……そうだな、ぶっちゃけ今までお前をそういう目で見たことはなかったけど……」
リカルドが覚悟を決めたようにノクスを見る。
ノクスはどんな返事が来ようが受け止めようとごくりと息を飲む。
「とりあえず、付き合ってみる……?」
「……は?何を言っている?驚きすぎておかしくなったか?」
「ひでえ!ちゃんと考えてるよ!」
「同情はいらない。それにお前は異性愛者だろ。男相手に恋愛ができるのか?」
「いや、同情とかじゃなくて……。まあ男と付き合うのは初めてだけど、別に嫌じゃねえし。今まで男に対してそういう気持ちになったことがなかっただけで。実は俺も前からお前の事結構気になってたし……でもこの気持ちが何なのか、俺自身も良く分からねえんだよな。だから付き合ってみればこの気持ちが何なのか、はっきりすると思うんだ。だから、まずはお試しってことで……」
はっきりした結果、やっぱり違ったと振られるかもしれない。そう思うだけでノクスの体は恐怖で震えた。
だけど、これはチャンスだ。
「……本気で言っているのか?」」
「本気だ。本気の奴には本気で答えるのがモットーなんでな」
そういうリカルドの顔は真剣そのものだった。
ノクスは以前ベルナールに言われたことを思い出す。
自分が好きな人と出会えたことが奇跡なら、付き合うなんて更にあり得ない確率だ。特に自分たちは男同士だからさらにその確率は低い。そんな奇跡をこのまま見逃していいのか?
もし自分への感情が恋でなくても、これからの自分の努力次第で好きになってもらえるかもしれない。
しばらく考えた後、ノクスは覚悟を決めて口を開く。
「……では、お前に好きになってもらえるよう精一杯努力しよう。よろしく頼む」
ノクスが顔を赤くしながら真面目な顔で手を差し出す。
キョトンとした顔でリカルドがその手を見つめた。
「ん?なんかこれ、恋人じゃなくない?まあ、お前らしくていいか」
そう笑うとリカルドはノクスの手を強く握った。
いつ帰ってくるかそればかりが気になって、本の内容は全く頭に入らず、同じページを何度も読み返していた。
「たっだいま~~~」
ドアが開き、明るいリカルドの声が部屋の中に響く。
ノクスが振り向いてみると左目には相変わらず包帯が巻かれていたが、大きな口を開けて笑うその様子は以前のリカルドのままだった。
本当は嬉しくてたまらなかったが、それを知られるのは恥ずかしかったので、ノクスは踊る気持ちを抑えていつものポーカーフェイスで迎える。
「うるさい、静かに入ってこれんのか」
「ちぇ、2週間ぶりだってのに冷てえの」
リカルドは口をとがらせながら担いでいた荷物を置いて自分のベットに腰掛ける。
ノクスは逸る気持ちを抑えつつリカルドに話しかけた。
「左目の具合はどうだ」
「ん?まあ、もうだいぶ痛みはなくなったし、体力もばっちり回復した」
「そうか」
「明日から俺も訓練に参加するよ」
「……大丈夫なのか?」
「まあ、しばらくは勝手が分からなくて不便するかもしれねえけど、慣れて行かねえとな」
「……私にできることがあれば、何でも言え。遠慮はいらん」
ぶっきらぼうな言い方だったが相変わらずかなり気にしている様子のノクスにリカルドは、ここは素直に頼った方が本人的には気が楽なのかもしれないなと思った。
「分かった。その時は頼むよ」
そう言って笑うとリカルドは靴を脱ぎごろりとベットに寝転ぶ。
「は~疲れた。ちょっと寝るわ」
目を閉じるとすぐにいびきをかいて寝始める。
60㎞近いの行軍を終えた直後とはいえ、以前であればけろりとしていたから、なんだかんだ言ってやはりまだ本調子ではなさそうだ。
強い男だから余計なお世話なのかもしれないが、これからは自分がこの男を支えてやりたい。
改めてノクスは強く思った。
翌日からリカルドは訓練に加わったが、やはり半分しか視界がないせいか、距離感を掴むのにかなり苦労している様子だった。以前だったら簡単に避けていた左からの攻撃も何度も受けていた。
上官もそんなリカルドの状態を察して何も言わなかったが、リカルドは、片目がなくとも他の騎士たちと同等の事ができなければ意味がないとがむしゃらに剣を振った。
早く元の感覚を取り戻したい。片目がない分人の2倍、3倍はやらなければ。リカルドは焦る気持ちを抑えつつ、訓練終了後も一人訓練所に残り剣を振っていた。
「おい、病み上がり。オーバーワークになるぞ」
左側から声が聞こえ、振り向くと汗拭き用のリネンが飛んでくる。
それをキャッチするとその先には不機嫌そうなノクスが腕を組んで立っていた。
「あ~、でも早く感覚を取り戻したくてな」
「その気持ちは分からんでもないが、体をしっかり休めるのも騎士の仕事の一つだぞ」
受け取ったリネンで汗を拭くリカルドにノクスが呆れたようにため息をつく。
リカルドは何かを思いついたようにハッと顔を上げる。
「そうだ、お前に頼みたいことがある」
「なんだ。なんでも言え」
頼られたことが嬉しくてノクスが乗り出して尋ねる。
「とにかく左側から打ち込んでくれないか。見えない分、感覚をつかみたい」
「はあ?そんなことできるわけないだろ!」
「自分のできることは何でもやるって言ってただろ?」
「……しかし……」
「頼む、お前にしか頼めない」
真剣な顔でリカルドがノクスを見つめる。
今のリカルドに左から打ち込めば、殆どの攻撃は当たることになるだろう。これ以上彼を傷つける事にノクスは躊躇する。
しかし、碌に頼ってこないリカルドの願いだ。ノクスはしばらく思案し口を開く。
「…………わかった。手加減はせんぞ」
「ああ、望むところだ」
リカルドがにやりと笑うとノクスは訓練所の隅に置いてある木剣を手にした。
それから訓練後、毎日のようにノクスとリカルドは手合わせをした。
手加減するのは相手に失礼だと思い、ノクスは本気で打ち込んだ。リカルドの左半身は傷だらけになり、打撲で体のあちこちが腫れあがった。しかし日数を重ねるにつれて、確実に避けられる回数も増えてきた。
完璧に避けられるようになったら、こいつはまた強くなるかもしれない。
ノクスはなんだか誇らしい気持ちになっていた。それに、この男の役に立てるのが嬉しかった。
そんな日々が1か月ほど経ったある日。
訓練が終わり、その日の午後は半休となっていた。
この1か月でリカルドはほぼ左側からの攻撃を避けられるようになり、最近では特訓を行うことも少なくなっていた。
それを少し寂しく思いつつも、すっかり以前のリカルドに戻ったようでノクスは嬉しかった。むしろ以前より五感が鋭くなったような気さえしていた。
今日もリカルドから声を掛けられることはなかったので、ノクスは本でも読んで過ごそうと図書館に向かって城内の回廊を歩いていた。
その目線の先に、城のメイドと楽しそうに話すリカルドの姿が見えた。
彼女は以前からリカルドと親しく、よく楽し気にしゃべっている姿を見かけていた。
自分たちと同い年くらいの若くて可愛らしい女性で、明るい性格で、胸も大きく、若いの騎士たちの中でも人気の女性だった。
リカルドの彼女に対する態度は仲の良い友達といった感じだったが、女性の方はリカルドにしなだれかかったり、腕を触ったりして確実に気があるとノクスは感じていた。
「なんだか、そうしてると騎士様というより山賊か海賊って感じね」
「ひでえなあ、結構気に入ってるんだけどな。カッコいいだろ?」
メイドがからかうのに対してリカルドもおどけたように笑顔で返す。
リカルドの左目の包帯はすでに取れていたが、傷が大きく痛々しいので、見る者に不快感を与えないようリカルドは普段から黒皮の眼帯をするようになっていた。
「もう痛くないの?」
「ああ」
「ホントにホント?」
「ほんと。何なら触ってみるか?」
メイドがリカルドの左目に指を伸ばす。
それを見た瞬間、ノクスの頭にかっと血が昇る。
その眼は私のものだ!!
「触るな!!」
気が付いたら心の中の叫びが口から出ていた。
ノクスの大声に二人が振り向く。
その驚いた二人の顔を見てノクスは恥ずかしくなり、必死に言い訳を探す。
「ま、まだ完治していないんだ。触ればまた傷が開くぞ」
もう1ヶ月経って傷は塞がっている。苦しい言い訳だったが、そう言い捨てるとノクスは踵を返し、急いで自室に戻った。
嫉妬であんなことを言ってしまうなんて、恥ずかしすぎる。
きっとリカルドもメイドも変に思っただろうと、自己嫌悪に陥っていると、部屋のドアが開きリカルドが戻ってくる。
気まずくてノクスはリカルドに背を向ける。
その背中にリカルドがそっと声をかけた。
「ええと、さっきの……なんであんなに怒ったんだ?」
「…………」
「なんか、気触ることした?」
「…………」
「黙ってちゃ分からねえぞ」
ノクスは長い沈黙の後、ごまかしきれないと観念すると、消え入りそうな声を出す。
「…………触ったからだ……」
「え?」
「お前の左目に勝手に触ったからだ!お前の左目は私のものなのに!」
ノクスは自分でも意味の分からないことを言ってる自覚はあったが止まらなかった。
「ええと、それってどういう……」
リカルドが困惑した表情でノクスに尋ねる。
野戦病院で3日間眠りづけるリカルドを見たとき、ノクスはもし、このまま目覚めなかったら……と気持ちを伝えなかったことをずっと後悔していた。
自分たちは騎士で、いつ命を落とすか分からない。
ならば、報われなくてもいい、伝えずに死ぬのは嫌だと思った。
ノクスは振り向きリカルドの顔をじっと見ると絞り出すように言う。
「…………お前が好きなんだ、ずっと前から……」
リカルドの反応が怖くてノクスは目線を落とす。
こぶしを握る指に力が入り爪が皮膚に食い込む。
「お前が私をそういう対象で見れないことは分かっている……。でも、この前、お前が死にかけていた時に、なんで気持ちを伝えなかったんだろうとずっと後悔していた……」
そこまで言い募ると今まで胸の中で蓄積してつかえていたものが外に出て、ノクスの気持ちが少し楽になった。
「だから、別に返事はいらない。これは私の自己満足だ。同室で気まずいだろうから、後で上官に部屋替えを申請して……」
「え、えっ?!ちょ、ちょっと待って!」
この話を早く終わらせたくて畳みかけるようにノクスが言うと慌ててリカルドが遮る。
リカルドがどんな顔をしているのか、確認するのが怖かったが恐る恐るノクスが顔を上げると、リカルドは面食らった表情でノクスを見ていた。
それはそうだろう。同室の男からいきなり告白されたのだから。
予想はしていたがノクスの胸がぎゅうっと締め付けられたように痛む。
「えーっと、本気……だよな?」
ポカンを言うリカルドにノクスは少し腹が立ってきた。
こっちはこんなに真剣に告白しているのに。
「本気だ!こんな冗談を言うほど私は趣味は悪くない」
「そっか、そうだよな……そうか……」
リカルドが腕を組んで考え込む。
どうせ良い返事がもらえるとは思っていない。ノクスは早くこの話を終わらせたかった。
「お前を困らせているのは分かっている、悪かったな。突然」
「い、いや、別に悪くはねえよ。ちょっと思ってもなかったから驚いたっていうか……」
なるべくノクスを傷つけないように言葉を選んでいるのが分かる。
やはり言わない方が良かった、とノクスは早くも後悔し始めた。
「もういい。忘れてくれ」
「いやいやいや!忘れられねえよ!」
話を終わらせようとするノクスに慌ててリカルドが食い下がる。
「うーん……そうだな、ぶっちゃけ今までお前をそういう目で見たことはなかったけど……」
リカルドが覚悟を決めたようにノクスを見る。
ノクスはどんな返事が来ようが受け止めようとごくりと息を飲む。
「とりあえず、付き合ってみる……?」
「……は?何を言っている?驚きすぎておかしくなったか?」
「ひでえ!ちゃんと考えてるよ!」
「同情はいらない。それにお前は異性愛者だろ。男相手に恋愛ができるのか?」
「いや、同情とかじゃなくて……。まあ男と付き合うのは初めてだけど、別に嫌じゃねえし。今まで男に対してそういう気持ちになったことがなかっただけで。実は俺も前からお前の事結構気になってたし……でもこの気持ちが何なのか、俺自身も良く分からねえんだよな。だから付き合ってみればこの気持ちが何なのか、はっきりすると思うんだ。だから、まずはお試しってことで……」
はっきりした結果、やっぱり違ったと振られるかもしれない。そう思うだけでノクスの体は恐怖で震えた。
だけど、これはチャンスだ。
「……本気で言っているのか?」」
「本気だ。本気の奴には本気で答えるのがモットーなんでな」
そういうリカルドの顔は真剣そのものだった。
ノクスは以前ベルナールに言われたことを思い出す。
自分が好きな人と出会えたことが奇跡なら、付き合うなんて更にあり得ない確率だ。特に自分たちは男同士だからさらにその確率は低い。そんな奇跡をこのまま見逃していいのか?
もし自分への感情が恋でなくても、これからの自分の努力次第で好きになってもらえるかもしれない。
しばらく考えた後、ノクスは覚悟を決めて口を開く。
「……では、お前に好きになってもらえるよう精一杯努力しよう。よろしく頼む」
ノクスが顔を赤くしながら真面目な顔で手を差し出す。
キョトンとした顔でリカルドがその手を見つめた。
「ん?なんかこれ、恋人じゃなくない?まあ、お前らしくていいか」
そう笑うとリカルドはノクスの手を強く握った。
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