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Section9:空を翔(か)る者たち

67:六人会議

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 西暦二二〇四年一月三日
 仮想世界〈プルステラ〉ペンシルリード専用サーバー セントラル・ペンシル最上階 会議室

 ペンシルリードの最上階には、通常プルステリアが立ち入れない、塔の直径のままの広さを持つ巨大な会議室がある。天井までの高さはゆうに二十メートルはあるため、巨大なホールと言うべきか。
 色とりどりの大理石が敷きつめられた床には、部屋の中央の部分だけが丸い円が描かれており、そこがペンシルリードの芯となる、エレベーターの到着口となっている。
 まるでギリシャの神殿のように外壁には等間隔に丸い柱が立ち、柱と柱の境目にはガラス状のエネルギーフィールドが張られている。外からは内部の様子が確かめられず、万が一、何らかの手段で空から侵入しようと試みても弾かれる仕組みになっていた。
 しかしながら、外部から飛翔する竜は、このフィールドを破ることなく突き抜け、容易にこの領域に侵入してきた。一頭だけではない。ほぼ同時刻に、色違いの竜が四体、やって来たのだ。
 彼らは飛来した方向からそれぞれ居るべき場所にのそりのそりと歩み寄り、ある者は首を倒して伏せ、ある者はただ腰を下ろした。

「ディオルクの姿がないぞ」

 ピッチを低く設定した声がホール全体に反響した。竜たちは口を開けてはいない。その声は部屋が発しているようだった。
 程なくして、北の空から黒い影が飛来した。
 そいつは翼を折り畳みながら器用に着地すると、恭しく礼をするように首を傾けた。

「冥主殿。遅れて申し訳ない」
「戯れるのも程々にするんだな、ディオルク」
「承知した」

 中央の丸い芯から、同じ直径の球体が浮かび上がり、そこに竜の頭を模した仮面を着けたフード姿の男が映った。
 五体の竜は一斉にそちらへ首を向ける。いずれの竜からも、その男は正面を向いているように見えた。

「では、六人会議を始めよう。まずは第一段階の開発について、各大陸の進捗から報告を頂こうか。ンジャーキ」

 真紅の竜が体を起こし、大きな顎を開いた。

「まあまあ、予定通りだ。まだ探りの途中だが、四月までには間に合うだろう」
「よろしい。進展があれば報告するように。ベノッフェンはどうだ?」

 今度は真珠色の竜が、鈴のような高い声を発した。

「第2348番集落の揉め事が多く、進歩が見られないので抹消しました。他はまだまだ未熟です」
「ふふ、相変わらず手厳しいな。まあ良い。雛は腐る程いるからな。……次、ウーズルース」

 緑の斑模様の竜が首をもたげた。

「気長にやっておる。何せ、我が領土は五大陸の中で最も文明が遅れているからの」
「かと言って、まさか何もしていない、などとは言うまいな」
「さにあらず、さにあらず」

 緑竜は豪快に笑った。

「我の毒息を知っておろう? 軽く一息浴びせれば、半年は草一つ生えんよ。それでは奴らも困るだろうて」
「そうだろうな。まぁ、そちらに関しては多少猶予を持たせてあるが、別に文明開化だけが道ではない。その点考慮した上で任せるぞ」
「御意」
「では、次。ツェンディル」

 流線的なフォルムを持つ青い竜は、落ち着いた声を発した。

「こちらも変わらず順調と言えるでしょう。もっとも、隣の暴君が邪魔をしてこなければ、ですが」

 黒竜ディオルクの眉がつり上がった。

「……何? 若造、我を愚弄するか」
「事実を言ったまでです。冥主、こやつは我の領域まで侵犯しようとしている。先日も、サーバーの境界を越えて有形文化財再現集落の近くを飛び回ったのですよ!?」

 ディオルクは慌てて顎を動かした。

「ただの視察に過ぎん。上空を滑空したから、目撃した者はおらぬわ」
「そういうことを言っているわけではありませんよ」
「いい加減にしろ!」

 冥主の叱咤が部屋を震わせた。
 まるで叱られた小犬のように、二頭の竜は咄嗟に頭を伏せた。

「仮にも皇竜である貴様らがそんなことでどうする!? 前の会議でも言ったな。ツェンディル、貴様は周りを見下しすぎだ! ディオルク、貴様は奔放すぎる。少しはわきまえろ!」
「……申し訳ございません」

 二頭の竜は同時に詫びの言葉を述べた。

「それでディオルクよ。最後に貴様の領土だ。遅れてまで何をした? 洗いざらい話すのだ」

 ディオルクは背を伸ばし、一度佇まいを直した。

「結論から言えば、驚くべき進展があった。一時いっときではあるが、我の動きを止めた罠が開発されたのだ」

 竜たちは目を丸くして、一斉にディオルクに顔を向けた。

「興味深いな。その地にはウィザードでもいたのか」
「左様。以前、冥主殿が直々にお相手したという少年だ」

 あぁ、と冥主は溜め息混じりに呟いた。

「キリル トルストイ……か。あいつは紛れもない天才だよ」
「そして、彼奴に協力する連中も只者ではない。この塔へ近付ける翼も手に入れておる」
「何者だ?」
「ミカゲ ヒマリという娘だ。生産・加工の仕組みを誰よりも早く気付いたことで知られている」

 冥主はほう、と感嘆の声をあげた。
 ディオルクは続ける。

「我はここへ来る途中、その者の集落へ向かい、民の一人に裏切りを働きかけた。今頃は我と結託した、等と揉めあっていることだろう。人間とは分かりやすいものよ」
「随分と手の込んだ事をするな、ディオルクよ。一体何を目論んでいる?」
「我が切り札はあの娘にあると信じている。どれだけの苦難を乗り越えるか、試してみたいのだ」
「であれば……決まったのか?」
「左様。我の切り札はあの連中に」

 竜達から感心するような溜め息が洩れた。
 同時に、焦りにも似た感情が滲み出ていることを、ディオルクは逃さなかった。

「いいだろう。遅れたことは不問とする。その代わり、客人のお出迎えをして貰わねばならんな」
「……何?」

 竜達は一斉に首を上げ、ディオルクの背後を見つめた。ディオルクもぐるりと首を動かし、その方を凝視する。
 まだ小さいが、ドラゴンの優れた視力で、真っ直ぐここへ向かってくる何かを確認することができた。
 ディオルクは面白いとばかりに口の端を吊り上げた。

「これは迂闊。会議の続きは後ほどだな、冥主よ」
「そうだな。この件、貴様に任せるとしよう。だが、加減はしておけよ。大事な客人だからな」

 中央の芯から球体がすうっと消えていった。
 竜達は面白がるように翼を広げ、ディオルクを見た。

「ディオルク。今の聞いたかしら?」

 真珠色のドラゴン、ベノッフェンが目を細め、見下すように首を高く上げて言った。

「冥主はこう言ったのだ。我々全員でお相手しろ、とな」

 真紅のドラゴン、ンジャーキが長い首を伸ばして続けた。

「だが、これだけの人数を相手となると、プルステリアには少々酷じゃな。手加減はしなければなるまいて」

 と、緑斑模様のドラゴン、ウーズルースが嗄れた声で言った。

「いっそ、事故と見せかけて再起不能にしてあげるのも悪くないが」

 青いドラゴン、ツェンディルが詩人めいた抑揚を付けて言い放ったが、さすがにこの一言にはディオルクの眉がぴくりと動いた。

「そうはさせんぞ、青二才が。今がどのような時か、貴様、分かっておるだろうな!?」
「ええ、勿論分かっておりますとも、ディオルク。あなたはそこで見ていて下さい。たまには我々が相手するのも悪くはないでしょう」

 ディオルクは牙を見せ、歯のすき間から火を洩らした。今にもブレスが吐き出されそうな勢いだ。

「まあ、ディオルク。今回ぐらいは譲ってくれてもいいんじゃない? それとも、プルステリアを庇うとでも言いたいのかしら?」

 ベノッフェンの挑発に、ディオルクは出かかった火を飲み込み、渋々怒りを納めるしかなかった。

「ふん。貴様らこそ、度が過ぎて冥主殿に叱られんようにな」

 そう言って、黒い竜は行きたければ行け、とばかりに岩の塊のように丸くなり、目を閉じた。
 ベノッフェンはクスクスと鼻で笑い、その脇を通りすぎた。続いて、他のドラゴン達も次々と躍り出る。

(……ミカゲ ヒマリ――小娘よ、お前はこの絶望に耐えられるのか?)

 ディオルクは動じない姿勢を見せながらも、内心では小さな不安を抱えていた。
 まぁ、他の四竜達も馬鹿ではない。人の宝物を台無しにするような思考は持ち合わせてはいないだろう。
 だが、もし取り返しの付かないことをしたら……その時は――。

 黒竜はいつでも飛び立てるよう、全神経を外へ向けていた。
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