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Section5:守護者
37:槍兵の桑の木人形(マルベリー・ドール) - 1
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「ビセット大佐! 何があったんですか!? お怪我は!?」
話を聞いて駆け付けたエリックが、珍しく取り乱して部屋に乱入してきた。敬礼とかそんなことすら忘れてしまっている。
私の右肩には包帯が縛られているだけで、それも替えの上着に隠されている。指先が多少動かないのを除けば外観はいつも通りである。
「エリック……大丈夫だよ。大げさだな。ちょっと肩をやられただけじゃないか」
と、軽い口調で安心させようとしたのだが、エリックは私のデスクを両の拳で強く叩いた。
「どこが大丈夫なんです!? 一歩間違えていたら死んでいたかもしれないんですよ!?」
「『あっち』がその気なら死んでいたさ。……いいか。この件は私に任せろ。下手にVR・AGES社に追求したりするんじゃないぞ」
エリックは視線を逸らし、その行為を誤魔化すかのように眼鏡の位置を中指で正し、目を細めた。
「……一体、何を考えているんですか?」
「お前は何も聞かなくていい。とにかく、依頼した調査の報告を急げ。それと、ブレイデンの方もな。話はそれだけだ」
私はPCに視線を移し、仕事に戻った。
エリックはまだ何か言いたげに突っ立っていたが、やがて、諦めたように形だけの敬礼をし、出て行った。
――すまないな、エリック。
私は心の中で彼に謝った。
エリックは本当に忠実で有能な部下だ。だからこそ、彼は最後まで失いたくない。
――いつかまた、プルステラで会いましょう。
最後にそう言っていた彼の妹。もしかしたら、私は約束を果たせないのかもしれない。
彼女はまた私を恨むだろう。気丈な態度で振る舞ってはいたが、アイツはとにかくさびしがりやなのだと、エリックも言っていた。
彼女は兄が軍人だということを知らない。エリックとは……ややこしい間柄だが、とうに縁を切っていて、もう五年ぐらい顔を見せていないのだと言う。
約束を破った償い、或いは、兄を内緒で奪ってしまった償いとでも言うべきか。
とにかく、エリックを死なせはしない。
私は最後までここを守り、どんな手段を使ってでも二人を再会させるのだ。
――そのためには、破る必要がある。
鉄壁のセキュリティーを誇るバベル。
軍事衛星を使っても、その内部までは見透かすことが出来ない。
バベル同士は常に連絡を取っている。故に、電波塔付近は通信可能な領域だ。しかし、そのタワーの外壁はあらゆるレーダー、光線を遮断する素材で出来ており、壁面透過レーダーですら内部を伺い知ることは出来ないと言う。
戦闘機が上空に近付くだけでも蜂の巣にされ、地上はおろか、地下からも侵入出来ない何かが存在するらしい。
となれば、その中身はどうなっているのか。
中には膨大な数のサーバー機器があり、これに衝撃を与えるということは即ち、プルステラ内に預かっている大陸全土の人間の魂を破壊することになる。
故に、内部は外部に比べると比較的安全だ。個体を撃破するほどのセキュリティーはあるだろうが、その威力も、武器種も限られてくるだろう。
ならば、どうやって内部へと侵入するのか。
以前、バベルの視察をと要求した事があったが、既に一度来ている、知りたければ資料映像で再度確認するように、と言って聞かない。
私はその映像を何度も確認したのだが、肝心な部分は編集でカットされていたり、意図的に見せないようになっていた。
少なくとも判ったのは、壁が分厚い防弾壁であり、レーザーをも吸収出来る素材であることだけである。つまり、私の肩を貫いたレーザー照射式のガンカメラぐらいは設置出来るというわけだ。
一方、バベルの周囲に人の姿は確認されていないと言う。内部にどれだけの人間がいるかも不明だ。
人間が全てアニマリーヴすることを考えると、無人でも運用可能なセキュリティーだというのは確かだろう。
しかし、有事の際には内部の人間が入り込むための「鍵」が存在するはずだ。それを何とかしなければ物理的に近寄ることは不可能と思われる。
どう考えても、外部からの侵入は難しい。外部からの突破口を開くための「鍵」が必要だ。
やはりMi6が調べている社員の情報が必要不可欠となる。現存する社員の数、その行動についても知っておくべきだ。
ふと思い出して、私はPCの時計を見た。
明後日はハロウィンだ。今日の夜頃から大勢の人間がこのアニマポートに集結する。
明日には静かなアニマポートも人で一杯になり、明後日には順次アニマリーヴが行われていく予定だ。多少のラグがあっても、次の日の昼までには完了するだろう。
――そう言えば、アークは海底にあるシェルターへと運ばれるんだったな。
と、今更ながらそんなことも思い出した。
だが、アークの出航には例外があり、内部に起きている人間が一人でも残っていた場合、その場に必ず待機する。
その状況は外部の係員にも知らされ、一人でも起きている場合には係員がその者を連れ出す仕組みになっているのだ。
「……なるほど。コイツは使えるかもしれんな」
目的とは多少異なるが、この際何でもいい。
針の穴程の隙間が通れるなら、何だって試してみようじゃないか。
◆
その日の深夜一時。セキュリティ的には問題のない、会議室という閉鎖空間で、私とブレイデン、エリックが集結し、それぞれテーブルの席に着いている。
ドアの外には二名の少佐を待機させている。いずれも信頼出来る部下ではあるが、防音室故にこの部屋の会話は一切聞き取れない筈だ。
元々夜型のブレイデンはいつもに増してパッチリとした目つきでニタニタと気持ち悪い笑みを浮かべていた。五時間の時差を考えても彼の今日はこれからということになる。
エリックの様子はいつもと変わらない。夜に集まることを聞いてから、多少仮眠を取ったらしい。
一同が準備出来たところで、私は口を開いた。
「今日集まって貰ったのは他でもない、例の作戦についてである」
更に念のためだが、私は「プルステラ」「バベル」「アーク」「アニマリーヴ」といった単語を一切使わないよう予め二人に個別に伝えてある。作戦の内容も、例え盗聴されても、事情を知っている我々にしか解らないだろう。
……まず、私はこのように述べたのである。
「近日、『とてもいい機会』に見舞われるのはご存じの事と思う。そこで、そのまたとないチャンスを利用し、ある者に相方のいない『槍兵の桑の木人形』を演じて貰う予定だ」
その一言で一瞬考えたのだろう、少し間を置いてから、ブレイデンが口笛を吹き、エリックが目を丸くした。
私生活では読書家であるエリックはともかく、ブレイデンにもこの洒落が通じるか心配だったが、幸い、理解してくれたようだ。その事に驚かざるを得ないが、わざわざ追求している時間はない。
「……なるほど。かなり回りくどいネーミングですが、意図は大体理解しました。しかし、本来の目的とも大分異なるようですが?」
「通る道は大体同じだ。実行者はそれから数日間、『その場』で潜伏を試みる。……どうだ、ブレイデン。この手は通用しそうか?」
ブレイデンは舌の上で飴を転がすように目をキョロキョロと動かし、それからいつものように小さく肩を震わせた。
「ひ、ひひ。面白い作戦、だねぇ。で、で、出来るよぉ。た、ただ、潜伏したら、なな、何かで、ご、誤魔化さなきゃだけどねぇ。せ、せ、生体感知センサーとかあったら面倒だよぉ。そ、そ、それと、い、居場所なんかを知らせる通信手段も、か、考えないと、だねぇ」
私は「大丈夫だ」と軽く左手を挙げた。
「そこの回線を上手く利用する。アレは個々が独立しているから、『郵便物』が届く間に上手く割り込めば、『住所』は盗み出せるだろう。生体感知についても手段があるから問題ない」
「よ、よよ、よーし。だ、だったら、ボ、ボ、ボクがとっておきのを、わ、わ、渡してあげるよぉ」
ブレイデンはポケットから小さく折り畳まれたペーパータブレットを取り出した。薄っぺらいものだが、無線通信を行っている箇所で使うとアドレスを表示してくれるという、ハッキング用のツールだ。まさに今回の作戦にうってつけで、電気を通さなければそれと解らない特別製だ。アニマポートで行う荷物検査程度でも引っかからないと言う。
「お、お、恐らく、外には電波が漏れていないだろうから、な、な、内部のどこかへ、つ、つつ、繋がるんだと思うよぉ。かか、片方がダメなら、も、も、もう一方で試したらいいねぇ」
私は上着の内ポケットにツールを仕舞い込み、無言で頷いた。
コイツは小さく折り畳めるので、後で歯などに仕込ませておくとしよう。
「よし。決行は当日、このロンドンらしい時間にしようじゃないか。……大丈夫か?」
つまり、午前零時だ。
エリックは眼鏡に指を当てて応える。「問題ありません」
ブレイデンも肩を震わせて笑い、応える。「も、問題ないねぇ」
私も口の端を吊り上げ、笑みを浮かべた。
「二人が聡明で、実に助かったよ」
◆
問題は、作戦に必要な「小道具」諸々だった。
アークのシステムそのものを改造することは難しい。ほぼ裸で内部に侵入する以上、歯に仕込ませるハッキングツール以外にも他の何かが必要になってくる。
特に、実行者が起きた状態でのアーク潜伏。これだけは何としても実行しなくてはならない。
アークの仕組みはごく単純なものだ。世界人口分だけ存在するため、構造が複雑過ぎると予算が過ぎるからだ。
故に、アークの外側のセキュリティーは厳しいが、内部にさえいれば大したものではない。つまり、その弱さを補うための身体検査であり、完全な「持ち込み禁止」なのだ。
アニマポートでアニマリーヴに関わるスタッフは皆、VR・AGES社の人間だ。
相手は私が軍人であることを知っているし、そんな人間がアークに乗り込めば、十中八九怪しいと見抜くだろう。ましてや、その相手に傷つけられた事で変装という誤魔化しも通用しない。
そのため、私以外の「ある代理人」が作戦を実行する事になる。より確実に、内密に進めるためにも、エリックやブレイデンにはまだ報せていない。
我々の仕事は本来、このアニマポートの警備だ。何か問題が起きた時のみ、その搭乗口までの侵入が許されている。
つまり、何かを起こせばいい。それが作戦実行のトリガーとなるのだ。
私は、別途同じように会議室に呼び出した「実行者」に深々と頭を下げた。
「……本当にすまない。非人道的だと自分でも思うよ。しかし、今はそれしか方法がないのだ」
相手は私の左肩にその小さな手で優しく触れ、小さく首を振った。
「いいえ、構いません」
まるで児童合唱団のような、透明感のある美しいハイトーンのボイス。口には出せないが、まさに今回の『劇』を演じるにふさわしい。
「それが、私にしか成せない任務とおっしゃるのなら、『桑の木の人形』を演じるのも喜んで受け入れるとしましょう」
ゆっくりと視線を上げると、その見事な、絹のように透き通った白い髪が目に映った。
その者は、私に屈託のない笑顔で微笑み、バラードを奏でるようなゆったりとした口調で問いかけた。
「……それで、後から救出してくれる優しい殿方、というのは貴方なんですよね? オーランド・ビセット大佐?」
私は苦笑するしかなかった。殿方、と言われるには余りにも不釣り会いだからだ。
「歳の差さえ無ければ完璧だったんだがなぁ。こう言ってはなんだが、キミの活躍次第でもあるのだよ」
「ええ。善処します」
恐らく、目の前の人物がエリックの目に止まれば猛反発されるだろう。アイツはそういう道徳には須らく厳しいのだ。
だから、最初の連絡があるまで、アイツやブレイデンには内緒で作戦を実行させる。……極秘のエージェントと称して。
白髪のエージェントは目を細めると、長い髪を指で弄びながら、最後に私に問いかけた。
「……ところで、大佐? 私の名前はいつ戴けるのですか? ステキな名前にすると、前々にお約束したはずですが」
「ああ、そうだったな」
しかし、私の答えはとうに決まっていた。それ以外に思いつかない程、ピッタリとハマるのである。
「『桑の木人形』でどうかね?」
――相手も、その名を期待していたようで、無邪気な――しかし、どこか妖艶な笑みを浮かべ、胸元で手を合わせた。
「ええ。そう言って戴けるのを期待しておりました」
話を聞いて駆け付けたエリックが、珍しく取り乱して部屋に乱入してきた。敬礼とかそんなことすら忘れてしまっている。
私の右肩には包帯が縛られているだけで、それも替えの上着に隠されている。指先が多少動かないのを除けば外観はいつも通りである。
「エリック……大丈夫だよ。大げさだな。ちょっと肩をやられただけじゃないか」
と、軽い口調で安心させようとしたのだが、エリックは私のデスクを両の拳で強く叩いた。
「どこが大丈夫なんです!? 一歩間違えていたら死んでいたかもしれないんですよ!?」
「『あっち』がその気なら死んでいたさ。……いいか。この件は私に任せろ。下手にVR・AGES社に追求したりするんじゃないぞ」
エリックは視線を逸らし、その行為を誤魔化すかのように眼鏡の位置を中指で正し、目を細めた。
「……一体、何を考えているんですか?」
「お前は何も聞かなくていい。とにかく、依頼した調査の報告を急げ。それと、ブレイデンの方もな。話はそれだけだ」
私はPCに視線を移し、仕事に戻った。
エリックはまだ何か言いたげに突っ立っていたが、やがて、諦めたように形だけの敬礼をし、出て行った。
――すまないな、エリック。
私は心の中で彼に謝った。
エリックは本当に忠実で有能な部下だ。だからこそ、彼は最後まで失いたくない。
――いつかまた、プルステラで会いましょう。
最後にそう言っていた彼の妹。もしかしたら、私は約束を果たせないのかもしれない。
彼女はまた私を恨むだろう。気丈な態度で振る舞ってはいたが、アイツはとにかくさびしがりやなのだと、エリックも言っていた。
彼女は兄が軍人だということを知らない。エリックとは……ややこしい間柄だが、とうに縁を切っていて、もう五年ぐらい顔を見せていないのだと言う。
約束を破った償い、或いは、兄を内緒で奪ってしまった償いとでも言うべきか。
とにかく、エリックを死なせはしない。
私は最後までここを守り、どんな手段を使ってでも二人を再会させるのだ。
――そのためには、破る必要がある。
鉄壁のセキュリティーを誇るバベル。
軍事衛星を使っても、その内部までは見透かすことが出来ない。
バベル同士は常に連絡を取っている。故に、電波塔付近は通信可能な領域だ。しかし、そのタワーの外壁はあらゆるレーダー、光線を遮断する素材で出来ており、壁面透過レーダーですら内部を伺い知ることは出来ないと言う。
戦闘機が上空に近付くだけでも蜂の巣にされ、地上はおろか、地下からも侵入出来ない何かが存在するらしい。
となれば、その中身はどうなっているのか。
中には膨大な数のサーバー機器があり、これに衝撃を与えるということは即ち、プルステラ内に預かっている大陸全土の人間の魂を破壊することになる。
故に、内部は外部に比べると比較的安全だ。個体を撃破するほどのセキュリティーはあるだろうが、その威力も、武器種も限られてくるだろう。
ならば、どうやって内部へと侵入するのか。
以前、バベルの視察をと要求した事があったが、既に一度来ている、知りたければ資料映像で再度確認するように、と言って聞かない。
私はその映像を何度も確認したのだが、肝心な部分は編集でカットされていたり、意図的に見せないようになっていた。
少なくとも判ったのは、壁が分厚い防弾壁であり、レーザーをも吸収出来る素材であることだけである。つまり、私の肩を貫いたレーザー照射式のガンカメラぐらいは設置出来るというわけだ。
一方、バベルの周囲に人の姿は確認されていないと言う。内部にどれだけの人間がいるかも不明だ。
人間が全てアニマリーヴすることを考えると、無人でも運用可能なセキュリティーだというのは確かだろう。
しかし、有事の際には内部の人間が入り込むための「鍵」が存在するはずだ。それを何とかしなければ物理的に近寄ることは不可能と思われる。
どう考えても、外部からの侵入は難しい。外部からの突破口を開くための「鍵」が必要だ。
やはりMi6が調べている社員の情報が必要不可欠となる。現存する社員の数、その行動についても知っておくべきだ。
ふと思い出して、私はPCの時計を見た。
明後日はハロウィンだ。今日の夜頃から大勢の人間がこのアニマポートに集結する。
明日には静かなアニマポートも人で一杯になり、明後日には順次アニマリーヴが行われていく予定だ。多少のラグがあっても、次の日の昼までには完了するだろう。
――そう言えば、アークは海底にあるシェルターへと運ばれるんだったな。
と、今更ながらそんなことも思い出した。
だが、アークの出航には例外があり、内部に起きている人間が一人でも残っていた場合、その場に必ず待機する。
その状況は外部の係員にも知らされ、一人でも起きている場合には係員がその者を連れ出す仕組みになっているのだ。
「……なるほど。コイツは使えるかもしれんな」
目的とは多少異なるが、この際何でもいい。
針の穴程の隙間が通れるなら、何だって試してみようじゃないか。
◆
その日の深夜一時。セキュリティ的には問題のない、会議室という閉鎖空間で、私とブレイデン、エリックが集結し、それぞれテーブルの席に着いている。
ドアの外には二名の少佐を待機させている。いずれも信頼出来る部下ではあるが、防音室故にこの部屋の会話は一切聞き取れない筈だ。
元々夜型のブレイデンはいつもに増してパッチリとした目つきでニタニタと気持ち悪い笑みを浮かべていた。五時間の時差を考えても彼の今日はこれからということになる。
エリックの様子はいつもと変わらない。夜に集まることを聞いてから、多少仮眠を取ったらしい。
一同が準備出来たところで、私は口を開いた。
「今日集まって貰ったのは他でもない、例の作戦についてである」
更に念のためだが、私は「プルステラ」「バベル」「アーク」「アニマリーヴ」といった単語を一切使わないよう予め二人に個別に伝えてある。作戦の内容も、例え盗聴されても、事情を知っている我々にしか解らないだろう。
……まず、私はこのように述べたのである。
「近日、『とてもいい機会』に見舞われるのはご存じの事と思う。そこで、そのまたとないチャンスを利用し、ある者に相方のいない『槍兵の桑の木人形』を演じて貰う予定だ」
その一言で一瞬考えたのだろう、少し間を置いてから、ブレイデンが口笛を吹き、エリックが目を丸くした。
私生活では読書家であるエリックはともかく、ブレイデンにもこの洒落が通じるか心配だったが、幸い、理解してくれたようだ。その事に驚かざるを得ないが、わざわざ追求している時間はない。
「……なるほど。かなり回りくどいネーミングですが、意図は大体理解しました。しかし、本来の目的とも大分異なるようですが?」
「通る道は大体同じだ。実行者はそれから数日間、『その場』で潜伏を試みる。……どうだ、ブレイデン。この手は通用しそうか?」
ブレイデンは舌の上で飴を転がすように目をキョロキョロと動かし、それからいつものように小さく肩を震わせた。
「ひ、ひひ。面白い作戦、だねぇ。で、で、出来るよぉ。た、ただ、潜伏したら、なな、何かで、ご、誤魔化さなきゃだけどねぇ。せ、せ、生体感知センサーとかあったら面倒だよぉ。そ、そ、それと、い、居場所なんかを知らせる通信手段も、か、考えないと、だねぇ」
私は「大丈夫だ」と軽く左手を挙げた。
「そこの回線を上手く利用する。アレは個々が独立しているから、『郵便物』が届く間に上手く割り込めば、『住所』は盗み出せるだろう。生体感知についても手段があるから問題ない」
「よ、よよ、よーし。だ、だったら、ボ、ボ、ボクがとっておきのを、わ、わ、渡してあげるよぉ」
ブレイデンはポケットから小さく折り畳まれたペーパータブレットを取り出した。薄っぺらいものだが、無線通信を行っている箇所で使うとアドレスを表示してくれるという、ハッキング用のツールだ。まさに今回の作戦にうってつけで、電気を通さなければそれと解らない特別製だ。アニマポートで行う荷物検査程度でも引っかからないと言う。
「お、お、恐らく、外には電波が漏れていないだろうから、な、な、内部のどこかへ、つ、つつ、繋がるんだと思うよぉ。かか、片方がダメなら、も、も、もう一方で試したらいいねぇ」
私は上着の内ポケットにツールを仕舞い込み、無言で頷いた。
コイツは小さく折り畳めるので、後で歯などに仕込ませておくとしよう。
「よし。決行は当日、このロンドンらしい時間にしようじゃないか。……大丈夫か?」
つまり、午前零時だ。
エリックは眼鏡に指を当てて応える。「問題ありません」
ブレイデンも肩を震わせて笑い、応える。「も、問題ないねぇ」
私も口の端を吊り上げ、笑みを浮かべた。
「二人が聡明で、実に助かったよ」
◆
問題は、作戦に必要な「小道具」諸々だった。
アークのシステムそのものを改造することは難しい。ほぼ裸で内部に侵入する以上、歯に仕込ませるハッキングツール以外にも他の何かが必要になってくる。
特に、実行者が起きた状態でのアーク潜伏。これだけは何としても実行しなくてはならない。
アークの仕組みはごく単純なものだ。世界人口分だけ存在するため、構造が複雑過ぎると予算が過ぎるからだ。
故に、アークの外側のセキュリティーは厳しいが、内部にさえいれば大したものではない。つまり、その弱さを補うための身体検査であり、完全な「持ち込み禁止」なのだ。
アニマポートでアニマリーヴに関わるスタッフは皆、VR・AGES社の人間だ。
相手は私が軍人であることを知っているし、そんな人間がアークに乗り込めば、十中八九怪しいと見抜くだろう。ましてや、その相手に傷つけられた事で変装という誤魔化しも通用しない。
そのため、私以外の「ある代理人」が作戦を実行する事になる。より確実に、内密に進めるためにも、エリックやブレイデンにはまだ報せていない。
我々の仕事は本来、このアニマポートの警備だ。何か問題が起きた時のみ、その搭乗口までの侵入が許されている。
つまり、何かを起こせばいい。それが作戦実行のトリガーとなるのだ。
私は、別途同じように会議室に呼び出した「実行者」に深々と頭を下げた。
「……本当にすまない。非人道的だと自分でも思うよ。しかし、今はそれしか方法がないのだ」
相手は私の左肩にその小さな手で優しく触れ、小さく首を振った。
「いいえ、構いません」
まるで児童合唱団のような、透明感のある美しいハイトーンのボイス。口には出せないが、まさに今回の『劇』を演じるにふさわしい。
「それが、私にしか成せない任務とおっしゃるのなら、『桑の木の人形』を演じるのも喜んで受け入れるとしましょう」
ゆっくりと視線を上げると、その見事な、絹のように透き通った白い髪が目に映った。
その者は、私に屈託のない笑顔で微笑み、バラードを奏でるようなゆったりとした口調で問いかけた。
「……それで、後から救出してくれる優しい殿方、というのは貴方なんですよね? オーランド・ビセット大佐?」
私は苦笑するしかなかった。殿方、と言われるには余りにも不釣り会いだからだ。
「歳の差さえ無ければ完璧だったんだがなぁ。こう言ってはなんだが、キミの活躍次第でもあるのだよ」
「ええ。善処します」
恐らく、目の前の人物がエリックの目に止まれば猛反発されるだろう。アイツはそういう道徳には須らく厳しいのだ。
だから、最初の連絡があるまで、アイツやブレイデンには内緒で作戦を実行させる。……極秘のエージェントと称して。
白髪のエージェントは目を細めると、長い髪を指で弄びながら、最後に私に問いかけた。
「……ところで、大佐? 私の名前はいつ戴けるのですか? ステキな名前にすると、前々にお約束したはずですが」
「ああ、そうだったな」
しかし、私の答えはとうに決まっていた。それ以外に思いつかない程、ピッタリとハマるのである。
「『桑の木人形』でどうかね?」
――相手も、その名を期待していたようで、無邪気な――しかし、どこか妖艶な笑みを浮かべ、胸元で手を合わせた。
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