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第三の殺人
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「死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ!」
錦野の上に跨った綸は、狂ったように叫びながら、錦野の体に何度も何度も繰り返し包丁を突き立てる。最初の数回までは呻いたり体を震わせるなどの反応を見せていた錦野だったが、一度の大きな痙攣の後、微動だにしなくなった。
フローリングの床には赤黒い血だまりが広がり、綸の体は錦野からの返り血を浴びて真紅に染まっている。錦野が既に死んでいることは明らかだったが、それでも綸は、まるで啄木鳥が嘴で木を叩くように、錦野の死体を激しく刺し続けた。
乙軒島の管理人錦野は、容姿が醜かったこと、そして水着姿の女子高生に性的な興味を抱き、それを見られてしまったこと、たったこれだけの理由によって殺されたのだ。
半ば狂人と化した綸を止めるだけの気力は、もはや望にも仄香にも残されていなかった。仄香はついさっき霞夜の変わり果てた姿を目にしたばかり。そのショックも癒えぬうちに、思わぬ形で、更なる死者が出てしまったのである。
砂浜で遊んだあの昼以降、綸が錦野に嫌悪感を抱いていることは知っていたし、嬰莉が殺されてからは、綸が露骨に錦野を疑っていることもわかっていた。綸の暴発は全く予想できなかった事態というわけではない。にも関わらず、それを防ぐことができなかったのだ。
今の状況を考えれば、錦野が最も疑わしい人物であったのは確かである。とは言え、それは即ち錦野が犯人だと断定できるほど決定的なものだっただろうか?
答えは否。錦野に対する疑いは状況証拠ですらなく、男であること、そして仄香たちを性的な目で見ていたという綸の目撃情報によるもの。その目撃情報だって、真偽は綸と錦野本人にしかわからないし、そもそも単なる見間違いであった可能性すら否定できない。
しかし、全てはもう手遅れだ。
錦野の部屋の床が血の海に覆われ、細かい肉片が辺りに飛び散り始めたころ、さすがに刺し疲れたのか、輪は両手を投げ出してぐったりと項垂れた。
血まみれになった綸と、かつて錦野であった巨大な肉塊。
錦野のあまりにも無惨な死に様に、仄香も望も綸から目を背けた。その沈黙は無言の非難のようでもあった。綸は気味の悪い薄ら笑いを浮かべながら叫ぶ。
「……やった! 私はやったよ! 嬰莉と霞夜の仇をとったんだよ!」
だが、仄香と望は何も答えない。綸はさらに狂ったようにまくしたてた。
「さっきこいつの部屋の前に来たら、バリケードにしてた棚やなんかが全部外れてて、部屋の鍵も開いてたの! それで私、やっぱりこいつが絶対犯人だって思って、台所に行って包丁を持って来て……ブッ殺してやると思いながら中に入ったら、霞夜が持ってたはずのマスターキーが床に落ちてたんだよ、ほら、そこに!」
綸が床を指差すと、そこには確かに、昨日まで霞夜が持っていたはずのマスターキーが、血まみれになって落ちていた。綸の言うことが事実ならば、それは錦野犯人説の有力な証拠となるのだが……。
「それを見たら、もう頭に血が上って、絶対こいつを殺さなきゃ、二人の仇を取らなきゃと思って……クソでかい鼾かいて寝てたこいつに包丁を……。ねえ、あたしの言ってること間違ってないよね? 絶対こいつが嬰莉と霞夜を殺した犯人だよね?」
とは言いながらも、次第に正気を取り戻しつつある綸の表情には、明らかに不安の色が浮かび始めた。ここまでして、もし錦野が犯人でなかった場合、綸は全く無実の人間を殺めてしまったことになるからだ。依然として何も答えない二人に、綸は語気を荒げる。
「ねえ! 何か言ってよ!」
だが、仄香も望も、やはり何も言わなかった。言えなかった、というのが正確な表現だろう。確証がないとはいえ、現状では錦野が犯人だった可能性が最も高く、正当防衛のつもりで錦野を殺害した綸の行為を咎める根拠は決して強くはない。この部屋に落ちているマスターキーは錦野への疑いをさらに強めるものであり、もし綸がここで手を下していなかったら、仄香も錦野が犯人だと思っていたかもしれないのだ。
ただ、では錦野を殺すのが最善の手段だったかと言えば、そうとも思えない仄香だった。重要な証拠となり得るマスターキーが無造作に放り投げられているなんて、よくよく考えてみればあまりに露骨すぎる。犯人の特定は警察の捜査に頼るべきだし、錦野が犯人だったとしても、罰は刑法に則って下されるべきだ。
二人の沈黙をどう解釈したのか、綸は小さく肩を揺すりながら、不気味に笑い始める。
「ふっふっふ……あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!」
そのあまりの禍々しさに、二人は驚いて綸を凝視した。さっきまで不安気だった綸の表情は、再び狂気に歪んでいる。
「何? あたしが悪いって言いたいわけ……? もう二人もレイプされて殺されてるんだよ? 犯人はこのキモいオヤジに決まってんじゃん! あたしは……あたしはね、今までずっと真面目に生きてきたの。悪いことなんて何もしてないの。仄香みたいに家が金持ちなわけじゃないし、嬰莉みたいに運動神経がいいわけでもないし、霞夜みたいに成績がいいわけでもないし、望みたいに人望があるわけでもない。でもね……でも、あたしはあたしなりに真面目に生きてきたんだよ。ちょっと髪を染めるぐらいのことが、あたしにとっては大冒険だったの。それだって、結局はこんなあんまり目立たない色にしてさ」
綸は自らのブルージュカラーの髪を手でグシャッと掻き回した。染めているとはいえ、暗めで透明感のあるブルージュは、地毛が茶色の人よりはずっと黒髪に近いし、天然の亜麻色である望と比べればかなり地味である。
「なのに……それなのに、最後はこんなキモいオヤジにレイプされて死ねっていうの? そんなのおかしいよ! 不公平だよ! あたしは間違ってない! あたしは間違ってない!」
自らに言い聞かせるかのようにそう繰り返し、綸は憎悪に満ちた瞳で続ける。
「……ねえ、いいこと教えてあげようか? 嬰莉はね、中学生の頃、クラスメイトの女の子をいじめて自殺に追い込んだことがあるんだよ。嬰莉と同じ中学に通ってた子から聞いたの。クラスのカースト上位の子の取り巻きの一人でさ、そいつらと一緒になって女の子をいじめてたんだって。いじめられた子が自殺しちゃうぐらいだもの、そりゃあさぞかし酷いいじめだったんでしょうね。主犯格じゃないにしてもさ、周りで一緒に笑ってたんだったら、嬰莉も人殺しの片棒を担いだみたいなもんでしょ? ねえ、嬰莉は人殺しなんだよ? ある意味、殺されてもしょうがないような奴だったんだよあの子は」
突然の綸の暴露に、仄香は思わず息を呑む。
嬰莉がいじめなんて……。それは仄香の知っている嬰莉からは想像もつかない話だった。
にわかには信じられない。しかし、それを受け止める間もなく、綸の暴露は続く。
「霞夜はね、普段随分お高く留まってたけどさ――ふふふ、これ聞いたら、二人ともびっくりするよ~? あの子ね、実は……援交してたんだよ! キャハハハハハ!」
援交。
援助交際。
綸の口から飛び出た言葉に、仄香は更なる衝撃を受けた。まさか、霞夜がそんなこと……。
「笑っちゃうでしょ? あの子、家が貧乏で、両親が共働きでさ、学費に金がかかるからって、お小遣いもらってないの。その上、勉強に専念しろって言われてバイトもさせてもらえない。なのにどうしてあんなに高い香水や化粧品を湯水のように使えてたと思う? エンコーしてたからだよ。そこのキモデブハゲオヤジみたいな奴に抱かれて金もらってたの。エンコーしてる知り合いの子に聞いたんだ、実はあの子――優等生の霞夜もやってるみたいだよって」
「そんなの、ただの噂じゃ――」
仄香は否定しようとしたが、綸は首を横に振った。
「噂じゃないよ。ある日、駅前で偶然霞夜を見かけたことがあったの。誰かと待ち合わせでもしてるみたいに、周りをキョロキョロしてさ。彼氏かな? って隠れて見てたら、やってきたのは臭そうな中年太りのオヤジだった。まさかと思って霞夜の後をこっそりつけていったら、二人はそのままラブホに入っていっちゃったんだ……霞夜ってさ、強がりだけど実は結構寂しがりやだから、家に一人で居るのに耐えられなくて、オッサン相手に股開いてその寂しさを埋めてたんじゃないかな? 嬰莉もよく言ってたわ、霞夜は勉強できるけどオツムはバカだからすごく扱いやすいって。仲良しのフリしとけば色々便利だって。霞夜の両親は霞夜が小さい頃から夜遅くまで働いてて、娘がエンコーしてることに気付いてないの。家では家事もこなす優等生のいい子ちゃんなんだってさ……三年になってからは流石にエンコーはやめたらしいけど、それでもずっと化粧品の質は変わってないんだから、今までエンコーしまくって相当貯め込んでたってことでしょ? ふっふふふ……ねえ、笑いが止まんないよね? エンコーしまくりのヤリマンビッチが、昨日は偉そうに探偵なんか気取ってたんだよ。クックク……あっはははははは!」
「やめなよ、もう!」
望はうんざりした様子で話を止めさせようとしたが、綸はさらに激昂する。
「だったらウンとかスンとか言えばいいでしょ!? あたしはね……いじめもエンコーもしたことないの! 本当に真面目に生きてきたの! こんなキモいオヤジにレイプされて殺される筋合いなんてどこにもない! ねえ、望……あたしのしたことは正しいでしょ? 正しいって言ってよ!」
この台風が過ぎ去ったら、いずれこの乙軒島に警察がやってくる。そして、嬰莉と霞夜の死体に残された体液は犯人の遺留品としてDNA鑑定されることとなるだろう。それが錦野の体液であればいいが、万が一そうでなかった場合、綸は単なる殺人者になってしまう。また、仮に錦野が嬰莉と霞夜を殺した犯人だったとしても、綸は錦野に襲われて正当防衛をしたわけではなく、どこまで情状酌量の余地が認められるかはわからない。少なくとも、自らそう称するほど真面目に生きてきた綸の人生に傷がつくことは避けられないだろう。
綸の異常な態度の裏には、覆いきれない不安が隠されていた。
結局、誰も綸の要求には答えることなく、変わり果てた姿となった錦野の死体だけを残して、全員が無言のまま錦野の部屋を出た。
錦野の上に跨った綸は、狂ったように叫びながら、錦野の体に何度も何度も繰り返し包丁を突き立てる。最初の数回までは呻いたり体を震わせるなどの反応を見せていた錦野だったが、一度の大きな痙攣の後、微動だにしなくなった。
フローリングの床には赤黒い血だまりが広がり、綸の体は錦野からの返り血を浴びて真紅に染まっている。錦野が既に死んでいることは明らかだったが、それでも綸は、まるで啄木鳥が嘴で木を叩くように、錦野の死体を激しく刺し続けた。
乙軒島の管理人錦野は、容姿が醜かったこと、そして水着姿の女子高生に性的な興味を抱き、それを見られてしまったこと、たったこれだけの理由によって殺されたのだ。
半ば狂人と化した綸を止めるだけの気力は、もはや望にも仄香にも残されていなかった。仄香はついさっき霞夜の変わり果てた姿を目にしたばかり。そのショックも癒えぬうちに、思わぬ形で、更なる死者が出てしまったのである。
砂浜で遊んだあの昼以降、綸が錦野に嫌悪感を抱いていることは知っていたし、嬰莉が殺されてからは、綸が露骨に錦野を疑っていることもわかっていた。綸の暴発は全く予想できなかった事態というわけではない。にも関わらず、それを防ぐことができなかったのだ。
今の状況を考えれば、錦野が最も疑わしい人物であったのは確かである。とは言え、それは即ち錦野が犯人だと断定できるほど決定的なものだっただろうか?
答えは否。錦野に対する疑いは状況証拠ですらなく、男であること、そして仄香たちを性的な目で見ていたという綸の目撃情報によるもの。その目撃情報だって、真偽は綸と錦野本人にしかわからないし、そもそも単なる見間違いであった可能性すら否定できない。
しかし、全てはもう手遅れだ。
錦野の部屋の床が血の海に覆われ、細かい肉片が辺りに飛び散り始めたころ、さすがに刺し疲れたのか、輪は両手を投げ出してぐったりと項垂れた。
血まみれになった綸と、かつて錦野であった巨大な肉塊。
錦野のあまりにも無惨な死に様に、仄香も望も綸から目を背けた。その沈黙は無言の非難のようでもあった。綸は気味の悪い薄ら笑いを浮かべながら叫ぶ。
「……やった! 私はやったよ! 嬰莉と霞夜の仇をとったんだよ!」
だが、仄香と望は何も答えない。綸はさらに狂ったようにまくしたてた。
「さっきこいつの部屋の前に来たら、バリケードにしてた棚やなんかが全部外れてて、部屋の鍵も開いてたの! それで私、やっぱりこいつが絶対犯人だって思って、台所に行って包丁を持って来て……ブッ殺してやると思いながら中に入ったら、霞夜が持ってたはずのマスターキーが床に落ちてたんだよ、ほら、そこに!」
綸が床を指差すと、そこには確かに、昨日まで霞夜が持っていたはずのマスターキーが、血まみれになって落ちていた。綸の言うことが事実ならば、それは錦野犯人説の有力な証拠となるのだが……。
「それを見たら、もう頭に血が上って、絶対こいつを殺さなきゃ、二人の仇を取らなきゃと思って……クソでかい鼾かいて寝てたこいつに包丁を……。ねえ、あたしの言ってること間違ってないよね? 絶対こいつが嬰莉と霞夜を殺した犯人だよね?」
とは言いながらも、次第に正気を取り戻しつつある綸の表情には、明らかに不安の色が浮かび始めた。ここまでして、もし錦野が犯人でなかった場合、綸は全く無実の人間を殺めてしまったことになるからだ。依然として何も答えない二人に、綸は語気を荒げる。
「ねえ! 何か言ってよ!」
だが、仄香も望も、やはり何も言わなかった。言えなかった、というのが正確な表現だろう。確証がないとはいえ、現状では錦野が犯人だった可能性が最も高く、正当防衛のつもりで錦野を殺害した綸の行為を咎める根拠は決して強くはない。この部屋に落ちているマスターキーは錦野への疑いをさらに強めるものであり、もし綸がここで手を下していなかったら、仄香も錦野が犯人だと思っていたかもしれないのだ。
ただ、では錦野を殺すのが最善の手段だったかと言えば、そうとも思えない仄香だった。重要な証拠となり得るマスターキーが無造作に放り投げられているなんて、よくよく考えてみればあまりに露骨すぎる。犯人の特定は警察の捜査に頼るべきだし、錦野が犯人だったとしても、罰は刑法に則って下されるべきだ。
二人の沈黙をどう解釈したのか、綸は小さく肩を揺すりながら、不気味に笑い始める。
「ふっふっふ……あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!」
そのあまりの禍々しさに、二人は驚いて綸を凝視した。さっきまで不安気だった綸の表情は、再び狂気に歪んでいる。
「何? あたしが悪いって言いたいわけ……? もう二人もレイプされて殺されてるんだよ? 犯人はこのキモいオヤジに決まってんじゃん! あたしは……あたしはね、今までずっと真面目に生きてきたの。悪いことなんて何もしてないの。仄香みたいに家が金持ちなわけじゃないし、嬰莉みたいに運動神経がいいわけでもないし、霞夜みたいに成績がいいわけでもないし、望みたいに人望があるわけでもない。でもね……でも、あたしはあたしなりに真面目に生きてきたんだよ。ちょっと髪を染めるぐらいのことが、あたしにとっては大冒険だったの。それだって、結局はこんなあんまり目立たない色にしてさ」
綸は自らのブルージュカラーの髪を手でグシャッと掻き回した。染めているとはいえ、暗めで透明感のあるブルージュは、地毛が茶色の人よりはずっと黒髪に近いし、天然の亜麻色である望と比べればかなり地味である。
「なのに……それなのに、最後はこんなキモいオヤジにレイプされて死ねっていうの? そんなのおかしいよ! 不公平だよ! あたしは間違ってない! あたしは間違ってない!」
自らに言い聞かせるかのようにそう繰り返し、綸は憎悪に満ちた瞳で続ける。
「……ねえ、いいこと教えてあげようか? 嬰莉はね、中学生の頃、クラスメイトの女の子をいじめて自殺に追い込んだことがあるんだよ。嬰莉と同じ中学に通ってた子から聞いたの。クラスのカースト上位の子の取り巻きの一人でさ、そいつらと一緒になって女の子をいじめてたんだって。いじめられた子が自殺しちゃうぐらいだもの、そりゃあさぞかし酷いいじめだったんでしょうね。主犯格じゃないにしてもさ、周りで一緒に笑ってたんだったら、嬰莉も人殺しの片棒を担いだみたいなもんでしょ? ねえ、嬰莉は人殺しなんだよ? ある意味、殺されてもしょうがないような奴だったんだよあの子は」
突然の綸の暴露に、仄香は思わず息を呑む。
嬰莉がいじめなんて……。それは仄香の知っている嬰莉からは想像もつかない話だった。
にわかには信じられない。しかし、それを受け止める間もなく、綸の暴露は続く。
「霞夜はね、普段随分お高く留まってたけどさ――ふふふ、これ聞いたら、二人ともびっくりするよ~? あの子ね、実は……援交してたんだよ! キャハハハハハ!」
援交。
援助交際。
綸の口から飛び出た言葉に、仄香は更なる衝撃を受けた。まさか、霞夜がそんなこと……。
「笑っちゃうでしょ? あの子、家が貧乏で、両親が共働きでさ、学費に金がかかるからって、お小遣いもらってないの。その上、勉強に専念しろって言われてバイトもさせてもらえない。なのにどうしてあんなに高い香水や化粧品を湯水のように使えてたと思う? エンコーしてたからだよ。そこのキモデブハゲオヤジみたいな奴に抱かれて金もらってたの。エンコーしてる知り合いの子に聞いたんだ、実はあの子――優等生の霞夜もやってるみたいだよって」
「そんなの、ただの噂じゃ――」
仄香は否定しようとしたが、綸は首を横に振った。
「噂じゃないよ。ある日、駅前で偶然霞夜を見かけたことがあったの。誰かと待ち合わせでもしてるみたいに、周りをキョロキョロしてさ。彼氏かな? って隠れて見てたら、やってきたのは臭そうな中年太りのオヤジだった。まさかと思って霞夜の後をこっそりつけていったら、二人はそのままラブホに入っていっちゃったんだ……霞夜ってさ、強がりだけど実は結構寂しがりやだから、家に一人で居るのに耐えられなくて、オッサン相手に股開いてその寂しさを埋めてたんじゃないかな? 嬰莉もよく言ってたわ、霞夜は勉強できるけどオツムはバカだからすごく扱いやすいって。仲良しのフリしとけば色々便利だって。霞夜の両親は霞夜が小さい頃から夜遅くまで働いてて、娘がエンコーしてることに気付いてないの。家では家事もこなす優等生のいい子ちゃんなんだってさ……三年になってからは流石にエンコーはやめたらしいけど、それでもずっと化粧品の質は変わってないんだから、今までエンコーしまくって相当貯め込んでたってことでしょ? ふっふふふ……ねえ、笑いが止まんないよね? エンコーしまくりのヤリマンビッチが、昨日は偉そうに探偵なんか気取ってたんだよ。クックク……あっはははははは!」
「やめなよ、もう!」
望はうんざりした様子で話を止めさせようとしたが、綸はさらに激昂する。
「だったらウンとかスンとか言えばいいでしょ!? あたしはね……いじめもエンコーもしたことないの! 本当に真面目に生きてきたの! こんなキモいオヤジにレイプされて殺される筋合いなんてどこにもない! ねえ、望……あたしのしたことは正しいでしょ? 正しいって言ってよ!」
この台風が過ぎ去ったら、いずれこの乙軒島に警察がやってくる。そして、嬰莉と霞夜の死体に残された体液は犯人の遺留品としてDNA鑑定されることとなるだろう。それが錦野の体液であればいいが、万が一そうでなかった場合、綸は単なる殺人者になってしまう。また、仮に錦野が嬰莉と霞夜を殺した犯人だったとしても、綸は錦野に襲われて正当防衛をしたわけではなく、どこまで情状酌量の余地が認められるかはわからない。少なくとも、自らそう称するほど真面目に生きてきた綸の人生に傷がつくことは避けられないだろう。
綸の異常な態度の裏には、覆いきれない不安が隠されていた。
結局、誰も綸の要求には答えることなく、変わり果てた姿となった錦野の死体だけを残して、全員が無言のまま錦野の部屋を出た。
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