探偵たちのラプソディ

浦登みっひ

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十三人目の探偵、西野園真紀

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『我が殺人ゲームへようこそ。十二人目の探偵、安西真理くん』

 十二人目の探偵としてエントランスに立った女探偵安西真理は、ゲームマスターのアナウンスを聞いて途方に暮れていた。直木賞に自分の作品がノミネートされたと聞いて新潟から飛んできたのに――というより、どちらかと言えばパーティ会場で食べ放題のバイキング料理が振る舞われると聞いてそちらの方を楽しみにしていたのに、どうも話がおかしい。
 会場は青葉市内にある一流ホテル。駅には迎えのタクシーが来ると聞かされ、なるほど天下の直木賞ともなればそんなサービスが付くのかと感心したものの、連れてこられたのは森閑とした山奥の廃墟である。バイキングどころかパーティが行われている気配さえ全く感じられない。

 そもそも、直木賞にノミネートされただけでパーティが開かれるとか、しかもそのパーティが首都圏ではなく美矢城で行われるとか、よくよく考えてみればどちらも怪しすぎる話ではないか。不況に喘ぐ今の出版業界でそんな大盤振る舞いがあるわけないじゃないの。
 会場が美矢城であるという点も、復興支援の一環と言われて易々と納得してしまったけれど、震災から時間も経っているし、もう少し疑ってかかってもよかったのではないか。
 いや、きっと、直木賞にノミネートされたと聞いた時点ですっかり舞い上がってしまっていたのだ。客観的に考えれば、そんなに大ヒットしているわけでもない恋愛小説作家の自分が、純文学の直木賞にノミネートされる可能性は極めて低い。でも、直木賞にノミネートされたと聞いて浮かれない作家がこの世にいるだろうか? しかも一流ホテルのバイキング付きで。
 しかし、今更悔いてみたところで後の祭りである。

 それにしても――と、真理は首を捻る。
 ゲームマスターなる人物は、いったいどこから、彼女が素人探偵であることを聞きつけたのだろう?

 安西真理の著作は主に恋愛小説であり、ややもすると空想が過ぎるとさえ評されるほど甘々で現実離れしたご都合主義のものばかりだ。推理小説作家が探偵を兼ねる例はあるが(本当か?)、作家としての彼女からは間違っても『探偵』という単語は想像できないだろう。
 だが、真理は警察に乞われて時折捜査に協力し、実際に何度か事件を解決に導いている。彼女自信、探偵稼業に決して積極的なわけではないのだが、頼まれたら断れない、押しに弱いタイプなのである。
 とはいえ、真理が探偵であることを知っている人物はごく限られている。具体的に言えば、彼女の家族、友人、そして警察。厳密にはそのまた友人なども含まれるかもしれないが、いずれにしても遠く美矢城にまで届くほどではないはずだ。友人たちは真理の本職が小説家であることを一応は尊重してくれているし、警察だって捜査情報をみだりに外部に漏らしはしないはず。

 真理が首を傾げながらその場に佇んでいると、どこからかバタバタと複数の足音が聞こえて来た。そういえば、ここでは今『殺人ゲーム』なるものが行われているらしい。護身術の心得など皆無で、猫に襲われてもそのまま食われてしまいそうな真理ではあるが、一応格好だけでもさっと身構え、逃げる準備をした。
 しかし、エントランスの前ではラグビー選手のように屈強な大男が二人も立ちはだかっている。触れられただけで肋骨の二、三本は折れそうな化け物である。さてどうするか――。

 基本的に優柔不断な真理が考えあぐねていると、エントランスから見て左側の廊下から、四人の男がこちらへ走ってきた。足音の主はこの男たちだったようだ。先頭の男が最初に真理の姿に気付き、足を止める。

川矢「おや、君は……? そうか、十二人目の探偵か?」

 他の三人もすぐに真理の前で立ち止まった。

織田「安西真理さん、と言っていましたか……貴女は安西探偵でよろしいですか?」

 四人の態度から敵意は感じられない。もしかして、件のゲームの参加者なのだろうか。だとすると、彼らも真理と同じく探偵として招かれた者たちということになる。
 真理は慌てて頭を下げた。

安西「あ、はい。私、安西真理と申します。探偵というか……一応、職業は作家になるのですけれど」

 真理に応じて、四人の男たちも素早く自己紹介をした。といっても、よほど急いでいるのか、それぞれ名を名乗っただけだ。

糊口「推理小説を執筆する傍ら、探偵としても活動していらっしゃる?」
安西「いえ、私の専門は拙い恋愛小説で、ミステリはよく拝読しますが、書いたことはありません」
愚藤「へぇ~、また作家さんか。こんなに美人で、しかも恋愛小説が専門なら、恋愛経験はさぞかし豊富なんですよね?」
安西「あの、そういうわけでは……」

 すると、川矢と名乗った男は愚藤に対して嫌悪感を露わにし、険のある口調で言った。

川矢「おい君、時と場合を考えたまえよ。安西さん、貴女体力に自信は?」
安西「全くありません」

 真理が即答すると、川矢は少々落胆した様子だったが、その後を糊口が継ぐ。

糊口「申し訳ない、詳しく説明したいのはやまやまなのですが、我々は急いでいるのです」
愚藤「あ、じゃあオレが安西先生に説明しますよ! 皆さん先に行っててください!」
織田「……好きにしたまえ。もうじき銀田二くんも追いつくだろう。それでは失礼」

 何が何だかわからぬ間に、愚藤を私の元に残し、三人の男はエントランスの奥へと走って行った。

安西「あの、ここではいったい何が起こっているのですか? バイキングとか食べ放題とかは、ないですよね?」
愚藤「え? 食べ放題? いや、全然ないっすよ。安西先生、よく食べる方なんですか?」
安西「ええ、まあ……恥ずかしながら……どちらかと言えば、そうかもしれません」

 愚藤の軽薄な態度に辟易しながらも、真理は答えた。情報を引き出せる相手がこの男しかいないのだから、とりあえず話を合わせる他にない。

愚藤「あ、そうなんですか? 全然見えない。スタイルいいし、オシャレだし」
安西「どうも、恐縮です」
愚藤「実はね、僕も本書いてるんですよ。知りません? 愚藤古一って」

 愚藤古一。真理は普段あまりテレビを見ないが、それでもたまに何かの機会でテレビをつけた時、ワイドショーのような番組でその名を聞いたことがあるような気がする。ただ、その時に見た愚藤古一はそれなりに端正な顔立ちの好青年だったはずだが、今ここにいる愚藤は醜く顔面を腫らしており、テレビで見た姿の面影はなかった。

安西「お名前はお聞きしたことがあるような気はするのですが――ごめんなさい、流行りに疎くて」
愚藤「いやいや、そんな謝らないでくださいよ。いいなあ、恋愛小説かあ。僕もちょっと書いてみたいなあ。でも恋愛経験が豊富じゃないとな。あの、安西先生、失礼かもしれないすけど、おいくつです? 二十代ですよね?」
安西「ええ、まあ」
愚藤「じゃあ、経験豊富なお姉さんだ。ぜひ恋愛のイロハを教わりたいなあ。僕もね、今はちょっとそこのブタゴリラのせいでこんな見てくれになっちゃってますけど、普段はもっとこう、それなりにシュッとしてるんすよ」
安西「はあ……」

 その後もしばらく愚藤のマシンガントークは続いたが、現状の説明は皆無で、胸やけしそうな自慢話の中で頻りに真理の情報を引き出そうとしてくる。ユーモアのつもりか時折ジョークも交えるものの、真理には全く面白いと思えないものばかりだった。
 真理が愚藤の長話にうんざりし始めた頃、四人がやってきたのと同じ方向から、今度は戦前からタイムスリップしてきたかのような袴姿の男性が走ってきた。しかしその足取りは重く、明らかにバテており、歩いた方が速そうにすら見える。
 顎を上げ苦しそうな表情を浮かべていた男だったが、真理の姿に気付くとぎょっとしたような顔になり、数歩後退した後、その場で尻餅をついてしまった。この男が、さっき織田探偵がちらりと言っていた銀田二という人物だろうか。真理は戸惑いを覚えながらも、銀田二に声をかける。

安西「あの、すみません、銀田二さんでよろしいですか?」
銀田二「え? あ、は、ふぁい、わわたしが、銀田二ですけれども、おお、お、お嬢さんは?」
安西「私、作家の安西と申します。先程、他の探偵の方々から銀田二さんの話を伺っていたのですが……」
銀田二「あ、あああ、はいはい、か、川矢さんたちか……じゃあ、あな、あなる、あな、あなたが、十二人目の探偵ですか」
安西「ええ、どうやらそうなってしまったらしいんですけど……でも、今自分が置かれている状況が全くわからないんです。銀田二さんたちは、どちらへ向かっていらっしゃったんですか?」
銀田二「わわ、たしたちは、お、おおお屋上に……いけに、いけ、にえが……」
安西「池に絵……? 屋上にプールがあるんですか?」
銀田二「い、いやいや、いけにえ、ヘ、ヘリから……」

 何か伝えようという気持ちだけは感じるのだが、噛みすぎて意味がさっぱりわからない。まだ息が乱れているからだろうか。真理は銀田二が落ち着くのを待とうとしたが、にやけ顔の愚藤が嘲るような口調で言った。

愚藤「安西センセ、そのオッサンに話聞いてもダメっすよ」
安西「えっ?」
愚藤「その銀田二ってオッサン、童貞こじらせすぎて女と喋れないんです」
銀田二「おい君! 年長者に対してその言い草は何だ!」

 と、弾かれたように立ち上がり愚藤に詰め寄る銀田二。

愚藤「あ、すんません、図星でしたか」
銀田二「何を……!」
安西「ちょっと、あの、こんなところで喧嘩はやめてください!」

 愚藤に掴みかかろうとした銀田二を真理が止めに入ろうとすると、銀田二はまた一転してしどろもどろになり、

銀田二「あ、い、うえお、い、いえね、ハハハ、ここ、この若者が、あああまりりす、あまりにも、デタラメを言うももんがから……」

 何を言ってるんだこの人は……?
 数時間前に西野園真紀が味わったのと全く同じ絶望を覚えながら真理が困惑していると、先程の三人が走ってエントランスに戻ってきた。

糊口「愚藤くんや銀田二さんから事情は聞きましたか?」
安西「いえ、それが、その……さっぱりわけがわからなくて」
川矢「だと思った。まあいい。安西先生、我々はまたこっちの建物を昇って行きます。貴女もついてきてください。説明は走りながらすることになるが、構いませんね?」

 川矢、織田、糊口の説明は要点を押さえていて走りながらでも非常にわかりやすく、真理は別棟の四階に辿り着くまでに殺人ゲームの現状をほぼ理解できた。
 殺人を探偵とのゲームの手段として用いるなんて。真理はゲームマスターの発想に怒りを覚えた。しかし実行犯は、探偵として招かれたはずの十一人の中にいるという。一般的な推理小説のようなクローズドサークルで起こる連続殺人と違い、容疑者の数が減ることはない。彼らから見れば、真理もまた容疑者の一人かもしれないのだ。

 四階に着くと、中学生ぐらいの小柄な女の子が真理たちを待っていた。

東條「皆さん! 早く! こちらです!」

 こんな小さな女の子も探偵なのだろうか――。私たちは女の子に導かれるまま、四階の一室に入る。部屋の広さは六畳ぐらい。窓が小さく鉄格子が嵌められているため、まだ夕方なのに日はあまり差さず、室内は薄暗かった。日が翳り始めたことによる肌寒さも相俟って、まるで監獄のような雰囲気である。
 中には、白髪の老人、妖艶な美女、研究者のような雰囲気の男性が二人、作業着のようなものを着た男性――そして一際目を引く、ぞっとするほど美しい女の子。この六人がいた。部屋の奥の床に作業着の男性が座り、部屋に入った私たちに恫喝するような鋭い視線を投げる。一見すると四十代ぐらいか。痩せ型で吊り目、これまで何度か素人探偵として殺人犯と対峙してきた真理にとっても、男の放つ殺気は異様なものだった。
 他の五人は、男を囲むように等しく距離をとって立ち、その様子を見守っている。

織田「生贄の様子はどうです?」
水村「元気すぎるほどに元気です。捕まえるのに苦労しましたよ、私と桃貫警部と樺川先生の三人がかりでどうにか取り押さえた次第で」
織田「それはよかった。あと何分ですか?」
門谷「あと……8分ですね」

 妖艶なワインレッドのドレスを身に纏った女性が腕時計を見ながら答える。

川矢「全員の監視の中、外から狙撃することも不可能な状況で、いったいどうやってこの男を殺すのか……見物ですな」
糊口「そういえば、西野園さん……何か、雰囲気変わりました?」

 糊口が尋ねると、西野園と呼ばれた女性――人形のように白く整った顔立ちの女の子は、胸の前で腕を組んで仁王立ちしたまま、不敵とも思える態度で言った。

西野園「いえ、別に……ただ、ちょっとおいしいところを貰いに来ただけです」
樺川「おいしいところ……? どういう意味だい、西野園君」

 しかし、西野園はそれには答えず、無言で作業着の男をじっと見つめている。
 彼女の言葉が気になったのはその男性(彼の名が樺川であることを真理は後に知ることになる)だけではなく、室内に一瞬不穏な空気が流れたけれど、監視の目を緩めてはならないという共通認識のためか、それもじきに収まった。

 そして、沈黙に包まれたまま数分間、何事もなく時は過ぎた。門谷が述べた8分という期限が近付くにつれて、緊張感は否が応でも高まり、平静を装っていた探偵たちも次第にそわそわし始める。

門谷「あと1分……」
川矢「どこから来る……?」

 皆油断なく視線を周囲に走らせるが、動きはない。

門谷「あと30秒……」

 しかしその瞬間、西野園と呼ばれた少女が突然つかつかと歩み出し、作業服の男を中心として半円状に並んで取り囲む探偵たち、その中の一人の目前に立った。

西野園「事実上、既にゲームは終わっています。もう無駄な抵抗はやめてください。あなたがもし本当に探偵なら、それがいかに愚かな行為なのか、十分にわかっているはずです」
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