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戦記ものっぽく急に三人称になるけどやっぱり預言なんて嘘としか思えない件

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「うがぁあぁっ!!」

 ゴーマ軍の先頭を進む兵士、その甲冑の喉元にある僅かな隙間に、天空から放たれた一筋の矢が突き刺さる。

「ん?」
「おい、どうした、悪いもんでも食ったか?」

 その場で絶命し倒れ込む兵士を、すぐ後ろにいた数人の兵士たちが取り囲む。が、皆半笑いで緊張感は微塵もなかった。サンガリアの都市はまだ遠く、この近辺にエリウたちの住む館があることを知らないゴーマ兵士たちは、ここで敵襲を受けるなど想像もしていない。そして次の瞬間、周りを囲んだ兵士のうち三つの首が胴から離れ、ゴトリと地面に転がった。

「この辺の森には毒キノコも生えてるからな、食いモンには気を付けた方がいいぜ」

 頭部を失い鮮血を吹き上げながら倒れ込む三つの死体の向こうに、1パッスス(約1.5メートル)はあろうかという丸太のように太い大剣を担いだ、少年のような風貌の少女の姿が浮かび上がる。それは今は亡きサンガリアの英雄佐藤健太の娘、怪力のイザベルであった。

「ひいぃっ、なんだお前……!」
「てて、て、敵襲だ! 早くローリアン様に伝え……」

 と、敵襲を司令官に伝えようとした兵士がさらなる異変に気付く。兵士の足から脛にかけて分厚い氷に覆われ、一歩たりともその場を動くことができなかったのである。

「残念ながら、そこがあなたたちの墓場です」

 木陰から大鎌を持ったフリーデルがゆらりと姿を現す。その死神のように凍てついた声色を聞いたか否か、釘付けにされた兵士たちの首もまた、フリーデルの鎌のひと薙ぎによって体から切り離された。


!i!i!i!i!i!i!i


「いったい何が起こっているんだ……?」

 突然前方から上がり始めた複数の兵士たちの悲鳴。縦に伸びた隊列の中央でそれを聞いた副司令官のアルバートは、その異様さに警戒を強めた。
 苦境の続くゴーマ軍の中でも軍功を挙げ、ダング将軍から重用されているアルバート。彼がローリアン皇子の遠征軍に加えられたのは、初めて一軍を指揮することになるローリアンの補佐のためだけではない。皇帝オスエロスが本気でサンガリアへの侵攻を企図しているなら、もっと大規模な軍勢を用意し万全を期すはずである。つまりこれは負け戦、ローリアン皇子の遠征は失敗するよう仕組まれているわけだ。

 さらに彼は、稀代の悪女と名高い王妃ミースから密命を受けていた。戦闘のどさくさに紛れてローリアン皇子を殺せ、というものだ。

 ゴーマ最強の剣士と呼ばれる凛々しいローリアン皇子の剣さばきを、アルバートもコロッセオで一度だけ見たことがある。皇子が剣闘に参加するなど前代未聞だし御法度なのだが、ローリアン皇子は仮面を着け身分を偽って時折参加しているのだ。なぜそれがわかるかと言えば、彼が圧倒的に強いからだ。目にも留まらぬ身のこなし、一分の無駄もない剣筋、いかに仮面を着けようとも、見る者が見ればローリアン皇子であることは一目瞭然だ。
 彼と手合わせする剣闘士も当然相手がローリアン皇子だとわかっているが、だからといって手心を加える者はいない。むしろ皇族への恨みを晴らせるよい機会だと目の色を変えてかかっていく者ばかりだ。しかしそれでもローリアン皇子にかすり傷一つさえつけた者がいないのである。

 アルバート自身もゴーマ軍に並ぶ者なしと呼ばれる達人だが、ローリアン皇子には勝てる気がしなかった。だが、隙を突き、数にものを言わせれば或いは――。
 ローリアン皇子に恨みはない。成長すればゴーマを救う存在になるやもしれぬとは思う。何よりローリアン皇子はこのご時世では珍しいぐらい実直な若者、悪女ミースなどより遥かに好感の持てる人物だ。しかし現在の皇帝は冷酷にして残虐なオスエロス。権力を握っているのは悪女ミースであり、武人のアルバートが忠誠を誓うのはゴーマ帝国だ。ローリアン皇子の暗殺に成功すればそれなりの対価、つまり地位や名誉を得られるだろう。罪のない少年の命を奪うのは気が引けるが、これも任務。

 自らにそう言い聞かせながら進軍を続けていたアルバートだったが、どうやら考え事をしている暇はないようだ。前方で明らかに何か異変が起こっている。周りの兵士たちは浮足立っていたが、百戦錬磨のアルバートは冷静だった。数で劣る反乱軍はゲリラ戦を仕掛けてくることが多い。障害物が多く視界が狭くなる森の中は奇襲にはうってつけである。これが戦場というもの、まさかここで仕掛けてくるとは思わなかったが。
 アルバートはよく通る声で叫んだ。

「前方より敵襲だ! 陣形を立て直して進むぞ!」

 アルバートの一喝によって統制を取り戻した兵たちは、盾を構え密集隊形を取って前方へ進む。これまでゴーマ軍に数々の勝利を齎してきた戦法である。だがその刹那、火気など全くなかった周囲の繁みから、突如として火の手が上がり始める。これにはさしものアルバートも驚きを隠せなかった。

「な、なんだこれは……?」

 炎はにわかに強く吹き始めた風に乗って瞬く間に辺りの木々へと燃え広がり、アルバートたちの隊列を包み込む。その熱気は武器や甲冑に用いられている鉄を熱し、兵の中には鎧兜を脱ぎだす者が続出した。

「お、お前達、何をしている!」

 アルバートは叫ぶが、一度整え直したはずの隊列は乱れ、もはや軍の体を成していない。そして、混乱の坩堝と化し裸同然になった兵たちの群れへ、柄の長い戦斧を持った金髪の少女が躍り込む。これもまた佐藤健太の忘れ形見の一人、シエラであった。

「はぁぁっ!」

 シエラが気合を込めて振るった戦斧せんぷは、武器を捨て甲冑を脱いだ兵士の柔らかい腹をバターのように容易く切り裂いた。

「うわぁぁっ!」
「に、逃げろぉっ!」

 奇襲を受け統率を失った兵たちにはたった一人の少女と戦うだけの士気すら残っておらず、シエラに背を向けて逃げ始める。潰走する軍をシエラは敢えて追おうとはせず、退屈そうに欠伸をしながら姿を現したソフィーに声をかけた。

「ソフィー、熱いよ。さすがにちょっと燃やしすぎなんじゃない?」
「ええ、あたし? シェリーが風強く吹かせすぎたんでしょ」

 当初の爆発的な速さと比べれば火の勢いは弱まっていたが、炎は未だ延焼を続けている。このまま森林火災を放置するわけにはいかないので、最終的に鎮火するのは氷を操るフリーデルの役目である。

「これは消火が大変だな……フリーデルが怒るだろうね」
「はぁ? 敵をやっつけたんだからそれでいいじゃん」

 その時、焼け焦げて炭の森となりつつある木々の間から、二人めがけて一本のピルムが投げ込まれた。いち早くそれに気付いたソフィーが、革製の長い一本鞭を撓らせてそれを素早くはたき落としながら言った。

「まだ戦えるやつが残ってたのか……マジめんどくさ」

 もうもうと立ち上る煙の中、墨となった草木を踏みながら二人に近付いてきたのは、熱された鎧兜に皮膚を炙られながらも甲冑を脱がなかった誇り高き副司令官アルバートだった。

「まさかたった二人の少女にこうもやられるとは……火罠が張られていたとはいえ、情けないものだ」

 極めて常識的な思考の持ち主であるアルバートは、この炎がソフィーの超能力によるものなどとは露ほども考えず、相手が二人の少女なら間違いなく勝てると信じて長剣スパタを構える。ソフィーは目を眇めてその姿を眺めながら問うた。

「ねえおじさん、一応確認なんだけど、あんたはローリアン皇子じゃないよね?」
「……いかにも。我が名はアルバート、誇り高きゴーマの戦士だ」
「あ、そ。ローリアン皇子だったら話は早かったんだけど、さすがにそんなにうまい話はないか」
「ソフィー、ローリアン皇子はかなりの長身らしいよ。見るからに違うじゃないか」

 シエラの言葉通り、アルバートは決して背の高い方ではない。その一言を侮辱と感じたアルバートは、雄叫びを上げながら二人に斬りかかった。

「うおおぉぉっ!」

 甲冑の下、ほぼ全身に及ぶ火傷の激痛に耐えながらアルバートが渾身の力を込めて振り下ろしたスパタを、すいと前に出たシエラが戦斧で受け止め、そのまま数秒間の鍔迫り合いが続く。シエラは涼しい顔で言った。

「そんなに火傷しながら甲冑を脱がなかったのは立派だよ。でもね……」

 その接続詞を言い終えるが早いか、アルバートの全身に火傷とはまた異なる激痛が走り、それを知覚した直後にアルバートは絶命した。シエラから戦斧、スパタを伝ってアルバートの体に流れ込んだ超高圧電流によるショック死である。



 それとほぼ時を同じくして、上空から弓によるサポートを行いつつ戦況を監視していたクロエがローリアン皇子の姿を確認した。
 サンガリアの民でも知る者は少ない一本の獣道。細長い隊列を組んで進むその前方は既にイザベルとフリーデルによって殲滅され、ソフィーとシエラが担当した中団は副司令官のアルバートを失い潰走。甲冑を脱いで逃げ出す兵士と事情を知らない後方の兵が細い獣道でひしめき合い、収拾のつかない状態になっている。今回の遠征軍は元々あまり士気が高くなかったこともあり、異変を感じた隊列後方の兵士たちも大半が勝手に退却を始めているという有り様だった。
 しかしその中で、隊列の後方からただ一人、激流を上る鮭のように流れに逆らう若者がいた。屈強な兵の中に混じっても群を抜いた長身、後ろに束ねた長い銀髪、精悍ながらもどこか気品の漂う顔立ち。甲冑を装備しておらず軽装だが、仄暗い森の中でも淡く光る絹の装いは明らかに周囲の兵達と一線を画している。その姿を、鳥にも匹敵する視力を持つクロエが見逃すはずはない。

「……いた! きっとあれがローリアン皇子だ」
「え、どこ? 全然見えない……」
「そりゃシェリーには見えないだろうけど」

 クロエが何気なく放った一言に、シェリーは口を尖らせた。クロエは何かに集中すると周りが全く見えなくなるタイプだが、そもそもクロエは普段から気遣いが苦手で言葉に棘がある。シェリーもそんなクロエの性格を十分理解はしていたが、基本的にネガティブな思考の持ち主であるシェリーはクロエの発言に地味に傷つけられることが多かった。能力の相性がいいため共に行動する機会は多いが、性格的には決して相性がいいとは言えない二人である。

「シェリー、探すのはもういいからさ、早くエリウさんに報告しに行かなきゃ」
「……はぁい」

 高台から戦況を俯瞰していたエリウたちの元へシェリーとクロエが辿り着くまでに30秒もかからなかった。エリウの傍らではヨルシカが祈りを捧げて姉妹たちの能力を強め、またヒーリング能力を持つローザが万が一の事態に備えて待機している。自らの預言の顛末を見届けに来たフィリアは眠そうな目を擦り、役目は特にないがおまけでついてきたタケルは無駄に神妙な面持ちで戦況を眺めていた。
 クロエの報告を受けたエリウは、傍に控えていたもう一人の姉妹に目配せをする。エリウの合図に頷いたのは、召喚士サモナーの能力を持つユリヤだった。
 ユリヤはこの日に備え、この森の周辺に巨大な魔法陣を用意していた。ローリアン皇子を発見した後、いつでも指定した場所に魔獣を召喚できる体制を整えていたのだ。ローリアン皇子にユリヤの召喚獣を当たらせると決めたのはエリウである。それは、最も警戒すべき敵であるローリアン皇子に姉妹を直接対峙させるのは危険だという判断によるものだった。

 クロエが指定した座標の方角を向き、ユリヤが呪文を唱える。

「地の底、沼の底、闇の底、悍ましき蟲の王よ、契約に従い奈落の澱みより来たれ……出でよ! 黒甲鎧蜘蛛タランチュラ!!」
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