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鬼の知が浮かび軽快に鬼は笑う
魄は先祖がえりをする①
しおりを挟む魄は山の斜面を駆け抜けていた。木々の隙間から光る沢山の目と、荒い息遣いが背後から迫っている。
全力で走ると胸が痛い。体を労わりながら走っていたら、あっという間に追いつかれた。
「うーん。全部ついてきてるよね?」
魄には確認しようがなかったがそう思うことにした。残っていたとしても鷹尾が上手く倒すはずだと信頼を寄せなる。優先順位は艮の鬼門を閉じること。それさえやっておけば、こちら側に金神の大厄の影響はない。
後方を確認しながら、打開案をいくつか考える。色々思い浮かんだが、ダメージを考えると肉弾戦では不安が残った。遠距離攻撃で攻めるほうがいいだろうと決めて、傾斜が強い崖を探す。
丁度良い傾斜があったのでそこを駆けあがった。羅刹たちも涎を垂らしながらそれに続く。
「この辺りかな」
ある程度上ったところで立ち止まり振り返る。漆黒の闇に沢山の赤い目が広がっていた。黄色ければ蛍のような光景にも見えただろうが、生憎とそこまで幻想的ではない。
羅刹の群れを見下ろしながら、魄は右手から水を出して螺旋状に動かした。
「核を狙って……」
核は妖魔を構成する設計図のようなものだ。核を壊せば存在意義をなくし消滅する。大きさはビー玉ほどで、体内のどこか(頭部や心臓や手、果ては足の裏など)にあり、数も一つではなく複数の場合もある。妖魔は核を壊さないと何度でも復活可能になるため始末が悪い。
この羅刹たちならば普通に攻撃しただけでは瞬時に復活するはずだ。確実に潰すしかない。
核の位置を把握できるので、高所からの遠距離攻撃で一気に片付けることができるはずと魄は意気込む。
「い すい い とう ウォータージェット!」
高圧水流が五本、木々を避けながら五体の羅刹の胸や頭部や腹に突き刺さる。核を壊された二体が霧のように消滅した。残りは再生をしながら駆けあがってくる。
「い すい い とう ウォータージェット!」
数体が水流に貫かれた羅刹たちが吹っ飛ぶ。消えるモノとすぐに復活して駆けあがってくるモノに別れる。
何発か攻撃して四分の一は減った。
魄は「チッ」と苛立ちから舌打ちをする。羅刹たちよりも優勢であるが、苦悶の表情を浮かべていた。
術を使うたび胸が鋭く痛む。宝剣の傷は身体機能の低下だけではなく術の発動も抑制するようだ。咲紅の力は弱いと聞いていたが扱うのは上手いようだ。
感心したかったが今回は完全に裏目に出ている。これを魁に扮した羅刹に刺してくれればどんなに良かっただろうとげんなりした。
「くっそー。外れるんですけどー」
水柱が避けられていくのをみながら思わず毒づく。
使い勝手が良く命中率の高いウォータージェットが五割弱まで低下している。威力もまた然り。いつもであればこの程度の悪鬼など傾斜を上る段階で全滅できたのだが、予想以上に力を操れない自分に苛立つ。
これはマズイかもしれない。と魄は苦笑を浮かべた。
羅刹たちが崖をよじ登り、駆け上がって確実に近づいてくる。攻撃範囲になる前に離脱することにした。
「い すい い とう ウォータージェット!」
核を狙う攻撃であるが、相手のとの距離をあけるため多めに水柱を放った。
二体ほどが核を貫かれて消滅する。多くの羅刹が腕や足や胴を削られて一瞬勢いが止まるが、再び走りだす。
魄は赤い目の数を数えた。あと十二体、と小さく呟きながら一山超えるつもりで走る。
「うーん。マズイ、疲れてきた。どっかに身を隠せる場所あるかなぁ」
息が上がって来たところで、傾斜を削って平らに均した場所に到着した。ここは二百年前にあった集落の跡地だ。跡地といえどもすでに木造平屋住居は消滅しており田畑は森に還っている。
「どっかに谷底ないかな」
自分が隠れてもいいし、相手を落としてもいい。
周囲よりも若い木々の中を縫うように走るとすぐに気配がぐっと押し寄せてきた。平坦になったのでスピードがでてきた。どのくらい追いつかれたのか確認するために振り返って数を数える。
「あれー?」
数が少ないことに気づいた。四体、いや五体ほど少ない。
急速に不安になる。後ろからではなく横からとか先回りされている可能性も出てきた。
それに、もしかしてUターンして鷹尾たちの元へ戻ったのではないかと一抹の不安がよぎる。
「!」
立ち止まって戦うべきか迷った時に、頭上から大きな気配がした。すぐに左に飛ぶと、魄がいた場所に大きな鬼が地面に拳を叩きつけている。地響きとともに木々がぐらっと揺れる。魄は木の幹に両足で着地しながら振って来た鬼を確認する。
「最初の羅刹? でも、大きくなって……」
魄はすぐに幹から飛びのいた。間髪入れず、屈強な羅刹が両手の指を幹に突き刺しねじり切った。魄は三角飛びで木と地面を交互に飛び跳ねると、屈強な羅刹が破壊しながら追いかけてくる。にやりと笑う顔に色の違う角が生えていた。
「核を吸収したんだ。面倒なんだけどもー!」
力を得るため妖魔同士で核の奪い合いをすることは多い。核を吸収するとその力をすべて得て成長することができるからだ。この羅刹も核を吸収して強くなっている。
「い すい い とう ウォータージェット!」
魄が最大数の水柱を向かわせると、屈強な羅刹が両手を盾にして腕や腹のダメージを気にせず突進してきた。
「うっそでしょ!?」
一瞬にして距離を詰められた魄は驚いて、すぐにバックステップする。
動きを読んでいたのか、屈強な羅刹が衝突するタイミングを後ろにずらした。
逃げきれないとわかり、魄はすぐに両手を伸ばし羅刹の突進を受け止めた。
「ぐ、おっも!」
猪の群れを止めたような威力がある。踵が地面にめり込んだがなんとか止めることができた。互いに拮抗して動きが止まる瞬間を魄は逃さない。全身が水の繭に包まれる。
「水を以て火を滅す 湯を以て雪に沃ぐ ミズチに毒を孕ませ ウォータージェット!」
水柱が太くなり蛇の姿を模す。ヤマタノオロチのような姿で蛇の頭が屈強な羅刹を取り込んだ。限局した激流に飲まれて後ろに流れていく。
「よし。今のうちに」
肩で息をしながら魄は逃げようとするが、斜め前から屈強な羅刹が走って来た。両手を振り上げ長い舌を垂らしている。水に飲まれたのとは違うやつだ。これも吸収によりパワーアップした羅刹だと分かった。
「勘弁して! 水を以て火を滅す 湯を以て雪に沃ぐ ミズチに毒を孕ませ ウォータージェット!」
すぐに同じ目に遭わす。濁流に押し流されて遠くへふっ飛ばした。激流に巻き込まれないように、更に二体の屈強な羅刹が木々の間から顔をのぞかせる。一体の羅刹がパワーアップしたのをみて残りも真似したようだ。
「うっわ……」
魄がゆっくりと距離を開ける。
にやにやと笑みを浮かべて、じりじりと近づいてくる屈強な羅刹。
とびかかろうと体を少し前屈した際に、後ろから別の羅刹が襲い掛かった。首に噛りつかれてすぐに振りほどこうとするが倒されて草むらに消える。絶叫と、ガリガリと岩を削るような音がした。出てきた羅刹は肉体が一回り大きくなっており身体が濡れている。激流を脱出した奴だ。
その隣では三体の羅刹が核の奪い合いを行い、二つに割れた核を二体が吸収していた。
魄は顔を引きつらせる。最後の一体になるまで共食いするのかと考えると背筋が凍った。逃げられないと感じて、緊張をほぐすように深呼吸を行ってから気合を入れた。水の繭が体にまとわりつく。
「積水淵を成し 水滴石を穿つ ミズチ天に昇り雨を得る スティンキング ウォーター」
水の繭からヤマタノオロチが伸びあがると、全身から棘をまき散らした。三角錐の棘は一メートルの大きさ、重さは一トンを超えている。地面に当たると地響きをさせて地面をえぐる。水であるがそれは火山弾のようだった。
羅刹たちは驚いてその場から逃げようとするが、次々飛んでくる棘に何度も体をふっ飛ばされた。最後に四方八方からあらん限りの棘が飛来すると、周囲の木々ももろとも羅刹たちを吹っ飛ばした。
半径十メートルほどの森を壊滅させて、周囲になにも居ないことを確認してから魄は技を解除する。すぐに足から崩れ落ちると胸を押さえて蹲った。
「う、ぐ、い、いてててててて!」
胸に走る激痛により脂汗を浮かべていた。術を発動中に心臓発作が起きたようなほど強い締め付けが始まり、細かいコントロールができなくなっていた。
とりあえず周囲をボコボコにすることは成功したが、羅刹たちにとどめを刺せたかどうかわからない。すぐに確認するべきだが痛みが激しく動くことができない。大技を使ったことにより傷口が一気に広がったような感覚だ。
「ど、どうしようかな……」
呻きながらゴロゴロ寝転んでいると、かさり、と草を踏む音がした。
ビクッと体を震わして魄はゆっくりと顔を上げる。
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